〜戦国ランス〜 

〜序章〜



朝靄とも取れる霧の中…織田木瓜(おだもっこう)紋の旗の立ち並ぶ、織田の本陣。現状を把握しようと、斥候と物見の絶えない陣幕内。
どこか、覇気の薄そうな青年が、のんびりとした様子で腰を下ろしている。その周囲では、家臣達が顔をつき合わせて軍評定の最中であった。
現在、彼らは主君に反旗を翻した、久保田法眼率いる800名を討つために軍を率いて出陣をしている最中である。
朝霧の中、織田軍の正面には久保田亜月・平沼元らの率いる部隊が展開している。彼らは織田信行という、信長の血縁である青年を旗頭に立てているのであった。

「はてさて、大義名分はどちらにあるというべきかな。ふむ、血気盛んと言う分には、相手を評価すべきかもしれぬが」
「あ、そ、それは………言い過ぎなんじゃないかなって、お、おもうんですが」

織田本陣の間近――――後備えとして、後方の守備についていた丹羽長秀は、どこか達観した視線を前方の敵陣に向けていた。
彼の呟きに、おずおずと反論をしたのは、たまたま所用で居合わせた、前田利家である。どこか垢抜けない表情の青年は、年上の長秀を気遣ってか、声に遠慮がある。
その気弱さは、織田家の悩みの種の一つであり――――充分に一番槍として通用する腕前を持ちながら、そのせいで、今も周囲の警護、脇備えに当たらされていたのである。

「の、信長様は、尾張の国主ですし、それに反旗を翻すのは、その、まずいんじゃないかと」
「確かにな…まったく、久保田も早まった事をする。とはいえ、気持ちは分からんでもないがな」

溜息混じりに呟き、長秀は本陣を垣間見る。かつては、先代織田信長が数多る家臣を睥睨し、命令を下していた本陣………かつては長秀も久保田も、そこに居たのである。
だが、先代信長が死亡した時より、織田家は衰退を見せ始める。跡目を付いた青年は、傍目からは覇気の無いように見受けられ、それに失望した譜代の家臣が出奔。
一時は、広大な領土を誇っていた織田家も、いまや領土は尾張を残すのみとなっていた。そんな状況では、家臣の忠誠も、揺らぎ始めるのが当然といえた。

「で、でも、丹羽様はこうして残ってくれているじゃないですか」
「ワシは、頼まれて残っているに過ぎんよ。3G殿の言伝があるから、お目付け役としてここにいるのだ。そのおかげで、久方ぶりに面白いものも見れたが」

そう言うと、長秀は視線を転じる。朝靄の中、飄々とした風情で本陣に足を進める青年が一人。お供なのか、桃色の髪の少女を連れている。
明らかにJAPAN人ではないその風貌に、周囲の将兵はなんともいえない表情を向けていた。もっとも、注目されている当の本人は、その視線を気にしてもいないようだったが。
その青年は、国主である信長が客人として迎えた青年で、名前をランスといった。何故か彼は、今回の軍の指揮をとる事になっている。

「おう、見回りごくろーさん、がはははは」
「は…」
「あ、ど、どうも」

客人に無礼があってはならないと、頭を下げる長秀と利家だったが、ランスはそんな二人の様子など気にかけないといった風に、本陣へとスタスタと歩いていってしまう。
その様子に、慌てたのは彼の後ろに従っていたシィルであった。彼女は恐縮しきった表情で、ペコペコと長秀達に頭を下げる。

「す、すみません、すみません! ランス様はちょっと大雑把ですけど、別に悪気があってしたわけじゃないですから…どうか、分かってくださいっ」
「シィル、何をしとるんだ、早くこっちに来いっ!」
「ひゃっ、ご、ごめんなさい、ランス様っ! そ、それじゃあ、頑張ってくださいねっ」

ランスに大声で呼ばれ、あわあわと駆け去っていくシィル。その様子を見て、長秀はしみじみと言葉を口から吐き出した。

「本当に、珍しいものを見る事が出来たものだ。異人など、この尾張にはめったに訪れる事はないからな」
「あ、う………お、俺も見るのは初めてです。でも、だ、大丈夫なんでしょうか」
「――――殿が、この合戦の指揮をあの異人に託した事か………確かに、戦場の習いなど、異人が知ってるとも思えぬ…だが」

