路地に赤いコートの背中が見えて、反射的に車を降りた。 声をかけるとフラメルの十字架を鮮やかに刻印した背中がひくりと緊張した。そのとき、ロイ・マ スタング大佐はそのコートから伸びているのが軍靴であることに気がついた。 「…あー大佐」 首だけややこちらに回して言う。目も合わさない。少年の前に回りこみ、いつもの軽薄な調子を 装って声をかけると、観念したような、馬鹿に明るい笑いが返ってきた。 「まさか会うとは思わなかったなあ、何あんた、何してんの」 「仕事帰りだ。明日着くんじゃなかったのか」 「乗り継ぎがうまくいったんだよ。やーどうも陽気がいいからさ、もちろんこれからそっち行こうと 思ったんだけどぶらぶら散歩して行こうかなあって、ほらあんたけっこーこの時間帯デスクにい ないじゃん? 広場の角の、なんていったっけ、ダブルにするとおまけしてくれるとこ、あそこのア イス食ってから行こうと思ってさあ、」 「その格好でアイスかね」 やけに多弁だった、その笑顔がひくついた。大佐は戯れに小さい生き物をいじめてしまったとき のような心持ちがした。後悔と、すこしばかりの快感。ややタイミングを外した彼はそれでも少年 ぽい声を作り「知らねえんだろ、うまいんだ、あそこの」といいながら角のアイスクリーム屋まで駆 け出す。 少年は赤いコートの下にブルーの軍服を一そろい着込んでいた。もちろん大佐にとっては見飽 きたデザインだが、少年がそれを着ているのを見るのは初めてのことだった。目新しい気がす ると同時に、すでにどこかでそれを着た彼を見ている気がした。また、それを見て得意な気にな ると同時に、心の底から落胆もした。 我ながらよくわからない気持ちをもてあまし気味にしながら、乗ってきた車に、自分は歩いて戻るから車 庫へ戻るよう命じた。アイスクリーム屋まで行くと、少年がピンクと黄色のアイスクリームを店員 から受け取っているところだった。 「ありがとうございました」 店員の声に背を向けた鋼の錬金術師は、先ほどとは違って、せっかく買ったアイスには不似合 いな硬い表情をしていた。しばらく黙っていると、ひとつ息を吐いてまた口角を吊り上げて笑った 。 「おれさあ、これ、最後のアイスにするから」 大佐は意味がわからなかった。しかし無邪気を装った笑顔には隠しきれない悲壮さが漂っていた。目で 問いただすと、エドワード・エルリックはイチゴのアイスを頬張りながらつぶやいた。 「これからはアイスなんて食えねえよな。こんな格好じゃさ」 5月の穏やかな風が広場の並木を揺らしていた。大げさで大真面目な誓約はマスタング大 佐を笑わせはしなかった。彼はきびすを返して足早にアイスクリーム屋に戻り、アイスを買って 小銭を出して少年のところへ戻った。 少年はアイスに口もつけずにぼんやりと彼を待っていた。幼さの残る風貌に軍服は似合わず、律儀に襟元を 留めた軍服にやはりダブルのアイスは似合わなかった。陽気がいいからさ、と言ったけれど彼は 厚手のコートを脱ごうともせず薄く汗をかいていた。泣きだしそうな顔だと思ったのは一瞬で、 彼はいつもの悪たれ小僧の口調で言った。 「ラムレーズンかよ、だっせえの」 ___ 南方***町を占拠したテロリストグループの逮捕のため、マスタング大佐以下一個中隊が出動命令 を受けた。鋼の錬金術師エドワード・エルリック「少佐」はうち一個小隊隊長に任ぜられ、敵陣では 左翼を任せられる。不確かな情報にもとづいていると、軍内部でもすでに批判が出ている出兵 だった。 エドワードがセントラルに着いてから5日後の出陣式で、マスタング大佐は中隊全員の前で檄を 飛ばした。エルリック少佐は蝋のような無表情のまま、小さな体を軍服に包み、ほかの隊員にあわせて敬 礼を繰り返していた。 大佐はそれを、壇上において目の端で捉えた。唐突にラムレーズンの味を思い出した。 (2004.05.09) |