2011年10月







今日本各地で


冬眠を迎えるために食料を求め


動物たちが山里から降りてきているのが伝えられていて


私が暮らす北海道では


今までならばありえないくらい街に近い場所に


熊たちが現れ


様々な場所が閉鎖されていたり


ハンターの方などが活動されているの


以前にも伝えた事なのだけれど


なぜかこのような動物のニュースは


いつも私の心がとっても泣きそうになり


自分でも驚くの


昨年も同じようなニュースが良く伝えられていたのだけれど


何もできずこのような出来事を


ただ聞くだけしかできていない自分が悲しくなってしまうの


私のその様な思いを知っている友人やパートナーは


このようなニュースが届けられるたびに


多くの方が当たり前なのだけれど


人間としての立場で


自分たちの領域を心配し


熊を怖れ早く解決する事を語り


その思いを聞きながら


私の思いが違った感覚で孤独を感じないように


共感してくれているような意見や思いを


すぐに伝えてくれるの


私自身いつも不思議なのだけれど


何でこんなに特に熊などに思いれを持つのか


自分でもわからなかったのだけれど


色々調べて見ると


ネイティブアメリカンにとって熊とは


勇気と力の象徴で人々を真実へ導いてくれる


指導者として崇められていたり


アイヌ民族の間では神と崇めていたり


世界中で熊は動物の中でも


特別な意味を持つ存在らしく


殺めると1年良い事がないと伝えられていたり・・・


そんな知識を見るたび


私の中で自分が不思議なくらい熊に対して


心動かされるのは


きっと自分の意識とはまた別に


何億年もの記憶が刻まれている別の領域で


感じている感覚なのかなって


感じていたの


私があまりにもしずんだ表情をしているのを


少しでも明るくしようとしてくれたのか


いつも仲良くさせてもらっている方が


「熊が言葉を話せたら大変な事になるよね


人間は勝手にくまちゃんの土地を奪って


今度は見つけたらころそうとするなんて


くまちゃん話ができたら


裁判沙汰だよね(笑)」といって


笑わせてくれたの


その方は小さなワンちゃんを5匹も共に暮らしているせいなのか


今回被災地の動物たち現状についての情報にふれるたび


溢れそうな涙をこらえながら


見るのも聞くのも辛くなるから


見ないようにしている事を伝えてくれたの


そんなある日


何気なくいつも通る道を歩いていると


今まで美しく緑の葉を茂らせ


元気にいつも存在していた木々が


伐採されていて


トラックで運ばれてゆくのを見ていると


偶然に近くの方と話す機会が訪れ


その時「木を切ってましたけど何かあったんですか?」と


尋ねると


近くの方は


「何となく見晴らしがよくないから頼んだみたいよ」と伝えてくださり


その時またくまちゃんの時のように


ちょっぴり悲しい気持ちになったの


言葉を話せないだけで生きているんだけどな~・・・って。


人間は生まれた時から


積み深いと誰かが表現していたけれど


その通りだなって感じていたの


そして


意識はしていなくっても


多くの命に支えられ


自分は生きる事が続けられているのだから


とにかく大きな感謝を感じ


自分が自然にお返しできる事を


何かできたらなって


とっても強く感じ


今色々と探しているところなの


でもこんな話を幼いころからしていた私は


良く父親に


そんな事で悲しんでいる弱い心では


生きてゆけないぞ!と良く言われていて


その頃から漠然と人間社会って厳しいものなんだと


思っていたの


その頃はまだ自分と同じ思いを持つ方には巡り合えず


思いを表現する事はなかったのだけれど


自分が過ごすスペースが広がれば広がるほど


小さなスペースでは出会えなかった


価値観を持つ方と出会う事が多くなり


孤独感から解放され


少しずつではあるけれど


自分の思いを表現できるようになって


そうする事で相手の方も


躊躇していて表現できなかった思いを伝えてくれたりして


ありがたいくらいに


嬉しくなるの






いつも足を運ぶサロンの方とは


魂で響き合う価値観を持っているのか


気がつくとスピリチュアルな話しになり


その方が知っている知恵を


いつも教えてもらっているの


この間は


お財布やお金についての知恵だったの


その方が伝えてくれたのは


購入したお財布と同じくらいの額のお札を


いつもいれていられるくらいの金額の


お財布が大切なのだそうなの


その理由としては


どんなに立派で高価なお財布でも


背伸びをし無理して購入したりした場合


身分不相応だという事になり


お金の居心地が悪く


長い間お札が居たがらないそうなの


なのでいつもお財布と同じ額くらいのお札を


入れられるくらいの価格のお財布を


持つ事が大切なのだそうなの


お財布やお金にまつわるお話はたくさんあって


私も昔どこで誰に聞いたのかは


思いだせないのだけれど


10代のころからお財布を買い替える時には


新たなお財布をスタートの時から


レジでお金を使ってしまうのは縁起が良くないようなので


自分ではレジには行かず


友人などにレジで払ってもらったり


他には


今人生が豊かに笑顔に包まれ過ごされている方に


お願いしたり・・・という事にしているの


ある方に聞いたのは


お札はすべて逆さに収納するほうが


出ていかないという事を実践している事を教えてくれたり・・・


みんな色々なお金にまつわる知恵を持っていて


話しているだけで


なんだか豊かになれそうな気分になっていたの(笑)


