〜史実無根の物語〜 

〜其の一〜



日々の雑務に忙しくなると、色々な事が後回しになりがちになる。どうしても、重要な事を先に済ませないといけないから、それ以外の事が後回しになるんだよな。
気が付くと、たくさんの事を後回しにしたままで、日々を過ごしているような気がする。時には、足を止めて、後回しにしておいた事をやるのもいいのかもしれない。
桃香が、日々の業務の傍らで、ポツリと”あること”を口にしたのは、俺と似たような気持ちになっていたからなのかもしれない。

「それでは桃香さま、今度は、こちらの書類をお願いしますね」
「はぁい………………ねえ、朱里ちゃん、麗羽さんって、最近はどうしているか知ってる?」
「――――袁紹さんですか? いえ、特にこれといった報告は受けていません。大きな揉め事を起こしたという報告も入っていませんけど……」
「ふうん、そうなんだ………ねえ、最近は少し時間に余裕もあることだし、伸ばし伸ばしになっていたけど、また麗羽さん達とお食事会をしよっか?」

書類にサインを続ける俺の目の前で、桃香は筆を置き、嬉々とした様子で朱里にそんな事をいう。言われた方の朱里はといえば、困惑顔であった。

「……袁紹さん達とのお食事会を、また開きたいと仰られるんですか?」
「うん。最近は忙しかったし、まだ顔合わせをしていない娘も、たくさんいるだろうから、良い機会だと思うんだけど」

戸惑った様子の朱里に、桃香は笑顔でそんな事をいう。どうやら、思いつきで言ったわけではなく、前々から考えていた事のようであった。
あの一件――――…死を招く一皿の一件以来、麗羽たちとの食事会が開かれた事は無かった。
関係者の大半は、あんな目にあうのは、もうコリゴリだと思っただろうし、何より、あれ以降、色々と仕事に忙殺されて、次回の予定はお流れになっていたのだった。
そんな訳で、実質的に消滅したと思っていた、食事会の企画だったのだが……桃香は、それほどトラウマになってはいないようで、嬉々とした様子で話を続けていた。

「また、美味しい料理を用意して、麗羽さん達をおもてなししようと思うんだ。いいよね、朱里ちゃん」
「お、美味しい料理…………ですか」

桃香の言葉に、朱里は青い顔をする。朱里も、麗羽&愛紗の手料理の被害者だからな……あの時の惨状を思い出したんだろう。
芳しくない表情の朱里であったが、盛り上がっている桃香は気づかなかったらしい。すっかり舞い上がった様子で、桃香は俺にも話を振ってきたのであった。

「ご主人様も良いと思うでしょ? 麗羽さん達とは、もっと仲良くしたいし……賛成してくれるよね?」
「ん〜………別に、食事会自体は問題ないと思うけどな。ただな、桃香。もし食事会をするのなら、一つだけ条件がある」
「はへ? 条件って、どんな?」

俺の言葉に、きょとんっとした表情を見せる桃香。そんな彼女に、俺は重々しい口調で核心を突く発言をすることにしたのである。

「愛紗も麗羽も、厨房に立たせない事。これは、大前提だと思うんだが」
「あ〜…………そういえば、そうだったね」

俺の言葉に、ようやく思い出したのか、桃香は苦笑めいた表情を見せる。さすがの桃香も、愛紗と麗羽の料理下手はフォローしようがない様子であった。
まあ、こうやって釘を刺しておけば、前みたいな惨事になる事は無いだろう。それなら、麗羽達と食事会をしたいという桃香の要望は、特に問題が無いように思える。

「まあ、その点に注意さえしておくなら、大丈夫なんじゃないか? この前も途中までは上手く行っていたことだし」
「そうだね。愛紗ちゃんには私から話しておくから…………麗羽さんには、ご主人様が伝えておいてくれるといいな」
「――――って、俺が!?」

さらりと、桃香にとんでもなく困難な事を押し付けられて、思わず声を大きくしてしまった俺。麗羽が人の言うことを聞くとは思えないんだけど。
この前の料理の惨状も、食材が痛んでいたとか、下々の者には私の料理は口に合わないとか、散々に言っていたからなぁ。

「うん。だって、ご主人様の方が麗羽様と仲が良いんだし……ついでに、準備の方もよろしくね、ご主人様」
「よろしくね、って…………やれやれ、参ったな」

桃香の言葉に、俺は溜め息をついて肩を落とす。正直なところ、気が進まないんだけど、桃香に笑顔で頼まれると、どうしても断りきれないんだよなぁ。
そんなわけで、前回と同様に俺が食事会の準備をする事になったのである。すっかり、この手の準備役が定着してきた俺であった。



「さて、白蓮はどこに居るかな……」

仕事を終えた後で、俺は執務室から退出し……白蓮の姿を探して、城内を散策する事にした。探している理由は、もちろん食事会の準備を手伝ってもらうためである。
麗羽たちに事情を伝えるにしても、俺の口からよりは白蓮を通した方が話が通じるだろう。そんな事を考えながら城内を歩いていると、庭の一角に白蓮の姿を発見した。
ちょうど暇を持て余しているのか、星と立ち話をしている最中のようである。俺は、大きく手を振りながら、二人に気づいてもらうように声をあげて近づく事にした。

