〜史実無根の物語〜 

〜其の一〜



五胡との戦いから時は過ぎての、平穏な日常………そんな最中、先日から曹操や孫策たちを歓待しての、大規模な宴が開かれていた。
宴の参加者は、蜀の面々と、呉は孫策をはじめ、孫権、周瑜、陸遜、周泰の5名。それに、曹操を筆頭に、魏の首脳陣が11名である。
参加人数が、30名を超える宴は、最初から呑兵衛王者決定戦の前哨戦とばかりに、異様な盛り上がりを見せていた。
主催者である桃香の挨拶もそこそこに、あちこちで歓談や酒盛りが始まっている。まぁ、鈴々を筆頭に、呑むより食べることに熱中しているものもいたけれど。

「んぐんぐ………ぷはぁ〜! 酒も美味いし料理もいうこと無しやな! ほらほら、愛紗もまずは一杯どうや?」
「あ、ああ。しかし、その勢いで呑んでいたら、すぐに酔いつぶれるのではないか、霞?」
「ん〜、そうなったら愛紗に介抱してもらうから別にええもーん」
「誰も介抱するとは言っていないだろう………まったく」

向こうでは、酒に酔った張遼に絡まれて、愛紗が困ったような顔を見せている。それでも、律儀に酔っ払いに応じるのは、真面目な愛紗ならではだろう。
傍には、星に紫苑に桔梗、それに孫策が愛紗たちと一緒に、酒盛りの真っ最中である。まさにその場は、酒豪のそろい踏みといったところだった。

「んくっ、んくっ……ぷは〜! ああ、おいしー! 蜀にも、こんなに美味しいお酒があるのね!」
「ほう、雪蓮殿も、なかなかの呑みっぷりですな。では、酒にも負けぬ秘蔵のつまみを馳走するとしましょうか」
「やれやれ、星、またメンマか? まぁ、宴席に用意された、お上品なつまみよりは、確かに、こちらの方が好感は持てるがな」
「そうだろう? では、桔梗も紫苑も、お一ついかがかな?」
「ええ、ありがたくいただくわ」

翠の差し出したメンマの壷から、桔梗と紫苑がメンマを摘んで酒の肴にしている。
孫策はというと、最初は戸惑っていたが、郷に入っては従えとばかりに、メンマを一つまみして口に運ぶ。と、その表情が華やいだ笑顔になった。

「へえ、意外ね。お酒にメンマが合うなんて、思いも寄らなかったわ」
「何を言われるか。メンマはどのようなものにも合う、至高の食物ではないですか。古来より、メンマは万物の長として語り継がれているのですよ」
「そ、そうなの………? 江東では、そんな話は聞いたことも無いんだけどなぁ」
「雪蓮殿………今のは星のホラ話だぞ。まったく、メンマの事となると、すぐに話を大きくするからな」

戸惑った孫策に、桔梗が呆れたように言いながら、肩をすくめた。それにしても、凄いペースで呑んでいるけど、大丈夫なんだろうか?
何だか、見ているこっちが酔いそうな光景である。星達の様子を見るのは、この位にしよう。さて………他の面々は何をしているのかな?



「はぁぁぁ〜〜〜この装丁、描かれている裸体の瑞々しさ………市場に、こんな本が出回ってるなんて〜」
「はわわ………あの、そろそろ返してほしいんですけど………」
「駄目っ! お願いだから、もうちょっと触れさせてください〜」
「あわわ………ど、どうしよう、朱里ちゃん」

宴席の宴の一角に、うず高く詰まれた本の山――――様々な国の本が積まれている小山の近くに居るのは、朱里に雛里と、呉の陸遜、魏の郭嘉であった。
何だか、揉めている様だけど…どうしたんだろうか? 陸遜が本を抱えて身をくねらせているのを、朱里と雛里が困りきった様子で見つめている。

「どうしたんだ、朱里。何かあったのか?」
「は、はわわ、ご主人様! な、なんれもないれしゅ!」
「いや、なんでもないとは思えないんだが………少なくとも、言葉を噛むくらいには動揺しているんだろ?」
「う〜、それは、その………ご主人様が」

朱里は語尾を濁すと、ごにょごにょと口の中で呟く。傍らの雛里を見ると、こっちは真っ赤にした顔を帽子で隠している最中だった。
状況を聞こうと思ったけど、このままじゃ埒が空きそうにないな。とりあえず俺は、本を抱えた陸遜の方を向く。俺が見つめると、陸遜は怯えたように後ろに下がった。

「な、なんですか? そんな怖い顔をしても、渡しはしませんよ!」

そういいながら、手に持った本を胸で抱きかかえる陸遜。と、抱きかかえた本の圧力を受けて、陸遜の胸が一段と強調される。思わず、その豊満な胸に見とれてしまった。

「ご主人様、どこを見てらっしゃるんですか?」
「ちょ、朱里、誤解だって。俺はただ、陸遜の持っていた本が気になっただけで」
「あう………ご主人様、さすがに嘘だって分かります」

怒った様子の朱里に弁解をした俺だったが、さすがに誤魔化せなかったようで、雛里に悲しそうな顔をされてしまった。だけど、仕方がないじゃないか。
陸遜のような豊満な胸に興味がを持つのは、男としては当然の事だろう。もっとも、陸遜だけでなく、呉の面々は、ほとんどが爆乳なのだけど。

「まぁ、それはそれとして――――結局、何が原因で騒いでいたんだ? 陸遜の持っている本が原因のようだけど」
「それはですね、このコがあまりにも素晴らしかったから、感激で濡れちゃったんですよ〜」
「濡れ………?」
「はい! 為になる本とか、感動できる本を読んでいると、身体の奥からあふれ出すものってありますよね!?」

確かに、泣ける話の本を読むと、読んでいる途中で涙とかが出るからなぁ。どうやら、陸遜の持っている本は、かなり素晴らしい本らしい。
どうやら、朱里たちが用意した本みたいだけど、どんな内容が書かれているのか、少し気になった。

「なるほど、どんな話なのか気になるし、見せてくれよ」
「いや〜!」
「うぉわっ!?」

本を見せてもらうと、陸遜に近づいた俺だったが、思いっきり悲鳴を上げて仰け反ることになった。いったい、どうしたんだ?
幸いというか、なんというか………あちこちで酒宴の騒ぎ声とか、天下一品武道会の前哨戦とばかりに刃音が響いていたので、注目されるようなことはなかったけど。

「そんなことを言って、このコを取り上げようっていうんでしょ? 駄目です、大事なこのコは渡しませんから!」

まるで、生まれた赤ん坊を取り上げられそうになって、必死に護ろうとする母のような表情で、陸遜はそんな事をいう。俺か? 俺が悪いのか?

