〜闘神都市V〜
〜闘神都市V〜
〜そして、それから〜
<都市長邸・寝室>
「とーちゃ、とーちゃ」
ぺちぺちと、頬を叩く小さな手の平と、可愛らしい声。眠りから目が覚めて初めて感じた感覚は、そんなものだった。
レメディアの声に、俺は、んー、と声をあげると、ベッドから身を起こす。寝ぼけた目で周囲を見渡すと。ベッドの端から上目づかいに俺を見るレメディアがいた。
「おはよう、レメディア。起こしてくれて、ありがとな」
「えへへ、おはよ、とーちゃ!」
俺が手を伸ばして頭を撫でると、レメディアは嬉しそうに笑顔を浮かべ、寝室の外に走っていってしまった。
おそらく、俺が起きた事を羽純に伝えにいったんだろう。まだ眠気の残る頭を一つ振ると、俺はベッドから出る。
「今日もいい天気みたいだな」
窓の外は、晴れ渡った青空が広がっている。今日も良い一日になりそうであった。
今日は確か、闘神大会2日目で、ボーダーさんの試合もあったよな。あとで、見学に行くのも良いかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は着替えをして部屋を出る。もっとも、頭の中で考えていた予定は、すぐに変更を余儀なくされる事になったのだが。
<都市長邸・応接間>
「とーちゃ、とーちゃは今日も、お仕事なの?」
着替えて顔を洗うのを済ませてからの朝食の席、のんびりと朝食をとっている俺に、レメディアがそんなことを聞いてきた。
レメディアの質問に、俺は少し考える。一応、今日はとり急いでしなければならない仕事はない。強いて言えば、ボーダーさんの応援をするくらいか。
「まぁ、仕事はいつでも回ってくるけど、今日は暇な方だよ。何で、そんな事を聞いて来るんだ?」
「あのね、ママが一緒に遊んでくれるから、とーちゃも一緒に遊ぶの!」
「もう、レメディアったら………ごめんね、ナクト。今日は朝から、こんな調子で、はしゃいじゃってるから」
すっかりハイテンションな、レメディアの様子に羽純が笑顔を見せる。どうやら、二人とも朝からご機嫌のようだった。
せっかくの和やかな雰囲気に水を差すつもりもないし、今日は急ぎの予定もないんだ。昼過ぎくらいまでは、のんびりしていても罰は当たらないだろう。
「いいさ。今朝は急ぎの用事もないんだし、俺もレメディアと一緒に遊ぶよ」
「本当? よかったわね、レメディア」
「うん!」
羽純の言葉に、レメディアは満面の笑顔。見ているこっちも幸せになりそうな気がする、そんな笑顔を見せていた。
「さて、食事が終わってから遊ぶとして――――…レメディアは何がしたい?」
「んーと、あのね、あのね………ピクニックに行きたいの!」
俺の問いに、フォークを持った手をそのままに、ぶんぶんと振り回すレメディア。そういえば…レメディアは、あまり屋敷の外にも出た事は無かったな。
カラーということもあり、誰かにさらわれたりしたら大変と………闘神区画の外に出るときはもちろん、屋敷の外にる際も、レメディアを連れて行くことは滅多になかった。
子供のレメディアにとっては、広大な都市長邸だけでも充分すぎる広さのはずだが、やはり、外に広がる風景には惹かれるものがあったんだろう。
しかし、何だか切ない話だよな。こんな小さな、何も知らない子供の頃から、常に誰かに狙われることになるなんて。
ふと、羽純の方に目を向けると、同じことを考えてでもいたのか、羽純の表情も微妙に曇っていた。って、これじゃあ駄目だな。もっと、明るく行かないと。
「そうか。それじゃあ周りの森を回ってから、向こうに見える山に行ってみるか。いつもは危ないから行っちゃ駄目だけど、今日は俺が一緒だからな」
「わーい、とーちゃとママと、ピクニックだ!」
「ピクニックか………それじゃあ、お弁当も用意していかないと。お昼は山の上で食べる事にしようね」
嬉しそうな、レメディアの様子につられたのか、羽純の顔にも笑顔が戻ってくる。その様子に内心でホッとしながらも、俺は朝食の時間を過ごしたのだった。
「とーちゃ、はやくはやく!」
「はいはい。おーい、そんなに急ぐと、転ばないかー?」
木々の合い間を差して、木漏れ日が森の中に注がれる。ここは、都市長邸の裏に広がる、森林の中であった。
数多の木々が生い茂る場所だが、人が歩けるようにと、しっかりと整備もされている。舗装された石畳の上を、軽やかに舞うようにレメディアは走っていく。