「おーい、白蓮、星!」
「ん……北郷じゃないか、どうしたんだ?」
「ちょうど良かった。白蓮の事を探していたんだよ」

近づきながら白蓮に向かって言うと、隣に居た星が、俺をからかうように声を掛けてきた。

「おや、という事は……私は、お邪魔でしたかな、主?」
「ちょっ、星!」
「あー、いや、別に――――そういう意味じゃないんだよ。実はだな」

星のからかいに過剰に反応して声を荒げる白蓮。そんな彼女を落ち着かせるために、俺は事情を事細かに説明する事にした。

「あー………なんだ、そんなことか。で、前みたいに私にも手伝えっていうんだな」
「ああ。料理の方を斗詩に頼むのと、麗羽を厨房に立たせないように言い含めるってのを頼みたいんだけど……できるかな?」
「そのくらいなら、大丈夫さ。斗詩は二つ返事で了解するだろうし、麗羽の方は、上手く持ち上げておけば、言うことを聞かせるのは簡単だろうからな」

白蓮は自信満々に首を縦に振る。この様子なら、麗羽達のほうは任せても大丈夫だろう。さて、そうすると参加する面子を決めなければならないんだが……。

「雛里に紫苑、焔耶に桔梗、それに翠とたんぽぽを誘って……星も、麗羽達の食事会に参加してくれるよな?」
「ふむ、そうですな………別段、拒否をする理由は無いでしょうし、時間の都合がつくのならば、参加することにいたしましょう」

星はOK……他の皆にも、これから声を掛けていくとして――――前に参加した面子の方は、どうしようか?
主催者というか、言いだしっぺである桃香は参加するとして……愛紗や鈴々、朱里は今回は不参加って事でいいのかな?

「なあ、白蓮……今回は、前回に参加した愛紗たちは不参加って事で良いのかな? あまり面子が増えるのは良くないって、前に言っていたけど」
「ん――――そうだな……いや、出来る事なら、愛紗たちも参加させた方が良いかもしれないな」
「え、どうしてだ? あまり多く参加しても、話せないままに終わるかもしれないって言っていただろ?」
「それはそうだが、前回である程度の顔合わせは出来たんだし、仲が良い相手が居た方が、麗羽たちも気楽に出来るだろう」

今回の面子が、麗羽たちと仲良くできるとは限らないし……と、白蓮はそんな事をいう。確かに、全員が全員、麗羽たちと仲良くできるとは限らないからな。
愛紗達に、双方の橋渡し役を期待するのであれば、今回も参加してもらった方がいいのかもしれない。

「それに、自分をほったらかしにして、北郷と桃香が宴会を開いたなんて知ったら、愛紗も鈴々も拗ねると思うぞ」
「――――…その可能性は、考えていなかった」

俺の言葉に、白蓮は呆れたように肩をすくめた。まあ、拗ねられる前に気づいてよかった。愛紗や鈴々の機嫌を直すのは、一苦労だからなあ。

「とりあえず、皆には、俺から声を掛けておくよ。で、料理は斗詩に任せるとして……準備はこれで良いって事かな」
「そうだな。場所の方は城の庭を使えばいいし、参加者に、場所に料理……特に忘れているものは無いと思う」
「いや、主、それに白蓮殿……ひとつ、忘れてはおられぬか?」

と、話をしていた俺と白蓮に、横合いから口を挟んだのは星であった。なにやら不満そうにしているけど、何か不足しているものでもあるんだろうか?
少し考えてから、俺はその原因に思い至った。確かに、星にしてみれば普通の料理だけでは物足りないだろう。

「ああ、ごめん……斗詩にはメンマを使った料理も頼んでおくべきだった。白蓮、そこの所をよろしくな」
「なんだ、そういうことか――――分かった、斗詩には頼んでおくよ」
「いえ、そういう事ではなく……そもそも、宴会にメンマがあるのは当たり前でしょうに」

当たり前なのか……先に聞いておいて良かった。もし食事の場にメンマが無かったら、後で星に説教を食らっていただろう。
理路整然としながら、相手の精神を、真綿で首を絞めるようにじわじわと追い詰めるから……出来る事なら、二度と星の説教は受けたくないものである。
それは兎も角……星の口ぶりでは、不足しているものは、メンマではないらしいいけど――――じゃあ、何が足りないって言うんだろうか?

「分からぬのですか? それでは、私や紫苑、それに桔梗としては満足できかねぬと思いますが」
「星に紫苑に桔梗…………あ、ひょっとして、不足しているものって――――酒か?」
「左様。他者との親睦を深める場にあっては、酒は欠かせぬもの。メンマを摘み、酒を呷り、存分に語らう事こそが最良の方法といっていいでしょう」
「いや、それは星にとっての最良だと思うけどな。しかし、酒か――――桃香も絡み酒だし、悪酔いしない程度なら良いと思うけど」

星の言葉に、心配そうな表情で、白蓮がそんな事を言う。親睦会に酒が入る事が、あまり乗り気ではないらしい。
とはいえ、星や紫苑、桔梗などの面子を考えると、酒がないと物足りないって言い出しそうだし、ある程度は用意しておくべきかもしれない。