「………なぁ、朱里。陸遜って、こんな娘なのか?」
「え、ええ。どうにも本が大好きらしくて、本が関わると人が変わるみたいです。冥琳さんには、なるべく本には触らせるなって釘を刺されていたんですけど」

冥琳とは、周瑜の事である。呉の大都督をして、そう言わしめるほどに、陸遜の本好きは病的らしかった。
そんな陸遜はというと、手にした本を覗きながら、息を荒げていた。変には変なのかもしれないけど、どこか艶っぽくて、色っぽかったりする。

「ほふぅ〜、この文体、それに構図も素晴らしいです〜」
「あー………つまり、見せる気は無いんだね?」
「当たり前じゃないですか。それに、本はまだまだ沢山あるんですから、そちらを見れば良いと思いますよ〜。あっ、でも、汚したりしたら駄目ですからね!」
「はいはい」

陸遜の言葉に、俺は適当に返事をしながら、俺は手近にあった本を手にとって、パラパラとめくってみる。その内容はというと、男女の睦事の――――、

「って、エロ本じゃないか!?」
「はうぅ〜………」

俺の言葉に、気まずそうに目を伏せる朱里。雛里はというと、顔を真っ赤にして、もじもじと俯いてしまっていた。
本に乗っていたのは、裸の男女が、アレをナニしている絵と、その説明書きが書かれていた。どうやら、ここにある本は全部がエロ本らしい。
その数は、かるく百を超えるようだけど………よくもまぁ、ここまで多彩な本を集められたものだな。

「まったく、宴の席に、なんてものを持ち込んでいるんだよ」
「で、ですが………賓客を迎えるにあたって、できる限りのもてなしをするのは鉄則で………これらの本も、魏と呉の両国からの要請があって用意されたものなんです」
「なるほど。で、これらの本を頼んだのが彼女達ってことか。まぁ、理由は分かったけど………いくら請われたからってエロ本を用意するのは、どうかと思うぞ」
「本を馬鹿にするとは何事ですか〜!」
「はい、すいません」

本を読んでいた陸遜だったが、しっかりと聞き耳も立てていたらしい。怒りの形相で詰め寄られ、思わず反射的に謝ってしまう俺。
しかし、温厚そうな女の子だと思ったのに、本が関わると、性格が変わるんだな、陸遜は。なんというか、眠れる獅子を起こしてしまったような気分である。
それに比べると、同じように本に見入っているというのに、郭嘉の方は静かであった。端正な顔で本を凝視する郭嘉。その顔に、鼻血が一筋………鼻血?

「ふぅっ………」
「は、はわわ、大丈夫ですか、稟さん!」

唐突に、何の前触れもなく鼻血を噴出して倒れる郭嘉。どうやら、読んでいた本の内容が、彼女の心身の許容量を超えてしまったらしい。
まるで噴水のように郭嘉の身体から鼻血が飛び出す。その飛沫が、机の上に置かれていた本の山にも飛び散って、それを見た陸遜が悲鳴を上げた。

「きゃ〜! 本が、貴重な文化の財産が、鼻血で真っ赤に〜!」
「あわわ、そんなことを言っている場合じゃないですよぉ」
「雛里の言う通りだって…! 衛生兵、衛生兵はいないか〜!?」

慌てて俺は、周囲に声をかける。たかが鼻血で取り乱しすぎかと思うかもしれないが、噴水のような勢いの鼻血を目の前にして、平静でいられる人間は少ないだろう。
このまま、渇き死にになるんじゃないかと、俺が不安になっていると、騒ぎを聞きつけたのか一人の女の子がふらりと姿を現した。

「あー、稟ちゃんってば、また鼻血を出したんですね」
「君は………程cだったっけ? 見ての通り、郭嘉が鼻血を出して倒れたんだけど………掛かりつけの医者とかいるのかな? このままだと、まずそうなんだけど」
「いえ、そんなものは必要ないですよ。ほい、とんとんっと」
「う、うう………?」

お、蘇生した。鼻血が止まり、息を吹き返す郭嘉。ちょうど折りよく、近場に侍女達が通りかかったので、郭嘉の看病を任せることにした。

「…そういうわけで、彼女も国賓なわけだし、手厚い看護を頼むよ」
「はい、お任せください。ご主人様」

侍女達の長である女性が、恭しく頭を下げる。二人の侍女が郭嘉に肩を貸して、宮殿の中に歩いていった。一応、不測の事態の為に、医者も待機させておいたのである。
多少の不安は残るものの、待機している医者は名医である華陀だし、きっと大丈夫だろう。あとで、曹操にこの事は報告しなければならないけど、まずは一安心だった。

「ふぅ、ありがとう。おかげで助かったよ」
「………」
「ど、どうしたんだ? 俺のこと、じっと見つめて」
「――――…いえ、なんでもないですよ。それじゃあ、風はもう行きますので。またあいましょう、お兄さん」

そう言うと、程cはふらりと、どこかに行ってしまった。さて、ひと段落ついたことだし、俺もどこか別の場所に行く事にしよう。

「う〜、ぶぇぇ〜……たくさんの本が、こんなに無残な姿に………まだ、半分も呼んでいないのに〜」
「はわわ………八百一が、穂毛が、外威場が駄目になっちゃってる。せっかく、手に入れたのに………」
「しかたないよ、朱里ちゃん。また、頑張って揃えようよ。穏さんも、落ち着いてください。半数以上は、無事だったんですから」

泣き崩れる陸遜と、落ち込む朱里が気がかりではあったが、なだめ役に雛里が回ってくれているし、多分、大丈夫だろう。
宴もたけなわとなってきた時間帯……次はどちらに向かう事にしようか? 本の山から背を向けると、俺はあてもなく、宴会場となった庭を歩き回る事にしたのであった。



宴の席の中央――――…山海の珍味が調理され、色とりどりの料理が並ぶ。大国になったとはいえ、基本的に無理な税をとる事のしない、俺達の生活は質素な方である。
今回のように、曹操や孫策たちが遊びに来た時には、賓客への応対と、国家としての見栄を張るために、こうして豪華な料理が並ぶことになる。
さて、そうなると俄然張り切るのが、鈴々や恋である。普段よりも美味しいものを食べれるということもあってか、宴が始まるとすぐに、料理に飛びついたのである。
今は、許緒や夏候惇と一緒に、並べられた料理を片っ端から食べ散らかしている最中であった。

「はぐはぐ、美味いのだー!」
「むぐむぐ………んっ。むぐむぐ………」
「あー、それボクが食べようって思ってたのにー! それじゃあ、こっちはいただきー!」
「なっ………季衣! それは私が取っておいたんだぞ!」

わあわあと騒ぎながら、料理を口に運ぶ面々。無口な恋は、料理を食べる事に専念しているようだが、他の面子もかなりの速さで料理を平らげている。
別に、食べる早さを競うとかの勝負ではないのだが………誰かが食べれば、自分の食べる分が減るとでも思ったのか、宴席に漂う雰囲気は、戦場そのものだった。

「恋殿ー! 負けてはなりませぬぞー!」
「季衣、あんまり無茶しちゃ駄目だよー!」

宴席の中央での食べ比べの様子を見て、周囲からは声援が送られる。一部、必死になって応援している娘もいたが、大半は呆れた様子で鈴々達の方を見ているのだった。

「まったく………あれだけバカバカ食べれるなんて、いったいどういう胃袋をしているのかしら?」
「ふむ――――姉者や季衣の大食は理解していたつもりだったが………競う相手がいると、食欲が増すらしいな。実に興味深い」

