〜史実無根の物語〜
〜其の一〜
日々の仕事の合い間、昼食をとった後で警邏がてらに一人で街を見回ることにした。太陽が中天に差し掛かり、街頭には活気が満ち溢れている。
人々の喧騒と、それが生み出す熱気………昼過ぎってのは、日中で一番気温が上がるんだっけ? 額に流れる汗をぬぐい、俺は暑さに辟易するように溜め息を漏らした。
「ふぅ、何だか今日は、やけに暑いな………」
現代の時のような、籠もるような熱気ではない。木々で出来た家々の立ち並ぶ通りは、コンクリートの街並みよりも、数段は過ごしやすい事は確かである。
しかし、それでも今日の暑さはいささかひどいものがあった。降り注ぐ太陽の光から逃げるように、多くの者は店の軒先に入っては、涼をとっているようだ。
俺も、熱中症に掛かる前に、どこかで一息つくことにしよう。残念ながら、冷たい飲み物のある飲食店は、同じような考えの人々で軒並み満杯のようである。
とりあえず、どこでもいいから日差しから逃れられるところに入ろう。俺はそんな事を考えると、通りに面した店舗の一つの中に、足を踏み入れる事にした。
「ふぅ、あー、涼しいなぁ」
「………北郷? どうしたのだ、このようなところで」
「あれ? 秋蘭?」
店の中に入って一息ついた俺に、声が掛かった。声のしたほうを見ると、そこには淡々とした表情でこちらを見つめてくる秋蘭がいた。
改めて周りを見渡すと、ここは以前、秋蘭たちに連れられて………というか、引っ張りまわされて何軒もはしごをした服飾店の内の一つだった。
「秋蘭、この服はどうだ? 華琳様の愛らしさに負けてはいないと思うんだが――――って、北郷?」
「何だ、春蘭も一緒か。二人とも、今日は非番なのか? 察するに、華琳に送る服を見繕っているみたいだけど」
「ああ、そうだ。久方ぶりに休みが取れたのでな。姉者と二人で、服を選んでいる最中といったところだ。北郷は警邏の途中か?」
「まぁ、そんなところだよ。外があまりに暑くって、店の中で涼もうと思って」
俺が正直にそう答えると、春蘭も秋蘭も呆れ顔。鍛えられた武人の二人にとっては、外の暑さはさして気になることでもなかったようだ。
「まったく………この程度の暑さでまいるとは、鍛え方が足りないのではないか?」
「そうは言ってもさぁ、暑いものは暑いんだよ。ああ、プールとかに入ってゆっくり涼んでいたいよなぁ」
春蘭の言葉に、俺は愚痴を零す。プールなどの近代設備は当然のごとく無いため、水浴びをして涼むには、城外にある河川まで、足を運ぶ必要があった。
こっちの世界では、水は貴重なわけだし、無茶は出来ないのはわかっているけど、たまには思いっきり泳ぎたいなぁと思う事もあったのである。
「………北郷、ぷぅる、というのは天界の言葉か?」
「そうだよ。風呂を何十倍も大きくした器の中に水が入っていて、そこで泳いだりくつろいだりするんだ。憩いのための設備なんだけど」
「――――なんとも豪儀な事だな。要は人工の池のようなものなのだろうが、そんな風に水を惜しげもなく使うなど、考えられないことだ」
俺の言葉に、呆れたように秋蘭は肩をすくめた。まぁ、確かに馬鹿げた話なのかもしれないな。レジャー設備なんて、馬鹿げたもの以外に無いような気もするけど。
「あー、話していたら水浴びをしたくなったかも。いまからちょっと、森の方まで足を伸ばしてみるかな………そういえば、二人はこれからどうするんだ?」
「どうするかだと? 華琳様のための、服を選ぶ続きをするに決まってるだろう。なぜ、そんな事を聞くんだ?」
「いや、暇なら一緒に、水浴びにでも行こうかって、誘おうかと思ったんだけど」
「な、なな、何を言っているんだ、貴様は!」
俺の言葉に、春蘭はいきなり頬を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。特に変なことを言ったつもりはないんだけど、どうしたんだろうか?