「まあ、酒の件は、俺に任せてくれればいいよ。今日の分の仕事は終わった事だし、街に繰り出して酒を見繕ってくる事にするよ」
「そうか……分かった。そっちの方はよろしく頼む。私はこれから、麗羽たちと会って、話をつけるとするよ」

俺の言葉に、白蓮は苦笑混じりにそんな事をいう。麗羽にどんな風に話を切り出すか、悩んでいるようであった。苦労しているな、白蓮も。
ともかく、酒を用意しなければならなくなったわけだし、街に出て酒を売っている行商でも探す事にしようか。そんなことを考えていると、

「さて、それでは行きましょうか、主」
「って、あれ? 星も一緒に来るつもりか?」

張り切った様子で、俺の袖を引っ張り出したのは星である。その口ぶりからするに、どうやら俺に同行して、街に出るつもりのようであった。

「はい。宴の席で酒が出るともなれば、その酒選びに同行しないわけには行きますまい。主にしてみれば、見目麗しい護衛も出来て、一石二鳥と思われますが」
「星と一緒か……まあ、護衛がいないと、後で愛紗たちに色々言われるだろうし……そういうことなら、よろしく頼む」
「は。この趙子龍にお任せください! 必ずや、主の期待に沿う酒を、見つけ出してご覧に入れましょう」
「いや、俺が頼んでいるのは護衛の方なんだけど――――ん?」

俺が、星の張り切り様に苦笑していると、何となく棘のある視線を感じる。視線の方に目を向けると、白蓮が不機嫌そうな表情でこっちを見ていた。

「どうしたんだ、白蓮? なんだか不機嫌そうだけど」
「っ!? あ、いや、何でもないんだ。それじゃあ、私は麗羽達に会ってくるから!」

そういうなり、そそくさと踵を返して歩いていってしまう白蓮。その様子にポカンとしていると、俺の傍らに居た星が、楽しそうな表情で笑い声を上げた。

「ははは、これは少し、白蓮殿には気の毒でしたかな?」
「いや、何がははは、なのか分からないんだけど……」
「おや、お分かりになりませぬか? 白蓮殿は、私と主が二人で街に繰り出すのが面白くなかったのですよ。やきもちとは可愛らしいではありませんか」
「あー、なるほどな」

白蓮にしてみれば、のけ者にされたような気がして、面白くなかったんだろう。どうせなら、一緒に行こうと誘えばよかったかな?
そんな事を俺が考えていると、再び袖が引っぱられた。どうやら、一刻も早く街に出たいのか、星が満面の笑顔で俺の腕を引いていたのである。

「さあ、良い酒は待ってはくれませんぞ。まずは酒屋を回ってから、街に出ている行商に、声を掛けていくとしましょうか」
「そうだな。それにしても、張り切っているなぁ、星」
「当然でしょう。酒は人生の盟友……その為ならば、どれほどの労苦を抱えようと本望というものでしょう」

キッパリと言い切りながら、俺の腕を引く星。その姿は雅と表現できるほどに、格好良かった。俺も星の半分くらいは、余裕を持ちたいものである。



そんなわけで、星と一緒に街に出ることになった俺は、宴の席に出す酒を探す事になったのである。正直なところ、酒の目利きに自信なんて無かった。
幸いな事に、酒の味を知っていそうな星が同行してくれる事となり、俺としては一安心といった所である。そんなわけで、早速、酒探しを始めよう、と、思ったのだが、

「ずるずる……で、何で俺達は、こんな所にいるんだろうか」
「何を言われますか、腹が減っては戦は出来ぬというでしょう。ちょうど小腹も減った事だし、酒を探すのは、腹ごしらえをしてからでも遅くないでしょうに」
「……あ、ああ」

街に出るなり、星に引っ張られて連れられて来たのは、一件の屋台である。前に何度か連れてこられたこの店は、味に関しては申し分ない店である。
まあ、星がよく利用している一番の理由は、料理の味ではなく、この店だけが扱っている、交州産のメンマが目当てなのであるが。
今も、俺の隣でラーメンをすする星の前には、ラーメンよりも多めに注文した、メンマの器が置かれていたのである。

「ふむ、やはりこの店のメンマは絶品ですな、そうは思いませんか、主?」
「ああ、確かに美味しいよな、この店のメンマは」
「ええ、この味は皆に教えるべきでしょう。ついては、宴会の食事に、この食材を使用する事を提案したいのですが」
「……俺をこの店に連れてきたのは、それが狙いか」

星の言葉に、俺は苦笑しながらラーメンをすする。まあ、星には護衛に付き合ってもらうんだし、メンマくらいは安いものだろう

「……言っておくけど、一瓶だけだぞ。これから酒も買い込まなきゃいけないんだし、あまり無駄遣いも出来ないからな」
「さすが、主は話がお分かりになられる。主人、少し良いか?」
「へい、なんでしょうか?」
「このメンマを一瓶、城へと届けておいてくれ。どこに置くかと聞かれたら、私の名を出して食料庫に預けておいてくれれば良い」

早速、店のおじさんを呼び寄せると、うきうきとした様子でメンマの瓶を注文する星。本当にメンマ好きなんだなあ。
その光景を見ながら、俺はラーメンをすする。メンマの歯ごたえと麺の喉越しが良い感じで、喉を通っていった。



