〜グリンスヴァールの森の竜〜
〜グリンスヴァールの森の竜〜
静かだった学園に、徐々に活気が戻ってくる春――――…多くの志を持った者が、グリンスヴァール学園の門をくぐる。
知識を極めようとする者、自らを鍛えようとする者、縁故ゆえに学園に籍を置くことになった者と、その理由は様々である。
これから一年、彼らは何を得て、また、何を失って学園から巣立つのだろう? 入学式を終え、賑やかに騒ぐ生徒達を見ながら、俺は何となく、そんな事を考えていた。
なぜ、入学当初にいきなりそんな事を考えていたかというと、それは――――…。
「まったく、退屈な時間だったわ。こういう堅苦しい行事は、会場ごと粉々にしたら楽しいでしょうね」
「頼むからそれは止めてほしいんだが。俺の教師としての立場がまずいことになってしまう」
思いっきり不機嫌そうにしながら、学園の生徒が着る制服を着用しているリュミスのせいであった。見て分かる通り、リュミスもまた、学園に新入生として入学したのだ。
最初にクーから聞いた時は、いったい何の冗談かと思ったが、どうやら本当だったらしい………悪い夢であってほしかったんだが。
一年間………この学園でリュミスと過ごすことになると考えると、早くも来年のことに思いを馳せたくなるのも、無理からぬことだろう。
「あら、それは良いことを聞いたわ。こんな所で遊んでいるより、巣作りに本腰をあげてほしいし――――いっそ、ぱっとヤっちゃおうかしら」
「………」
何しろ、入学早々この状況である。こんな調子では、いつ学園が崩壊するか、はたまた、俺の命が奪われるのか知れたものではない。
上機嫌で、物騒なことを言いながら、生徒達を見渡しているリュミス。どうしたものかと俺が途方にくれていると、のんびりとした声がリュミスの動きを止めた。
「駄目ですよ、リュミスさん。ブラッドさんを困らせるのは良くないと思います」
「――――なっ!? 竜殺しの………どうしてここに」
「私も今年、この学園に入学したんです。リュミスさんとは同期ということになるんでしょうか?」
ニコニコと笑みをリュミスに向けながら、学園の制服に身を包んだユメは………なぜか、その手に抜き身の剣を持っていた。言わずもがなその剣とは竜殺しの剣である。
「物騒な物をもっているけど………それで私を脅しているつもりなのかしら?」
「まさか、そんなつもりはありません。ただ、対等な条件でなければ、言うことを聞いてくれるとは思えなかったし、あくまでも自衛のためです」
火に油、といった感じに、あからさまに機嫌を悪化させているリュミスに対し、ユメはあくまでも涼しげな顔。もっとも、笑顔のわりに目元は笑っていなかったが。
うら若き美少女二人が俺を間に挟んで睨みあう光景は、傍から見ていると微笑ましいかもしれないが………当事者の俺にしてみれば、命の危険が倍加したようなものである。
助けを求めて周囲を見渡すと、一触即発の状況に気づいたのか、慌てた様子でこちらに走ってくる小柄な影が見えた。
「すみません、ご主人様…遅くなりました。ユメ様、どうぞ剣を収めてください。あとは、私が受け持ちますので」
「クーさん………そうですか? では、おまかせしますね」
駆け寄ってきたクーに促され、ユメは竜殺しの剣の切っ先をリュミスから逸らす。どうやら、戦う気が無いというアピールのつもりらしかった。
殺気をはずされたとはいっても、それで気が晴れるわけでもなく、リュミスは不機嫌な顔のまま、ユメ、クーの順番に視線を移した。
俺ですら、恐れること間違い無しのリュミスの視線に対し、表面的には笑顔を見せるクー。そんな彼女に対し、リュミスはつかみ掛らんばかりに殺気立っているようである。
「あなたね…これはどういう事かしら? 竜殺しが一緒だなんて、聞いてはいなかったわよ」
「申し訳ありません。色々とこちらにも都合というものがありまして」
「冗談じゃないわ! あんな猛獣と一緒に生活なんてできないわよ! 帰るわ」
苦笑したクーに怒鳴りつけ、リュミスは踵を返す。このまま帰ってくれるというのなら、俺としてはありがたい。そう思っていたんだが――――。
「計画が、駄目になってもよろしいんですか?」
「――――…」
なぜか、クーのその一言に、リュミスの動きがぴたりと止まった。いったいどうしたんだと思っていると、リュミスが再びこちらに向き直った。
その顔には相変わらず不満そうな表情を浮かべているが、それでも、先程のような荒々しい殺気は嘘のように消え去っていた。
「………しょうがないわね。場合が場合だし、我慢することにするわ」
「え”」
「何よ、ブラッド。思いっきり意外そうな顔をして」
「ああ、いや、別になんでもないんだが――――」
などと誤魔化しつつ、内心で俺は驚嘆していた。あのリュミスが、我慢――――気に入らなければ、なんであれ粉砕する彼女が、一体どう言う風の吹き回しだろうか?