お財布の中見って


小さなスペースだけれど


その方のライフスタイルすべてが入っていて


人それぞれにお守りになるものを入れていたり


良く通うお店などの会員証やポイントカードが入っていたり


お財布の中身を見ると


何となくその方の過ごし方がわかるくらい


色々納められていると思うの


お金を望む理由って様々だと思うのだけれど


大きく見つめると私が感じているのは


人生を豊かに自分自身色々な選択肢を楽しみながら


体験を重ね


時には誰かと笑顔で過ごしたい思いからだったりすると思うの


なので私からするとまだまだの私にとっては


経済的に豊かであれば


多くの事が満たされ心にもゆとりがもっともっと持てると


考えていたのだけれど


この間フィットネスクラブで出会った方が


一般的な豊かさを超えて


家などでもローンを組まずに


幾つか持っている方で


その方自身も高学歴で優秀らしく


初めて会った私に必要以上に


そういう事を話されるので驚いたのだけれど


その方自身幸せそうではなかったの


気持ちに余裕が持てていないのか


すべての事柄をすべて悪意にとり


そのせいなのかご本人は友達が欲しくって


フィットネスに来ているようだったのだけれど


誰もあいさつ程度で


それ以上話す事はなかったの


その方を見ていて感じたのは


お金の意味についてだったの


その方は一般的な方が求める


家や車・貯蓄・子供・家族色々なものがあるのに


満たされていない事が不思議だったの


その時家に帰って一人になった時


日頃考えないお金について考えて見たの


私の場合だったら


どんなにお金があってもきっと一人では


あまり意味がなく


家族や友人とどこかへ行きたいとか


おいしいものを一緒に食べたいとか


同じ体験をしたいとか


無意識ではあるけれど


すべて誰かといるために必要に思いながら


お金に対する価値観と重ねているように感じていたの


でもその出会った女性は経済的にも豊かで


家族も子供もいるのに・・・と


思ったのだけれど


私とその方に違いはきっと


私はありがたい事に自分個人の幸せと言う軸が満たされていて


そこに重なるように


大切な人たちとの時間があるから


後は経済的な豊かさだけになっているけれど


その方の場合は


個人的な幸せの部分が消えていて


宙に浮いたように誰からもうらやましがられる


幸せが築かれているから


無意識に個人的な幸せを


必死に満たそうと行動されているのかなって感じていたの


個人的な幸せとは


年齢も性別も人からの評価も関係なく


ただただ自分が幸せを感じる感覚を


与えてくれるものだから


本当に人それぞれで


ある意味そこに個性があると思うの


その方は何が幸せを感じる事なのかは


わからないけれど


私からするとその経済的な豊かさがあれば


選択肢はたくさんあるのにって思ってしまうの


私たちは時々


あれさえあればうまくいくのに・・・とか


生まれつきだから・・・と言うフレーズで


すべてをあきらめたりする事もあるけれど


すべての条件が整っていても


それが必ずしも幸せになる条件にはならず


特に誇れるものがなかったとしても


今笑っているとしたら


間違いなくその方は幸せなのだと思うの


人生ってとっても不思議で


人間が頭で考えた


幸せになるために必要な条件はなく


幸せは心の状態で決まるだけなのだと思うの


今おししいものを食べて


「おいしい~」って感動したり喜べたり



綺麗なものを見て感動できる


豊かな感性が


幾つも重なった時


ふっと気がつくと


自分って幸せなんだなって感じるのであって


あれとこれがないから幸せではないという事では


ないんじゃないかなって感じていたの









いつも仲良くしているサロンの方と


だんだんと会う回数を重ねてゆくうちに


相手の方も心を開き


様々なお話をしてくれるのだけれど


この間は家族のお話しで


その方のお姉さんがうつ病になられた話しで


そのお姉さんは昔からアウトローな生き方で


エネルギー溢れ


穏やかな方ではなく


その当時は家族もお姉さんの存在によって


バラバラになりそうなくらい大変だったそうなの


そのお姉さんがある日突然


まるで別人のように静かに


落ち込んでいるような姿で家にいて


家族が話しかけても反応もなく


みんなは何か悩みでもあるのかなって


かるく考えていたようなのだけれど


数カ月たっても同じような状態で


ある時自ら命を終わらせようとしたそうで