「北郷………天界では、男も女も一緒に水浴びをするものなのか?」
「プールの事か? まぁ、そうなんだけど――――ああ、そうか。こっちの世界だと、水着っていう習慣が無かったっけ」
秋蘭の言葉に、俺は遅まきながら気づいた。水浴びをするにしても、裸でするのが普通だからな。女性を水浴びに誘うってのは、まずかったかもしれない。
それにしても、水着か………春蘭も秋蘭もスタイルが良いからな。どんな水着でも似合いそうな気がする。
「………なんだ? 人のことをじろじろと――――」
「ストップ! 動かないでくれ」
「す、すと………? 秋蘭、北郷は何を言っているんだ?」
「さて、よくは分からないが………動くなと言っているのだし、大人しく従った方が良いと思うぞ。なにやら真剣な様子だからな」
戸惑った様子の春蘭と、達観した様子で肩をすくめる秋蘭の身体のラインを見る。二人とも、引き締まる所と豊満な部分が対称的な身体つきである。
こういったモデルスタイルに似合うのは、やっぱりハイレグとかビキニとかだろうか。いや、それよりも――――
「店主、紙と筆を持ってきてくれ!」
「へ、へい! 直ちに!」
俺の言葉に、お店の主が慌てた様子で紙と硯、筆を持ってきた。俺は沸き立つイメージのままに、広げた紙に筆を走らせる。
「よし、こんな所だろう。店主、こういったものは作れるかな? 造形は下着に似ているけど、水に入るために着るものなんだけど」
「――――ほぉ、これはこれは。なかなかに面白い発想ですな。よござんす、すぐに仕立てるといたしやしょう!」
俺の熱意を受け取ってか、店主は乗り気な様子で首を縦に振った。困惑した様子の春蘭達が見つめる前で、俺と店主は同士とばかりに、固い握手を交わしたのである。
それからしばらくの間、春蘭と秋蘭の買い物に付き合った後で、俺達は先ほどの服屋に立ち寄ると、水着を3着分、受け取ることになった。
それぞれ、春蘭と秋蘭のための水着と、華琳用に特別にあつらえた水着の3着である。水着を受け取った俺達は、一路、場外にある河川に足を向けることになった。
「しかし、良かったのか? こうして水浴びに付き合ってくれるのは嬉しいけど、華琳に送る服を選ぶんじゃなかったのか?」
「私は、そのつもりだったんだが、秋蘭が乗り気でな………」
「ふ…そういう事にしておこうか。まぁ、姉者とどちらが乗り気だったかは置いておくとして、華琳様に水着を送るのであれば、どのような代物か試す必要があるだろう」
秋蘭の言葉に、なるほど、と頷く。サイズこそ違うけど、水着は水着だからな。華琳に説明をするにしても、実際に身に付けておいた方が、説明もしやすいのだろう。
そんなことを考えながら、河川へ続く道を歩く。焼けるようだった日差しは徐々に弱まってきており、外に居ても汗だくになるということはなかった。
とはいえ、身を包む空気は、まだまだ充分に暑いと感じられるほどで………水浴びをするには絶好のコンディションだったりする。
「しかし、水着か………水に入るときに服を着るとは、天界には妙な習慣があるのだな」
「まぁ、国によっては水着を着ない国もあるかもしれないけど、俺の住むところでは、水浴びするときは水着を着るのが普通だったからな」
春蘭の言葉に受け答えしながら、学園生活を思い出す。プールでは水着を着るのが普通だったからなぁ。
そういえば、学園での女子は、スク水着用が義務付けられていたけど………どうせならスク水も頼んでおいた方が良かったかな?