「まぁいいわ。ともかく、これから住む場所だし、施設を見て回ることにするわ。ブラッド、案内しなさい」
「あ、ああ」
ふんぞり返って胸を張り、俺に命令するリュミスに逆らえるはずも無く――――俺は、内心で深く深く溜め息を付く。
いつ激発するか分からない、リュミスの傍にいるのは、正直、気が気でないのだが………かといって、他の者に任せたら、それはそれでリュミスの機嫌を損ねるだろう。
結局、俺はリュミスが怒らないことを願いつつ、彼女の案内役を請け負うことになった。まずは近場にある食堂に向かうことにして、俺は少し迷い…リュミスの手をとった。
「………どういうつもり?」
「このあたりは生徒が多いからな………それなりに広い学園だし、はぐれた場合、探すのが面倒になるんだが…嫌だったか?」
「――――別に、嫌ってわけじゃないけど」
と、口ではそう言ってはいたが、リュミスはむすっとした表情でぷいっとそっぽを向いてしまった。まぁ、手を振りほどかれなかったので、許されたと思っておこう。
俺はリュミスの手をひいて、その場から離れた。あちこちから好奇の視線が向けられるが、その大半が、見目麗しいリュミスに向けられていたのは言うまでも無い。
「ここが食堂だ。いつもというわけではないが、時々、食事を取る事もある。味は悪くは無いからな」
「…ふぅん」
俺の説明に、興味なさげな声を発しながら、食堂を見回すリュミス。食堂は、入学式を終えた生徒達がたむろっており、それなりに盛況だった。
入学式当日ということもあり、当然ながら授業は無い。暇をもてあました生徒達が時間を潰すのに、食堂は格好の居場所であった。
「さて、せっかくの機会だし、お茶にでもするか? 見晴らしの良いオープンテラスでくつろぐのも、悪くは無いと思うんだが」
「………そうね。それも良いかもしれないわね」
俺の提案に、リュミスは考えるそぶりを見せる。どうやら、機嫌は悪くないようだ。と、内心でほっとしていると…食堂で働いていたウェイトレスが俺達に近づいてきた。
「旦那様、お食事を取りに来られたんですか?」
「――――ああ、ラキか。いや、少しな…」
ウェイトレス姿の少女に、俺は苦笑を返す。今年に入り、再び食堂でアルバイトを始めた少女は、俺の苦笑を見て、不思議そうに小首をかしげた。
俺の付き人となってから、ラキは、俺の感情に機敏に反応するようになった。俺のことを考えてくれるのは悪い気はしないが、こういう時は少々気まずくもある。
なにしろ今は、婚約者であるリュミスと手をつないでるのだ。表面上はどうあれ、傍から見ては良い気分ではないだろう。
まぁ、本来なら、そんな事を気にする必要もないんだが…そもそも、巣にいるときだって、気が向けばユメやフェイを寵愛していたし、それをメイドに見られる事もあった。
そう考えれば、たかだか手を繋ぐくらいは何でも無いはずなんだが――――学園という環境がそうさせるのか、変に気を使ってしまうのである。
「………旦那様? ブラッド、この娘は何なの?」
「あ、いや、それは――――」
と、そんな事を考えていると、俺とラキのやり取りを聞いていたリュミスが、怪訝そうな表情で俺に質問してきた。その目は警戒するように、ラキの姿を一瞥している。
さて、どう説明したら良いだろうか? 下手な説明をしたら、その場でリュミスに投げ飛ばされそうな気もする。
「彼女はラキといって………学園での俺の付き人だ。まぁ、巣にいるメイドたちと同じようなものと思ってくれて良い」
「………ふぅん、そう」