まるで森の空気に溶け込むかのように、レメディアは自然のままに、そこに在った。森に祝福されるかのように全身で瑞々しい空気を受ける少女。
と、木の根につまづいたのか、走っていたレメディアが数歩よろめく。幸い、転んだりはしなかったようだ。
「大丈夫か、レメディア?」
「うん、だいじょーぶだよ」
と、レメディアは言っているが、少し心配ではある。別に、生傷が耐えない男のがきんちょなら転んでも別に大したことはないが、レメディアは小さな女の子だ。
お弁当作りのために、羽純は場を離れているし、そんな状況でレメディアに怪我でもさせたら、俺の立つ瀬というものが無くなるというものである。
「よし、レメディア、久しぶりに肩車でもしようか? 俺の頭の上は、見晴らしがいいぞ?」
「かたぐるま? わーいっ、するするっ!」
一度、身を屈めてからレメディアを肩の上に乗せると、レメディアは肩車がお気に召したらしく、キャッキャッとはしゃいでいた。
ご満悦な様子のレメディアに気を良くした俺は、肩車のまま、走り出す事にしたのであった。
「よーし、それじゃあこのまま、森を一周するか! しっかり、つかまってろよ……それ!」
「わーい、ムカデさんよりも、はやーい!」
走る俺の頭の上から…レメディアの、はしゃいだ声が聞こえる。しかし、ムカデさんってのはベーコンの事だよな、多分。
俺は別に喜んでやってるからいいけど、ベーコンにしてみれば大変なんだろうなぁ。そんなことを考えながら、朝の穏やかな時間は過ぎていく。
レメディアが喜んでくれるのが嬉しくて、森を2周、3周してから、屋敷に戻る。お弁当の用意ができた羽純と合流し、俺達は闘神迷宮のある山あいに向かった。
流れる風が、遠くの彼方に見える雲をゆっくりと流していく。闘神迷宮のある山の山頂、岩肌に大きなシートを敷いて、俺達は昼食後の時を過ごしていた、
朝から、楽しそうにはしゃいでいたレメディアは………満腹になった途端に睡魔と友達にでもなったのか、今では羽純の膝の上に頭を乗せて、お昼寝の最中である。
羽純は穏やかな表情で、レメディアの髪を手櫛で梳いている。その光景は、まるで一枚の風景画みたいだった。題名をつけるなら『母娘』という言葉が適切なほどの。
「………? どうしたの?」
そんな羽純の横顔を黙ってじっと見ていると…視線を感じたのか、羽純はレメディアの髪を梳く仕草はそのままに、顔だけを俺のほうにむけて聞いてきた。
「いや、羽純もお母さんが板についてきたと思って。もうすっかり、違和感がないな」
「そう言うナクトも、立派なお父さんだと思うよ。レメディアも懐いているもの」
「そうか、お父さんか………」
まさか、俺がレメディアの父親役になるとはなぁ………感慨深げに、どことなく誇らしい気持ちに浸っていると、羽純が拗ねたような表情で俺を見つめてきた。
「ねぇ、ナクト………生まれ変わる前のレメディアのこと、愛していたんだよね。じゃあ、レメディアが大きくなったら、ナクトはどうするの?」
「――――どうだろうなぁ。正直なところ、その時になってみないと分からないけど、どんな結果になっても、レメディアには幸せになって欲しいな」
「………そうだね。ごめん、変なこと聞いちゃって」
羽純は苦笑をすると、レメディアの頭を再び撫で始める。その様子を見て、羽純にも色々と迷惑を掛けっぱなしだなと、俺は思った。
小さい頃から、いろんな無茶につき合わせて、たくさん泣かしたのも羽純だった。レメディアはもちろんだけど、羽純にも幸せになって欲しかった。
「幸せにしたいな………羽純も、レメディアも」
ポツリと、言葉が胸の奥から突いて出る。願望に近い俺の呟きだったが、それを聞いた羽純は、朗らかに笑って言ったのだった。
「大丈夫、私もレメディアも………今が、とっても幸せだから」
<闘神区画>
ピクニックを終えて、羽純とレメディアを都市長邸に送り届けた後で、俺はその足で闘神区画の外に出ることにした。
お祭り騒ぎとなっている街中の様子に惹かれたのもあり、また、見ることは出来なかったが、今日行われたボーダーさんの試合結果も気になったからである。
一介の参加者では教えてもらえないが、闘神の特権を利用すれば、さすがに試合結果を教えてもらう事もできるけど、どうしようか?