春蘭や秋蘭みたいな、モデルスタイルの女の子が着るのは犯罪的だけど、季衣や流琉が着る分には問題ないような気がする。
そんな事を考えながら歩いていくと、せせらぎの音が聞こえてきた。木々の開けた場所にある小川は、水浴びをするにはもってこいの場所である。
「さて、それでは水着に着替えようと思うのだが………北郷、これはどうやって着るものなのだ?」
小川のほとりで、衣類を入れた袋の中から秋蘭が取り出したのは、身体にピッタリとフィットするタイプの、競泳用の水着である。
興味深そうに、しげしげと水着を眺める秋蘭だったけど………まいったな。いくら俺でも、女性用の水着の着方なんて知りはしなかったのである。
仕方がないので、おおよそ見当をつけて考えた着方を秋蘭に説明する事にした。まぁ、ファスナーとかが付いているタイプでもないし、大丈夫だろ。
「基本的には、上下の下着が繋がっていると思えば良いとおもう。まず先に、足の部分を通して、胸の辺りまで引き上げてから、腕を通すって感じだけど」
「ふむ………なるほど。おおよその見当は付いた」
「北郷、これが水着なのか? 何だか、異様に面積が少ないような気が刷るんだが」
納得した表情の秋蘭に代わり、質問をしてきたのは春蘭。その手には、ビキニタイプの水着の上下が握られていた。
「それで良いんだよ。水に入るときに着るといっても、泳ぎを阻害したら意味が無いだろう? 動きやすいのが一番なんだよ」
「おお、なるほど。で、これはどうやって着ればいいんだ?」
「そうだな………基本的には普通の下着と変わらないと思うよ。違う点といえば、水に対して強い素材を使っているくらいかな」
「水に、強い?」
俺の言葉に、よく分かっていないという風に首を傾げる春蘭。確かに、今の言い方じゃあ良く分からないか。
「例えば、下着のままで水に入ったら、下着が透けたりボロボロになったりするだろ? そういう風にならないように出来ているのが、水着なんだ」
「おお、なるほど! 水着というのは、便利なものなのだな!」
感心した様子で、俺の言葉に頷く春蘭。理解してもらえたのなら良いけど………なんだか、本当に分かってもらえたのかは疑わしいなぁ。
なんというか、どう説明しても同じように反応するような気がする。まぁ、身に付けるのに素材とかの知識は必要ないだろうけど。
「まぁ、そういうわけだから、着替えてみてくれよ。俺は後ろを向いているから。この場を離れるより、目の届く所に居た方が春蘭たちも安心するだろ?」
着替えを覗く気はないのだが、不可抗力というものもある。そう思って申し出た俺の言葉に、春蘭と秋蘭は顔を見合わせると互いに頷いたのだった。
「そうだな、北郷。それでは後ろを向いていてもらおうか?」
「いや、少し待て、姉者………念には念を入れるべきだろう。北郷、すまないが目隠しをさせてもらうぞ」
春蘭の言葉に後ろを向こうとした俺だったが、秋蘭の言葉に、彼女の方に向き直った。秋蘭の両手には、目を隠すくらいの幅広の腰布が握られている。
先ほど、華琳の為に色々と買い物をしていた春蘭と秋蘭だったが、自分の分の衣服も何着か買っていたのを思い出した。
確かあの腰布は、色合いが気に入ったからと秋蘭が買っていたものだったな………どうやらあれを、目隠しに使うらしい。
「念には念を入れて、か。分かった。ちゃんと見えないように、やってくれればいいよ」
「ああ、それでは目を閉じていてくれ………よし、これで良いだろう」
瞳を閉じて待っていると、暗闇の中で、何かが瞼の上から押し当てられるのを感じられた。目を開けようとしてみたが、きちんと目隠しをされたようで、何も見えない。
どうしたものかと立っていると、衣擦れの音が聞こえてきた。どうやら、俺が何も見えないことを確認して、春蘭達が着替えを始めたようだ。
