〜世界でいちばん青い空〜 

第1話
〜夏と宴の始まる日〜



夏――――太陽が長々と顔を出し、それに釣られるかのように、ひぐらしやら何やらが出てきて騒々しくもなる季節。
世間一般では夏休みという期間に突入する時期は、家族サービスと称しての観光旅行がもっとも盛んになる時期だったりする。
その気配にあてられたのか………姫緒さんが僕に相談を持ちかけてきたのは、就業時間も終わっての帰り道のことであった。

「トコちゃんと一緒に、旅行に行きたいわ。そうね………3泊4日位で、マリンスポーツが出来て、海の幸が美味しい所が良いわね」
「………随分と、唐突な提案ですね。確かに、魅力的な話ですけど」

帰りの車の中で、顔を輝かせながら言葉を編む彼女の姿は、どこかしら無邪気であり、とても道浜商事の現取締役であるとは思えないほどである。
もっとも、そんな無邪気な顔を見せるのは、トコと僕の前だけ………訂正、佐々木さん他、身近な人に限ってのことなのだけど。

「なによ、不満そうじゃないの。理さんは、トコちゃんと一緒にお出かけしたくないんだ………トコちゃんが知ったら、悲しむだろうなぁ」
「誰もそんなことは言ってませんよ! そうじゃなくて、姫緒さん――――今の状況、分かってます?」
「今の状況…? ひょっとして、トコちゃんの大学受験の事? 大丈夫よ、あそこは基本的にエスカレータ式だし、トコちゃんの成績なら、理さんも知ってるでしょ」

秋泉大附に特待生として合格してから3年間――――トコの頑張りは、もちろん知っている。学校の誰よりも一生懸命、頑張ってきたのはトコだ。
品行方正、成績優秀、非の打ち所のない生徒だと、保護者面接のときに言われ、鼻が高かったのを今でも覚えている。
もっとも、トコ自身は、秋泉大附の3年間で伸び悩んでいるものがあるらしい。まぁ、こればかりは手伝えるようなものでもないんだけど。

「そうじゃなくて………姫緒さん、わざと言ってるんでしょ。何なら、スケジュールをもう一回確認します?」
「う”っ」

溜め息混じりに問いただすと、姫緒さんの表情が目に見えて硬くなった。やっぱり、本人も分かっていたらしい。
道浜商事はこの夏、新たな課を創設することになった。商業会社とは対称的な意味合いを持つ課の名前は、地域振興課…地域活動に密着し、積極的に参加をする課である。
取締役である姫緒さんの意向を汲んだこの課は、ありていにいえば、ボランティア活動への参加を目的にした、取締役直属の課なのであった。

この夏…地域のボランティア活動へ、積極的な参加を考えていた姫緒さんは、自ら模範を示すとして、連日のスケジュールを早くから決定してしまっていたのである。
各所での清掃が37件、募金活動への参加が15件…合計したボランティア活動が52件。毎日、というほどではないが、連休など取れようもない過密っぷりだった。
ならば、参加回数を減らせばよいのでは、と考えるだろうが、そうもいかない事情があった。姫緒さんの参加表明を、地元紙が大々的に取り扱ってしまったのである。
道浜商事としては、地域の人々に好感をもたれる良い機会であったのだが…それはあくまでも、ボランティア活動をやり遂げたらという話である。
遅刻したりサボったりすれば、逆に反感を買うだろうし――――姫緒さんの性格からして、ボランティア活動をキャンセルすることなど出来ようもなかったのである。

「現実逃避したいのは分かりますけど、無茶を言わないでくださいよ。今更スケジュールを組みなおせるわけもないんですから」
「それは、そうだけど――――…でもほら、理さんなら何とかしてくれるんじゃないかなーと」

すがるような目を向けられても、正直困る。確かに、無茶をすれば何とかなりそうな日はある。特に、お盆周辺なら、多少の融通を利かせば連休を取ることも出来そうだ。
だけど、そのしわ寄せを受けるのは、僕じゃない。もちろん、僕も出来る限り付き合うつもりだけど、負担は姫緒さんに集中することになるのだ。
真夏の炎天下…ギチギチに詰め合わせたうえに、隙間を埋めるように押し込みきったスケジュールを…姫緒さんに押し付けることになるのだ。
公的な立場でも、私的な関係からしても、姫緒さんにそんな無茶をさせるわけには行かない。それは、分かりきったことなんだけど――――…。