家族は急いで病院へ連れて行くと


うつ病だと診断されたそうなの


でもこれといった原因はなく


どうする事も出来ない家族は


とりあえずしばらくの間


お母さんがお姉さんをずっと見守る事にしながら


過ごしていた時


私の仲良くしているサロンの方


お姉さんに何か良い方法はないかと


方々に尋ねていた事もあって


偶然にある占い師の方を紹介されたそうで


お姉さんと見てもらいに行ったの


そうするとお姉さんには


首つりでなくなった同じ年代の女性がついていたようなの


そのお姉さんはアウトローな生き方をしていた事もあって


友人たちと真夜中


問題の多い場所によく足を運び


以前にも誰かを連れてきてしまった事があったらしく


よく連れてきてしまう体質だったそうなの


ただ今回は時間がたつにつれて


離れていった今までとは違う事もあって


初めてお祓いをされたそうで


お祓い後ご供養のために


海に流しに行く間


ずっと嵐のようにすごく荒れた天気になり


後日にしようかと迷うほどだったそうなのだけれど


その日にするように伝えられていたので


がんばってご供養をしたそうなの


そうしたら帰り道には


信じられないくらい空が晴れ渡り


ふっとお姉さんの顔を見つめて見ると


以前のような元気溢れた表情で


自分が今まで何をしていたのか思い出せない事を


伝えてくれたそうなの


その話を聞きながら


何度も何度もこのような体験を聞き


ふれてきたのに


相変わらず疑り深い私は


色々と話を尋ねながら


人間が考えられない事が


やっぱりあるのかなって感じていたの


私が疑り深いのは


本当の事に出会いたい思いからで


誰よりも神秘的な世界を信じているからこそ


確信を受け取りたい思いからなの


私が10代の頃は


不思議体験が当たり前に日々あって


空を見上げれば星とは明らかに違う


三角形に早い動きの光を幾つも見たり


ある時には私には普通に人がいるように見えているのに


友人や周りには見えていない事を教えられて


はっとしたりする事はよくあったのだけれど


そのたびそのまま受け取ってしまうと


怖がりな私は一人でいられなくなってしまう事もあって


いつも気がつくと


自分に問題があると答えを出し終わらせていたの


でも私が出会う方の多くは


私が特にスピリチュアルなお話をしていないにも関わらず


そういうお話をしてくるので


間接的に私に何かを伝えてくれようとしているのかなって


いつも感じているの


20代からはパワーストーンの存在を知り


それからは毎日パワーストーンを身につけていないと


落ち着かなくなり


お出かけの時に忘れた事を気づくと


取りに戻るくらいなの


それでも一人の方だけは


会う時には毎回パワーストーンのブレスレットが切れたり


石が欠けて


その場で石が落ちたこともあったの


その方の事は以前にも書かせていただいたのだけれど


極力思いだすのも話すのもしない方が良い気がして


長い時間その方の事を思い出す事はないの


こうして書かせていただいている間も


その方の姿は思い浮かべず


そこにあったものや現象だけを思い出しながらしか


書けないくらいなの


その方に宿る何かが信じられない力がある事を


まだ知らなかった私は


色々と悩む彼女にアドバイスをしている時


ウェイターの方がコーヒーを運んでこられたのだけれど


その時私の手が勝手に動き


そのコーヒーを払いのけて


自分の方へこぼしてしまったの


その時自分の意思とは別に身体が動く事など


体験した事がなかった私は


驚きのあまり彼女に


「あなたには何かよくないものが重なっているんじゃない?」と


今思えば失礼な表現が


すぐに出てきたの


そうすると彼女は戸惑いながら


自分の人生・家族に起きたあらゆることを話してくれて


彼女はその事で多くの方が離れていった


体験からできるだけ


自分に起きる出来事などを隠していたようだったの


その話を聞いた私は


怖い思いよりも


彼女の気持ちを元気づけたい思いと


私も大きさや形は違うけれど


不思議な体験を何度も経験していても


人に話すと???と周りがなってしまう事で


孤独を感じていたから


気にせずに仲良くしようと思っていたの


でもある時色々と話しこんでいる時


私が何気なく


「あの消えている電球つける事できるんだよ」と


ちょっぴり得意げに伝えると


彼女は「そうなんだ~


怖がらないでほしんだけど


私は通る道にある電柱の電気が割れるの


でもなんでか分かんないし