俺の言葉に納得してくれたのか、リュミスは一つうなづくと、俺の手を振りほどき、手近にあった椅子に腰掛けた。そうして、ラキを見つめ、口を開く。
「喉が渇いたわ。紅茶を用意してちょうだい」
「はい、かしこまりました」
唐突なリュミスの命令に、ラキは素直に従い、足早に厨房へと歩いていく。クーの教育の賜物なのか、その立ち振る舞いは見事なものだった。
「………よく訓練されているみたいね。生活に不自由することになってないのなら、重畳なことだけど」
「ああ、ラキには世話になっている。身の回りの世話をしてくれる者のありがたみというのは、生活する場が変わってこそ、分かるものだと知ったよ」
最初に学園に来た時は、一人暮らしの開放感に浸っていたが、すぐにその大変さに気づかされた。食事や洗濯などが、手間のかかる事であると知らなかったかったからだ。、
ラキが居なければ、学園生活における衣食住は、惨憺たるものになっていた事は間違いない。本当に、感謝してもし足りないほどだった。
と、そんなことを考えている俺の顔に、グサグサと突き刺さる視線――――顔を向けると、リュミスが何か言いたげな表情をしていた
「ん………? どうしたんだ、俺の顔に何か付いているのか?」
「別に、何でもないわよ………それはそうと、ブラッド、私の世話役として、あの娘を借りることにするから、いいわね?」
「――――は?」
本当に、何の前触れもなく、リュミスがそんな事を言い出したのは、何の冗談かと耳を疑ったほどである。
とはいえ、唯我独尊傲岸不遜なリュミスが、冗談を言うはずもなく――――俺を睨みつける瞳は、真剣そのものであった。
「それはひょっとして、ギャグで言っているのか?」
「なに言ってるのよ、大真面目に決まっているわ」
「………やはり、そうか。しかし、何でラキなんだ?」
俺の疑問に、リュミスは心底イヤそうな表情をしてから、不機嫌が極まりないといった表情で口を開く。一瞬、言葉の代わりに火でも噴くのかと不安になったほどだ。
「学園に入学する話になった時、あの執事に、世話役もつけるように言っておいたのよ。そうしたら、世話役も何名か、学園に一緒に入学させると言っていたわ」
「ふむ、なるほど………それなら、ちゃんとした世話役がいるということじゃないか」
「ええ。まさかその世話役の中に、竜殺しがいるとは思ってなかったけど」
「………ああ、なるほど」
リュミスの言葉に、俺は納得したように頷く。リュミスにしてみれば、自分に害をなす可能性のあるユメを身近に置いておくつもりはないのだろう。
かといって、世話役が一人減れば、それだけ快適さがなくなるのは明白であり、だから俺の付き人とユメを交換しようと言い出したのだろう。
ユメと俺は気心の知れた仲であり、別段、俺の方に異論はない。問題があるとすれば、ユメやラキの気持ちなのだが………リュミスはそんな事は歯牙にもかけていないだろう。
「……分かった。ラキには話を通しておくことにする」
「ええ、お願いね」
正直なところ、可愛い教え子をリュミスのもとで働かせるのは若干不安があったが、断ったら俺の命が危なそうだったので、仕方無しに頷くことになった。
まぁ、ラキはああ見えて要領も良いし、きっと大丈夫だろう。と、楽観していたその時である。
「あ、わわっわっわあ、きゃあ!」
「――――ぇ?」
まさに予想外な方面から、破滅の一撃が放たれた。発端は、リュミスの背後を通っていたウェイトレスの少女、確かリリーという名の少女が、悲鳴とともにすっ転んだ。