「理さん、理さんが何を考えているのか、あててみてましょうか? 見くびらないでちょうだい、トコちゃんの為ならどんな困難だってへっちゃらなんだから」
「姫緒さん………しかしですね」

いくらなんでも、無謀であるとしか言いようがない。たった数日の休みを取るために、それに数倍する苦労を背負うなんてばかげている。

「聞かないわよ。トコちゃんのためですもの。もし理さんが手伝ってくれないとしても、私一人でも何とかしてみせるんだから!」
「ああ、もう、分かりました、分かりましたから………癇癪(かんしゃく)を起こさないでくださいっ」

だけど結局は、僕も姫緒さんも………トコのためという大義名分がある限り、退くことは出来ないのであった。駄目な大人だな、僕も。
そうして、佐々木さんが運転する帰りの車の中で、急遽、緊急取締役会議が開かれることになったのであった。ちなみに、参加者は二名である。
最終的な目的は、トコと一緒に旅行に行く事――――目標だけをみれば、なんてすばらしいプランだと喝采するところだが、実現するのは極めて困難だと予想された。



「ふーん。で、今日もリストラと姫さんは会社のほうに泊まりこんでいる、っと」
「ああ、何でも決済の書類を溜め込んでいる分、残業だけじゃおっつかないんだと。結局は泊りがけで、そのまま出社ってパターンらしい」
「そのことで、若大家さんがぼやいていましたよ。夕飯くらいは食べに戻ってくればいいのに…とね。健気じゃありませんか」

日も暮れ初め、夕焼けが空を染める夕暮れ時――――今日も今日とて、テラスハウス陽の坂では、住人が一堂に会してやいのやいのと騒いでいる。
夏の盛りのこの時期、夜半になっても暑い季節ということもあり、空調設備のある二号室に集まって、夜を過ごすのが常になっていた。
………ちなみに、おんぼろアパートに似つかわしくない最新式のクーラーが据え付けられている理由は、熱気からPCを守るためらしい。
快適な空気の満ちた部屋――――その一角にドンと鎮座しているPCをいじくって、3人は何やら遊びに興じているようである。

「しかし、まぁ、リストラも大変だよな。なんのかんので世話を焼く相手がいつの間にか増えているし――――よし、再生、っと」
「お、どれどれ………ひーとつずつー、おーもいだーすー、まぶたに〜うつ〜った〜、たくさんのゆめーたーちー」
「おいおい………VOCALOIDと輪唱するなよ」
「えー、いいじゃん。もともと双子だって設定だろ」

パソコンから流れてくる音声とまったく同じ声で歌いだす八須永に、熊崎は渋い顔をする――――八っつあんに熊さんが渋い顔をしたといったほうが、分かりやすいか。
とはいえ、基本的には面白ければ何でもいいといった風情のテラスハウス陽の坂の住人である。すぐにその顔が、妙案が浮かんだとばかりに輝いたのであった。

「それもそうだな………それじゃあ某所にUPしてみるか? タイトルは『ボーカロイドと歌ってみた』とかで」
「お、いいね、それ。いったい何人が、俺を男だって見抜けるんだろうな〜」
「それもいいですけど、あたしゃあこれで昔語りを聴いてみたいですねぇ。昨今じゃあ、テレビで味のある話をしなくなりましたし」

盛り上がる八っつあん、熊さんに…横合いからさりげなく上坂喜兵衛こと――――ご隠居が口を出し、ますます収拾がつかない事態になりそうな予感がする。
と、そんな折、アパートの玄関が開く音が聞こえた。誰かが帰ってきたようである………と、そんな事を考える間もなく、足音がが廊下から聞こえてきたかと思うと…。

「ただいまー。理くん、居る?」

二号室のドアが開き、アパートの若大家こと、陽坂美都子がひょっこりと顔をのぞかせた。夏休みのため、私服姿である彼女は、現在高校3年になる。
今年で高校を卒業となる彼女だったが、姫緒嬢に言わせれば、あいかわらず「ちっちゃくて可愛らしいトコちゃん」であり、住人の誰もその言葉に異論を差し挟まなかった。
もっとも、当の本人は、その評価のうちの前者に対し、甚だ不本意なようであったが。ちなみに、3年間の間、背の順では常に最前列であったことは言わずもがなである。
そんな彼女は、さして広くない二号室をキョロキョロと見渡すと、端正な顔に落胆の表情を浮かべた。

「なんだ、今日も帰ってないんだ………今日はこの近くでボランティアしてたし、ひょっとしたらって思ったんだけどなