道頓堀にて
「ふぅ……」
薄汚れた道頓堀にむかってため息をつく。
「儚いものね……」
魔法のカードはとっくに限度額に達し、そのカードの持ち主である神○もあっけなくお亡くなりになってしまった。
うーん、意外と殺傷能力高いなぁ、フードプロセッサー。
さすがは文明の利器。
まあ、神○はエリア51に埋めてきたから、通報されてカードがとめられることもないし、限度額もあと二日ほどでリセットされる。
問題はその二日ほどをどう生きるかよね……
部下Sに大道芸でもさせてちくちく小銭でも稼がそうかしら。
……そういえば部下Sはどこいったの?
……ああ。
さっきタバコの火を押し付けただけで絡んできたヤのつく自由業の男をトゲ付ハンマァでどついたときに、一緒に道頓堀に沈めたんだっけ?
ちっ。
酔っていたとはいえ調子に乗りすぎたわね。
部下Sまで沈めてしまったことに対する後悔の念は、もちろんまったくない。
沈める前に生命保険をかけていなかったことはものすごく後悔しているけど。
もう一度ため息をつき、汚れた空気の中で輝く暗い星をみつめた。
この世界で輝いているのはあなただけなのかもね。
目の前のグ○コのおっさんが、妙に輝いて見えた。
――よくみると、キモチワルイことに気がついたが。
「L様ぁ……」
「!」
背後で誰かが私を呼ぶ声がした。
何かが、来る!!
べちゃっ、
「臭っ!」
「Lさまぐぉふぉえぇっ!?」
振り向きざま。
目の前に現れたヘドロまみれの部下Sの顔面に、反射的にトゲ付ハンマァを叩きこんだ。
あ。
しまった。
また、生命保険をかけるのを忘れてしまった。
……どぽぉぉぉんっ……
うーん、結構飛んだわねぇ。
「はぁはぁはぁ……死ぬかと思いましたよ」
コインランドリーの洗濯機にぶち込まれ、わりとさっぱりとした部下S。
「次、乾燥機」
「のえぇぇぇ!」
部屋の隅まで逃げ、小さくなって子犬のようにぷるぷると震える部下S。
どうやら、洗濯機の中でぐるぐるとまわり続けていたのがよっぽど嫌だったらしい。
「しかたないわねぇ……小銭ももうないし、自然乾燥でいこうかしら」
「助かった……」
パチンッ
「へ……?」
ごぉぉぉぉぉっ!
私が指を鳴らすと青白い炎が発生し、部下Sを包みこんだ。
「ぎゃあああああっ! 死ぬ! 死ぬぅぅぅ!」
「大丈夫、大丈夫。浄化炎だから熱くないって」
「浄化炎だから死ねるんですよ!」
……あ、そか。
魔族だから火炎球なんかの精霊魔術は効かないけど、神聖魔術は効くんだっけ。
もう一度指を鳴らし、部下Sを包む青白い炎を打ち払う。
あちこち焦げまくった部下Sが、ひゅるひゅる、ぽてり、と倒れた。
「情けないわね、たかだか浄化炎程度の術で死にかけるなんて。一応、魔王でしょうあんた」
「魔王でもなんでも……貴女にちょっかいだされたらマヂで死ねますよ。それに私は今、七分の一の欠片なんですから」
「ま、こんじょーが足りないってことで」
「鬼ですか……」
その部下Sのつぶやきに、ちっちっと指を振ってこたえる。
「大魔王、よ」
「じゃあ、いってらっしゃい」
「いってらっしゃいって……こんな格好でどこ行けと……?」
「スキー帽にマスクとサングラス、手には高枝切りバサミとくれば場所は限られてくるじゃない」
「限られるじゃなくて限られてくるって……選択肢ってあるんですか?」
「そうねえ……
1・銀行
2・消費者金融
3・ヤのつく自由業の方の事務所……」
「全部、嫌です」
「ま、好きなところに行ってきて」
「無視ですか……」
当然。
部下Sに人権はないの。
だって、人じゃないし。
あとついでに神○にも。
あいつは私の下僕のようなものだし。
「簡単じゃない。高枝切りバサミ突き出して『金よこせやゴルァ!』って言えば終わりじゃない」
「人生がね……」
だから、あんたは人間じゃないんだって。
妙に背中のすすけた部下Sが、大きなため息をついた。
どうやら、逆らっても無駄なことが、今更ながらにわかったらしい。
「ああ、じゃあさ、変装すれば? あんた前にもリナ=インバースに変装してたじゃない」
「あれは別の欠片がやったことで……私といえば私なんですけど……」
「おお、神○に変装すれば濡れ衣着せられて一石二鳥じゃない」