食事を終えてから、俺と星は改めて酒の買い付けに街を見て回る事になった。酒を手に入れる方法は、酒屋から買い付ける方法と、行商から買うという方法がある。
まあ、行商から買うというのはリスクも大きいことだし、まずは普通の酒屋を回ってみることになり……俺と星は、行きつけである酒屋の門扉をくぐった。
俺たちが店に入るのと入れ違いに、笑顔の客が店から出てくる。その手には大事そうに酒瓶が握られていた。これから一杯やるんだろうか?
そんなことを考えながら、立ち去っていく客の背中を見送っている間に、星は親しげな様子で酒場の主人に声を掛けていた。店主も、自然な笑顔で頭を下げている。

「おお、店主殿、なかなか商いは順調のようだな。よく売れているようではないか」
「はい、御遣い様や趙雲さま達のおかげで、商いの方も滞りなく行えております。本日も、新たに品が入ったばかりでございますよ。ご試飲なされますか?」
「ふむ………では、これとこれ、それにこれを、一瓶ずつ貰おうか」
「あれ? 試飲したりはしないのか?」

躊躇うことなく、何本かの瓶を指差す星に、俺は首を傾げて聞いてみる。実際に飲まないで、味が分かるものなのだろうか?

「そのような事をせずとも、これらの酒が銘酒である事は疑いありません。長らく酒と共にあれば、差異というものが分かるようになるのですよ」
「へえ、そんなものなのか」

星の言葉に、感心したように頷く俺。物凄く自信満々にいうところを見ると、万に一つも間違いは無さそうである。

「しかし、差が分かるのなら、利き酒とかも出来そうだよな。幾つかの酒を飲んでみて、これはこの地方の酒とか、星なら当てられるんじゃないか?」
「いやいや、さすがにそのような達人の域には達しておりませんよ。せいぜい美味い酒かそうでないかの違いが分かるくらいですかな」

謙遜なのか、星はそんな事を言ってはいるが、言葉とは裏腹に自信があるんだろう……その顔には笑みが浮かんでいた。

「ですが、メンマならば、どこの産地の筍なのか、どの地方の味付けなのかは分かると思いますよ」
「……利き酒ならぬ、利きメンマか」
「ええ。ですから、私の実力を試したいのならば……各地方のメンマを一通り揃えていただければ、存分に舌を振るってご覧に入れましょう」

などと、さりげなくメンマをせびってくる星。しかし、各地方のメンマって……値段は兎も角、運送費が馬鹿にならないような気がするな。
俺の権限なら、出来るのかもしれないけど……やったら確実に、愛紗に雷を落とされそうな気がする。

「――――それは兎も角、この店で買う酒はこれだけでいいのか?」
「なにやら、露骨に話を逸らされたような気もしますが……まあ、良いでしょう。いま選んだのは、酒の味が分かる者の為の品ですからな」
「酒の味?」
「はい。酒を粗末に扱わずに、味わって呑む者の為のものです。くれぐれも、ウワバミの様な輩には飲ませないで欲しいものですが」

そういえば、鈴々や翠は、大瓶や大樽に入った酒を一気飲みできるんだったよな。そんな彼女達の手に渡れば、瓶の一本や二本、すぐに空になってしまうだろう。
酒飲みの質の違いなのか、美味い酒を一気飲みするのが気に入らないのか、星の表情は渋い。
もっとも、全否定をしているというわけではなく、ただ単に、自分の呑む分の酒が無くなるのではと危惧しているだけのようであったが。

「じゃあ、これは星や桔梗、愛紗とか紫苑達の分って事か……」
「まあ、そういうことです。翠や鈴々には、量の多くて美味い酒が必要ですから、そちらは、これから買うことにしましょう」

俺の言葉に、我が意を得たりという風に笑った星は、店主のおじさんに向き直ると、真剣な表情でいう。

「では、いま選んだ酒を城まで運んでおいてくれ。別段、急ぐわけではないから、くれぐれも割らぬように慎重にな」
「はい、承りました。またお越しくださいませ」
「ああ、頼んだぞ。……そうだ、店主、それとは別に、この徳利に入った酒を貰おうか」
「って、これから呑むつもりなのか、星?」

店から退出しようとする直前、衝動買いのように、徳利に入った酒を買う星に、俺は思わず、そう聞いていた。
別段、いまは仕事中で無いので、呑む事を咎めるつもりは無いけど……本当に酒好きだな。

「いえ、これは、いまから飲む酒ではありませんよ。そうですな……宴の途中でこっそりと、人知れず口直しで呑む時にでも、封を開けるとしましょうか」
「ふぅん、そんな酒があるんだ」
「ええ。主さえ良ければ、御一緒に杯を傾けるのも良いでしょうな。もっとも、機会がいつになるか分からぬ故、その時に近くに居ればという事ですが」

飄々とした笑みを浮かべながら、そんな事を星は言う。さらりと、難しい事を言っているような気がするんだけど。

「なんだかなー……それって、宴会中、星から目を離すなって事だろ? それって難しくないか?」
「実際に私にばかり熱い視線を注いでいたならば、桃香様を始め、皆が妬くでしょうな。私としては、まんざらでもないのですが」

自分で言ってて照れたのか、星は俺から視線を逸らしながら、ポツリとそんな事をいう。普段は飄々としているけど、こういう所は星も可愛いんだよな。
とはいえ、買い物途中で照れてばかりもいられないのか……気を取り直すようにコホンと咳払い一つすると、星はすぐに照れた表情を消したのであった。

