(2005・5月)








毎日多くの悲しみに涙が溢れ



過ごされている方たちの



映像が瞳に映る機会があって



間接的ではあるかもしれないけれど



多くのことを学ばせていただいている



気がするの



大切な家族の尊い命と



離れ離れになる運命を与えられた



その悲しみは言葉に表現できず



見つめる方たちも



涙でしか表現できないほどの



辛い悲しい出来事だと思うの



時間という豊かさを感じる事が



なかなか難しい現代人は



自分で組み立てたスケージュールを



他者に変更されてしまう事も



自分が変更してしまう事も許せる



ゆとりが持てなかったり



するんじゃないかなって思ったの



私も数年前まではせっかちで



2~3分友人が遅れてきただけで



不機嫌な表情をいつまでもして



友人にプレッシャーを



与えて来たことがあるの



自分は何も間違いはないという主張をすることで



せっかくの楽しくなるはずだった時間も



台無しにしてしまうことが



多かったの



そんな時



偶然友人の方が先に来ていたことがあって



私がずっと謝っていたら



友人は



「遅れてきてくれたおかげで本がいっぱい読めたよ」って



私に伝えてくれたの



その時



友人の優しさと同時に



融通の利かなかった自分が



一番時間の豊かさを



自ら失っていたことに気づかされたの



それ以来



スムーズに運ばないと思える時間も



与えられた時間なのだと



感じられるようになれたの



必ずバックの中に



本などを一緒に持ち歩いたり・・・



その地域によって時間の流れの違いを



報道などで知って



日本の経済を支えられている方たちの



心労を感じていたの



私の住む地域のバスは



道のコンディションによって



遅れるものだという



おもいがある事もあって



急いでいるときなどは



一つ前のバスに乗るようにしていたり・・・



北海道は雪が多いこともあって



なかなかスムーズには



難しい事もあるから・・・



そういう風土もあって



乗り遅れて遠くから



走っている方を見つけたら



運転手さんも乗客の方も



こころよく待っていてくださるの



そんな優しさに出会うと



ほっとした思いに包まれるの



今回の事故で伝えられる会社の体質は



そんなにめずらしいことではないように



感じているの



社会の中で時間を過ごされている方たちの多くは



上司の指示によって動き



会社に属している間は



その大きな力に



心身を委ねなければ・・・と



無意識にインプットされているとおもうの



今はメディアのおかげで



正しい選択をしやすくはなってはいるけれど



正しい選択をする事で



ヒーローになるよりも



自分の人生を守る選択をされた方が



非情な人間だとは思わないの



そのようなシステムが日本の会社には



まだ多いように感じいるから・・・



トップのカラーによって



人間らしさや優しさが



表現できるかどうかというだけで



一人・一人は



愛を持った優しい方たちだと思うの



私のパートナーも転勤や出張・



飲み会の2次会・3次会を断るたびに



いつもパートナーは会社に



長く所属できないのではないか?と



不安になっているのを見つめていて



私は彼の姿から



社会や会社というものを



日々感じ教えてもらえているの



でも彼の人生で



大切に思うことや譲れないものが



会社という中で消えてしまうのならば



その職場とは



それまでの縁なのだと感じているの



会社が私たちの人生のメインではなくって



私たちの人生がメインで



その中に会社で過ごす時間が



存在しているだけだと思うから・・・



そのポジションをいつも見失うことなく



人間らしい優しさがいつも表現できる



人生を重ねて



行けたらいいなって思っているの













人間の思考を超えた所に



いつも喜びが多いように



感じているの



人間はとても頭が良いから



ある程度先を見通しできるからこそ



不安という感情が



生まれてくるけれど



逆にその不安は



正常に心が動いているという



サインだと思うの



そのサインが



どのくらいの時間続くかというのは



その方それぞれに違うと思うの



その選択は遠回りになるから



やめたほうがいいよという



サインだったり



その選択を冷静に



見つめられるからこその



サインだったり・・・



どんなに楽しい計画だったとしても



誰でも今立つエリアから



前に一歩踏み出すのは



喜びと同じくらいに



考える時間を与えられると思うの



そのような時間の流れの中で



自分の思考を超えた



出会いやメッセージを感じられた時



何でも可能なのだという思いが湧き上がり



生命の輝きが



増してくるように感じているの



多くの方が



自分で思っている自分以上に



可能なことが



多いんじゃないかなって思うの



でもその事に目を向けると



今の慣れ親しんだ時間から変化が現れ



緊張が生まれる事が面倒だったり



今まで積み重ねてきた事を



意味のないものに



したくない・・・という思いから



新たしいイメージが湧き上がってきても



ひとつ・ひとつ



消してしまっていたり・・・



でも必ずその方



それぞれのタイミングで



変化の時というのは与えられていて



自ら選択して変化をしてゆく方



望まなくとも



周りから変化の波が訪れる方など



変化して・進化して



今私たちの世代まで



この世界が広がっていると思うの



今の時代よりも



昔のほうが良かったと



伝えられる方も多いけれど



そのように本当に心から思う方が



多かったならば



今の時代は



きっと生まれてはいなかったと思うの



多くの方が望んだからこそ



今という時代が