まぁ、さすがにそれは特権乱用が過ぎるだろうし、まずは地道に聞き込みをするとしようか?
「さて、酒場とか広場を見て回る前に、買い物をしておくかな。レメディアに、おみやげを買ってくる約束をしている事だし」
先ほど、出かける時にレメディアと約束をしたことを思い出し、俺は頭をひねる。おみやげを買うとしても、どんなものを買えばいいだろう?
羽純や桃花の好みなら分かるけど、レメディアくらいの年齢の女の子が喜びそうなものとなると、皆目、見当がつかない。
とりあえず、色々と見てから決めようと考え、俺は顔なじみの道具屋に、顔を出すことにしたのであった。
<道具屋 ココリコ>
雑多な品揃えの道具屋の前、店に入ろうとした時――――店の奥から出てきた、ガラの悪い冒険者風の男とぶつかった。
「っと……」
「バカヤロウ、気をつけろ!」
その男は、俺に罵声を浴びせると、舌打ちを一つして歩き去っていってしまった。うーん、やっぱり俺って、威厳が足りないんだろうか?
ボーダーさんとかが似たような状況になったら、きっと相手が勝手に謝っていただろう。自分の迫力不足に悩みながら、俺は店の中に入ることにした。
「よう、来たのか。まあ、何か買っていけよな」
店に入っての第一声がこれであった。店主であるリココは、尊大な口調で来客を出迎えるのが常である。
良くこれで、閑古鳥が鳴かないものだとも思うけど、品揃えが良いのと、そういう尊大さが人望を集めているのか、繁盛しているようであった。
「あのさ……レメディアに、おみやげを買っていこうと思うんだけど、何かいいものは無いかな?」
「は〜、娘に土産物をプレゼントするってわけか。そういうことなら、いくつかあるが……金はもちろん持っているんだろうな?」
そう言って、値踏みをするように俺を見つめてくるのは、いつもの事。この少女にとって、世の中の大事なもののベスト3の中の一つは、金で間違いないだろう。
まぁ、アホ毛を抜くと途端にしおらしくなって可愛らしくなったりと、別の一面もあるんだけどな。それはそうと、金だよな。
「ああ、それだったら、ちゃんとここに――――あれ?」
そう言って、懐に手を伸ばすが……懐に入れていたはずの財布がなくなっていた。おかしいと思って、服のあちこちを探すが、見つからない。
変だな……? 出かけるときは、間違いなく財布を懐に入れたと思ったんだけど……ひょっとして、忘れてきたんだろうか?
「ん? どうしたんだ?」
「いや、ゴメン。なんだか財布が無いみたいなんだ…………出直してくるよ」
おかしいな、どこかに落としたんだろうか? 首をかしげながら、リココにそう言ったときである。
「おい、そこのお前」
「え……?」
唐突に、背後から掛けられた声に、俺は振り向いた。店の入り口に、一人の男が立っていた。
海賊帽を被った、眼帯をつけた剣士であった。鋭い目が、俺に向けられている。何のようだろうと思ったとき、その男は何かを俺に向かって放ってきた。
「ほらよ。これはお前さんのだろ?」
「って……これって、俺の財布?」
「ああ、お前、さっき店の前でチンピラにぶつかっただろ? その時に掏られてたんだよ。まったく、油断の多い坊やだな」
そう言うと、その男はおかしそうに笑った。それにしても、確かに俺よりは年上だろうけど、坊やは無いんじゃないだろうか?
