青と赤
きちんきちんと畳まれていたのを広げて、おれはそれを無造作にTシャツの上に羽織った。胸元を 止めてブーツを履くと軍人が出来上がった。鏡に向かって敬礼してみる。すぐに口元が歪んだ。

馬鹿め。馬鹿な子どもめ。青い軍人がおれを笑った。

鏡の中、おれの像の後ろに弟が姿を現した。おれのトランクを持っていた。おれはそのトランクに 自分から手を伸ばすべきかどうか迷った。
弟はもはやこのことについて何も言わなかった。辞令を受け取ってから今日まで延々と繰り返した 堂々巡りの議論がちらりと頭をよぎった。鎧の体、時に雄弁な鎧の表情を、おれはこのときに限って 読み取る能力がないふりをした。

鏡に背を向けて弟に向き直ると、彼はこわれものを扱うかのようにトランクをおれに預けた。おれは 弟の手からそれをもぎ取らなくてもよかったことにとりあえず安堵し、そしてそんな自分を恥じた。生 身の弟、10歳のときの肉体を持った彼の表情の幻影がリアルに鎧の上にフェードしようとしたので、おれ はもうここにいてはいけないと思った。


「じゃあ、いってくる」

口早に言うと、アルはトランクからおれへと視線を移した。カチャ、という鎧の擦れ合う音に何かを言おう とする気配があったので、それを振り切るようにきびすを返した。

「にいさんは」
せめてドアまでは立ち止まるまいと思ったのに、案の定おれは二歩目で立ち止まった。

「にいさんはぼくのにいさんだ。だから帰って来る」
がらんどうの鎧の内側で懐かしい声が響いた。弟はおそらくおれに言っているのではなかった。誓いであ り、呪いであろうと思った。

ベッドの上にアルの荷物と一緒におれのコートが畳まれていた。おれはとっさに右の手を伸ばして それをとりあげ、肩に担いでドアを開けた。

「おう」

くたばれ軍人、呪われろ。

振り向きもせずおれはドアをくぐった。左手にトランク、右手に赤いコート、記されたおれたちの印が いつまでもおれを呪えばいいと思った。



(2004.04.27)


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