形となったように思うの



私の住む街には



バッチフラワーレメディという



お花の力を借りたエッセンスを



処方してくれる内科があるみたいなの



その事を知った時



医療の世界も



少しずつ変化が訪れているのを



感じていたの



がんの治療も薬だけではなく



免疫を上げて行く治療が



取り入れられていたり



末期の方は治療などで



辛い時間と引き換えに


人生を終わらせるのではなく



ゆっくりと人生の幕が下りるのを



待てる施設ができていたり・・・



以前に伺った病院では



ジャズなどのバンドの方を定期的に呼んで



おじいさんやおばあさんに



楽しい時間を作られていたり・・・



心の力を見つめてくださる



時代が今育まれていて



少しずつ・ゆっくりではあるけれど



素敵な世界が



広がっているんじゃないかなって



感じていたの












多くの事件について語られる



コメンテーターの方の答えに



心がいたいことが時々あるの



人は何かの出来事について



必ず原因を探し出し



無意識に安堵の心を



求めてしまうところが



あるんじゃないかなって



感じていたの



原因がない出来事は



多くの未知なる不安を生んでしまうから・・・



日本では



大人になってからも



子が起こした出来事を



すべてご両親の責任のように



伝えられるけれど



私は少し違うんじゃないかなって



感じているの



よく伝えられる言葉の一つとして



「甘やかしすぎ」「厳しすぎ」という言葉



幼い頃のベースを与えてくれるのは



両親だけれど



年齢を重ねてゆくと共に



社会で様々な方と出会い



多くの影響の中で



自分という人間を知って



両親の影響も良いものだったと思えるように



心をチェンジしながら



心地の良い場所を求め



そして自分なりの幸せを育んでゆくのが



人生の旅なんじゃないかなって感じているの



何かの事件で



コメンテーターの方が



多くの方に理解しやすく



批判を受けないように



答えを伝えられているのだとは思うけれど



「両親の育て方に原因がある」という



その何気ない言葉を



日々耳に吸収されている母親たちは



間接的にプレッシャーを



心に受け入れてしまい



大らかな気持ちで



子育てを楽しめなくなっている方も



多いんじゃないかなって思うの



大きな事件が伝えられるたびに



いつも思うのは



想像の範囲を超えた出来事の場合



その子・その子の



もって生まれた感性から



生み出してしまう感情が形となったとき



ニュースで伝えられる



出来事となってゆくだけで



ひとつの出来事をどのように受け止め



答えを出してゆくかというのは



その子の秘めたものが



導き出してゆくものだと思うの



家族が100%素晴らしい影響だけを



与えてゆくことはできないと思うから・・・



本当は偶然のタイミングで



その子が選び出したリストの中から



その家庭に生まれてきただけのような



場合もあると思うの



私の知り合いの方に信じられないほど



恵まれなかった友人がいるけれど



今ではその悲しみを知っているからこそ



新たに作った家族を大切に過ごしていて



自分の人生を



喜び溢れたものへと変えていったの



幼い友人を残して



両親はいなくなり



きっと私が想像する以上に



さびしく悲しい時間を



過ごされたんじゃないかなって思うの



でも「こうだったいいな・・・」というような



表現はされず



「自分には両親がいないから



介護の心配もなくて



今は形は違うけど感謝しているよアハハ」って



自分なりに自分の形で



自分の人生を肯定し



両親を許す答えを



見つけられたのだと思うの



同じものを見つめても



受け止め方が違うことはよくあることで



その方向性はDNAや環境とは



本当は繋がらないことも多いと思うの



日本では幼い頃に



経済的豊かさを与えることも



良くないように伝えられることも多いけれど



その部分も人それぞれで



幼い頃仲の良かった友人は



両親が動物病院を経営していることもあって



とても素敵なインテリアに囲まれで



カナリアがいつも迎えてくれる



その子のおうちへ遊びにいくのが



いつも楽しみだったの



私のおうちはまったく逆だったので



お互いの両親も



その環境が楽しかったようで



とても仲が良かったの



そのご家族は



とても心豊かで幼い友人は



何でも与えていたけれど



与えられている友人も



その中に愛を感じていた事もあって



満たされた思いが溢れていて



今では会社を経営し



その社員の方にも



「私のしたい事に



いつも協力してくれてありがとう」と



伝えられる素晴らしい方となっているの



そのような事からも



私は



原因となる出来事は



誰にでも訪れるけれど



答えの導き出し方は



その方の心と魂の



力が大きいように感じているの









言霊について



いろいろな本を読んでいたら



一つ一つの言葉には



魂が宿ると昔から信じられていて



その言葉をつなげたのが



お経や祝詞・呪文などみたいなの



よく「疲れる」という表現があるけれど



その語源も「憑かれる」からきていて



自分の肉体とは思えないような



感覚の時に使われていたみたいなの



言葉の語源も調べてみると



とても深い意味があったりして



とても楽しいの



日常何気なく私が使っている言葉にも



時代を繋ぐ言葉が多いみたいなの



ハンガーのことをつい衣紋(えもん)かけと



伝えてしまったり



靴箱を下駄箱といったり



ヘアーカラーリングを



染め粉と言ってしまったり・・・



どこでその言葉を吸収したのかは



今でもわからないの



両親も周りの方も使わないのに・・・(笑)