「さて、それでは次の店に行くとしましょうか。この調子で回れば、今日中には酒を揃える事ができるでしょう」
「ああ。そうだな」

颯爽と店を出る星の後を追って、俺も退店する事にする。その後もいくつかの店を回り、つつがなく酒を買い揃える事に成功した。
後は、麗羽達の説得だが……そちらは白蓮に任せておいて大丈夫だろう。何だかんだで付き合いは長いみたいだし、きちんと麗羽を説得してくれると思う。
さて……酒の準備は整った事だし、宴の当日は俺も楽しむ事にしよう。さすがに、星や紫苑のような酒豪には太刀打ちできないけど、人並みには酒を楽しみたいものだ。



「それでは、みんなの日頃の頑張りと、麗羽さん達との親睦に――――乾杯!」
「おーっほっほっほっ……乾杯っ、ですわっ!」

桃香と麗羽の音頭に、あちこちから杯が掲げられる。仕事も終えた夜の帳、城の庭を使っての宴会は、つつがなく始まる事になった。
そこかしこで、杯が酌み交わされ、斗詩や朱里、雛里達の作った料理をつまんでは、まったりと時間を過ごしている。
前回は、普通に席を囲んでの宴だったが……参加者が増えたのもあって、俺の発案のバイキング形式が取り入れられる事になった。

山盛りに積まれた料理を各々に受け皿に取り、席に座ったり、木陰の芝生で車座になって酒盛りをしたりと、それぞれに楽しんでいるようである。
きちんとした会席も悪くは無いけど、やっぱり俺としては、こういう砕けた感じの席の方が気楽なのであった。
取り皿に斗詩の作った野菜炒めと焼飯をよそい、さて、誰と話そうかとウロウロしていると、早速、声を掛けてきた相手が居た。

「おーい、お兄ちゃ〜ん! こっちに来て一緒に飲むのだ!」
「ん、ああ……鈴々と、それに翠に、たんぽぽも一緒か」

芝生に腰を下ろし、大きな瓶から酒を酌んで飲みあっているのは、鈴々と翠であった。傍では、蒲公英が二人の飲みっぷりをあきれたように見物している。

「お、さっそく呑んでるな〜、鈴々。美味いか?」
「うん! ひと仕事をしたあとの、お酒はすっごくおいしいのだ!」

溌剌とした笑顔で、俺の言葉に頷く鈴々。既に多くの酒を飲んでいるのか、その頬は、ほんのりと赤く染まっている。と、鈴々の言葉を聞いた翠が、怪訝そうに首を傾げた。

「あれ? 鈴々って、今日は非番じゃなかったのか?」
「星が言っていたのだ。お酒を飲んだ後は、そう言うと気持ちがいいんだって。だから、さっそく使ってみたのだ!」
「ふーん…………そういうものなのかな? ご主人様は、どう思うんだ?」
「いや、翠……そこで俺に振るなよ。それにしても、鈴々も翠も、いきなり全開で呑んでいるなぁ」

向かい合って座っている、鈴々と翠の周りには、空になった酒瓶が転がっている。さっき開始の合図をしたばかりだというのに、この惨状はどうだろう。
まるで、酒を水か何かと勘違いしているのではないかという呑みっぷりだったが、鈴々はケロリとした表情で首を傾げるだけである。

「はにゃ? そうかな……このくらい普通なのだ」
「そうそう、この位は呑んだうちに入らないって。よっ、と」

鈴々の言葉に頷きながら、大瓶を抱えて縁に口をつけると、直接ごくごくと酒の飲みだす翠。思わず見ほれるほどの清々しい飲みっぷりである。
それを見て、負けん気を刺激されたのか、鈴々も同じくらいの大きさの酒樽を抱え上げると、栓を開けて一気飲みするように傾けた。

「よーし、鈴々も負けていられないのだ! んぐっ、ごくごくっ……」
「お、やるな、鈴々! だけど、あたしも負けないからな! んっ、んっ………」

いつの間に勝負になったのか、向かい合わせで一気飲みを始めた鈴々と翠。その様子を半ば呆れて見守っていると、たんぽぽが俺の袖をちょんちょんと引っ張ってきた。

「ご主人さまっ、ああなると、鈴々もお姉様も、しばらくは止まらないし、こっちに来て一緒に飲みましょ」
「ああ、そうだな。それじゃあ、お邪魔するよ」

蒲公英に腕を引かれ、俺は呑みあいを続ける鈴々と翠から、少しばかり離れた芝生に腰を下ろす。敷布の上に幾品かの料理が乗せられて、何本かの酒も用意されていた。

「ささ、まずは一献どーぞ、ご主人様♪」
「っと、なんだか楽しそうだな、たんぽぽは」

空の杯を手渡され、ウキウキとした様子で酒を注いでくる様子に、微笑ましくなって効いてみると、蒲公英は肩をすくめて微苦笑を浮かべた。

「ご主人様が来てくれて、やっと、普通に楽しめるからね……だって、お姉様も鈴々も、めちゃくちゃな呑み方をするから付いていけないし」
「はは、確かにな。それじゃあ、たんぽぽは俺とのんびりと楽しむとしようか」
「うん♪ っと、いけない、いけない……あまり騒ぐと、お姉様達に気づかれちゃう」

