〜史実無根の物語〜 

〜其の一〜



魏という国が版図から消え……呉と蜀による、二天両立体制が確立されてから、しばしの時が過ぎた。赤壁の戦いの記憶は今は遠く、日々は平穏な空気に包まれている。
もっとも、日々の平穏さと仕事の忙しさとは関係が無く……むしろ、平穏を維持するためには、仕事の量というのは反比例して増えるものらしい。
そんなわけで、俺はというと――――今日も今日とて、つみあがる雑務の山の前に、仕事に追われているのだった。

「うーん、不作になると、作物の値が高騰するのは……どうにもならないか。変に収穫量を増やすと、それはそれで値が下落する原因になるし」

政治をする側になると、作物の値段が安くなったからって喜んでいられない。値段の下落は、最終的には税収の下落も意味しているからな。
基本的な税収の多くは、金銭ではなく穀物でまかなっている為、相場の激しい変動は、支配者層にしては喜ばしい事ではないのである。
不作で穀物の価値が上がっても、民への供給のために穀物を捻出しなければならないため、平穏な相場が一番なんだけど……こればっかりは、どうにもならないのである。

「か〜ずとっ、あそぼー!」
「シャオ…………一応、俺は仕事中なんだけど」

そんなことを考えていると、部屋の扉が開いてシャオが姿を現した。口ではそう言いながらも、一息つきたかった俺は、筆を置いてシャオを迎え入れる。
シャオはというと、興味津々といった様子で、俺の手元を覗き込んでくる。その仕草のしなやかさは、虎の子供を連想させた。

「ふ〜ん、何のお仕事をしているの?」
「各地の税収について考えていたんだよ。もっと安定した収益を得るほう方があるんじゃないかと思ってね」
「へ〜、そうなんだ……ねえ、そんな事より、外はいい天気だよ、遊びに行こうよ」
「……話を聞いてたんじゃなかったのか? 今日中に、これを終わらせないと蓮華に怒られるんだけど、俺が」

俺の腕を、グイグイと引っ張り出すシャオに苦笑しながら答えると、シャオは頬を膨らませて不満そうな顔をする。

「もー、そんなこと言って部屋から出なかったら、すぐに歳を取っちゃうよ。たまには外にでて息抜きしなきゃ!」
「いや、まぁ、そうなんだけど……はぁ、しょうがないな。シャオに誘われたんじゃ、断れないか」

まだ時間には余裕もあることだし、少しは息抜きをしても罰は当たらないだろう。そんなことを考えながら席を立つと、嬉しそうな表情でシャオが腕に抱きついてきた。

「やったー! それじゃあ、市に行こうよっ。お出かけして、市で飲茶するんだっ」
「はいはい、シャオは相変わらず、天衣無縫だな」
「ふふ……だって、それがシャオの魅力なんだもん♪」

無邪気な様子で、俺の身体に抱き付いてくるシャオ。そんな彼女の頭を撫でながら、俺達は連れ立って部屋から外に出た。今日も外は、良い天気のようである。



市に出かけるために、城から出ようと、俺とシャオは城内を歩く。中庭に面した廊下を通っていると、はしゃぎ声と悲鳴が、同時に聞こえてきた。

「だ、だから、もう少し……大人しくしていてくださいっ。ひゃっ、お、お尻を触らないでっ!」
「………何をしてるんだ、亞莎」
「あ、か、一刀様、助けてくださいっ」

中庭に居たのは、小さな子供達に囲まれた亞莎である。亞莎を囲んでいる子供達は、陸延、周邵、黄柄、呂j、甘述、孫登と、皆、俺の子供達だった。
まだ言葉も喋れない子供達だけど、その分、やんちゃさが凄いのか、亞莎はクタクタになっているようである。一人でも世話をするのが大変なのに、六人だからなぁ。
赤ん坊の呂jを抱きかかえながら、泣きそうになっている亞莎を見かね、俺はシャオを連れ立ったまま、中庭に足を踏み入れたのであった。

「なんだか大変そうだな………今日は、亞莎がみんなの世話役なのか」

生まれた子供達なのだが、付きっ切りで世話を出来る程に、みんなに暇があるわけもなく……こうして、日ごとに何名かが子供達の面倒をまとめて見るようになっていた。
大体は、二名から三名くらいで子供達の世話を焼いているはずなのだが……どうやら、皆の仕事の都合からか、今は亞莎一人で子供の面倒を見ているらしい。