「やれと言うならやりますけど……」
「いい? その格好じゃあ神○ってわかりづらいから、突入するなり『俺は神○一だぁー! カネカネキンコ!』って叫びまくるのよ」
「『カネカネキンコ』ってちょっと古くないですか? っていうかその時点で日本人じゃなくなってますよ」
「必要ならヤツがいつも使っている手作りのお面とかもオプションでつけるけど?」
「いえ、人の道は外れたくないんで」
「ふぅ、あんたにそんな風に言われるなんて、神○も格が落ちたわね」
「ちょっと待ってください! その言い方って私が神○よりも格下って言っているみたいじゃないですか!」
「そうは言ってないわよ。ただ、私から見るとどちらもカスみたいなものって意味だから」
……あ、なんか部下Sの影が薄い。
ふーみゅ。
魔王でも存在否定されれば精神 にダメージ受けるんだ
「とにかく、いってらっしゃい。うまくいけば後でタコヤキ奢ってあげるから」
「そのお金は私が稼いでくるんですけどね……」
さて、私は子との成り行きを見守るとするか。
部下Sの入って行った銀行が見える公園のベンチに腰を下ろし、なけなしの金をはたいて買った缶ビールのフタを開けた。
ファンファンファンファン
うーみゅ。
集まったわねぇ。
どうやら部下Sはしくじったらしく、中に入って数分もたたないうちに、銀行の周りはパトカーで埋めつくされてしまっていた。
「ほれ、ネェちゃん、あんたもどうだい?」
「あ、いただきます」
その間にも、私は公園に住みつくおぢ様たちと意気投合し、部下Sの失態を肴に、酒を酌み交わすまでになっていた。
ま、私ほどの美人を放っておくわけないわよねえ。
しっかし、最近のホームレスって意外とお金もってるのね。
『田舎のお袋さんが泣いているぞー!』
お決まりの台詞が遠くから聞こえてくるごとに、おぢ様たちが大笑いしたり、ヤジを飛ばしたりする。
「いやぁ、祭りだね、祭り。ワショーイってか」
「おっ、そろそろ突入するみたいだぞ」
『突入ー!』
私たちが見守るなか、ついに機動隊が銀行の中に踏み込んだ。
やっぱり。
銃ならともかく、高枝切りバサミが凶器じゃ突入するか……
「おーい、兄ちゃん。しっかり戦って逃げねぇと、俺みたいにムショにぶちこまれるぞー!」
「へえ、あんたムショに入ってたの?」
「おうよ!」
「他のおぢ様たちも?」
「いやぁ、ワシは会社をクビになっちまったんだ。ガハハハハッ」
「オレはよぅ、カミさん以外の女に手ぇだして、離婚するとき慰謝料代わりに家をぽーんとよ」
「俺なんか、ムショから出てきたら、家族はおろか、親類みんなどっかいっちまってたんだぜ」
……いろんな人生があるのね。
「んでよ、ヘタにどっかで家庭を持つより居心地いいからよ、こーいう公園に集まって生活してんだ。空き缶拾いだのゴミ漁りだの、金稼ぐのは大変だけどな」
人間って、強いなぁ……それに比べて。
焼酎を口にしながら、ちらりと銀行のほうを見る。
突入した機動隊に部下Sが引きずり出され。乱闘が繰り広げられている。
長いリーチを誇る高枝切りバサミも、集団の中では邪魔でしかない。
振り回すことはおろか、突くことも、杖にして身を支えるのも難しい。
弱い、弱すぎるぞ部下S……
あまりの情けなさに涙をちょちょぎらせながら、私は口いっぱいにスルメを頬張った。
翌日のスポーツ新聞の見出しはこうだった。
真昼の珍事! 凶器は高枝切りバサミ?
消えた犯人はどこに!?
どうやら部下Sはどうにかして逃げ出せたらしい。
私の元には戻ってきてはいないが、ま、元気でやっているだろう。
おっ、阪神は昨日も勝ったな。
横浜はこれで自力優勝はなくなった、と……
あー、また日本の株価が下がってるじゃない。
やっぱりだめね、K泉は。
――さて、カードの限度額もリセットされたことだし、軽ーくショッピングにでも行きますか。
読み終えたスポーツ新聞とカフェオレの空き缶をゴミ箱にぶち込み、私は大阪の街にまぎれていった。
――そのころ、エリア51では――
ぼこっ
土が盛り上がり、中から白い手が生えた。
つづいて肩、顔、上半身。
最後に全身が。
土にまみれた男は天に向かって拳を突きつけ叫ぶ。
「天才ふっっっっっっっかーーーーーつ!」
ここに、バカが一人蘇った――