〜闘神都市V〜
〜闘神都市V〜
〜そして、それから〜
懐かしい、夢を見た。親父がいて、レメディアがいて、羽純がいて………皆で仲良く笑っている。そんな、眩しい夢だった。
悲しい夢を見た。親父が倒れ、レメディアが傷つき、俺と羽純は手を取り合って、歯を食いしばって立つ、そんな哀しい夢だった。
嬉しい夢を見た。もう、会えるとは思っていなかった、それでも八方手を尽くして探していた、そんな人との再会だった。
それは、過去の出来事を繰り返す万華鏡。
夢から覚めれば、そこは現実であり、夢のままにあったものが、今の俺を形作る現実だった。
「とーちゃ、とーちゃ」
ぺちぺち、ぺちぺち……
「ん……」
頬を叩かれる感触に、重たいまぶたを上げる。ベッドの傍には小さな顔と小さな手が見え、その手が俺の頬をぺちぺちと叩いているようだった。
うんしょ、うんしょと背伸びをして俺の頬を叩く姿が可愛らしくて、しばらくそのままにしておくと、背伸びするのも疲れたのか、姿が消える。
俺の耳に聞こえてきたのは、ちょっと困ったような、可愛らしい声だった。
「う〜、とーちゃ、起きないの……」
「あら、どうしたの? レメディア」
可愛らしい声が聞こえたのか、ベッドの傍に、歩み寄ってくるのは、羽純だった。
羽純の声に、ぴょんぴょんと飛び跳ねる小柄な頭が、ベッドの淵に見え隠れする。
「ママ、とーちゃが起きないの」
「はいはい、お父さんは寝ぼすけさんですからね。でも、ひょっとしたら寝た振りをしてるだけかもしれないわね」
笑い声の混じった羽純の声。どうやら、俺が狸寝入りをしていることに、気づいているようだった。
やれやれ、羽純にはかなわないなと、俺は被っていたシーツを剥いで身を起こす。と、嬉しそうな声でレメディアが、俺に笑顔を向けてきた。
「あっ、とーちゃが起きた!」
羽純の腕に抱かれ、無邪気に微笑むレメディア。その様子を見て、俺は言葉にしづらい気持ちで胸が一杯になった。
かつての、憧れの感情は抱けないけど………それでも、レメディアが傍にいてくれる。俺はそれだけで、充分だったのだった。
「おはよう、羽純、レメディア」
「うん、おはよう、ナクト」
「おはよ、とーちゃ!」
朝の眩しい光の中で、二人は輝くような笑顔を、俺に向けてきてくれたのだった。
応接室のテーブルに料理を並べ、家族揃って朝の食事を取る。寝泊りしている屋敷には、何十人もの人間が一緒に食事を取れるテーブルもある。
もっとも、そういうのは来客があったときに使われるだけで、俺も羽純も普段はこうして団欒が出来るテーブルを使う事が多い小市民だったりした。
「そういえば、今朝は早くから、街の方が賑わっていたみたいだけど………そろそろ、本戦が始まる時期だったっけ?」
「ああ。予選締め切りは今日までだからな。懐かしいな、いかなご集め」
羽純にそう応じながら、俺は昔を思い出す……数年前の出来事だけど、あの時の事は、つい最近の事のように思い出す事ができた。
あの時の俺みたいに、緊張しながら大会に参加をしている参加者もいるんだろうか? そんなことを考えていると、レメディアがじっと俺の顔を見ているのに気づく。
「ん、どうしたんだ、レメディア」
「とーちゃ、へんなお顔」
「変って……ひどいな」
「うふふ、ナクトったら、ぼうっと考え事をしているんだもの。レメディアに言われてもしょうがないよ」
羽純にまで言われ、俺は憮然とした顔になる。時には俺だって、センチメンタルに浸ってもいいんじゃないかと思うんだが。
拗ねたような俺の顔を見て、羽純は面白そうに笑う。それを見て、羽純が笑ってくれるなら、まぁ、良いかと考える俺は、ちょっと単純なのかもしれない。
――――数年前のあの事件から1年間……羽純はレメディアを失ったショックもあり、めったに笑う事も無く、日々を過ごしていた。
それから、ようやくレメディアの消息がつかめ、二人で迎えに行ってからの2年間。様々な事があり、羽純は以前のように、こうして笑う事が出来るようになった。
この笑顔のためなら、俺はどんな困難にも立ち向かっていけるだろう。そんなことを考えていると、レメディアの食事を手伝っていた羽純が、声を掛けてくる。
「そういえば、今日は開会式のリハーサルだったよね。大丈夫なの?」
「んー……正直、あまり自信は無いよ。けど、羽純に任せるわけにもいかないだろうからな」
「う…………ご、ごめんね? あまり、そういうのになれていないから」
すまなそうに言う羽純。その様子は、とてもこの闘神都市で一・二を争うセレブな立場の人間とは思えない。そこが、羽純らしいといえばらしいのだけど。
「まぁ、お偉いさんからの挨拶なんて、短い方が喜ばれるものだからな。適当にいうことにするよ」
「もぅ……またそんなことを言うんだから。それにしても」
「ん、何だ?」
「ナクトが都市長って事、普段は忘れちゃってるなあって、今さらながらに思うの。普段は、冒険していたり、家でぐーたらしているから」
「…………頼りがいの無い、旦那で悪かったな」
そう、今の俺の立場は、闘神都市にただ二人しかいない闘神であり――――この都市の統括を任せられている都市長という立場だったのである。
もっとも、偉くなってしまったのは肩書きだけで、相変わらず俺は、腕っ節の良い冒険者の一人に過ぎなかったのであるが。
「あ、ううん……! 頼りがいが無いなんて、そんな事ないよ! 誰よりも信頼してるし……それに、ナクトが居てくれるだけで、私、充分なんだから」
「ママ、お顔がまっかっか〜。どしたの?」
「な、なんでもないのよ、なんでも……」
自分で言って恥ずかしくなったのか、頬を押さえながら、羽純は誤魔化すようにレメディアに言う。レメディアはというと、よく分からないという風に首をかしげていた。
「さて、それじゃあコロシアムの方に行ってくるよ。遅くはならないと思うけど、戸締りは気をつけてな」
食事を終えた後、身だしなみを整えて、俺は屋敷を出る事にすることにした。開会式のリハーサルに参加するためである。
普段は何もしないでも良い闘神も、闘神大会のこの時期は、様々なイベントに引っ張りだこになる。まぁ、実際に戦いはないし、祭りに参加するようなものであるのだけど。
玄関に立つ俺を、羽純が見送りに来る。その腕には、レメディアしっかりと抱きかかえられていた。
「いってらっしゃい、お仕事、気をつけてね」
「いってらっちゃい、とーちゃ!」
「ああ、いってきます!」
二人に見送られ、俺は屋敷を出る。人気の無い闘神区画内は、しんと静まり返っているのだが、はるか遠く、区画外からの喧騒が耳に届いてきた。
晴れ渡った空を見上げ、俺は一つ深呼吸する。朝の空気は清々しく、胸の中の空気を全部入れ替えるように大きく深呼吸した後、俺はポツリと呟く。
「…………闘神大会か」
全ての終わりであり、始まりである、あの事件から3年後……今年も、闘神大会は様々な紆余曲折を交えながら、行われる事となったのである。
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