「ええと、私だけでなく、祭さまもいらしたんですけど……子供達の世話に疲れたから、少し休んでくると言ってどこかに行ってしまわれました」
「………まあ、祭さんも、そこまで無責任じゃないだろうし、しばらくしたら戻ってくるだろ。その間くらいなら、手伝ってもいいと思うけど……どうする、シャオ?」

俺がそう言って話を振ると、やっぱりというか、シャオは不満そうな顔をする。市で飲茶をするのを楽しみにしていたし、早く出かけたいんだろう。

「えー、一刀はシャオと出かけるんでしょ? 子供の世話なら、亞莎に任せとけばいいじゃない」
「まあまあ、そう言わずにさ。亞莎が困っているんだし、シャオが手伝ってくれれば、俺も嬉しいんだけどなぁ」
「………も〜、仕方がないなぁ。一刀のことだし、子供の世話なんて慣れていないんでしょ? だったら、シャオが教えてあげるね」

そう言って、得意げに胸を張るシャオ。シャオ自身がまだまだ子供のような気がしないでもないけど……それを言ったら間違いなく怒るだろうなぁ。
そんなわけで、祭さんが戻ってくるまでの間、俺達は亞莎の手伝いとして子供達の面倒を見ることになり――――とりあえず、二人ずつ面倒を見ることにしたのである。
俺が見ることになったのは、陸延と、黄柄である。陸延は賢くて、まだ小さいのに穏のように書物に夢中になっている。伊達眼鏡を掛けたその姿は、チビ穏と言えるだろう。
黄柄はというと、そんな陸延の隣に座って、陸延の髪をぐいぐいと引っ張っている。やんちゃ盛りで負けん気が強そうな顔は、祭さんにそっくりであった。

「ほら、延………本にばかり集中してないで、よだれが垂れているぞ。おっと………はは。柄、肩に乗っからないでくれよ」

陸延の頬を拭いていると、自分をかまえとばかりに黄柄が肩に乗っかってきた。普段は飄々としてるけど、実は甘えん坊だからな、黄柄は。
俺の隣では、亞莎が呂jを抱いてよしよしと、あやしている。そんな呂jの顔を、隣に座って見つめているのは周邵であった。
亞莎と明命も仲良しであるが、その娘達である呂jと周邵も仲が良さそうである。呂jも周邵が傍に居る時は滅多に泣かないからな。
そんな風に、比較的穏やかに子供達の世話をしている俺たちではあったが……一人、苦戦をしているのはシャオであった。

「もー、お姉さんの言う事は聞くものなんだよー!」

シャオが受け持つ事になったのは、甘述と孫登だった。この二人も、仲良しである事は間違いないのだが……実の所、活動的なこの二人は、六人の中でも問題児だった。
甘述は、基本的に思春と蓮華以外の言う事は聞かず、好き勝手に振舞うし、孫登はというと、そんな甘述に嬉々として付き合っては、被害を拡大させてきたのである。
個人で見れば、甘述はワガママであっても、可愛げもあるし、孫登は実は気の弱いところもあり、一人の時は甘えん坊だったりする。
ただ、この二人を組ませると、それこそ向かう所、敵無しといった状態になってしまうのであった。止めれるのは、親である思春か蓮華くらいだろう。

「ちょっと、述、どこにいくのー! あ、登も待ちなさいよー!」

言うことなど聞かず、好き勝手にウロチョロとする二人に、シャオはご立腹のようであった。怒った顔で二人を追い回しているのだが、なかなか追いつけないようである。
そんな様子を見つめていた俺だったが、ふいに、甘述が孫登の手を引き、こっちに走ってきた。と、思っていると、二人とも俺にのしかかってきて――――!