ただ使わないけれど



意味を知っている方は多いとは思うの



言葉は太古の昔に秘められたライフスタイルや



願いが込められているのを



とても感じるようになって



以前よりも



言葉を大切に表現したいなって



思うようになったの



いつも私はその言葉の力に



サポートしてもらうために願いを伝え



その後にまだ願いは叶っていなくても



まるで叶えられたかのように



感謝を伝えるの



そう伝えることで



その言葉の力に導かれて



言葉と同じ波長の出来事を



招いてくれると感じているの



その唱え方は叶えられるかな?という



疑いや不安も消してくれて



速いスピードで



願いが叶えられるみたいなの



世界の宗教などでも



唱える言葉に前後に



感謝を伝えることが多いのも



きっとそのような



深い意味があるのかなって感じているの



地名などにも昔その場所が



何があったのかを伝えてくれる



文字か使われていたり



何気なく表現している言葉を辿ってみると



今まで感じることがなかった



未知なる世界が


広がってくるように思うの












友人に久しぶりに会って



楽しい時間を過ごすことができたの



友人から



オーダーしていただいていた



私のアクセサリーを届け



美しい笑顔が見られたらいいなって思って



会う時間を作らせていただいたの



久しぶりに会う友人は



相変わらず輝いていて



すぐに私のアクセサリーを



身に着けてくれて



偶然にもその時



着ていたお洋服に



ベストマッチしていた事もあって



本当に嬉しかったの



彼女はいつも



さりげなく私を後押ししてくれる勇気を



いつもプレゼントしてくれて



私の心に光を与えてくれるの



春と共に



目に付いたアクセサリーを



ショップで購入したけれど



すぐ飽きてしまう



その意味の深さを伝えてくれていたの



どんなに美しくっても



エネルギーが伝わってこない輝きよりも



自然の石のぬくもりに



愛着が沸くことを



彼女が感じられる



波動を保たれているのを感じ



何気なく彼女が話す言葉を



耳から吸収しながら



彼女のような



石に愛情を感じてくださる方に



触れてもらって



石も自然界から目覚め



人間界に導かれた喜びを



きっと感じているんじゃないかなって



感じていたの



そんな風に



いつも誰かの笑顔に寄り添える



私もアクセサリーも



本当に幸せものだなって



とてもありがたい気持ちで



いっぱいになっていたの











ここ数年



日本人の方が



海外で拘束される事が多く



そのたびに



ご家族の方が会見される映像を



見る機会があるけれど



いつもその会見を見つめながら



複雑な涙が



私の胸を熱くさせるの



ご家族が



ストレートにご自分の気持ちを



語れない雰囲気と



映像を見つめる方に



謝罪のような気持ちを



一生懸命に伝えられる姿から



日本という国の不思議さと不安感で



いっぱいになるの



多くの方から集められた



大切な税金を使わなければならない事を



強く表現される方がいるけれど



本来すべての方の命を守り



ライフスタイルを豊かにするために



誰もが納めたものが税金だと思うの



もっと深く見つめたら



必要のない部分に



多くの大切な税金が



使われていることを思うと



とても有効な使い方のように



私は感じているの



私たちが世界の状況を知っているのは



命をかけて



伝えてくださる方たちが



いてくれるからだし



この時代



危険と伝えられていない国でも



どんなハプニングに出会うかは



だれにもわからない事だと思うの



日本も先進国の仲間入りした今の時代は



ビジネス・レジャー・etc



様々な形で



世界と触れ合う方も多いのだから



人事とは思えないの



アメリカのテロ以降



アメリカという国の姿勢に



不安を感じ



すべてを手放し



カナダなどに



移住する方が多いと聞いて



大切な命と大切な経済を



大切に生かしてくれる



国を選択する時代になったのかなって



とても考える時間を与えられたの



家族がどんな思いで


長い時間を過ごしいるのかと思うと



胸がいっぱいになるの



以前も同じようなことがあった時



悲しみにくれる家族の元へ



心無い言葉を伝える電話が



何度もあったことが



伝えられていたけれど



きっとその倍の方は



あたたかな気持ちで



命が守られることを



祈っていてくださったと思うの



素晴らしい応援を



送ってくださる方というのは



主張されないこともあって



見えないことが多いから



強く表現される方の発言が



際立って伝わってくるけれど



ご家族の方の事を心から気にかけて



応援してくれている方のほうが



多いと思うの



私も以前



言葉の受け止め方の違いから



Hpで言葉を表現する事に



勇気が沸かず



閉鎖してしまおうかなって思った時



応援の声を多く頂き



初めて気づかされたことが多かったの



自分に向けられた強い表現に



意識が向いてしまい



自信が消えかけていたけれど



その時パートナーに



「目には見えないかもしれないけれど



うん・うんって共感して



読んでくれている方も



きっといっぱいいるよ



今まで通り続けたら?