少し離れた席では、荀ケと夏候淵が、席に座りながら遠巻きに鈴々たちを見ている。二人とも酒盃を片手に、のんびりと観戦模様であった。
他の面々も、似たようなものであり………酒や料理を口にしながら、余興を見るかのように、鈴々達の食べっぷりを見てはいるが、飛び入り参加をする者はいないようだ。
まぁ、あの面々の中に割って入ることのできる度胸を持つものは、そうはいないだろう。かくいう俺も、あの戦場めいた場所の中に飛び込むのは、勘弁させてもらいたい。
そんなことを考えていた時である。少し離れた席で、翠とたんぽぽがくつろいでいるのが見えた。少し歩き疲れたし…休息がてらに、彼女達と話をすることにしよう。

「あー…なんか、向こうの席の料理の方が美味そうだよなぁ。ちょっと、食べにいってくるかな?」
「むりむり、お姉さまは普通の大喰らいなんだし、鈴々とじゃ、勝負にならないと思うよ?」
「誰も、別に勝負するとは言ってないだろ――――って、誰が大喰らいだって!?」
「あ、ご主人様」
「っ!?」

翠たちの座る席に近づく俺に、最初に気づいたのは、たんぽぽだった。たんぽぽの声を聞き、翠がぎょっとした表情でこっちを向く。
遠目には、言い争っていたみたいに見えたけど、何かあったんだろうか? 怒鳴られているように見えた、たんぽぽが平然としているので、大した事は無いんだろうけど。

「やあ、翠もたんぽぽも、楽しんでいるか? 少し話がしたいんだけど、隣に座っても良いかな?」
「はいはーい! どうぞ、遠慮なく座ってね、ご主人様!」

元気一杯に、俺の言葉に頷きながら、たんぽぽは席から立って椅子を引く。それじゃあ遠慮なく…と、俺は先程まで、たんぽぽが使っていた椅子に腰を下ろした。
俺の隣の椅子に、たんぽぽが座りなおし………翠、俺、たんぽぽの順で席に座る事になった。両手に華という言葉が、しっくり当てはまる状況である。

「はい、ご主人様も一杯どうかな? 冷たくて美味しいよっ」
「ああ、ありがたくいただくよ………それじゃあ、二人とも、乾杯!」

酒盃を手渡された俺は、杯を持って掲げると、二人に乾杯の言葉を述べる。酒席には定番の挨拶に、たんぽぽと翠も杯を上げて応じた。

「かんぱーいっ!」
「あ、ああ。乾杯っ!」

元気良く答えるたんぽぽと、なぜだか気まずそうな表情で杯を掲げる翠。翠の様子が変だけど、どうしたんだろうか?

「翠、どうしたんだ? 何だか元気が無いみたいだけど………どうかしたのか?」
「うぇっ!? べ、別に、なんでもないよ! どうしたんだよ、藪から棒に」
「いや、翠が元気が無いのは心配だからさ。翠は俺にとって大事な女の子な訳だし、心配するのは当然だろ」
「た、大事なって………もう、何を恥ずかしいこと言ってるんだよ!」

俺の言葉に、怒ったような声をあげる翠。俺、何か変なことを言ったんだろうか………?

「も〜、お姉さまったら、照れちゃって〜」
「ううう、うるさいっ! 照れてなんかいないぞ! ご主人様が変なことをいうから、恥ずかしくなったんだ!」

たんぽぽの言葉に、むきになって反論する翠。変なことというのが、何を指しているのかはわからなかったけど、どうやら怒ってはいないようで、俺は一安心をする。

「………それで、結局は何があって元気が無かったんだ? 無理に話して欲しいとは思わないけど、相談には乗りたいと思ってるからさ」
「う――――そんなこと言われても……そもそも、原因はご主人様なんだし」
「?」
「じゃあ、聞くけどさ……ついさっき、ご主人様は姿を見せたけど、あたしと蒲公英が話してたのを聞いてたのか?」

翠に言われて、先程のことを思い出す。そういえば、二人して話をしていたよな。確か、鈴々達の席に食事を食べに行こうかって話だったけど。

「うん、まぁ………話の節々はね。翠も、あっちの席の料理が食べたいって話だったような」
「うう………やっぱり聞かれてたのかぁ」

俺の言葉に、翠はぐったりと机に突っ伏した。何かショックを受けているみたいだけど、どうしたんだろう。

「………なぁ、たんぽぽ。どうして翠は、こんなに落ち込んでいるんだ?」
「さぁ? お姉様が、ご主人様がらみの事になると、変になっちゃうのは、いつものことだし………あ〜、そういうことかぁ」

たんぽぽは、なにやら納得した様子で、うんうんと頷いた。いや、一人で納得されても、困るんだけどな。
どうしたものかと考えていると、たんぽぽが不意に、鈴々達のほうに指を指し示しながら、俺に向かって質問をしてきた。

「しつもーん! ご主人様は、ああやってご飯を食べてる鈴々たちのこと、可愛く思う?」
「唐突な質問だな………可愛く思うかって聞かれてもなぁ、鈴々や恋がものを食べているところは、充分に可愛い思うぞ」

二人とも動物系だし、なんというか、無心で物をほおばる姿は、頬ずりをしたくなるほどに可愛いのであった。たんぽぽは、俺の返答に満足に頷くと、翠の肩をつつく。

「だってさ、お姉様も大丈夫だよ」
「………な、何が大丈夫なんだよ?」

むくりと身を起こしながら、たんぽぽを睨みつけるように、翠は唸り声を上げる。そんな翠に、たんぽぽは頬を緩めながら軽い口調で言い放った。

「だから、気にしてるんでしょ? ご主人様に大喰らいだって思われてないか。でも、ご主人様は、そういうのは気にしないって言ってるみたいだよ」
「――――こ、このバカ! そもそもお前が言ったのが原因じゃないか!」

どうやら、翠にとって触れて欲しくない話題だったようだ。たんぽぽの言葉に怒り出した翠は、席から立ち上がると拳を振り上げる。
しかし、たんぽぽは一足早く、俺を盾にするように移動をしたのである。たんぽぽは、俺の陰に隠れながら楽しそうに悲鳴を上げた。

「きゃ〜、お姉さまが怒っちゃった! ご主人様、なんとかしてっ」
「あ、ああ………とりあえず、翠も落ち着こうな。ほら、座って座って」
「う………ご主人様を盾にするなんて、卑怯だぞ………まったく」

さすがに、俺に対して拳を振るうほどには激昂していなかったようで、翠は不満そうな表情を見せながらも、しぶしぶ席に付いたのであった。
しかし、大喰らいか………確かに、翠は鈴々達とは違って、そういうことは気にしそうだよなぁ。あまり深刻に悩まないうちに、フォローを入れておくべきだろう。

「なぁ、翠………確かに翠は健康的だし、よく食べるとは俺も思っているよ」
「う”………やっぱりご主人様も、あたしが大喰らいだって思ってるんじゃないか」
「否定はしないよ。だけどまぁ、そういう所も、翠の魅力だって俺は思っているんだけど」
「へ?」

俺の言葉に、キョトンとした表情を見せる翠。呆けたような表情でも、とびっきりの美少女だってことに、本人は気が付いていないんだろうなぁ。

「健康的で、元気一杯な翠が、俺は一番好きって言っているんだよ。変に気にして、食事を抜いたりした方が、俺としては心配するよ………分かるよね」
「ぁー………うん」

照れたように頬を掻きながら、翠はそっぽを向く。と、そんな翠を見ていた俺の腹が、ぐーとなった。

「ははは、言ってる本人が空腹じゃ、しょうがないよな。適当に食べることにしようかな? 翠ももちろん、一緒に食べてくれるんだろ?」
「――――はぁ、しょうがないよな、ご主人様は。蒲公英は、どうするんだ?」
「もちろん食べるー! みんなで一緒に、食べさせあいっこしようねっ」