「うわ!? ちょ、二人ともやめなさいっ! こら、背中を蹴るんじゃない……って、柄も一緒になって蹴るんじゃないっ、延が潰れちゃうだろっ」

陸延は今、俺の膝の上で読書をしている。このまま俺が、うつぶせに倒れこんだら、陸延がぺしゃんこになってしまうので、慌てて両腕を突っ張らせているのだが…。
それを好機と見たのか、甘述と孫登は遠慮なしに俺の背中に攻撃を仕掛けてきたのだった。肩にかじりついていた黄柄も加わっての集中攻撃である。
せめて、陸延が膝の上からどいてくれたら、体勢を立て直す事も出来るんだが……こんな騒ぎにも気を向けることもなく、陸延は読書中であった。

「こーらーっ! 一刀をいじめるんじゃないのっ!」

と、引き離されていたシャオがようやく追いついたのか、そんな声が聞こえたかと思うと、黄柄、甘述、孫登とバラバラに逃げ出した。
集中攻撃が止み、俺は一息ついて身を起こす。やれやれ、酷い目にあったな。背中を蹴られまくったし、足跡とかついてなきゃいいんだけど。

「だ、大丈夫ですか、一刀様? お背中、お払いしますね」

そう言うと、亞莎が俺の背中をポンポンとはたいてくれる。どうやら、やっぱり足跡がついていたらしい。やれやれ、わが子ながら、やんちゃなのにも困ったものだな。
また襲われたら大変と考えた俺は、膝の上の陸延をそっと抱き上げて地面におろした。読書中の陸延は、手元の本に夢中のようで、気づいていないようだった。と、

「っと、いきなりどうしたんだ、邵。お父さんの首はぶら下がる所じゃないぞー」

先程まで、呂jにべったりだった周邵が、俺の首に手を回して、ぶら下がるように抱きついてきたのである。小柄な周邵の、キラキラとした目が、俺を見つめてきた。

「ふふ、きっと、順番を待っていたんですよ。周邵ちゃんは、控えめな娘ですから」
「そうなのかー………よっ、と」

周邵を首にかけたまま立ち上がると、首にぶら下がったままで、きゃっきゃっと、はしゃいだ声をあげる周邵。
首に負担が掛かるので、周邵のお尻を支えるように抱くと、今度は身体が後ろに引っ張られた。何かと思い、首元を見ると、周邵の他にもう一本の腕が巻きついている。

「背中に居るのは、誰だ? まぁ、述だと思うけど」

俺が声をかけると、首に掛かる腕にギュッと絞まるように力が加わった。とはいえ、まだまだ子供の腕だから、俺を窒息させるような事は無かったんだけど。
しかし、俺に攻撃するようなこの態度は、間違いなく甘述だな。思春の教育の賜物なのか、変に俺に攻撃的な態度を取る事が多い娘である。
それにしても、甘述の運動神経の良さは呆れるほどである。立ち上がっている大人の首元に飛びつけるあたり、将来は思春のような有望な武将になるだろう。
そんな事を考えながら、周邵を抱っこしていた時である。さすがに亞莎一人を残しておいたのは不安だったのか、祭さんが庭に姿を現した。

「おや、亞莎だけではなく、一刀も一緒に子守をしておったのか。それに小蓮様まで……ずいぶんと賑やかでよろしい事ですな」
「祭〜! のんびりと見ていないで、何とかしなさいよ! このコ達、全然言うことを聞かないんだからっ!」

子守をする俺たちの様子を見て、のんびりとした声をあげる祭さんに、シャオが怒りの声をあげた。黄柄と孫登を追っかけまわしているが、苦戦しているようである。
そんなシャオの様子を呆れたように見た後で、祭さんはその場にしゃがみこむと、穏やかな声で自分の娘に声を掛けた。

「黄柄、こっちに来い」

と、いうが早いか、黄柄は祭さんの声に反応して、たたたた…と、しゃがんだ彼女のもとに駆け寄って抱きついたのであった。
うーん、さすがに親娘と言うべきか、黄柄は祭さんに良く懐いているな。そんな風に仲良し親娘の光景を見ていると、いきなり後頭部に痛みが走った。

「あいてて……! こら、述、髪の毛を引っ張っちゃ駄目だって………!」

何が気に入らないのか、俺の背中に張り付いたままで、甘述が俺の髪の毛をぐいぐいと引っ張ってきたのである。振り落とすわけにも行かないし、どうしようか。

「ははは、ずいぶんと手を焼いておるようだな、一刀」
「って、見てないで助けてくれよ、祭さん。柄を抱っこしていて、手が離せないのは分かるけど――――痛てて!」

甘述に手を焼かされている俺を見て、楽しそうに笑う祭さん。どうやら、子供に苦戦している俺の様子が面白いようだった。
しかし、このままでは俺の髪の毛が抜けてしまう。何とかして甘述に止めてもらいたいんだけど……祭さんと話している間も、遠慮なく髪の毛を引っ張っている。