だってここはさーちゃんに与えられた



チャンネルなんだから・・・」って



励ましてもらいパートナーに進められるまま



応援してくださる方のメッセージを印刷して



毎日目に触れる場所に貼って



日々心の支えに読ませていただき



今日の私がいると感じているの



何気ない言葉が命を消し去ることもあれば



何気ない言葉が



命に輝きを与えてくれることを



改めて感じられた出来事だったの



その出来事から言葉に宿る



人間ならではの魔法を



素晴らしい結果を導き出すために



使って行けたらいいなって



とても感じたの











友人と以前から心惹かれていた



岩盤浴を体験したの



そのお店によって



使われている石はそれぞれで



ブラックシリカであったり


ラジウム鉱石であったり・・・



その石に熱を加えられていて



その上で眠ることで



様々な効果が得られるみたいなの



時間と共に



不思議なほど汗が溢れ



サウナとは違う心地よい



心身の浄化を感じていたの



石は人間の進化と共に



長い時間寄り添い



その時々に応じて



私たちをサポートしてくれていたものだから



改めて



石の無限の可能性を感じながら



癒されていたの



昔からシャーマンが



人を癒したり



預言を受け取るために



石を用いていたのも



きっと大地に長い間存在し



地球のエネルギーを



いっぱい吸収していると



感じていたからなのかなって



ふっと感じていたの



私のライフスタイルの中にも



石は溶け込んでいて



朝目覚めてすぐにバスルームへ行くと



四隅には水晶があって



浴槽の中には



大きなブラックシリカもあるの



その後



その日心惹かれた石でできた



指輪を身につけ



朝が始まっているの



急いでいて



アクセサリーを身につけずに



出かけてしまうと



その日一日落ち着かず



石のないライフスタイルは



考えられないほどになっているの



なんとなく



体が重く感じる時には



少し大きめのまるびをおびた石を



湯せんであたためて



肩や首・腰などに置いて



癒してもらっているの



太古の昔から人間の心と体に



石はなくてはならない



大切なものだったのが



なんとなく感じられた



素敵な時間だったの










今日は満月を



楽しみにしていたのだけれど



お天気が優れないこともあって



午後友人とドライブに出かけたの



気の向くままに



楽しく会話をしながら



目にとまる惹かれる場所へ



足を運んでいたの



偶然車を走らせていた場所が



飲料メーカーなどの



工場が多く広がっていた事もあって



小学生に戻って



社会化見学をしてみたの



広い工場の中をバスで移動しながら



出来上がる工程を見つめていたの



その後北海道らしい



遠くまで広がる大地が



大きなガラス越しに見える



テラスでソフトドリンクを頂き



帰り道またバスに乗り込み



手すりを握りながら



友人と素敵な一日になった喜びを



話していたら



椅子に座っていた幼い女の子が



無言で私の目を見つめて



席を立ったの



私たちは彼女の優しさをすぐに感じ



笑顔を送ったの



その瞬間



その子のお母さんが



「いいから座っていなさい」と



何度も彼女に伝え



彼女は納得できない表情で



また椅子に座ったの



私は彼女のひとつの優しさしか



見つけることができなかったけれど



友人は優しさをふたつ見つけていたの



幼い少女は



自分よりも年齢を重ねた方がいた場合



席を譲ることを



きっと周りの大人から学び



素直に実行したのだと思うの



でもその姿を見つめていた母親は



私たちを見つめた時



若いこともあって



失礼になってしまうのではないか?と



気を配ってくださったのだと



友人は感じていたの