長秀がそこまで言った時、ひときわ大きな笑い声が、陣幕の中より響いてきた。それは、昨今には久しく聞いたことのない活気のある笑いである。
名だたる武将の出奔・反乱等、織田家を取り巻く環境は、決して良いものとは思えない。だが、残った者たちは皆一様に、希望らしきものを胸中に感じていた。
それが錯覚かどうかはさておき――――そのような雰囲気のきっかけは、間違いなくランスという異邦人であると、長秀は察していた。

「…まぁ、良いではないかな。勝家や乱丸も付いておるし、たとえ負けたとて、本城が落とされたわけでもない。一戦して、様子を見るのも一興だろうて」
「はぁ」
「――――さて、あまり長々と話をしているわけにもいかんだろうな。この霧も、日の出を過ぎれば晴れる。それまでに戦支度を整えておくべきだろう」

長秀の言葉がきっかけというわけではなく、単なる偶然だろうが…その時、ランスの声が朝靄を吹き飛ばすように響き渡った。
お天道様が登ったら総攻撃だー。と、その声は、おそらく敵陣にも届いているだろう。やれやれ、と、長秀は肩をすくめた。
広々とした荒野であるから、奇襲や伏兵の心配は無いとは言え、あまりにも無用心なのは異国の人間のせいか、ランスという個人の特質なのか疑問なところだ。

時刻は朝靄の漂う、午前五時を過ぎたばかり――――両軍の戦が始まる直前の、身の切るような緊張感の中に皆が身をおいていた。
戦国の世にしては小規模な…それでも、敵味方合わせて数千の人間が生死を分かつ戦端は、ほら貝の音と共にその幕を上げたのである。



広陵とした平原に、相対する二つの軍がある。片方は織田信長率いる2000。もう片方は、久保田法眼の800の兵である。
後備えとして待機をしている、丹羽長秀などが守備する本陣…また、明智光秀と前田利家は中備えとして、前線の援護に当たっている。
実際に刃を合わせる前線の軍は、ランスを中ほどに、左翼を柴田勝家、右翼を乱丸率いる兵が固めている。本陣の守備に人員を裂いたせいか、前線の兵数は1000未満。
対する久保田法眼の軍は、右翼を久保田法眼、左翼を久保田亜月、後陣に平沼元…また、旗印である織田信行の軍は中央に布陣し、総数は800未満。
一敗すればあとが無い為、久保田軍は前線に全ての兵を出している。そのため、前線の兵力だけを考えれば、それほど差がなくなっていたのだった。

「がはは、突撃ー!」

戦の先陣を切ったのは、ランス率いる部隊である。この時代、魁と呼ばれる先駆けの兵が、戦の勝敗に大きな影響を与える。
勇猛果敢なる武士が先陣に立って突撃する事で、味方には勇猛感を、敵方には恐慌を与え、相手の陣に大きく喰い込む楔となる。
かの上杉謙信のような畏怖めいた逸話こそ無いものの、黒々とした魔剣を振り回し、異国風の鎧を纏ったランスは、前線の兵士たちの注目の的となった。

「ひ、ひるむなー、うぉあ!」
「ふん、そんなヘッピリ腰じゃ、俺様の敵ではないわー!」

袈裟懸けに斬り降ろされるJAPAN伝来の刀を、まるで棒切れのように両断しつつ、ランスは哄笑を上げる。
ランスが一歩進むたび、敵兵はひるんで二歩下がるという有様だったが――――ランスが、にらみ合いなどという悠長な事をするはずもない。
まるでさえぎるものも無い平野の如く、ランス率いる百名前後の兵は、敵陣の真っ只中に飛び込んだのだった。

「ええいっ、何をしておる、相手は100ほどの少数ではないか!」

その様子に慌てたのは、久保田法眼である。彼の目前、織田信行の軍に斬り込んだランス達が、大暴れしているのが見て取れた。
まるで、岩を金槌で砕くような激しい攻勢に、信行軍は混乱し、逃走をはじめる者も現れだした。それでも、信行の周囲の旗本集は、何とか、その猛攻に耐え、踏みとどまっている。

「し、しかし…目下、敵の勢い凄まじく、手のうち用がありません!」
「ええいっ、ともかく信行殿には後方へ下がるように伝令をするのだ! 平沼にも伝令! やつらを遠巻きにして仕留めるように命じよ!」