「述〜、頼むからやめてくれよ……気に入らない事があったのなら、謝るからさ」
「ははは、一刀も子供の前では形無しだな。まぁ、そんな風に懇願する必要も無いじゃろ。甘述も、機嫌が悪くて主に当たっておるだけじゃし、そのうち手を止めるさ」
「うーん、そういうものかな?」
「それはそうじゃ。甘述とて、一刀に嫌われたくて、その様に振舞っているわけではないだろうしの。ほれ、あまり悪戯が過ぎると、父君に愛想をつかされるぞ」

からかうような祭さんの言葉に、後頭部の髪を引っ張る力がぴたりと止まった。と、背中から重みが消えると、しゅた、と甘述が俺の目前に着地する。
どうやら俺の背中から、頭上を跳び越して地面に降り立ったらしい……凄い身の軽さだな。そんなことを考えていると、甘述がじっと俺を見つめてきた。

「ん、どうしたんだ? 父は、別に述の事は嫌っていない――――うわっ!?」

声を掛けた途端、甘述は俺に、というより、俺が抱きかかえていた周邵の腰に飛びついた。いきなり二人分の重みが掛かり、俺は前につんのめった。
子供一人分でも、ちょっとした重さだというのに、二人ともなると結構な重さになる。俺は慌てて背を反らせて持ちこたえるが、首と腰が悲鳴を上げそうであった。

「ちょ、いったいどうしたんだよ、述――――重い、重いって!」

悲鳴を上げる俺だったが、甘述は周邵から離れようとしなかった。いったい、どういうつもりなんだろう?

「………一刀、甘述を離れさせて周邵を抱いたままでは、ヤキモチを抱くのも道理じゃろ。早いところ、周邵を下ろしたらどうじゃ?」
「あ――――そういうこと、なのか? すまん、邵。一度下ろすからな」

祭さんに指摘され、俺は周邵を地面におろす。下ろされた周邵は不満そうな表情だったけど……甘述が睨んだら、怯えたように縮こまってしまった。
やれやれ、こうもバイオレンスなのも考えものだな……将来は、武将として期待できるかもしれないけど、できれば、お淑やかに育って欲しいと思うんだけど。

「さて、それじゃあ抱っこしようか。述、おいで――――あれ?」

そう言って、俺が手招きをするが、甘述はぷいっとそっぽを向くと、俺から離れていってしまった。さっきまで、執拗に俺に攻撃していたのに、どうしたんだろう。

「……抱っこが嫌いなのかな? それじゃあ邵、また抱っこしようか?」

と、そんな風に周邵に声を掛けた途端、甘述がこっちを睨んできた。あれは、抱っこしたら攻撃するぞっていう意思表示だろう。
可哀想に、周邵は怯えた様子で亞莎の背中に隠れてしまった。トラウマとかにならなきゃ良いけど。それにしても、甘述は思春に似て扱いづらいな。
まあ、そんな所も可愛いんだけど……と、そんな風に親馬鹿な考えに浸っていると、足に軽い衝撃。見下ろすと、俺の足に縋りつくようにして、孫登が俺を見上げていた。

「ん、どうしたんだ、登?」

そう言って声を掛けると、孫登は俺に向かって、両手を差し伸べてきた。あれは、抱っこをしろって意思表示なんだろう。俺は、甘述の様子を横目で見てみる。
その甘述はというと、先程の周邵の時とは違って、特に気分を害した様子も無くこっちを見つめていた。どうやら、孫登を抱っこするのは甘述的にOKらしい。

「よっ、と。登は軽いなぁ」

軽々と孫登を抱き上げると、孫登は照れたように微笑みを浮かべる。その笑みは、蓮華に似てとても可愛らしかった。と、

「あー、どこにいったのかと思ったら、何をやってるのよ、登!」

さっきまで、黄柄や孫登を追い掛け回して庭を駆け回っていたシャオが、ようやくこの場に戻ってきたのだった。
黄柄が、祭さんのもとに駆け寄っていったので、ターゲットを孫登だけに変更し、庭の向こうに駆けて行ったのを、視界の隅に見た覚えがあったけど……。
どうやらあの後、かくれんぼの要領で身を隠していた孫登を探し、庭のあちこちを探し回っていたらしい。シャオは、俺の腕に抱かれた孫登を見て、怒りの声をあげた。
シャオの怒り声に、孫登が怯えた様子で俺にしがみついてきた。どちらかというと、普段は気弱な性格だし、怯えるのも無理は無いだろう。