無邪気に、そんな事をいうたんぽぽ。そんなこんなで、俺も翠たちの同伴に預かり、食事を取ることにしたのだった。
並べられているのは、前菜や果物などが主であり、さめると不味くなる料理は、熱いうちに食べれるようにと、給仕の女官に声をかけて注文するシステムになっていた。
一通りのメニューを注文して、しばらく待った後………俺達のテーブルに多くの料理が並べられた。焼き飯や餃子、ラーメンなどが湯気を立てて、食欲を刺激する。

「おー、美味そうだな。それじゃあ早速、いただくとするか」

俺は歓声を上げながら、箸を手に取ると、熱々の焼き餃子を口に含む。パリッとした皮の中から、じゅわっとした肉汁がでて口の中一杯に広がった。
うーん、水餃子も悪くは無いけど、やっぱり焼き餃子が一番だよな。このパリパリに焼かれた、皮の食感が何とも言えないところだ。
さすがに宴席ということもあり、出される料理は見た目が同じでも、手の込んだものばかり。この餃子一つでも、いつもよりも段違いに美味しいものだった。

「さて、次は何を食べようかなー………おっと」
「はーいっ、ご主人様、こっちも美味しいよ、食べて食べて!」

餃子を食べ終えた後、次は何を食べようかと考えていると、横合いから箸が突き出された。見ると、たんぽぽが箸に焼売(しゅうまい)をつかんで差し出している。
どうやら、俺に食べてということらしい。海老の入った焼売は、湯気が立ち上るくらいの熱々で、とても美味しそうである。

「蒲公英っ、お、お前、ご主人様になんてことを………」
「はぐっ、あふあふ………うん、熱くて美味いな」
「あーっ!」

翠が急に叫び声をあげたけど、どうしたんだろうか? とりあえず、熱々の焼売が口の中にあるうちは考え事も出来ないので、口を動かして消火する。
海老と肉汁の甘みのある餡の熱を、息を吐き出して冷ましながら、焼売を喉の奥に飲み込んでいく。喉元を過ぎる頃には、熱さはすっかり消え去っていた。

「ほらほら、次はお姉さまのばんだよっ。ご主人様に、あーん、ってしてあげなきゃ」
「な、ななな………なに言ってるんだっ! そんな事、出来るわけないだろ!」
「ふーん、そなんだ。じゃあいいもーん。たんぽぽだけ、ご主人様にあーんってしちゃうんだから♪」
「ちょ、ちょっと待った! わかった、わかったよ! ほら、ご主人さまっ!」
「ん、なんだ………ふがっ!?」

呼ばれて翠のほうを向くと、口の中に何かが差し込まれた。どうやら物をすくうレンゲのようである。反射的に、載った料理を口に含むと香ばしい味………炒飯のようだ。
俺が炒飯を食べたのを確認して、翠はレンゲを口の中から引き抜いた。どこか怒ったような表情で、翠はレンゲで炒飯を救うと、自分の口元に運ぶ。

「ほら、これでいいんだろ………まったく、大したことじゃないじゃないか」
「うわ、お姉様ったら、大胆だねー」
「もぐもぐ………ん?」

炒飯を食べる翠は、たんぽぽの言葉にキョトンとした表情を浮かべる。どうやら本人は気づいていないみたいだし、できれば言わないでほしいんだけど…無理だろうな。

「だって、そのお匙ってご主人様に食べさせてあげたやつでしょ? それを口の中に入れるなんて、口付けしているようなものじゃないの?」
「…………! ごほ、ごほっ!」
「だ、大丈夫か、翠? ほら、水をのんで………」

たんぽぽの言葉に目を白黒させた翠は、思いっきりむせて咳き込んだ。彼女に水を渡して背中をさすっていると、騒ぎを聞いたのか、好奇の視線がこちらに向いてきた。

「………なんや、あそこの一角だけ熱っついなー、うち、胸焼けしそうやわ」
「ほんとなのー。何だか羨ましいかもなの………凪ちゃんも、そう思うでしょ?」
「い、いや………別に」

きゃいきゃいと、魏の女の子たちがこっちに向かって好奇の視線を向けてきている。まぁ………中には、荀ケのように蔑むような視線を向けてきた娘もいたけど。
しかし、変に注目されてしまったな。トラブルの足音が近づいてきているような気がする。主に、物理的に………ドドドドドって――――。

「お兄ちゃん!」
「な、何だ、鈴々、どうしたんだ? それに、恋も………何だか怒っているみたいだけど」
「…………」

俺の席に駆け寄ってきたのは、さっきまで宴の中央で、食欲を満たし続けていた鈴々と恋だった。
質問を投げかけても、恋は無言。ただ、どこか拗ねたような目で俺を見つめている。鈴々はというと、もう少し直球気味だった。

「だって、お兄ちゃんが翠と仲良くしてて………ご飯が美味しくなかったのだ!」
「ふーん、お姉さまが、ご主人様とイチャイチャしてたから、鈴々ってばヤキモチを焼いたんだ?」

鈴々の言葉を聞いて、たんぽぽが笑いながら、鈴々をからかう。しかし、それに過剰に反応したのは、鈴々よりもむしろ………

「だ、誰もイチャイチャなんてしていないぞ! 蒲公英、変なことを言うな!」
「はにゃ? 鈴々は、お餅なんて焼いていないのだ」
「…………餅」

主に食べ物に反応する、鈴々と恋。なんというか、微笑ましいなぁ。
ともかく、鈴々たちが怒っていたのは、仲間外れにされたような気がしているんだろう。俺は、機嫌を直すにはどうしたら良いかと考えて………箸を手に取った。

「ほら、鈴々………あーん」
「ふにゃ? むぐむぐ………おいしいのだ!」

箸に焼いた肉を摘んで鈴々の口元に差し出すと、反射的に齧り付いた鈴々は、満足そうな表情を浮かべた。どうやら、機嫌が直ったようである。

「そっか、美味しいなら良かったよ」
「えへへー、お兄ちゃん、もう一回なのだ!」
「…………」

と、そんな風におねだりする鈴々の横から、すっと割り込んできたのは恋である。なにやら言いたそうな上目づかいで、じっと俺を見てくる。
いや、そんな風に見つめないでください。可愛すぎて悶絶してしまいそうだから………ともかく、恋が言いたいことは、何となく分かった。

「恋も、食べさせて欲しいのか?」
「…………」(コクッ)
「あー、横入りは、ずるいのだ!」
「鈴々は、さっき食べさせてもらった………でも、恋はまだ」
「う」

恋の一言に、鈴々は黙り込む。恋はしょんぼりとした表情で、鈴々を見つめた。

「恋も、ご主人様に食べさせてもらいたい」
「………まぁ、そういうことなら仕方ないのだ。でも、その次は鈴々の番なのだ!」
「…………」(コクッ)

なにやら、勝手に順番が決まっているみたいだけど………俺の意思は無視ですか。まぁ、別に良いんだけど。

「…………」
「あ、お姉様ったら、ご主人様に食べさせてもらって、いいなぁって思ってるでしょ」
「なっ、そ、そんな事は言っていないぞ!」

たんぽぽの言葉に、そう受け答えをする翠。でも、言っていないって………思ってないわけじゃないんだな。
さて、それじゃあ恋にご飯をあげることにしようか………なんというか、他人に食べさせるのは、意識すると何となく恥ずかしいよなぁ。
周りの目線が、みんなこっちに向かって飛んでくるし、それに混じって、空を飛ぶ、ねねが――――あれ?

「ちんきゅ―――――――きーっく!!」
「ぐは!?」

勢いに乗った、ねねのとび蹴りが顔面に決まり、俺の意識はブラックアウトしたのだった。



夢を、見ていた。様々な外史の切れ目からは、色々な世界が覗ける。それは、まだ見ぬ可能性のある世界――――そこに、筋肉達磨がいた。

「あらん? こんな所で会えるなんて………貂蝉、感激よぉん! 挨拶代わりに、あっつい抱擁でもいかがかしら?」

筋肉達磨が迫ってくる………! ってか、来るな、来ないでくれ――――!

「むはは、なかなか楽しそうではないか! どれ、この卑弥呼も混ざらせてもらおうとしよう! 漢子狩り(おのこがり)など、久しいものよのう!」

増えた!? っていうか、増えるのかアレは!? とにかく、あれに捕まったらまずいと、本能が告げている!
逃げないと! 俺は必死に、二つの得体の知れないものから逃げ出したのだった。だが、やつらはどこまでも追いかけてくる………!

「まってぇぇん、ご主人様」
「こうなれば、奥義を出すしかあるまい! 超級…覇漢女…電影弾!」

にじり寄ってくるな、飛ぶんじゃない! どこだ、出口はどこなんだ――――!



「出口は、どこだぁぁぁ――――!」
「ひゃっ!?」
「ちょ、大きな声を出さないでよ!」

目を覚ますと、天井が見えて、俺を覗き込む何人かの顔があった。月に詠………それに、医者の華陀である。そっか、ねねに蹴られて意識を失ったんだっけ。
ということは、あれか………あれは、夢だったんだな。本当に、良かった――――

「ど、どうしたよ、そんなに泣きそうな顔をして」
「夢で良かったよー! 詠――――!」
「な、ちょ、だ、抱きつかないでよっ! こら、離せっ………ああ、もう! ちょっと、そこのアンタ、医者でしょ、何とかしなさいよ!」
「………いや、俺の治療は、もう終わっているよ。心の治癒も出来ない事はないが、どうやら彼は、君に癒して欲しいようだからね。じゃ、俺は次の患者があるから」

ううっ、筋肉質な悪夢を見ていたせいか、抱きしめた詠の身体に癒される………できれば、このままずっと抱いていたいくらいだった。

「いいなぁ、詠ちゃん………」
「う………そんな目で見ないでよ、月。しょうがないなぁ、月も混ざる?」
「え、いいの………?」
「何だか分からないけど、こうやって抱きしめてあげてれば、落ち着くみたいだからね。月もやってあげれば、喜ぶんじゃないの?」
「うん、それじゃあ、そうするね」

ああ、何だか暖かい感触が、背中にも当たってくる………癒される、癒されるなぁ――――

「おしくらまんじうにゃー!」
「「「にゃー!」」」」

ピョン、ベタ! ピョン、ベタ! ピョン、ベタ! のしっ!!

「きゃっ!?」
「ちょ!? アンタ達っ!」
「ぐは! な、なんなんだ………!?」

なにやら、小さいものが身体に飛びついてきて、その衝撃で俺は意識を現実に戻した。腰と両肩と頭に重い感触。
下を見ると、俺の膝の上で丸くなっている、シャムの姿があった。右肩にはミケ、左肩にはトラが抱きついている。ということは、頭の上にいるのは美以だろう。
周りを見ると、少し離れた場所に、月を庇うようにして詠がいる。さっきは近くにいたような気がしたけど…月に危機が迫っていると感じて、詠が避難させたんだろう。

「さて、俺がどうしてこんな所に居るのかは、置いておくとして………頭の上からどいてくれなかな、美以。さすがに重いんだけど」
「いやにゃ! 兄の頭の上は、乗り心地が良くて最高なのにゃ!」

俺の懇願に、頭上から降ってくる声。どうやら、俺の頭の上を気に入ってしまったらしい。

「あにしゃま〜」
「にぃにぃー」
「にい様〜………すぅすぅ」

両肩に抱き付いたミケとトラ、膝の上に乗ったシャムも俺のことを呼んで甘えてくる。シャムは、甘えるというより、膝の上で寝息を立てていたんだけど。
しかし、どうしたものかな………このままじゃ、まともに動けないし、さっきから月と詠の視線が痛い。何とか穏便に、離れて欲しいんだけど………。

「お猫様ー、ご飯が出来ましたよー!」
「にゃ? ご飯なのにゃー!」
「「「にゃー!」」」
「お?」

ご飯という言葉に引かれたのか、俺の身体に抱き付いてきた美以たちは、声のしたほうに走っていく。
山盛りのお鍋を持ってきたのは、周泰だった。その傍には、さっき見かけた程cの姿もある。周泰が鍋をテーブルに置くと、美以たちはわき目も振らずに飛びついた。

「いっただきますにゃ〜〜〜〜!! はぐっ、はぐっ………もぐもぐ」
「おいしいにょ〜! もしゃもしゃ……!」
「もぐもぐもぐっ! おいひぃにゃー!」
「むしゃむしゃ……んにゅぅ〜……むしゃむしゃ……」

四者四様といった風に、料理をむさぼる美以たち。なんとも微笑ましい光景を、周泰が心底、幸せそうな表情で見つめていた。

「はぅわ〜………お猫様、とっても幸せそうです〜」
「あれは、猫と呼べるんでしょうか? 人が猫か、猫が人か………いうなれば、胡猫の夢といったことろでしょうかね」

なにやら満足そうな周泰の横では、程cが興味深そうに、美以たちの動向を観察している。二人とも、猫好きなんだろうか?

「ご主人様、お体の具合は大丈夫ですか?」

そんなことを考えながら美以たちを見ていると、座り込んだ俺に近寄って、月が声をかけてきてくれた。その傍らには、当然、詠の姿もある。
そういえば、さっき寝ぼけて、詠に抱きついたと思ったんだけど………その表情を見る限り、それほど怒ってはいないようであった。

「ああ、もう大丈夫だよ。それにしても、姿が見えないと思ったら、こんな所にいたのか」
「はい。さっきも鼻血を出した女の人が担ぎこまれましたし、治療には人手が必要じゃないかと思って」
「まぁ、曹操や孫策が来ている宴だしね。月のことを感づかれたら大変だから、ボク達は目立たないようにしているのよ」

なるほど………三国の世が確立しているとはいえ、それはそれである。そういう因縁がすべて消えたわけじゃないのは当然だった。
お祭り騒ぎが好きな、あの麗羽でさえ、城内の宴には参加していないからな………今頃は、斗詩や猪々子と一緒に街に繰り出して楽しんでいるだろう。
まぁ、麗羽の場合は身の安全云々よりも、ライバルである曹操に馬鹿にされたくないから、祭りに出るのを渋っている感じがあったけどな。

