青山七恵

窓の灯 ひとり日和 かけら  

窓の灯 2007年11月6日(火)
 まりもの部屋の向かいに若い男が引っ越してきて、まりもはカーテンを閉めてその部屋を覗くようになった。大学を辞めて毎日時間をつぶしていた喫茶店のミカド姉さんに誘われて店を手伝うことになり、店の二階にある部屋で暮らすようになっていた。きれいなミカド姉さんの部屋には男たちが時々代わりばんこにやってきて、一晩明かして帰っていく。そんなミカド姉さんに「先生」から電話があって、姉さんは嬉しくてたまらない。まりもはその夜、外へ出て歩き回り、アパートのドアをや一戸建ての窓をうかがう。
 「見ず知らずの他人がそこに存在して、私のいないところでもその人なりに生活している。これが人間の生活なのだと、好奇心を満たしつつも、私はどこかさめた視線で窓の中を見つめていた。」「目の前にはいても、この人たちはどこか遠いところにいる。投げつけた言葉からこぼれる私の気持ちは、むなしく宙に浮かんで、誰にも掴んでもらえないまま消えてしまう。」
 生活の表層に隠された孤独感、人と人との距離感、存在の無意味さ、そんな青春の疎外感が感じられる作品。芥川賞作家のデビュー作で、文藝賞受賞作。他に、「ムラサキさんのパリ」収録。こちらも、同じようなテーマの作品。「つらくなると、パリの街並みのことを考えるの。・・・とにかく、自分からすっごおく遠く離れたところにそういうきれいな場所があって、つらくなってる自分とは無関係に今日もきれいなんだ、って考える」

ひとり日和 2010年4月22日(木)
 高校で国語を教えている母が交換留学で中国へ行くことになり、東京で暮らしたいわたしは遠縁のおばあちゃんの家で暮らすことになる。おばちゃんにはダンス教室に通うボーイフレンドがいて、わたしのほうは恋人の陽平と別れ、バイト先のキオスクで藤田君と知り合って付き合いだす。小さいころから手くせが悪かったわたしは、人の持っているちょっとしたものを盗んで、収集したがらくたを空の空の靴箱に入れて、持ち主と自分との関係を思い出す。
 主人公の二十歳の女性は、どこか人との距離感があって、それを盗んだコレクションで満たしているようだ。醒めた感じのわりにはけっこう熱心に恋活はするけど、相手にすればただのセックスフレンドでしかない。バイトから正社員になっておばあちゃんの家を引き払うのだが、こんどは不倫が始まりそうな様相。成長も何もない。救いようのない空しさが残ってしまう。芥川賞受賞作。

かけら 2012年9月22日(土)
 「かけら」:家族五人で来るはずだった日帰りさくらんぼ狩りツアーに、父と二人だけで来ている。父は「遠藤忠雄」という人間というより、ただの「お父さん」だった。その父が、「新宿の朝の空気が吸いたい」と早く家を出たり、サービスエリアで転んだおばあさんを助け起こしたり、さくらんぼ園で中年の女たちに実をとってやっている。
 「欅の部屋」:二年間付き合って四年前別れた小麦とは、今でも同じマンションに住んでいる。結婚することになって、その準備を進めているが、なぜか小麦のことを思い出すことが多くなった。
 「山猫」:西表のいとこ栞が大学見学のため新婚の杏子と秋人家に泊まりに来た。暑い中無表情ないとこを連れ歩いて、次第に苛立ってくる。
 三編とも特に何かが起こるわけでも破たんするわけでもなく、登場人物の心理が淡々と描かれている。これも短編小説の醍醐味かもしれない。娘と父、新婚夫婦といとこという設定はよくあると思うが、「欅の部屋」は印象深かった。ただ、魅力的に思える小麦のことがあまり描かれていなかった。「かけら」は川端康成文学賞受賞作。