〜闘神都市V〜
〜闘神都市V〜
〜そして、それから〜
<開催式>
「はっはっはっ。それでは、これより闘神大会を開催する!」
幻一郎さんの開会宣言とともに、盛大な花火が打ち上げられ、音楽隊による演奏と、武装した兵団による行進が始まる。
闘神大会の開会式――――その貴賓席に、俺は座ってこの光景を見つめていた。開会式の行われるスタジアムは、観客で埋まっている。
『いよいよ始まりました、今年度の闘神大会、本選に勝ち進んだ、32名の選手の発表を行います!』
アナウンスを行うシュリさんの言葉に合わせて、会場に用意された特大の魔法ビジョンに、出場選手の立ち姿が映し出される。
闘神大会では、勝敗のトトカルチョが行われる事もあり、観客も皆、食い入るように画面に映し出された選手達に注目する。
『選手紹介はアイウエオ順での紹介になります。では、一番手の選手は、アジマフ・ラキ選手! 前回から続けて、本選への出場となります!』
シュリさんの一言一句に、歓声が巻き起こる。明日から行われる本選の戦いへの期待で、観客のボルテージは最高潮に達しているようだった。
『前回の敗戦を雪辱し、今回こそは優勝なるか? 堅実な戦いが期待される選手となります。続いては――――……』
思えば、こんな風になるとは思っていなかった。親父の失踪の原因を探るために参加したこの闘神大会。まさか俺が、この大会の主催者になるとはなぁ。
あの戦いの結果………都市長夫妻の失踪に、闘神ボルド、レメディアの行方知れず、残ったのは床に伏せった親父に俺と羽純、それに、屋敷に残ったメイド達だけだった。
親父をのぞみさんに託して村に送り届けた後、俺は最後に残った闘神として、様々な事件の後始末をする事になったのである。
悪魔や天使達の絡んだ事件と言う事もあり、全てを清算するには一年以上の時間を要する羽目になり、それが終わった後、何故か俺が都市長に抜擢される事になったのだ。
端的に言うと、他になり手がいなかったからで………全てが終わった後、羽純をつれて故郷に帰ろうとしていた俺にとっては、予想外の事であった。
まぁ、そのおかげで、レメディアの消息を知る事ができ、都市長という権力のおかげで彼女を保護する事ができたのだけど――――。
うおぉぉぉぉぉ!
「っ、なんだ!?」
耳朶を打つ歓声に、考えの淵から呼び戻された。観客が歓声を上げた原因は、魔法ビジョンに映った出場者の姿のせいらしい。
そこには、長い髪に長柄の刀をもった、美女の姿が映し出されていた。異国風の衣装は、JAPANの冒険者が着る戦装束のものらしい。
『おーっと、これは凄い反響です。出場者の一人、戦姫! ここにきて早くも、観客の心をわしづかみにしているようです! 続きましては――――AL教団の騎士…』
シュリさんの選手説明は続く。彼女の説明を聞くたびに、観客は歓声を上げ、時には呆れたようなリアクションをとり、一喜一憂する。
その中には、久しぶりに名前を聞く知り合いの姿もあった。彼女の姿が映ると、観客の歓声がひときわ大きくなったような気がした。
『続きましては、ナミール・ハムサンド選手! 4年ぶりにこの大会に参加することになります。沈黙期間による実力アップが期待される選手です!』
「ナミール、いや、ルミーナかな………? 久しぶりだな。今回も、お姉さんと参加しているのか?」
そういえば、選手紹介の中にカツサンド伯爵の姿もあったような気がするな………別段気にもしてなかったけど、ナミール達と関係があるんだろうか?
そんな事を考えている間にも、選手紹介は次々と進んでいく。忍者や執事、ハニワなどの千差万別の出場者、今年は、いったい誰が優勝するんだろうか?