「おいおい、そんなに睨むなよ。一応、俺は恩人だろ、お前さんの財布を取り返してやったんだからな」
「……それもそうか。どうも、ありがとうございます。俺はナクトっていいます。おじさんは?」
「コラ、お兄さんだろうが。いくら年上って言っても俺はまだ二十代なんだからな! まあいい、俺の名は、ディカキスだ」
そう言うと、にやりと笑うディカキスさん。なんというか、どう見ても海賊とかが似合いそうな、悪党スマイルだった。
「この店に来ているって事は、ディカキスさんも大会に出ているんですか?」
「おう、さっきコロシアムで戦って、勝って来たところだ。こう見えても、そこそこ腕は立つんだぜ」
そう言うと、にやりと笑みを浮かべる。口調は謙遜しているけど、その顔は自信満々であった。確かに、立ち振る舞いから見ても、かなりの腕前なのが分かる。
流石に、本選出場者ともなると、一目見るだけで、違いというものが分かるものだった。
「…………あれ? 勝ったんですよね? それじゃあ、相手のパートナーを一日好きに出来る権利ってのは、どうしたんですか」
「――――ああ、そのことか」
俺がそう聞くと、ディカキスさんは渋面になった。どうしたんだろうか?
「俺の仲間に、出場する条件として、相手の女性に酷いことをしないっていう約束をさせられてな。おちおち手も出せない状況なんだよ」
「へえ……」
「普段は鷹揚なくせに、そういう部分は潔癖なんだよな……まいるぜ、まったく」
やれやれ、という風に肩をすくめるディカキスさん。しかし、口ではなんだかんだと言っても、その仲間のことを大切に思っているんだろう。
そうでなければ、律儀に約束を守って、相手のパートナーを解放する必要も無いのだから。
「……? 何だよ、その顔は」
「いや、俺の財布の件もそうだし、ディカキスさんって、口が悪いわりにはいい人みたいだなあって」
「――――馬鹿にすんな。俺は善人じゃねえよ。単なる小悪党だ。ま、善人って呼べる奴が身近に居るから、感化されているのかもしれないけどな」
そういうと、じゃあな。といって、片手を挙げてディカキスさんは店を出て行った。
あ、財布を取り返してくれたお礼をしてなかった。まぁ、向こうはそんなつもりはないみたいだったけど、今度会ったら、何かした方がいいかな。
「おい、結局、買うのか買わないのか、どっちなんだ?」
「あ、ああ。ごめんごめん」
店主であるココリコが、痺れを切らしたのかジロリと睨んできたので、俺は気持ちを切り替えることにした。
レメディアの喜びそうなものがあるといいんだけど……そんなことを考えながら、しばらくの間、店内を見て回ることにした。
<酒場 ハニワ浪漫>
結局、レメディアが喜びそうなものが見当たらなかった為、俺は道具屋を出て別の場所を散策することにした。
お店を出るとき、散々にココリコに愚痴を言われたけど、まぁ、それは仕方ないだろう。
今度、店によるときは3割り増しで買い物をするって約束をさせられたのは、彼女なりの愛嬌だと思いたいな。
ともあれ、いくあてもない俺は、何となく思いつきといった感じに、足を酒場に向けてみる事にした。
酒場といっても、けっこう色々なものを取り揃えているし、レメディアが喜びそうな食べ物もあるかもしれないと思ったからだ。
と、そんなことを考えながら酒場に入ってみると、なにやら普段と様子が違っていた。
「ん……? なんだあれ」
その理由は、すぐに分かった。酒場の一角、テーブルの一つが物凄い事になっていた。何と言うか、物理的に。
花が、テーブルやら椅子の周りに散乱していた。いや、散乱というよりは、咲き乱れているといったほうが良いのかもしれない。
その中心には、なんというか、耽美という言葉がしっくり来る青年がいて、物憂げな様子で食事を取っていた。
「はにゃりーん、ナクト様、いらっしゃいませ〜!」
「あ、ああ。アリサさん、あれは……?」
「ああ、美杉良太郎さんのこと? なんだか、ファンの人が次から次に差し入れしているから、あんなふうになっちゃったみたいだね」
と、アリサさんが、そんなことを言う矢先、店の中に入ってきた女性客から黄色い声援が上がったのが聞こえた。
「きゃー、杉さま! かっこいいいぃぃ!」
「握手してください!」
きゃあきゃあいいながら、耽美な青年を囲んで騒ぐ女の子達。一応、現役の闘神がここにもいるんだけど、見向きもされていなかった。
なんとなく、敗北感に打ちひしがれていると、ポンポンと、肩をたたかれた。
「ん?」
誰だ? と思い、そちらを見ると――――そこには、仮面をかぶった大男が居た。
仮面は、顔をすっぽり覆うタイプのもので、額の部分には『嫉妬』の文字が書かれている。
その大男は、俺の手をがっしと握ると、空いた方の親指をビッと立てた。
「同士!」
「は、はあ……?」
俺が、どういうリアクションを取ってよいのか分からないでいると、満足したのか、覆面の男は酒場から出て行ってしまった。
いったい、なんだったんだろう?