いたずらっ子な笑みを浮かべて、声をひそめる蒲公英。幸いな事に、鈴々も翠も呑み勝負(?)に夢中で、俺たちの事を気に掛ける様子は、今のところは無いようである。

「ささ、ぐいっと呑んじゃってよ、ご主人さま」
「ああ、いただきます」

蒲公英に急かされて、俺は注がれた酒を一気飲みする。澄んだような味と、喉に感じる熱さ、それに、酒特有の芳醇な香りが、飲み干した後から感じられる。
一息に飲み干して、大きく息をつくとその様子を見ていた蒲公英が、感嘆の声をあげながら、さりげなく、もう一杯を酒を注いできた。

「んー、良い呑みっぷりだね。さすがはご主人さまっ♪ ささ、もう一杯どーぞっ♪」
「おいおい、そんなに一気には飲めないって。こんなに注いで、俺を酔い潰させる気じゃないだろうな」
「酔いつぶれたら、看病してあげるから、大丈夫だよ。ささ、どーぞどーぞ♪」
「………」

乗り気な様子で、お酒を勧めてくる蒲公英。満面の笑みを浮かべているけど、裏で悪巧みを考えているような気がするのは、俺の気のせいだろうか?

「あー、悪いな、たんぽぽ。俺は一応、この後、桃香や麗羽に挨拶しに行かなきゃいけないから、酔いつぶれるわけにも行かないんだ」
「えー、そんなぁ……」

俺の言葉に、明らかに不満そうな蒲公英。どうやら本気で、俺を酔いつぶすつもりだったようだ。本当に、油断も隙も無い娘だなぁ。

「まあ、そういうわけだから、この酒は、たんぽぽが呑んでくれよ――――って、俺が口をつけた杯なわけだし、それは拙いかな」
「あ、そんな事無いよっ。いただくね、ご主人さまっ」

と、言うが早いか、俺の手から杯を取ると、美味しそうに飲み干してしまう蒲公英。どうやら、間接キスとかはあまり気にしない性格らしい、と、

「ん〜♪ なんだか、身体が火照ってきちゃったかも……♪」
「って、あの〜、たんぽぽさん?」

頬を高潮させて、俺にしなだれかかってくる蒲公英。俺の肩にしなだれかかり、愁いを帯びた瞳で見上げてくる。甘えかかってくる様子に、困惑する俺。
そんな俺の様子を見て、機嫌を良くしたのか、蒲公英は、ますます俺に寄りかかり、その手を俺の身体に這わせてくる……と、

「こぉらぁ〜っ! 何やってんだ、蒲公英!」
「ふぎゃっ!」

俺にしなだれかかっている蒲公英を見て怒ったのか、それとも酒が回ってきたのか、頬を高潮させた翠が、駆け寄ってくるなり、蒲公英の頭に拳骨を落としたのである。
かなり大きく、鈍い音がして、両手で頭を抱えて涙目になってしまった蒲公英。しかし、この位の事は日常茶飯事なのか、翠は相変わらず怒ったような顔のままである。

「う〜……いきなりなにするのよぉ、お姉様ぁ」
「何をする、じゃないだろ! 酔っぱらった振りをして、ご主人様に何てことしてるんだ!」
「……ふり?」

翠の言葉の一部が引っかかり、俺が首をかしげると、俺に密着していた蒲公英の身体がギクリと硬直した。
なるほど、たった一杯で豹変するなんて、少しいおかしいと思っていたけど……どうやら酔っぱらったように見えたのは演技だったようだ。
俺には見分けがつかなかったけど、一目で演技と察するなんて、さすがは姉妹といったところかな。
さて、翠に酔っ払っていない事を指摘された蒲公英だけど、どうやらしらを切り倒す事に決めたようである。

「やだなぁ、ちゃんと酔っ払っているよぉ、お姉様」
「嘘いうな。酔っていないやつに限って、そう言うんだぞ!」

蒲公英の言葉に、翠は怒ったようにいう。しかし、普通は酔っ払っている相手が、酔っていないと言い張るものだけど……逆の状況というのは、少しだけ変な感じがする。
そんな事を俺が考えていると、胸に軽い感触。俺に寄りかかっていた蒲公英が、小さな頭を胸に押し付けてきたのである。
翠の話では、酔っ払っていないらしいけど……そうなると、やることが大胆だよな。まぁ、蒲公英の奔放さは、今に始まった事じゃないんだけど。

「……じゃあ、酔っ払ってるっていうんだな、蒲公英」
「そうだよぉ。さっきからそう言ってるじゃない」

重ねて問う翠の言葉に、蒲公英は、ますます調子に乗ったのか、俺にべったりと張り付いてくる。その様子を見て、どうやら翠も我慢の限界だったようだ。

「そうか――――じゃあ、飲め」
「へ? 飲めって――――きゃっ!?」

翠は無造作に手を伸ばすと、蒲公英の襟首をつかんで俺から引き剥がしたのである。目を白黒させる蒲公英に顔を近づけると、翠は低い声で言う。

「どうせ酔っ払ってるんだろ? だったら、あたしや鈴々に付き合って飲むのも、構わないよな?」
「あのー、お姉様……? なんだか、目が据わってるんだけど」

ドスの効いた声に、たじたじとなる蒲公英。普段は、怖いもの無しに振舞っている彼女だけど、やっぱり姉である翠の事は、怖い時もあるらしい。
そんな剣呑な雰囲気を察したわけでもないだろうけど、言い合っている翠と蒲公英に気づいたのか、酒樽を片手で持ちながら、鈴々が近づいてきた。