「すまない、誰か、医者はいないか!?」

そんな風に考えていた時である。怪我人や酔っ払いの治療所となっている広間に、また誰かが入ってきたようだった。
そっちに目を向けて、俺は、それが見知った相手であることに気が付いた。入ってきたのは二人連れで………ぐったりした焔耶に白蓮が肩を貸して連れてきたようである。

「あ、はい、少しお待ちください。とりあえず、こっちに寝かせてくださいね」
「ああ、すまないな………って、北郷!? 姿を見かけないと思ったんだが、こんな所にいたのか」
「白蓮………焔耶はどうしたんだ? 酒を呑みすぎて、酔いつぶれたとか」
「――――そんな理由じゃないよ」

俺の質問に、焔耶を床の上に寝かせながら、白蓮は肩を落す。焔耶の様子はというと、緩みきった表情で息を荒げていた。
どう見ても、酔っぱらっているように見えるんだけど………首をかしげた俺を見て、白蓮は溜め息混じりに言い放ったのだった。

「理由が知りたかったら、庭の裏手にでも行ってみるんだな。正直、行くのはお勧めしないけどな」
「そういわれると、逆に気になるんだけど………どうせ行くあてもないことだし、寝起きの散歩がてらに行ってみる事にするよ」
「そうか? それは助かる。それじゃあ、向こうに行ったら、後はよろしくって伝えておいてくれ!」
「…………? 分かった、後はよろしくって伝えればいいんだな」

白蓮の言葉に頷くと、俺は広間から出た。庭の裏手って言っていたよな………そこに、何があるんだろうか?



わいわいと、喧騒の溢れる宴。その宴の行われている庭の裏手に、小さな日差し避けのついた、小さな休憩所のようなものが設えられていた。
白蓮に言われ、何とはなしに足を運んだ俺が目にしたのは、その休憩所にたむろして、酒盛りをしている何人かの女の子であった。
酒盛りをしていたのは、桃香に曹操、それに孫権と周瑜であった。遠くから宴席の騒ぎ声が聞こえるといっても、この界隈には人はいない。
まぁ、三国の君主級の面々が差し向かって飲んでいるのだし、部下の将兵も気を使って、こちらに足を運びたがらなかったんだろう。

「・・・……あら、北郷じゃないの」

そんなことを考えていると、酒盃を傾けていた曹操と目があった。曹操の声に、酒盛りの場にいた一同が、俺に気づいたようである。

「あ、ご主人様だー。一緒に飲みましょうよー」
「なんだ、もう出来上がっているのか、桃香は。まぁ、お邪魔でなければ参加させてもらうけど」
「…それは、ありがたいな。正直、面子が減っていて困っていた所だからな」

桃香の誘いに俺が応じると、話を聞いていた周瑜が、そんな事を言ってきた。何となくではあるが、疲れているように見えるのは気のせいだろうか?

「面子って、白蓮と焔耶のことだろ? そうだ、その白蓮からの言伝だけど…後はよろしくって言っていたぞ」
「………逃げたわね」
「――――ああ、逃げたな」

俺の言葉に、何故か曹操と周瑜が苦い顔をする。逃げたって、どういうことなんだろうか? そんな事を考えていると、席に座っていた周瑜が腰を浮かせた。

「さて、北郷も参加してくれることになったし、私は雪蓮の様子を見に行きますので、蓮華様は北郷を話し相手にしてください」
「ちょっと待ちなさい。私を放っておいて、お姉様のところにいこうっていうの?」

周瑜の言葉に、孫権はどこか怒ったような表情をする。既に酒が回っているのか、その頬が赤らんでいるが、まだまだ酔ってはいないようであった。
そんな不機嫌そうな孫権に、周瑜は丁寧な口調で説明をする。さすがに、主君の妹ということもあり、気を利かせているようであった。

「ええ、雪蓮の酒癖の悪さは、蓮華様もご存知でしょう? あまり羽目を外しずぎないように、釘を刺しに行かなければなりませんから」
「………そうね、そういうことなら、しょうがないわ」

怒ったような表情の孫権だったが、もともと、理詰めでは周瑜に敵いはしないことを察してか、渋々といった感じで頷いたのであった。

「さて、そういうわけで私は席を外すが………せいぜい頑張るんだな、北郷」
「え? 頑張るって、何を?」

変に思った俺は質問をするが、周瑜はそれに答えることもせず、足早に歩き去っていった。よっぽど、孫策のことが心配なんだろうか。
と、そんなことを考えていると、じーっ、と視線が向けられているのを感じた。誰の視線かを見てみると、孫権がこっちの方を見ていたのである。

「そんな所に立っていないで、座ったらどうだ?」
「ああ。それじゃあ遠慮なく」

孫権に勧められるままに、俺は彼女の隣に腰を下ろす。ちなみに、先程までの席次は、桃香と曹操が並んで座り、対面には孫権と周瑜が並んで座っていた。
さきほど周瑜が席を立ったので、孫権の隣が空席となっていた。そんなわけで、俺は空いている場所に座ったのだが……それを見て、桃香が不満そうな顔をしたのである。

「あー、蓮華ちゃんったら、いいなぁ……ご主人様、なんで私の隣に座ってくれないの?」
「………桃香、貴方の隣には私が座っているでしょう? 空席が出来たのだから、そこに座るのが当然でしょうに」
「うー、でもぉ………華琳さんは羨ましくないの?」
「――――さて、それは蓮華を侍らしている北郷が羨ましいのか、北郷を侍らしている蓮華が羨ましいといっているのか、どっちなのかしらね?」

からかうようにそんな事を言いながら、曹操が俺のことを見つめてくる。
なんというか、あいかわらず規格外な性格をしているよな………沢山の女の子を愛でているのは、覇者としての度量なんだろうか?
そんなことを考えていると、酒瓶が眼前に差し出されてきた。隣に座った孫権が、酒を掲げたのである。

「とりあえず、呑んだらどうだ? 酒の席で素面というのも疲れるだろう」
「あ、ああ。いただくよ」

孫権の言葉に頷くと、酒盃に並々と注がれた酒を、俺は一気に飲み干す。熱い塊が喉を伝って、身体の奥が燃えるかのようだった。

「ふふ………良い呑みっぷりだな」
「お褒めにあずかり、恐縮ってね。ほら、孫権もどうぞ」
「あ、ありがとう」

俺が酒を注ぐと、孫権は行儀良く杯を傾けながら、喉を鳴らして酒を飲み干す。そうして、楽しそうに俺に向かって笑いかけてきたのだった。

「…なんだろうな、こうして並んで酒を飲んでいると、とても落ち着くのが不思議だな。なんというか、心が安らげる気がする」
「酒の席なんて、そんなものだろう? さっき周瑜と呑んでいたみたいだけど、似たような気分だったんじゃないか?」
「――――そんなわけ無いわよ。冥琳はお姉様が大事なんだし、酒の席でも小言が多いんだから」

孫権は俺の質問に、拗ねたような表情で、そんな事をいう。お酒のせいか、口調が女の子っぽくなっているのに、当人は気づいているんだろうか?