その手に持っていたのは、学食定番のスープつきの定食。それが宙を飛ぶと止めるまもなく――――リュミスの頭上に降り注いだ。
空気が凍りついた。まさか俺も、あのリュミスが頭からスープまみれになるとは思っておらず、呆然とその光景を見つめていた。と、リュミスの頬が動く。
「っく」
あ、爆発する――――そう感じたのは、リュミスに長年虐げられてきた、俺の経験のなせる業だった。
一瞬の間に予想する。粉砕する食器と家具、逃げ惑う生徒達、食堂を爆砕するリュミス――――まずい、非常にまずい。そう思った次の瞬間、俺はリュミスの手をとっていた。
「リュミス、俺の部屋に行こう。シャワーならすぐに浴びることが出来るはずだ」
「――――え」
と、幸いなことに爆発寸前のリュミスの表情が、わずかに収まる兆しを見せた。これ幸いにと、俺はたたみ掛けるように言葉を発する。
「着替えはクーに手配させるから、リュミスはシャワーを浴びて待っているだけで良い。その間は、俺のシャツを着るなりして待っていてもらうしかないんだが」
「ブラッドの、シャツ………」
「よし、そうと決まったら行くぞ」
何やら考え込んでいるリュミスの手を引いて立たせると、俺はリュミスを引っ張るように寮の自室へと向かった。
ともかく、リュミスが我にかえって怒り出す前に、シャワーを浴びさせてしまおうと、内心で戦々恐々しながら、俺は食堂を後にしたのであった。
シャワーの流れる音が、隣の部屋から聞こえる。職員寮の一室、住居としている俺の部屋で、リュミスがシャワーを浴びている。
「………なぜだ!?」
思わず、自問自答して頭を抱える。本当に、なぜこんな事になったのか、リュミスを学園に案内するのが本来の目的だったはずだ。
それが、どう間違えたのか、リュミスを部屋に連れ込んだ挙句にシャワーまで浴びさせている状況である。今のところはリュミスは大人しいが、それもいつまで持つか…。
頼みは、着替えを持ってきてくれるはずのクーなのだが、何故か今回に限っては、なかなか姿を現さない。いったい、どうしたというんだろうか。
ともかく、着替えが届くまでは、リュミスのご機嫌取りに奔走しなければならないだろう。そう考え、俺は溜め息をついた。
リュミスの機嫌を直すためには、半殺しにはされかねないだろうなと、予想したからである。
なにしろ、矜持の塊のリュミスだ。頭からスープをかぶせられるような屈辱をうけて、平然とはしていないだろう。
「ともかく、何事も無いのが一番なんだが、そうも行かないんだろうな………ふう」
「何を重い溜め息をついているのよ、ブラッド」
「っ!? あ、ああ、リュミスか。すまないな、まだ着替えは届いていない――――」
んだ。と言おうとした俺は、振り向いた直後に硬直した。とりあえず、着替えが届くまでの急場しのぎにと、俺のシャツを渡したのだが……。
何を考えたのか、リュミスは俺のシャツ一枚で浴室から出てきたのである。パンツは履いているものの、シャツを押し上げる胸には何も着けておらず、ノーブラだった。
まばゆい金色の髪は、シャワーを浴びるためにおろされており、いつもと違った印象を俺に与える。
まだ髪が濡れているのか、タオルで髪を拭きながら立つリュミス。その美しさに、俺は思わず喉を鳴らしていた。と、それが聞こえたのか、リュミスが俺を睨んできた。
「何を、じろじろと見ているのよ」
「あ、ああ! すまない……」
自分でも、声が裏返っているのを自覚しながら、俺はリュミスから顔を背けた。顔が赤いのが自分でも分かる。いったい、どうしてしまったんだろうか?