「んにゃ、どうしたのだ、翠?」
「おー、鈴々。たんぽぽも、一緒に飲むことにするってさ」
「そうなのか。それじゃあ一緒に飲もうのだ!」
「え、いや、ちょっと……助けて、ご主人様〜!」

翠と鈴々に両脇を抱えられ、ズルズルと酒盛りの場に連れて行かれそうになる蒲公英は、悲鳴交じりの声で俺に助けを求めてきた。
だけど……助けるのは、さすがに無理だろう。力ずくで蒲公英を引き離すのは、物理的に無理だし、酔っぱらった二人相手では、何を言っても説得は出来ないだろう。
まぁ、酒盛りに付き合わされるだけだし、命まではとられないだろう。助け舟を出そうとして、巻き込まれるのは勘弁して欲しいからな。
蒲公英には悪いけど、翠たちとの酒盛りに付き合ってもらうほかないだろう。そう結論付けた俺は、苦笑交じりに片手を上げる。

「ごめん、さすがに無理だよ。そろそろ俺は他の場所に行くから、たんぽぽは翠たちと楽しんでくれ」
「ちょ、そんな……ご主人様! 見殺しなんて酷いよぉ!」
「おら、何やってんだ、きりきり歩けよ、蒲公英!」
「ふぇぇ〜ん!」

ずるずるずると、鈴々と翠に引っ張られて、蒲公英は観念したのか、ほとんど抵抗も無く連れて行かれてしまった。
さて、ここに留まるのも何かと気まずいし、少し場所を変えるとしようか。大騒ぎで酒盛りを始めた翠達に背を向けて、別の酒盛り場所に行くことにしたのだった。



「んっんっんっ………ぷはぁ〜、やはり、銘酒というものは良い。澄み渡った味に心が洗われるようだ」
「あらあら、良い呑みっぷりだけど、そんなに急いで大丈夫なの、星ちゃん? なんだか、顔が赤くなってきたみたいだけど」
「ぬかせ、この程度で酔いつぶれるほど、こやつは、やわな身体をしておらぬわ。のう、星」
「なんだか、盛り上がっているな、三人とも」

国内外の銘酒が無造作に立ち並び、酒のつまみには、メンマの大皿が中央に置かれたテーブルを囲んで酒盛りをしているのは、星と紫苑、桔梗である。

「あら、ご主人様。わざわざ、お越しになってくださったんですか?」
「ああ。誘った手前、楽しんでいるかどうか、気になっていてね。その様子だと、堪能してくれてるみたいだけど。そういえば、璃々ちゃんは?」
「はい、寝かしつけておきましたから、部屋で眠っていると思います。後で、様子を見に行こうかと思っていますけど」
「やれやれ、子煩悩な事だな。お館も、そうは思わぬか?」

紫苑の言葉に、呆れたような顔で肩をすくめる桔梗。ただ、紫苑が璃々ちゃんの事を大切に思っていることを知っているので、その口調は優しげだったけど。
と、そんな事を考えている俺の目の前に、ぐいと杯が差し出された。なみなみと酒が注がれている杯を差し出してきたのは星である。

「主、まずは一献いかがですかな? せっかくお越しになられたのですし、飲まぬというわけではないのでしょう?」
「そうだな……それじゃあ、一杯貰おうか」

星に酒を勧められ、俺は杯を受け取ると、ぐいっと一気に、それをあおった。ほのかな甘みと、喉が焼けるような熱さ。酒の味を堪能し、俺は一息つく、と、

「あらあら、良い飲みっぷりですね、ご主人様。もう一杯どうぞ」
「ちっ………なかなかに素早いな、紫苑」

飲み終わった杯に、さりげない様子で紫苑が酒のおかわりを注いできた。舌打ちが聞こえ、そちらを見ると、酒瓶を手に持って、ふてくされた様子の桔梗がいる。
どうやら、俺が飲み終わったのを見計らって、酒を注ごうと思っていたようだけど………そんな事を考えていると、星までもが、酒瓶を手に取るのが見えた。

「おや、どうかなされましたかな、主? 酒が進んでおられぬ様子ですが」
「どうか……って、なぁ。 三人とも、俺を酔い潰そうって気じゃないだろうな? これから桃香や麗羽の相手をしなきゃならないから、潰れたくはないんだけど」
「あらあら、大丈夫ですよ。酔いつぶれたら開放して差し上げますから」
「いや、だから………話、聞いてる?」

ニコニコ笑顔でスルーをしてくる紫苑。どうにも人の話を聞いてはいないというより……余裕で話を聞き流されたようだ。
困った様子を見せる俺だったが……そんな俺を見て、桔梗が呆れた様子で、手に持った酒瓶の中身を自らの杯に注ぎ、ぐいっと一息にあおると、ふう、と溜め息をついた。