しかし、何も見えない状況で音だけ聞こえるのも艶かしいな………そんなことを考えていると、春蘭たちの話す声が聞こえてきた。
「よっ………ああ、もう! これは背中で結ぶものなんだよな! どうにも上手く結べないんだが」
「姉者、布の端の長さが足りないのだろう。もう少し、胸の部分を引き上げればいいと思うんだが………どれ、手伝うとしよう」
「くっ――――しかしな、秋蘭。これだと胸が苦しいんだが、大きさが合っていないんじゃないか?」
「そうでもないだろう。まぁ、姉者の胸が豊かなのは否定しないが………と、余計な事を言うものではないか。北郷がそこに居る事だしな」
と、秋蘭が笑いをこらえた様子で、そんな事をいったのが聞こえた。いや、確かに聞き耳は立てていたんだけど、この状況で言わないでほしいんだけど。
「な、き、聞いていたのか、北郷っ!」
「聞いてたって、近くに居るんだから、耳に入るのは当然だろ?」
「うるさいっ! さっき、私と秋蘭が言ったことは忘れろ! 何なら、力づくで忘れさせてやってもいいんだぞ!」
そう言うと、俺の首根っこをつかんで、ゆさゆさと揺さぶる春蘭。幸いなことに、目隠しをされていたから、春蘭の怒り顔を間近で見ることもなかった。
しかし、物理的な衝撃は相当なもので………首を絞められたままで揺さぶられ続けて、俺は真っ暗な中で意識が遠のくのを感じた。これは、まずいかも………。
「………姉者、そのくらいにしておいたらどうだ? 水着の着こなしは北郷しか知らぬ事だし、批評をする者がいなくなったら、姉者も困るだろう?」
「む………それは確かにそうだが。仕方がない、このくらいで許してやるとしよう」
秋蘭の助け舟のおかげで、俺は春蘭から解放された。その後も、ああでもない、こうでもないと言いながら、春蘭たちは着替えを続ける。
そして、五分か十分くらいが経過しただろうか? さすがにいいかげん、暗闇にも辟易していた俺の耳に、秋蘭の落ち着いた声が聞こえてきた。
「着替えは終わったぞ、北郷。それでは、目隠しをとるから大人しくな」
秋蘭のその言葉と共に、瞼を押さえていた圧迫感が無くなった。どうやら、秋蘭が自ら、目隠しをとってくれたようである。俺は、ゆっくりと目を開けることにした。
最初に目に入ったのは、色鮮やかな水着。俺の間近に立っていたのは、競泳用の水着に身を包んだ秋蘭。真正面から目隠しをとったらしく、すぐ傍に水着姿があった。
身体のラインにフィットした水着に身を包んだ秋蘭の姿は、ニュースのモーターショーなどで目にするレースクイーンのように、見栄えが良い。
「どうだ、北郷…? 一応、着こなし方は間違っていないと思うんだが」
「そうだな………似合っていると思うよ。秋蘭は綺麗な身体つきをしているし、そのままでもモデルとして通用するんじゃないか?」
「もでる…とは、どのような意味かは分からないが――――褒められているものと受け取っておく事にしようか」
くすくすと笑みを零しながら、そんな事をいう秋蘭。どうやら、本人もまんざらではないらしい。と、
「………いつまで、秋蘭を見つめている気だ! 少しはこちらの方も向いたらどうだ、北郷!」
そんな声が横合いから聞こえてきた。俺は、殴られる前にと慌てて春蘭の方に目を向ける。そこには、水着姿の春蘭が――――
「って、なんで服で前を隠しているんだよ」
「い、いいだろ、別に!」
「いや、だってそれじゃあ、水着姿が分からないと思うんだけど………秋蘭、これって?」
「ふ………着替えてはみたものの、北郷に見られては恥ずかしいと思って慌てて隠したのだろうな。姉者らしい」
微笑ましそうな笑みを浮かべながら、そんな事をいう秋蘭。なるほど、確かに女の子のなかには、水着姿を見せるのを恥ずかしがっている娘もいたからな。