まるで、目の前のリュミスに欲情してしまっているかのようだ。あの、リュミスにだぞ……ありえないはずなんだが。
「……どうして、目をそらすのかしら」
「いや、その、すまない」
拗ねたようなリュミスの言葉に、俺はぎこちなく視線を戻す。湯上りの少女……恐ろしいリュミスベルン……交互に頭の中で単語がぐるぐると回る。
そんな混乱を吹き飛ばしたのは、ポツリと呟いたリュミスの一言だった。
「ブラッドも、シャワーを浴びてきなさいよ」
「!」
さすがに、それがどういう意味かは俺にも理解できた。どうする、どうしようと考えるが、結局、俺がリュミスの言葉に逆らえるはずも無く……。
「わ、わかった」
ギクシャクとした動きで、俺はシャワーを浴びに浴室に向かう。背中に感じるリュミスの視線に、戦々恐々しながら、俺は浴室の扉を開けたのだった。
浴室でシャワーを浴びながら、どうしたものかと頭を悩ませる。リュミスがシャワーを浴びるように促したのは、まぁ、そういうことなんだろう。
女の扱いのテストを実施するということだろう。リュミスを満足させられなければ、俺の命は無いということだろうな。
シャワーを浴びながら、俺は溜め息をつく。正直な所、自信は無い。いくら人間の女で練習をつんでいるとはいえ、相手はリュミスなのだ。
彼女の身体に触れることすら勇気がいるというのに、満足させることなど出来るのだろうか?
「……まぁ、そんなに心配することなど、無いのかもしれないな」
シャワーを浴びながら、俺は呟きを漏らす。こういった状況の時、最近では何故か邪魔が入ることが常であったため、今回も誰かが割り込んでくるのではと思ったのだ。
おそらく、着替えを持ったクーや、竜殺しの剣を持ったユメが乱入してくるのではないか。そう考え、俺はシャワーを浴び終えると、浴室から出る。
「随分と遅かったわね」
「……あれ?」
そこには、バスタオルを身体に巻いて、仏頂面のリュミスが、不機嫌そうな表情でベッドに腰掛けて待っていた。部屋には、他に誰もいない。
あての外れた俺が、間の抜けた声をあげたのを聞いて、リュミスが瞳を瞬かせる。首を傾げると、垂らした金色の髪が揺れ、俺の目を釘付けにした。
「どうしたのよ、間の抜けた顔と声をして」
「あ、ああ。その……誰か部屋に来なかったのか?」
「部屋に? ああ、そういえば着替えを持ってきた召使がいたけど――――着替えだけ受け取って、追い返したわ」
「お、追い返した!?」
リュミスの言葉に、俺は仰天する。予想通り、部屋に誰かが来たようだが、まさかリュミスが追い返していたとは思わなかったのだ。
あまりの力技に、唖然としていると、俺の表情を見てか、リュミスの眉が跳ね上がった。
「何よ、不満そうね」
「あー、いや、そんなことはない」
「……まあ、いいわ。ブラッド、こっちにきなさい」
リュミスに命令され、俺はベッドに歩み寄った。リュミスは、勝気な表情で俺を見上げてくる。その瞳に吸い込まれるような錯覚を覚える。
美しいリュミスの顔を、じっと見つめていると、形の良い唇が動いて、俺に言葉を投げかけてきた。
「何を突っ立っているのよ。このまま私を放置しておく気?」
「そ、それでは……触れていいのか?」
「そうしなければ、何も出来ないでしょう。好きにしなさい」
リュミスの許可をもらい、俺は剥き出しになったリュミスの肩に触れる。滑らかな肌に触れるだけで、快感に脳がしびれるようだった。
俺は、両手をリュミスの両肩に置くと、彼女の身体を引き寄せる。顔が近づくと、リュミスは瞳を閉じて、俺の口付けを受け入れるように、身体の力を抜いた。
「んっ……」
唇が、触れ合う。あのリュミスにキスをしているという事実だけで、達してしまいそうなほどに、俺の気持ちは昂っていた。
リュミスの息遣いと、彼女の体から立ち上る香り――――唇を触れ合わせ、離し、リュミスの後頭部に手を当てて引き寄せながら、もっと深く繋がろうと舌を差し入れた。
「んうっ!? ふぅっ……じゅるっ」
口の中に進入する俺の舌に、一瞬、身体を強張らせるリュミスだったが、驚いたのは僅かな時間だけで、すぐに俺の舌に、舌を絡ませてきた。
お互いに、息をするのを忘れたかのように、俺もリュミスも、一心不乱に互いの舌を絡めあい、唾液にまみれた唇を重ね合わせては、むさぼるようにキスを繰り返す。
