青山真治

ユリイカ 月の砂漠    

ユリイカ 2005年1月29日(土)
 バスジャック事件が起こり、犯人は次々と人質を射殺し、運転手の沢井と直樹・梢の兄妹だけが生き残った。沢井は部屋に閉じこもり、しばらくして家を出て行方をくらます。兄妹のほうも口をきけなくなり、母が家を出て、父は事故死し、二人だけで暮らし出す。2年後沢井が戻ると、同じ頃連続殺人事件が起こり、噂を立てられた沢井は再び家を出る。そして、兄妹が二人で 住んでいる家を訪れ、一緒に暮らし始める。そこで不思議に調和した生活が続くのだが、ここも住む場所ではないという思いがはっきりしてくる。
 いわばPTSD(心的外傷後ストレス障害)からの個人的な、そして本能的な恢復の旅の物語。それは、逃げたり追いかけたりの繰り返しだったりする。向き合い、短い言葉を交わす人物の思いを、ト書きのように描写するのが特徴的な文体。カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞した映画の、監督自身によるノヴェライズ作品で、三島賞受賞作。宮崎あおいが出演しているので、今度ビデオを見てみよう。

月の砂漠 2008年6月10日(火)
 ITベンチャーの起業家としてマスコミに登場する永井恭二。しかし、彼は窮地に陥っていた。妻のアキラが娘のカアイを連れて家を出て、一緒に会社を立ち上げた親友の市山はライバルの灰出川と組んで裏切ろうとしていた。孤独の殻に閉じ籠った永井は、永井自身のものでしかない。そのことに気づいて、アキラはアルコールに逃げていた。永井は、多摩川で寝転がっていた若い男を家に連れてきた。男は、多摩川に野宿して男娼をしているキーチと言った。永井はキーチに妻探しと妻と寝ることを依頼する。キーチは、仕事で訪れたホテルでアキラを見かけていた。
 永井とアキラの孤独と愛憎の物語の周囲に、アキラに憧れてきた市山のジレンマ、永井にかつての夢を見るテレビプロデューサー野々宮の焦燥、父親殺しにこだわっているらしいキーチの狂気が描かれる。「ユリイカ」の時もそうだったが、この作品も穏やかな調和の中で終わる。 IT企業の策謀とか、父殺しとか、あれこれあった割にはあっけないという感じもするが、「それが永井の、長かった子供時代の終わりだった」という言葉にあるように、この作家は魂の恢復を描きたいのだろう。
 「欲しいと思ったものを手に入れると、その欲しかったものは消えてなくなる。あとに残るのは妄想だけ。」