「まあまあ、そんな風に声を荒げることもないだろ。何を怒ってるんだ、シャオ」
「う〜、だって、登ったら、一刀に抱っこされてて羨ましいんだもん。シャオだって、一刀に抱っこされたいの!」

そう言うと、地団太を踏みながら怒るシャオ。うーむ、怒る理由が、さっきの甘述と似通っていると思うのは、気のせいなんだろうか?
と、そんな事を考えていた時である。甘述が、シャオの視界の死角から、こっそりと忍び寄っている事に気がついた。シャオはというと、全然気づいていないようである。

「だから、すぐにシャオも抱っこしなさいよ! そうしたら許してあげ――――…へ?」
「ぶっ!」

何をするかと思っていたら、甘述はシャオのスカートに両手を掛けると、思いっきり下に引き下ろしたのである。
思わず噴き出した俺の目前で、シャオは自分の下半身を見下ろして異常に気づくと、羞恥か怒りか、顔を真っ赤にし、慌てて足元に引き下ろされたスカートを身に付けた。
当然の事ながら、その間に甘述は逃走を始めている。シャオは、孫登のことなど頭から吹き飛んだのか、怒りの様子で甘述を追いかけ始めたのである。

「こらーっ! なんてことするのよ! 待ちなさい、述!」

怒りの声をあげて甘述を追い回すが、甘述はというと、付かず離れずの距離を維持しながら、シャオから逃げ回っている。あれでは、先に根を上げるのはシャオだろうな。
その様子を見て、孫登がホッとしたように溜め息をついた。ひょっとして、甘述は孫登を庇うために、シャオに悪戯をしたんだろうか?
それは、勝手な想像でしかなかったけど、何となく正鵠を射ているような気がした。何だかんだで、甘述は優しい所があるからな……一部の人に対してだけだけど。
そんな事を考えているうちに、追いかけっこをしていた甘述とシャオは、庭の木立の向こうに消えていったのであった。騒々しさが薄れた庭園で、俺は再び腰を下ろす。

「そういえば、jの様子はどうだ? けっこう騒がしくしちゃったけど、泣いてはいないか?」

孫登を抱いたままで、俺は傍らに座っていた亞莎に声をかける。亞莎の傍には、読書をする陸延と、その陸延に並んで本を覗き込んでいる周邵の姿があった。

「はい、大丈夫ですよ。このコは芯の強い子ですから。泣くときはお腹が空いたり、おしめが汚れた時くらいですね」
「そうか。それにしても、あれだけ傍で騒いでいたのに泣かないなんて……これは将来、大物になるかもしれないなぁ」

呂jを抱きながら答える亞莎に、俺は、しみじみとそんな事を口にする。それにしても、俺も今や六児の父親か……そう思うと、感慨深いものがあるなぁ。

「やれやれ、一刀も随分と、親馬鹿が板について来たようじゃな。こんな事で父親がしっかりと務まるのか……心配じゃと思わぬか、黄柄?」
「そういう祭さんも、最近はすっかり丸くなったと思うけどなぁ。今の、柄に声をかける姿なんて、優しさ丸出しだったし」
「何をいうか! 儂は、今までだって充分に優しかったぞ?」

と、そんなことを言う祭さんだったけど、それは照れ隠し以外の何ものにも聞こえなかった。思わず、俺は笑ってしまう。傍にいた亞莎も、釣られてか笑顔を見せていた。
憮然とした表情の祭さん。笑顔の俺達――――…子供達はというと、なぜ俺達がそんな表情をしているのか分からず、キョトンとした表情をしていた。

平和な日々のある日の一幕……この腕に感じる、子供達の重み――――幸せという名のかたちは、何ものにも変え難い、貴重なものであった。
この大切なものを守るためなら、俺はこれからも、頑張れるだろう。俺は、抱っこをしていた孫登の頭を優しく撫でる。
陽の光のもと、俺と蓮華の血を継ぐ少女は朗らかに笑った。それは、俺に新たな幸せを実感させてくれるような、日輪のような微笑みだったのである。


――――終

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