溶けるように絡まりあっていた舌を離し、唇を話すと、リュミスは放心したように荒く息を吐く。幾分緊張がほぐれた俺は、リュミスの身体を覆うタオルに手を掛けた。
リュミスの身体を覆う、タオルが剥がれ落ちる。熱烈な口付けで身体の力が抜けたのか、脱力したかのように、ベッドに仰向けになるリュミス。
一糸纏わぬ、美しい裸体に、理性がなくなりそうな俺は、彼女の両膝に手を掛けると、扉を開くかのように、左右に足を押し広げた。
「あ……そこは、っ……!」
リュミスの下半身、その最奥には、形の整った膨らみと、慎ましやかな花弁のような襞(ひだ)、薄く生え揃った金色の毛が、俺の視線を釘付けにした。
指で花弁に触れてみると、俺とのキスで感じたのか、そこは既に蜜を湛えて、濡れそぼっていた。どうやら、女性としての扱いは他の人間の娘と一緒で、良いようだ。
リュミスも、快感を感じていると知り、俺は、より快感を強めるために、彼女の膣口に口付けをする。そのまま舌を差し入れると、リュミスの身体が跳ね上がった。
「ひぅっ!? ぶ、ブラッド……何をしているの?」
「何と言われても、見ての通り、リュミスのここに口付けをしているだけだ」
そういうと、俺はことさらに音を立てるように、リュミスの花弁に口づけをし、舌を這わせる。先ほどのディープキスで敏感になっているのか、彼女の身体に震えが走る。
俺は指先で花弁を開くと、埋没していた小さな突起を見つけ、指を這わせる。快感によって膨らみ始めた突起を触られ、リュミスはあられも無い声を出し、身もだえした。
「あひっ、くっ……ぶ、ブラッド、強すぎる……っ!」
快感で絶頂を迎えようとしているのか、リュミスの身体がぶるぶると震える。俺は駄目押しとばかりに、花弁を吸い上げて、突起をつまみあげた。
「や、やめなさい、ブラッド……っ、ああ……っ!!」
ビクンビクンと身体を痙攣させ、絶頂に達するリュミス。力の抜けた身体が、ベッドの上に倒れこんだ。豊満な胸が上下しているのを見て、俺は安堵する。
リュミスを満足させることが出来れば、当面は命の危険はないはずである。安心して良いんだよなと、俺はベッドに横たわったリュミスに声を掛ける。
「リュミス、満足できたか?」
「……っ!」
「ぐは!! な、何をするんだ!?」
顔を覗き込んでリュミスの様子を見ていた俺だったが、いきなり身を起こしたリュミスの鉄拳をボディにくらうことになった。
先ほどまで脱力していたのが嘘のように、ベッドの上に立ちながら、俺を睨んでくる。肌を隠すようにシーツをたくし上げて、仁王立ちする姿は、美の女神と称して良い。
もっとも、今の俺にとっては破滅の女神と称してよかった。いったい何がリュミスの機嫌を損ねたのかと、俺は戦々恐々としながら、リュミスに問う。
「リュ、リュミス……いったい何を怒っているんだ?」
「ブラッド……私は、止めろって言ったわよね。なのに、貴方は私の命令に逆らった。珍しいわね、私の命令を聞かないなんて」
そういわれて、俺はさっき、リュミスが喘ぎながら……そんな事を言っていたのを思い出した。
あの時は、その場の流れというか、リュミスをいかせる直前だったので、その言葉を無視するように行為を続けたのだが……リュミスはお気に召さなかったらしい。
「私の言うことを聞かないなんて、いい度胸をしているわね。ブラッド」
「ま、まて……あの状況で止めたら、それはそれで欲求不満になっていたと思うぞ」
「…………」
俺の言葉に、リュミスは黙り込む。さすがに、自分が達した件については恥ずかしかったのか、頬が薔薇色に染まっている。
しばしの間、沈黙していたリュミスだったが……とりあえず、この件は不問にするつもりなのか、ふん、と不満そうに一言だけ言うと、ベッドに腰を下ろした。
シーツで身体を隠しながら、ベッドに座るリュミス。ふてくされる様な顔の彼女に、俺は苦笑を浮かべながら、続きをするか問いかけることにした。
「さて、それで続きはどうするんだ?」
「続き、って……?」
「だから、今までしていたことの続きだ。絶頂に達したわけだし、満足したというのなら、これで俺の役目も終わりだと――――ど、どうした? ムッとした表情をして」
俺の言葉に、リュミスは鋭い目つきで俺を睨んできた。いったい、何がリュミスの気に障ったんだろうか?