「さっきも、やれ国政はどうだとか………王者としての嗜みはこうだとか、軍を率いるものの心構えはああだとか、うるさかったんだから」
「ふぅん………酒の席でもそんな事を話すなんて、仕事熱心なんだなぁ」
「あれは、仕事熱心というよりも、仕事の虫だと思うけど………聞いてるの? 一刀」
「いや、聞いてるけど………?」

なんというか、気安く擦り寄ってきているのは、どうしたんだろうか? 酔っぱらった勢いなのか、孫権が俺の肩にしなだれかかってきているんだけど………。
そんな状況が何となく気まずくて、助けを求めようと桃香達の方を向いたのだが………桃香はというと、不満そうな顔をしながら席を立ったところであった。

「もー、ご主人様ったら、べたべたくっつきすぎ! そんなご主人様には、私も引っ付いちゃうんだから!」
「え………と、桃香? なんかその論法はおかしくないか? ちょっと、曹操も、笑って見ていないで助けてくれよ!」

この場で、唯一まともそうな曹操に助けを求めるが、曹操は平然とした表情で摘みの唐揚げを口にしながら、こともなげに言ったのだった。

「嫌よ、巻き込まれたくないもの。ああ、そうだ………北郷は知らないでしょうから教えてあげるけど、桃香と蓮華の酒癖は、似たようなものなのよね」
「酒癖………?」
「ええ、そうよ。過剰なまでに触れ合いが強まるというか………まぁ、絡み酒といえばいいかしらね」

絡み酒………なんかさっきから、みんなの様子がおかしかったのは、それが原因か。酔っ払いってのは、相手にしづらいものだからなぁ。
そんな風に考えている間も、孫権は、ますます俺に寄りかかってくるし、桃香は俺の膝の上に座ると、その大きな胸を押し付けてきたりするのであった。

「かーずーとぉ、私のいうこと、ちゃんと聞いてるのかしら?」
「いや、ちゃんと聞いてるけど………って、さっきから俺の名前を呼んでいないか?」
「何よ、お姉様にだって一刀って呼ばせているんだし、私が呼んでも良いじゃない………」
「いや、誰も悪いとは言っていないからさ。そんな風に可愛らしく拗ねられても………っ!?」

どうしたものかと考えていると、何故か物凄い殺気を感じた。殺気の感じた方を見ると、何故かそこには、この場に居ないはずの顔がいたのである。

「か、甘寧!? 確か、報告には、甘寧は参加していなかったはずだけど………」
「ああ、そのことなんだけど、思春ちゃんは極秘の護衛ということで、蓮華ちゃんを守ってるらしいの。仕事熱心だよね〜」
「………なるほど。ってことは、やっぱりあれは、俺に対して怒っているんだろうなぁ」

桃香に抱き付かれながら、俺はうーんと考え込む。俺自身はそんなつもりは無くても、図らずとも今の状況は、女の子二人を侍らしている状況だ。
おまけにその二人が、蜀の劉玄徳と呉の孫仲謀ともなれば、部下である甘寧にとっては良い気はしないだろう。
そんな風に考えていると、しなだれかかった孫権が俺の首に腕を回して顔を近づけてきた――――ちょ、甘寧が見ているから、そういうことは止めて―!

「ほら、一刀もきちんと呑みなさいよ。私の杯が受けれないというのかしら?」
「駄目だよ、蓮華ちゃん。こういう時は、こうふるのが、ただひいんらからー」
「いや、何で酒を口に含んでいるんだ、桃香? なんか、嫌な予感がす――――むぐっ!」
「んっ、んっ………」

いきなり、酒を口に含んだ桃香が、俺にキスをしてきたのである。ピッタリ合わさった口から、口移しで甘い酒が流し込まれて、目を白黒させる俺。
と、それを見ていた孫権が、おお、と納得したように手をポンと打ったのだった。

「なるほど、そういう作法があるとは知らなかったわ。それじゃあ、私も」
「いや、ちょっと、少しはおかしいとか考えないのか、そん――――」
「んうっ、んっ……」

俺の抗議の声など、どこ吹く風で孫権が俺に口づけをしてきた。口中に広がる甘い感触、ちょ、舌まで入れないでくれっ!
正直なところ、美少女二人にキスをされて嬉しいはずなのだが、俺にはちっとも余裕がなかった。だって、ほら、血相を変えた甘寧が詰め寄ってきているし!

「貴様ぁっ! 蓮華様が酔っているのをいいことに、乱暴狼藉を尽くすとは………! この場で斬り捨ててくれるっ!」
「いや、被害者だから、俺! そうは見えないかもしれないけど………ああ、もう! 孫権、甘寧も同じように呑ませて欲しいってさ!」
「………何?」

俺の言葉に、振りかざした剣を思わず止めてしまった甘寧。その一瞬が、命取りだった。まるで、獲物を狙う虎のように、無造作に孫権が、甘寧の腕を掴んだのである。

「そうか、思春も呑みたかったのね。ごめんなさいね、気づかなくて。それじゃあ――――」
「お、お待ちください蓮華様! これは明らかに北郷の謀略、乗ってしまっては我々の面子がふっ!?」
「んっ、ほふら、のみらさいよ、思春」

床に倒れこんだ甘寧の上に覆いかぶさって、口づけをしながら酒を流し込む孫権。先ほどまで似たような目にあっていた俺としては、甘寧に同情してしまう光景だった。
そんな混沌とした状況が目の前で繰り広げられているというのに、桃香は相変わらずご満悦な表情で、俺に抱きついている。

「あの〜、桃香? 隣の席が空いたんだし、そっちに移ってくれると嬉しいんだけど」
「えー、いやだよぅ。もっと、ご主人様に甘えるんだもーん」

すっかり酔いが回っているのか、ケラケラと笑いながら、俺の膝の上で甘えるのを止めない桃香。何とか、隣の席に移らせる方法は無いかと、俺が頭を悩ませていると、

「それじゃあ、私もそちらに移るとしましょうか。巻き込まれるのは嫌だけど、対岸から火事を眺めるのは、存外つまらないものだからね」
「ちょっ、曹操………!?」

あっさりとそんなことを言って、曹操が、先程まで孫権の座っていた席に腰掛けてしまったのである。思わず俺が悲鳴をあげると、曹操は不機嫌そうに俺を睨んできた。

「何? 私が隣に座ったら、何か問題でもあるのかしら?」
「いや、そんな事はないんだけどな………まぁ、いいや。曹操も一杯どうだ?」
「ええ、いただくわ」

そう言って、自分の酒盃を差し出す曹操。俺は酒瓶を持った手を傾けて、杯に酒を注ごうとしたのだが………、

「ご主人様ぁー! 違うのー、お酒を友達に飲ませる方法は、さっき教えたでしょー?」

と、言いながら、桃香が曹操の杯を奪ってしまったのだった。ああ、もう、この酔っ払いは………可愛いから、許すけど。

「はぁ、しょうがないな………曹操、代わりの杯ってあったかな?」
「………あることはあるけど、それでは桃香が納得しないでしょ。言う通りにしないと、何度でも邪魔をすると思うけど」
「まぁ、酔っぱらってるからな………それで、桃香の言う通りってのは何なんだ?」
「あら、察しが悪いのね? さっき貴方が、桃香と蓮華にされた事よ」

楽しそうな表情で、曹操がそんなことを言う。さっきされた事って言うと――――やっぱり、口移しで酒を飲ますあれだよなぁ。

「いや、だってさぁ………曹操は女の子なんだし、やっぱりまずいだろ、色々と」

この時代では、割と肝要なことかもしれないけど、元の時代ならセクハラで訴えられてもおかしくない話である。
何となく、罪悪感めいたものを感じて、しり込みをしてしまう俺。そんな俺の様子を見て、曹操は呆れた表情で肩をすくめた。