「別に、そんなに恥ずかしがる事はないと思うよ。春蘭も秋蘭と同じで綺麗なんだからさ。そんな風に隠さずに、堂々としていれば良いのに」
「………そ、そうか? それでは何だ? 北郷は、私の水着姿が見たいと言うんだな?」
「それは、是非とも見たい」
春蘭の言葉に、即答する俺。春蘭の水着姿はいったいどんな感じかと、ワクワクが止まらなかった。
水着を隠した衣服の端から見える、二の腕や太腿の滑らかさには、唾を呑みそうなくらい色っぽかったし、照れた様子の春蘭が、とても魅力的に見える。
俺が即答した事に気を良くしたのか、春蘭は幾分かの余裕を取り戻した様子で……照れながらも、その顔に自信を持った笑みを浮かべたのだった。
「そうか! それならば、見せてやろう! しっかりとその目に焼き付けるのだな!」
そう言うと春蘭は、身体を隠していた服を投げ捨てた。その身を包んでいた水着を見て、俺は息を呑んだ。
鮮やかな色のビキニは、豊満な春蘭の身体を申し訳程度に隠しており、正直、どこを見ていいのか分からないほどに色っぽかったのである。
「な、なんだ? やっぱりどこか変なのか?」
思わず、じっと見つめていた俺の態度をどう受け取ったのか、春蘭は恥ずかしそうに胸元と股間を両腕で隠した。
「北郷………感想を言わなければ、姉者が不安がるだろう」
「あ、ああ。そうだな………なんていうか、綺麗だと思うよ。とても色っぽいし、春蘭に似合っていると思う」
「そ、そうか………北郷がそういうのなら、そうなんだろうな」
俺の言葉に、照れたように頬を染める春蘭。水着を気に入ってくれたようで、良かった………そんな事を考えていた俺の目の前で、春蘭は自分の水着を見下ろした。
「しかし、何だか水着というのは窮屈なものだな………胸の部分が苦しいし、少し動いたら、布が外れてしまいそうな気がするぞ」
「うーん、サイズは問題ないと思うけど………? まぁ、春蘭の着ているのは泳ぐための水着とは言いにくいからな。泳ぐなら、秋蘭のような水着の方がいいし」
「そ、そうなのか? では、思いっきり泳ぐわけにもいかんのか」
残念そうな表情を見せる春蘭。気持ちは分からなくないけど、水着が取れたりしたら大変だからな。俺としては、是非とも見てみたい光景ではあるけど。
「それなら取り替えてみるか、姉者? 水着の大きさは大差ないだろうし、動きやすいというのなら、こちらの方が良いだろう」
と、そんな春蘭の残念そうな表情を見かねてか、秋蘭が春蘭に水着の取替えを提案したのである。秋蘭の申し出に、春蘭の表情が輝いた。
「ああ、それは助かる! すまないな、秋蘭!」
「礼を言われるほどのことでもないさ。それに、私も姉者の着ている水着を身に付けてみたくなったからな………さて、北郷」
「ん?」
「いま一度、不自由をさせることになるが………まぁ、良いものが拝める手間賃だと思って、諦めてくれ」
秋蘭の両手に握られているのは、先程の目隠しの布――――どうやら、また俺に目隠しをするらしかった。
「さて、今度はどうかな………目隠しを外すぞ、北郷」
目隠しをされてしばらく後………着替えが終わった秋蘭の手によって、俺の目を覆っていた目隠しが外された。俺は先程と同じように間近にいた秋蘭を見て、固まった。
「………どうした、北郷? 顔が赤いようだが」
「う、いや、その――――」
先程の春蘭のビキニ姿も色っぽかったけど、こうも間近ではなかったため、平静でいられたのだ。いまや、秋蘭は手が届くほどに間近にいるのである。
面積の少ない布地に包まれた胸元や、色っぽいうなじに目が行ってしまい、どうしようもなく胸の動悸が高鳴ってしまうのだった。
「ええい、いつまで秋蘭を見つめているんだ、北郷!」