「満足なんて……するわけないじゃない」
「ん? 今、なんて言ったんだ?」
「……なんでもないわよ」
リュミスは、そっぽを向いて、ぶっきらぼうに言葉を口に出す。やれやれ、さっきまでは気持ち良さそうに喘いでいたのとは、まるで別人みたいだな。
そんなことを考えながら、俺は先ほどの行為を思い出す。快楽に翻弄されるリュミスの姿は、今まで抱いたどの女よりも魅力的だった。
出来ることなら、彼女を組み敷いて処女を奪い、俺の欲望をぶつけたいとさえ思ったが………さすがに、相手が相手なだけに、命の危険が先に立つ。
そういうわけで、俺からは積極的にアプローチできるはずもなく、リュミスの命令待ちの飼い犬…というか、飼い竜のような状況になっているわけだが。
「それで、どうするんだ?」
「………はぁ」
俺が重ねて問うと、リュミスは深い溜め息をつき………呆れたのか、気が抜けたのか、珍しくも険の取れた表情で俺を見つめてきた。
なんというか、少し落ち着かない。いつも、鋭い目つきと罵声がコミュニケーションだから、こうして優しげな表情をされると、どうにかなってしまいそうだった。
「今日は、もういいわ。ブラッドも、ちゃんと夜の方は勉強しているみたいだし。女の扱いは、及第点とは程遠いけどね」
「そ、そうか………すまない、何か気に障ることをしたか?」
「それは自分で考えなさい。さて、まだ日も高いし、部屋でくすぶってるより、学園を見て回った方が楽しそうね………着替えが終わったら、案内しなさい」
「わ、わかった」
俺は、リュミスに命じられるより早く、部屋の隅に置いてあった代えの制服と着替え一式をリュミスの手元に届ける。
とりあえず、俺の行動はリュミスの意に添っていたのか、リュミスは満足そうな表情で着替えを受け取ると、下着を手に取った。
俺は慌てて、回れ右をしようとしたが――――リュミスの鋭い視線を受けて、身体を硬直させた。リュミスは着替えをしながら、こちらを見ている。
「どうして、顔を背けようとしたのかしら、ブラッド」
「い、いや………さすがに、着替えを見られるのは恥ずかしいのかと思って………恥ずかしくないのか?」
「………別に、どうって事は無いわ」
口ではそう言っているものの、さすがに恥ずかしかったのか、リュミスの顔に赤みがさす。しかし、プライドの高いこともあり、今さら後には引けなくなったようだ。
下着を着け終えて、ボタンつきのシャツを手に取りながら、リュミスは俺を威嚇するように睨みつつ、命令をしてきた。
「顔を背けるのは許さないわ。ブラッドはそこで、私の着替えが終わるまで見ていること。いいわね!」
「あ、ああ」
なんと言うか、生殺しに近い状況に、俺は悲鳴とも溜め息とも取れる返事をすることになった。こうなったら、早くリュミスの着替えが終わることを願うばかりである。
幸いなことに、着替えというのは付けていく布地が増える分、後半は楽になるはずである。だから、しばらくすれば気も休まるだろうと思っていた。
それが甘いことに気がついたのは、すぐ後のことだった………着替えの途中というのは、変に色気のある格好になることを、失念していたのである。
「んっ………なかなか付けづらいわね、これ」
「ぐ……」
下着の上からシャツを羽織り、ボタンを下から付けようと躍起になっているリュミスは、前かがみになったことで、胸の谷間が強調されていることに気づいていないようだ。
俺のことを、なんとも思っていないせいか、無防備な所が厄介だった。正直なところ、理性が保てるのか不安になってきたくらいである。