「何を軟弱な事を言われるか。ここに並ぶ酒を全て飲み干そうが、酔いつぶれるまでには至らぬでしょうに」
「それは、桔梗だからだと思うんだけどなぁ」
「まぁ、桔梗の事はさておき、私達に付き合うというのなら、酒を交わすのは当然のことでしょう。ほら、手が止まっておりますぞ」
「ふぅ………しかたがないなぁ」

星に急かされて、俺は苦笑をしながら、酒の杯を傾ける。唇を離して一息つくと、待ってましたとばかりに、空になった杯に、星と桔梗と紫苑が酒を注ごうとする。
って、一気に三人が注いだものだから、酒が混ざった上に、溢れちゃってるんだけど………どれも似たような種類の酒なのが幸いだった。
日本酒とビールが混じったりしたら最悪だからな………そんな事を考えながら、溢れんばかりに注がれた酒を一気飲みする。なんだか、ペースが速いような……?

「おお、よい飲みっぷりですな、主。では、もう一献」
「うむ、こうでなくては面白くは無いですな」
「………二人とも、少し急かしすぎじゃないかしら? ご主人様が困ってらっしゃるわよ」

呆れた様子で紫苑が諫めるが、調子に乗った星と桔梗に届くはずも無く………それからしばらくの間、俺は星達との酒につき合わされる事になったのであった。



「うぷ………あー、さすがに飲みすぎたかな」

星と桔梗に乗せられるように、両手の指では数え切れないほどに酒を飲まされた俺は、ほうほうの体で、その場から逃げ出す事になった。
場を離れるときに、なんて言い訳したかは覚えていないけど、桔梗は豪快に笑っていて、紫苑は困ったように笑っており、星は口の端を上げていたのだけは覚えていた。
何か変なことを言って、呆れさせちゃったかもしれないな………そんな事を、朦朧とした意識のまま考えつつ、俺は足を進める。
正直、立っているのも、なかなかしんどい状況だったが、今回の主賓の性格上、挨拶をしておくべきだろう。そんなことを考えながら、俺は桃香と麗羽を捜して歩く。

目的の人物は、すぐに見つかった。というか、大騒ぎをしている声に、引き寄せられるようにそちらに向かうと、桃花と麗羽を中心に、酒宴の真っ最中だったわけだが。

「お〜っほっほっほっ! こんな感じで良かったんでしたっけ?」
「ええ、そうですわよ。なかなかに筋がよろしいですわね、桃香さんったら。 お〜っほっほっほっ!」
「ああ………桃香様、ご立派です」
「そんなわけ無いだろう。まったく、桃香様に何を教えているんだ、麗羽は」

麗羽の真似をして高笑いをあげる桃香に、麗羽が満足そうにユニゾンし、桃香の様子をうっとりと眺めている焔耶と、呆れた様子の愛紗が居る。
さすがにそのノリについていけないと判断したのか、猪々子と斗詩は、少し離れた場所で、月と詠を相手に、談笑をしているのが見えた。

「みんな、楽しんでるみたいだな」
「あ、ご主人様だー」
「あら、一刀さん。わざわざ、足を運んでくださったの?」

俺が皆の前に姿を見せると、桃香と麗羽が喝采の声をあげる。と、麗羽の言葉を聞いていた焔耶の眉が跳ね上がった。

「なっ…………お前、お館の事を今なんて言って――――」
「よせ、焔耶」
「し、しかし、今のは……」
「麗羽が、ご主人様の事を名で呼ぶ事は、ご主人様も桃香様も認めていることだ。私たちが、口を挟むべき問題ではない」

なにやら、ゴニョゴニョと愛紗と焔耶が顔を寄せ合わせて話しているが、何を話しているんだろうか?
まぁ、それは兎も角、麗羽はこの宴の主賓なわけだし、挨拶を済ませておくことにしよう。

「やあ、麗羽。楽しんでくれてるかな? 一応、趣向に合った宴の用意をしたつもりだけど」
「ええ。一刀さん。美味しいお酒に、美味しい料理、それに、桃香さんのような可愛らしい娘が傍にいれば、言うことなんてありませんわ」

俺に問いにそう言うと、麗羽は桃香の腰をつかんで抱き寄せる。と、その様子を見ていた焔耶と愛紗の顔が真っ赤になった。

「き、貴様――――! 桃香様に何と不敬な真似を!」
「そうだぞ、麗羽! 桃香様に無造作に触れるなど、臣下としてあるまじき行為だと思わないのか!?」
「もう、うるさいですわねぇ、二人とも。そのように、お猿さんみたいに、ぎゃあぎゃあと騒がれては、せっかくのお酒も不味くなってしまいますわよ」
「さ、サルだと――――!?」

麗羽の言葉に、切れ掛かった焔耶が武器を構えようとするが、麗羽が桃香を抱きかかえていることを知り、その動きを止める。
流石に、金棒のような大物で、麗羽だけを殴り飛ばすと言うような、器用な芸当は出来ないようであった。
まぁ、この程度の喧嘩なら、大したことにならないだろうと考え、俺は周りを見る。と、こっちの騒ぎを聞きつけたのか、月や斗詩達がこっちに近づいてきた。

「おーす、アニキー!」
「こんばんわ、ご主人様」
「ああ、こんばんわ。猪々子も斗詩も、楽しんでいるか?」



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