優しさって本当に様々な形があって



多面的に優しさを見つけたれる



友人をとても尊敬していたの



きっとその少女は



今頃「えらかったね」って



お母さんにほめられながら



おいしい夕食を食べているかもねって



友人とあたたかな気持ちに



包まれていたの










人間って誰に教わらなくても



知恵や幸せ



そして



毒を自ら生み出す



能力が備わっているように



感じたの



知恵や幸せは



自分を幸せにすると同時に



相手にも



手渡してゆける人生のヒントを



秘めていたり・・・かと思うと



毒は



自分の魂と心を



曇らせてしまうと共に



相手の方を



深く傷つけてしまう能力だと



感じているの



人間の思いは複雑で繊細だから



好きになれない相手の事を



バッシングしながらも気がつけば



相手の事を思い



長い時間を過ごしていたり



言葉をひとつ・ひとつ見つめると



「うらやましい・あなたのようになりたい」という



思いであったり・・・



でも言葉に素直に表現することは



今の自分の人生を肯定できなくなって



しまうのではないか?という思いから



幸せそうに過ごされている方に



無意識に生み出した毒を手渡して



自らも心身の優れない



時間を過ごされている方も



いると思うの



その毒を生み出してしまう思いに



気づかされた出来事が



10年以上前



スピリチュアルな事を



感覚でしかわからない私に



言葉として伝えてくれた



友人との出会いからだったの



友人がよく



「平等を求めるから人と比べ



平等に扱われない自分を



幸せだと思えなくなるんだよ」と



伝えてくれていたの



その頃その言葉だけをストレートに



耳から吸収してしまっていた私は



友人に反発し



友人の伝える意味よりも



友人の人間性さえも



好きになれなくなっていたの



でもその言葉を友人が



私にわかるように言葉を変換してくれて



やっと私は理解ができたの



「人間は誰でも与えられた



資質や能力も



環境も求めるものも違っているのに



ある一面だけを見て



その相手の優れた光り輝くものが



ないからといって



その光を相手から消し去ることに



ばかり時間を費やしているけれど



その思いが



益々毒を生んでしまうと思うよ



それに人間は対等だだけれど



平等ではないと思うの



いつまでも平等を求めていると



悲しみにばかり出会うよ」と



伝えられたの



その言葉の意味は



時間と共に



私の中に吸収できたの



友人がある方に



心無い言葉を伝えられ



その光景を見つめていた私は



正義感と勘違いしていた怒りで



友人に



「あんな事言われて何にも思わないの?」と



尋ねると



「何にも思わないよ



きっと私のことが気になるんじゃない



こんなに人に興味を沸かせられるのならば



芸能人にでもなればよかったね(笑)」と



笑いながら私に



「気持ちは嬉しいけれど



正義感を盾にストレス発散を



いつまでもしていても意味がないし



平等を求めても



立場も環境も違うのは事実



同じ物を求めても悲しいだけでしょ



でもあの人にはない



喜びとか幸せがあるから



ある意味人間は平等なのかもね」と



いったの



彼女から受け取った言葉を



時々思い出しながら



自分が悲しみを生み出す時って



誰かと無意識に比較されたり



自分が比較したりして



恵まれていないと感じた時であったり



することが多いように感じたの



言葉では上手に表現できないけれど



彼女が伝えたかった意味は



心の光の盾を持って



歩むことの大切さのように



感じているの



目に映るものでしか幸せを図れない



人間の思考を超えた



大きな宝石が彼女の中に



輝いているのが見えた



瞬間だったの