「別に、酒の席での戯れでしょう? この程度の事で目くじらを立てるほど、私は狭量ではないわよ。それに、誰にでもこんな事を許すわけでは無いわ」
「へ………? そうなのか?」
「当たり前でしょう。この曹孟徳に触れる事ができるのは、私自身がそれを認めたものだけ………その点は、蓮華も同じでしょうね」

曹操はそう言うと、ちらりと床に視線を向ける。そこでは相変わらず、甘寧に絡み付いている孫権の姿があった。

「ほら、何で逃げるのよ、思春? 私が自ら与える酒に、不満があるのかしら?」
「は………決して、そのような事は無いのですが――――ですから、顔を近づけないでください!」

甘寧に口移しで酒を飲ませようとしている孫権の肩を、両手でつかんで離そうとしている甘寧。
さすがに、自分の主の身体を無碍に扱うことは出来ないのか、顔に手を当てて押しのけるようなことも出来ず、困っているようであった。
まぁ……端から見る分には、じゃれ付いているだけのようにも見えるし、放っておいても大丈夫なんだろう。

「まぁ、あれは少々度が過ぎるでしょうけど、水魚の交わりという言葉もあるわ。親しい相手にならば、親しいなりの対応をするのが普通でしょう?」
「…つまり、あれか? 孫権が俺に口移しで酒を飲ませてくれたのも、曹操が口移しを許したのも、俺のことを親しいと思ってくれているからか?」
「そういうことよ。さぁ、分かったのなら早くしなさい。せっかくの酔い、醒ますのは無粋というものでしょう?」

そう言うと、曹操は早くしろとばかりに俺に顔を近づけてくる。なんだかんだで、曹操も酔っているみたいだし、ここで拒否したら、逆に怒られそうだ。

「はぁ………しょうがないな。それじゃあ、目を閉じてろよ」
「んっ」

俺は酒を少しだけ口に含むと、曹操の頬に手を当てて唇を寄せる。繋がった唇と唇を通って、酒が曹操の口の中に移ると、彼女は喉を鳴らして酒を飲み込んだ。
柔らかい唇は、できればずっと合わせていたい程だったけど、酒を飲ませるという役割を果たした事もあり、俺は曹操から顔を離した。

「ふぅ………それで、感想はどうなんだ?」
「ええ、なかなかに悪くないわね。今度、桂花たちにも、やらせてみようかしら?」

曹操は、なにやらご満悦の様子で、笑みを浮かべる。しかし、変なことを教えてしまったかもしれないなぁ。
まぁ、曹操の部下の女の子達の中には、そういうことが好きそうな娘もいることだし、曹操も相手を選ぶだろう。そんな事を考えていると、曹操が酒瓶に手を伸ばし、

「それじゃあ、返杯をするとしましょうか?」

そんなことを言いながら、酒瓶から直接、口の中に酒を流し込む曹操――――って、返杯って、まさか。

「んっ………んっ………どう? 私の酒は、満足できたかしら?」
「………………ごくっ。どう、と言われても………言葉に出来ないって」

曹操からの口付けと、喉の奥に焼けるような感触を残す酒………至福と呼べるようなひと時は、とても感想を言葉に出来そうになかった。

「あら、良く分からなかったのかしら? それじゃあもう一回、してみるとしまょうか」

曹操も、それは分かっているんだろう。俺の返答に気を悪くした様子もなく、酒瓶に再び手を伸ばし――――今度は酒瓶を、桃香に奪いとられた。

「うー………華琳さんばっかりずるいー! 今度は私が、ご主人様とするのー!」

などと言いながら、俺の膝の上で暴れる桃香。いや、言いたい事は良く分かったから、出来れば暴れないでいてくれると嬉しいんだけど。

「はいはい、分かったから、酒瓶は置いておこうな、桃香………って、曹操、淡々と次の酒瓶を用意しなくでくれ!」
「一刀ぉ? 思春が酔いつぶれちゃったんだけど、お酒に付き合ってちょうだい。んー………」
「って、孫権も顔を近づけるなって………ああ、もう、この酔っ払いたちはー!」

桃香に膝の上に乗られて、曹操と孫権に顔を近づけられながら、俺は悲鳴を上げる。どうやら、この狂乱からは、もうしばらくは抜け出せそうに無かったのであった。



「うー………まだ、ふらふらするよぉ」
「大丈夫か、桃香?」

あれからしばらく後、なし崩し的に続いていた酒宴の場から………俺は、酔っぱらった桃香を連れて抜け出して、城の廊下で一息ついていた。
抜け出すきっかけになったのは、酔いつぶれていた甘寧が、復活したとたんに孫権に絡まれたのと、曹操を探しに、荀ケと夏候淵が姿を見せたことだった。
今は、孫権は甘寧と、曹操は荀ケ達とそれぞれに酒を楽しんでいる頃だろう。なかなかに楽しそうな面子であったけど、さすがにあの場に戻ろうとは思わなかった。
さっきは、曹操が一人だったから、あんな戯れが出来たのであって、さすがに荀ケとかの目の前で、口移しなんて出来る勇気は無かったのであった。

まぁ、そんなこんなで、今は桃香と二人で、廊下の壁にもたれかかりながら、肩をよせて座っている。愛紗あたりに見られたら小言を言われるかもしれない。
でも、酒に酔っぱらった身体はいうことをきかず、陽気に包まれながら、俺と桃香は何をするでもなく、互いのぬくもりを感じながら、酔いを醒ましている最中だった。

「んー、駄目かも。ご主人様、甘えちゃってもいいよね?」
「はいはい、好きにすればいいよ」

若干は醒め始めたといっても、まだまだ酔いが頭の中に残っているのか、桃香は甘えるような声を出して、俺に寄りかかってくる。
普段よりも、甘える頻度が高い桃香に、俺は微笑ましさを感じながら、桃香の肩をつかんで抱き寄せた。桃香は、頭を俺の肩に当てながら、安心したように息をつく。

「はふぅ………幸せだねぇ、ご主人様」
「ああ、そうだな」

桃香の言葉に、俺も頷く。本当に、今は幸せだった。大きな戦乱もなく、日々は穏々と過ぎていく。
こうして、曹操たちを迎え入れて宴会も出来るようになったし、些細な問題はあるとしても、苦しさよりも、幸せの方が多い日々を過ごしていた。
みんなの力で勝ち取った平和………かつて、桃園で誓い合った夢の実現――――それは、まるで、

「まるで、桃源郷にいるみたいだな」
「とーげんきょー?」

俺の発した呟きにキョトンとした表情をする桃香。そんな彼女に、俺は微笑みながら、言ったのであった。

「――――桃香の、望んだ世界にいるんだなぁ、って思ったんだよ」

そう言うと、俺は桃香の髪を撫でる。きっと、この平和も永久には続かないだろう。五胡の襲撃もあるだろうし、三国間の友好も、どこまで続くか分からない。
それでも、今のこの幸せを守るためなら、桃香と一緒にどこまでも頑張ることができるだろう。傍らの、彼女の温もりを感じながら、俺はあらためて心に誓う。

平穏な日々を、これからも精一杯、みんなの力で守っていこう――――と。



――――終

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