結局、リュミスが着替えを終えるまでに、俺は並みの女相手なら十数回は押し倒せそうな欲望を、我慢する羽目になったのであった。
………………
さて、そんなことが学園の片隅で行われている頃――――学園長室では、温厚な風貌の青年が、桃色の髪の少女と向かい合わせで席に座り、お茶の時間を楽しんでいた。
穏やかな空間での、のんびりとしたお茶会………だが、交わされる会話はというと、のんびりとは程遠い、過激な内容のものであったが。
「………つまり、この学園は今、脅されていると?」
「うん。正確に言うと、脅すというよりは、警告されているんだけど。学園にいるブラッドせんせーの、女性関係について、邪魔をするなって」
学園長の言葉に、桃色の髪の少女は、困ったような表情をする。学園の精霊として、この学園内で様々なトラブルを解決してきた彼女も、今回の件は特別だったようだ。
発端は、つい先日、学園に届けられた一通の封筒であった。それは、差出元が魔界からという、特別な添付がついた封筒であった。
中身を見ると、ギュンギュスカー商会という商社からの手紙で、一緒に現金の表記された手形が入っていた。その金額は、かなりの額である。
驚く学園長だったが、一緒に同封された手紙をみて首をかしげた。そこには、折り目正しい字でこう書かれていたのである。
『敬具
健やかなる時をお過ごしでしょうか? 本年につきましては、当商会からも複数の生徒を当学園に編入させようと思っております。
つきましては、彼女達の起こすトラブル、また、恋愛行動についての自由の許可をいただきたいと思っております。
彼女達が一概に好意を持っている職員は、ブラッド先生ですので、そのあたりの融通を利かせていただければ幸いと思っています。
なお、同封されております手形については、どうぞお納めください。ただし、状況によっては、それは学園の修繕費ともなりますので、あしからず御注意を。
それでは、グリンスヴァール学園の発展と繁栄を祈らせていただきまして、絞めの挨拶とさせていただきます。
「ギュンギュスカー商会………聞いた事の無い名前だけど、シャルは知っているのか?」
「ううん。でも、かなりの規模の商会なんじゃないかな? 何せ、学園を数回、建て直せるくらいの金額を送って来るんだし」
送られてきた金額は、とんでもない額であった。文字通り、学園を買えるくらいの金を惜しげもなく提供してくるのだから、相手の本気は二人にも理解できた。
「それで、ブラッド先生の交友関係を静観することにするのか?」
「まぁ、それもしょうがないかなー、って思ってるけど。何しろ、編入してきたうちの一人は、ドラゴンの類だから」
「ドラゴン?」
「そう。機嫌を損ねても、学園内なら何とかできるけど……敷地外から炎で学園ごと焼かれたら、防ぎようもないからね」
学園の敷地内なら無敵といっていい力を持つ彼女だが、逆に言えば、学園外については、力を行使できない状況にあった。
他国の軍隊が、攻め寄せてくるのも『学園外』の出来事であり、そういった部分においては、彼女は万能足りえなかったのである。
「とりあえず、機嫌をそこねないように、手紙に書いてある内容の通りにするのが得策ね」
「というと?」
学園長の言葉に、少女は楽しそうに笑顔を浮かべながら、あっさりと言い切ったのであった。
「当分の間は、エッチ解禁ってことで」
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