朝倉かすみ

胆、焼ける 田村はまだか 平場の月  

胆、焼ける 2009年6月13日(土)
 「肝、焼ける」:こちらは三十一、二十四の御堂くんとは転勤以来会えない。こっそり稚内を訪れたものの、銭湯へ入ったり、寿司屋へ入ったりして、地元の人間とあれこれ話すのだが、郵便受けにメモを入れただけで過ぎていく。小説現代新人賞受賞作。
 「一番下の妹」:食品メーカーの札幌支社、真知子さんと桑田さんと私は管理部の三人姉妹といわれているが、上ふたりとは二十以上も齢が違う。真知子さんのいいひとは、桑田さんの元のだんな。
 「春季カタル」:婚約者の鴻池さんは月曜の朝早いので、日曜の夜送ってくれない。駅までの帰り道、斎場から男が出てきた。男の乗った車の窓を叩き、「どこかでお目にかかりましたっけ」と私は言った。
 「コマドリさんのこと」:コマドリさんの父は地方公務員で、安泰が勝ちと言われて育ったコマドリさんは、腕を耳に当ててまっすぐ伸ばして挙手し、給食は三角たべを励行する子だった。友達と行ったファーストフード店ではヤンキーに無視され、誰の話題にもならない男子を見つけて告白してふられる。就職して優秀な事務員となったコマドリさんは、いい奥さんになれるとよく言われ、花嫁修業にいそしむ。真顔が怖いと言われて微笑も会得した。三十越して会社では古株になり、三回目のお見合いも不成功に終わり、入社二十年が過ぎていった。北海道新聞文学賞受賞作。
 「一入」:大学時代の友人須藤あんぬに誘われて、稚内手前の温泉旅館へ向かった。二十歳から十三年つき合ってきた有賀昌史と別れたばかりだった。
 四十過ぎて小説を書き始め、吉川栄治文学新人賞を受賞した作家のデビュー作。三十代、四十代の女性の結婚をめぐる心境をえぐった作品だが、表現がうまくて笑える。「コマドリさんのこと」が特に良かった。

田村はまだか 2010年12月19日(日)
 札幌、ススキノ、「チャオ!」というスナック・バーの午前零時少し前。男三人、女ふたりのグループがカウンター席を占めている。歳のころは四十。クラス会の三次会で、田村という同級生を待っているらしい。常連の永田一太、腕白小僧のような声の男、マーロン・ブランドに似た男にいいちこを飲む女とエビスビールを飲む女。マスターは客のことばを帳面に書きつけるのが趣味だ。
 第一話で田村と妻の話が語られ、続く各章で登場人物の内情が紹介されていく。もてるのに童貞の坪田隼雄(マーロン・ブランド)とか、高校の保健室の先生の加持千夏(いいちこ)のエピソードがおもしろかった。吉川英治文学新人賞受賞作。

平場の月 2022年4月30日(土)
 胃の検査に行った病院で、青砥は売店で働いている須藤と再会した。須藤は中学時代こくってふられたた相手だった。そのうち飲みに行き、須藤のアパートで宅飲みするようになる。青砥は離婚して実家で暮らし、地元の印刷会社で働いていた。須藤は略奪婚の後離婚して、年下の男に貢いだ過去を持っていた。そのうち、須藤のほうにがんが見つかる。
 あまり好感が持てなかった。この作家はあまり言葉がきれいではないと思っていたし、50歳の中年の男女の恋愛という割には、青砥のほうは中学生・高校生並みに幼稚だし、須藤のほうは「太い」と須藤が感じた以上にかたくなだ。大手印刷会社とか、中央病院とか、アサカベーカリーとか、ヤオコーとか、朝霞、新座、志木の地元感満載でおもしろいと言えばおもしろかったが。山本周五郎賞受賞作 、というほどだろうか。