と、どきどきしている俺をしかりつけるかのように春蘭の怒声が響き渡り、俺は慌てて、そちらの方を向いた。
水着を取り替えたということもあり、春蘭が身に付けていたのは競泳用の水着だった。活発な春蘭には、動きやすい水着もよく似合っている。
「うん、さっきの水着も似合っていたけど、競泳用の水着も似合っているよ、春蘭」
「似合っている………それだけか?」
「それだけ、って?」
「だから! 他にも言いようがあるだろう!」
聞き返すと、春蘭は怒ったように言いながら、そっぽを向く。他に言いようと言われても………俺が困惑していると、秋蘭が俺に近寄って微笑みかけてきた。
「そう言えば、感想を聞いていなかったな。どうだ、北郷………私の水着姿は似合っているか?」
「あ、ああ。似合っているよ。それにその、色っぽいし」
「なっ………ずるいぞ秋蘭!」
「ずるいと言われてもな………こちらの水着の方が北郷に好評のようだったからな。まぁ、そんなに目くじらを立てないでくれよ、姉者」
「ぐぐぐ………」
秋蘭の言葉に、春蘭は顔を赤らめて悔しがっている。どうやら、俺の褒め方が足りなかったみたいだけど、今さら言っても、逆に白々しいだろうしなぁ。
「さて、水着の着こなしは分かった事だし、実際に水浴びをすることにしようか。北郷も準備をしたらどうだ?」
「え、準備?」
「何を驚いた顔をしているんだ。そもそも水浴びをしたいと言ったのは北郷だろう」
「いや、そうだけど………準備って言っても、作らせた水着は女性用だけだし、俺用の水着は無いんだけど」
頭の中に浮かんだイメージは女性用のばかりだったし、まさかいきなり、春蘭たちを一緒に水浴びをするとは思っていなかったからな。
まぁ、今日は春蘭や秋蘭の水浴びを見物しているだけでもいいだろうな。そんな風に思っていると、秋蘭はこともなげに肩をすくめたのだった。
「何を言っているんだ、北郷。水着など無くても、裸になればいいではないか」
「な――――何を言ってるんだよ、秋蘭!」
「どうした? 互いに裸を見るのは初めてではないのだし、別に恥ずかしがる事もないだろう。なんなら、脱がすのを手伝ってやろうか」
意地悪そうな微笑みで、そんな事をいう秋蘭。からかうような口調だけど、その目はちっとも笑っていない………というか、本気の目だったりする。
「私達ばかりが、恥ずかしい思いをしたというのも不公平というものだろう。ここは公平に、北郷にも脱いでもらうのが良いと思うが………どうだ、姉者?」
「ふむ………そうだな。よし、そういうことなら手伝おう。秋蘭は北郷を抑えてくれ。私が直々に、北郷を剥いてやるとしよう」
「いや、意味分かって言ってるのか、春蘭!? ちょ、秋蘭も羽交い絞めにしないでくれ………あー!」
二人がかりで素っ裸にされて、強制的に水浴びに参加をさせられた俺………それで思ったことなのだが、水浴びをする時にはやっぱり水着が必要じゃないだろうか?
なんというか、水着を身に付けるというのは、精神的にも余裕が出来るものであり、素っ裸の俺は、水着の春蘭達を目の前にして、立つものも勃たなかったのである。
「ほらほら、どうした、北郷? そんな隅で縮こまっていては、楽しむものも楽しめないだろう?」
「そんなこと言ってもな、春蘭………って、秋蘭も覗き込まないでくれよ!」
「ふむ………なんだ、元気が無いな? てっきり、元気になっているものとばかり思っていたのだが」
「なれるはず無いだろ、この状況で………」
悪気の無い秋蘭の言葉に、俺はがっくりと肩を落とす。今後のためにも、男性用の水着も発注することにしよう…水辺で縮こまりながら、俺は固く心に誓ったのであった。
――――終
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