第一撃を何とか防いだ信行は、家来集と一緒に何とか後方へと下がる。後には、ほぼ無傷のランスの軍と、累々たる信行軍の屍が横たわっていた。
ランスの周囲から、勝ち鬨の声が上がる。しかし、すぐにその勝ち鬨は悲鳴めいた叫びへと変わった。

「前方に、新手――――弓が来ますっ!」
「ちっ、飛び道具かよ………おい、あれを叩き落せるか?」
『いや、さすがに無理』

ランスの呟きは小さいものだったので、兵たちは彼が手に持った魔剣に話しかけたのに気がついていなかった。もっとも、そんな暇が無かったのも事実だったが。
ひょうひょうと、まるで鳴き声のような音色と共に、百名を越す射手からの矢が飛んでくる。周囲には身を隠す場所もなく、ランス達の頭上から矢が雨のように降り注ぐ――――、

「お待たせしました、ランス殿ぉっ!!」

その時、野太い男の声と共に、ランスの前に熊のように巨大な影が現れた。ざざざ、と、地を蹴る音と共に、ランス達の前に、木造の盾を持った兵たちが壁を作る。
織田軍の一翼、柴田勝家率いる足軽部隊である。太刀を持った軽装の武士達をかばうように、足軽たちは壁を作り、飛んでくる矢を受け止めた。

「いや、間一髪でござったなぁ!」
「この馬鹿が、もっと早く助けに来い!」
「いやいや、ランス殿のあまりの駆け足に、付いていくのがやっとでござったよ」

強力無双の勝家は、ランスが割りと本気で怒っているのにも関わらず、飄々と大笑いする。ランスとしても、助けられた手前…それ以上、文句は言わなかったのだが。
決定的な一撃を仕損じたのをみて、平沼元は第二撃を命じることを決めた。ここは、体勢を立て直すためにも正面の軍を足止めする必要があった。

「第二射、準備――――」

だが、その命令は実行される事は無かった。ランス達の後背に付き従っていた中備え…明智軍より平沼軍へと無数の矢が放たれたのである。
ランスと勝家の軍に注目していた平沼軍は、突然飛来した矢の雨をもろに受ける形となった。その一撃で、平沼元は負傷…そのため、弓兵の援護が途絶えてしまったのである。

このとき、乱丸は自らの正面に相対する久保田亜月が率いる部隊と正面衝突――――…一息に壊滅に追いやると、その矛先を転じる。
戦闘開始よりわずか半刻…既に久保田軍の大半は壊滅し、残るは久保田法眼の部隊のみとなってしまっていた。
その燦々たる有様に、久保田法眼は茫然自失としていた。足利の力を借り、信行を傀儡としたて、尾張一国を我が物にする…その野望が、こうもあっさりと挫折を迎えるとは…。

「正面より、敵軍です――――いえ、右からも…ひ、左からも来ました!」

震える声で、伝令が報告を告げる。その言葉を確認するまでも無く、久保田法眼の目にも、周囲から迫ってくる織田軍の威容が見てとれた。
正面より、ランスと柴田勝家、左方からは乱丸率いる軍が…右側には挟み込むように前田利家が、前面に進出してきたのが見えた。
四面楚歌とは言わないまでも、後方以外の三方を、全て敵軍に占められた久保田軍――――…もはや、壊滅は必死であった。

勝ち鬨の声が、周囲より上がる。結局、残された久保田軍は戦意らしいものも無く、ほとんどの兵が戦う事を放棄し、一目散に逃げ出していた。
後を追いかけ、多くの者を討ち取ったが、首謀者である久保田法眼ほか、何名かは取り逃がしたもようである。
とはいえ、大勝利には間違いなく――――胸を張って本陣へと帰ってきたランスを待っていたのは、歓迎するような歓呼の声であった。

「ふむ………単なるお飾りかと思ったが、そうでもないのかも知れんな」

本陣に顔を出しはしたが、別段、でしゃばろうとも思っていない長秀は、その他大勢の武将達と同様に、この勝ち戦で一躍有名になった異人の顔を見つめていた。
ランスは、上機嫌といった風に信長と話をしている。そうして、異邦人ランスのJAPANでの初陣は、こうして終幕を迎えたのである。

それは、誰もが知っているお話のすぐ傍での出来事………無銘の兵士、武将から見た戦場の物語は、まだまだ続くのでありました。


………続く?

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