「あれって、確か本選出場者の人だよね。確か、シット! マスクって名前だったと思うけど」
「そうなんだ。確かに、凄い握力だったけど、何が同士なんだろうな?」
「んー……なんだろうね? 共通点なんて無いとおもうけどな」
アリサさんと二人で、はてな? と首を傾げてみるが、答えが出るはずも無かった。
ともあれ、何となく食事を取る気もそがれたので、俺はその場を立ち去ることにした。
美杉っていう出場者のファンが騒いでいるし、しばらくは、立ち寄らないほうがいいだろう。
<広場>
闘神大会の開催期間。広場には露店の類が立ち並び、多くのイベントが開催されている。
酒場を出て、何とはなしに広場をウロウロとしていると、あちこちから視線が投げかけられているのが分かった。
(……注目されてるのかな? まあ、無理も無いか)
普段は、けっこうぞんざいな扱いを受けているといっても、今の俺は闘神都市の都市長であり、二人しかいない闘神の一人なのだ。
顔見知りとか、親しい間柄である人たちなら兎も角、不特定多数の人から見れば、俺は特異な存在なんだろう。
何となく居心地が悪くなった俺は、広場から立ち去る事にした。今度来るときは、誰か顔見知りが居ればいいんだけど。
<コロシアム>
コロシアムの前まで来ると、ひときわ大きな歓声が中から聞こえてきた。
時間は夕刻に近いこの時間、おそらくは今日の最後の試合だろう。結局、何だかんだで時間を潰してしまって、試合結果は分からずじまいだった。
と、それよりも問題なのは、レメディアにおみやげを買っていくという約束である。
「何にすればよいのか、悩むんだよなぁ」
レメディアは、俺の買ってくるものなら何でも喜んでくれるだろう。ただ、そうなると逆に、何にすべきか悩むところだった。
何でも良い、というのは、選ぶほうとしても実は困るんだってことに、最近気がついた。
羽純もあまり、自分の好みを口に出すタイプじゃないからな。桃花とかは、ずけずけと口に出すんだけど。
「まぁ、いつまでも悩んでても仕方ないし、売店に何か良い物がないか、見てみることにしようかな」
あまり期待をしていない風につぶやいて、俺は売店に向かう事にした。
そういえばこの前、冗談で羽純やレメディアのブロマイドが作れないかと聞いたら、シュリさんに笑われたんだよな。
冷静に考えたら、レメディアや羽純の写真が他の奴の手に触られるのは何となく不愉快だし、それも含めてからかいの対象になってたみたいだけど。
<闘神区画前>
……そんなこんなで、あちこちを見て回って、闘神区画の門の前に戻ってきた頃には、日もとっぷりと暮れていた。
結局、コロシアムの売店にもめぼしいものはなかったので、酒場と広場を一巡りし、いくつかのお菓子を買い込んだ。
あまり甘いものばかり与えるのも悪いと、羽純に叱られそうだし、今度はおもちゃの方がいいかな?
「だけど、おもちゃはおもちゃで、買い過ぎっていわれたような気もするしな」
正直、レメディアを甘やかしすぎじゃないかと、時折、桃花達に言われることもある。
ただ、誰に何と言われても、俺や羽純がレメディアを大切に想い、そのために心を砕く事を止めるつもりは無かったのだった。
それは、罪悪感とか、使命感とか、そういったものも幾分か含まれているのかもしれない。
だけど、その根底は、彼女に対する愛情によって支えられている事に疑いは無かった。
そうして、今日も時は更けていく。緩やかに優しい流れの中で、笑顔は繰り返される。
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