いつもそうなるわけじゃないんだけど・・・」と表現したので


好奇心あふれていた私は


わくわくしながら


外の道を歩いていたの


そうしたら明かりが消えている電柱があったので彼女に


「私が通ったら明かりがきっとつくよ」と伝え


その下を通るとぱっと明かりがともったのだけど


その瞬間彼女が歩いた時


とった電柱の電気が次々と割れて


それまで好意寄進溢れワクワクしていた気持は消え


恐怖の方が広がり


何も話せなくなってしまった私は


すぐに帰る事にし


元々霊感が強い母にその事を伝えると


もう会うのはやめたほうがいいと伝えられ


今まで友人関係で


母がその様な表現をする事は一度もなく


どんなに問題があると伝えられる友人と出会っても


つきあいをやめるように表現する事がなかった事もあって


このアドバイスは


きっと深い意味があるように感じた私は


その方には申し訳ないのだけれど


それ以来連絡を取らないようにしたの


私の中ではこの出来事は


どんな心霊話よりも怖く


そして疑いようのない事実で


その方と会っている時


どれだけのパワーストーンが割れたか


わからないくらいなの


その方と出会うまでは


自分の錯覚や勘違いと思えば思えなくもない


ふわっとした体験ばかりで


パワーストーンに対しても


お薬のようにすぐに痛みが消えるように


わかりやすい作用ではない事もあって


ただのおしゃれアイテムの一つとしか


考えていなかったのだけれど


その体験の間中


私をガードし耐えられなくなって形をなくす姿を


何度も見つめた事もあって


パワーストーンに宿る力を


信じるようになり


今ではなくてはならないものになっていったの


パワーストーンとの付き合いは長いのだけれど


パワーストーンを身につけている方によっても


同じ石の種類なのに


まるで違った表情になったり


伝えられている効能とはまた別の反応があったりして


そのたびに人間と同じで


日本人はこういう性質って決めつけられている事もあるけれど


ミクロで見つめると


みんなそれぞれ違うように


パワーストーンも同じで一粒一粒


微妙に個性が宿っているのを感じるの


ある友人は恋愛に趣を置いていて


いつも恋愛に効果があるものを


私にオーダーしてくれていたのだけれど


そのたびに1ヶ月くらいたつと石がゆがみ


時には割れて


元も形とは少し違ってきてしまい


何度も新たに作りなおしても


その状態は変わらず


石がかわいそうになった私は


彼女にも申し訳ないとは思ったのだけれど


お作りしない事にしたの


そうしたら彼女が「みんなこういう風になるものなの?


この間友達からもらった石は全然大丈夫なんだけど・・・」といって


かばんの中から


友人からもらったパワーストーンが連なった


ブレスレットを見せてくれたの


知識のない私にはちゃんとした事はわからないのだけれど


すべて名もない石に


着色した石たちで


本当の姿ではない事もあって


パワーが外に出せない分


身につける方の思いにも反応しないので


とっても丈夫におしゃれを楽しめるアイテムのように感じたの


でもせっかくお友達が贈ってくださったものなのだから


何も感じていない友人に


わざわざ自分が思う事を伝えるのは


違うかなって思い何も伝えなかったの


それでも友人は自ら色々と調べ解明してゆくうちに


自分は恋愛に趣を置いていたけれど


その前の段階が整っていなく


その前の段階に必要なものをまずは身につける事が


必要だと感じたらしく


今までふれあった事のない石や色合いで


もう一度私にオーダーしてくれたので作ってみると


今度は割れる事もゆがむ事もなく


そして私の手元にあった時よりも


光り輝いていたの


その時使った石たちは恋愛とはまるで違う


仕事や人生をサポートしてくれるような石たちだったのだけれど


それから2年くらいたった時


仕事で知り合った方と結婚され


気がつくと最終的には


彼女が最も求めていた恋愛を成就させていたの


その時私自身


大きな気づきと学びを


友人のおかげで得られたの


私たちは時々ピンポイントで


願う事を叶えたいとだけ意識を向ける事があるけれど


その叶えたい事の前に


必要な段階がある事もあると思うの


その事を飛び越えて


今自分が感じる願いを叶えようとだけしても


難しい事もあるんじゃないかなって


感じたの


そんな事を石を通じて長い間


教えてもらい


今ではなくてはならないアイテムとなっているの