出来れば、幻一郎さんみたいな知り合いが闘神になってくれると、心強いんだけど。一年の空白後に開催された闘神大会で、見事に優勝したのは十六夜幻一郎さんである。
優勝し、闘神となった幻一郎さんは、桃花達、12人の妹達とともに、闘神区画に住み着く事になった。今では心強い味方として、陰に日なたに俺を支えてくれている。
もっとも、表現方法が見事に忍者らしく、その登場方法に毎回驚かされるのではあったのだけど。
『…今大会初出場、カーネル拳法の使い手、フライド・バーガー選手! 素手で熊を狩ることも出来る美少年と、近所の奥様方にも大評判の選手です! 続きまして…』
「まぁ、優勝してほしい知り合いって言ったら、さっきのナミールかボーダーさんだよな」
シュリさんのアナウンスを右から左に聞き流しながら、俺はそう言ってひとりごちる。どちらも知った相手であり、俺としても信頼できる人に優勝してほしかった。
ひとまずの騒動はおさまったとはいえ、住民の中には闘神に不信感を持つ者も居るという。今は一人でも、味方がほしい状況だった。
羽純やレメディア………大切な人たちを護れる力は必要だった。無論、意味もなく力を求め続けるような、間違いを犯すつもりは無かったけど。
『闘神大会最多参加回数を誇る、ボーダー・ガロア選手! トトカルチョでも、安心の勝率を誇る、優勝大本命の選手です!』
次々と選手が紹介される。本選に参加する猛者たちは、どれもこれも曲者ぞろいのようであった。今年は、いったい誰が優勝するのだろうか?
昨年は、幻一郎さんがボーダーさんを準決勝で破り、その勢いで一気に優勝したのが印象的だった。今年も、興奮する名勝負が行われるんだろうか?
不謹慎かと思われるかもしれないが、元参加者という事もあり、こういった雰囲気は、俺も決して嫌いではなかった。
『ベルビア王国の騎士、ロイド・グランツ! 国の威信を掛けて戦いに挑むそうです! 以上、32名が本選に進出いたしました!』
シュリさんの絞めの言葉に、観客席からは歓声と拍手、紙ふぶきが舞い、花火が打ち上げられる光景が見えた。
出場選手の安全のためと言う事もあり、出場者がこの会場に姿を現す事はない。それでも、観客達の闘神大会への期待は揺るがず、熱はいっこうに冷める様子は無い。
色々な問題はあるとはいえ、この闘神大会が、多くのものに支持されていると実感するのは、こうした何でもない事からだった。
実際、闘神大会が行われなかった3年前は、様々なトラブルが多発し、暴動に発展しそうになった事もあった。
様々な鬱屈の通風孔として、この闘神大会が必要不可欠だと感じるようになったのは、都市長の重責が両肩にのしかかってきてからだった。
それまでは、どうしてこんな理不尽なルールがあるんだろうと、憤りを感じていたからな………いや、今でも感じない事はないけど。
『それでは、闘神であり、この闘神都市の市長であるナクト様から、一言、ご挨拶をいただきたいと思います!』
「っと、そろそろか」
シュリさんの言葉に、歓声が聞こえた後、コロシアム内がしんと静まり返る。コロシアム中の視線が、俺に向けて突き刺さってきた。
何だか、緊張する。正直、こういう注目にさらされるなら、何かを喋るよりは剣を振るっていた方が気が楽である。
緊張し、喉を鳴らした俺のもとに、マイクを持ったシュリさんが駆け寄ってくる。彼女は、俺が緊張しているのを見て、マイクを渡しつつ、小声で囁いてきた。
「…頑張ってくださいね、ナクトさん」
それは、闘神や都市長に対するものではなく、純粋に俺に向けて放たれた言葉だった。何だか、昔に戻ったみたいに安心する。
シュリさんの一言に、肩の緊張がとれた俺は、マイクを手にコロシアムを見渡す。無数の観衆の目は、もう気にはならなかった。
俺は、大きく息を吸うと、胸の奥にとどめておいた言葉を、空に向けて解き放ったのだった――――
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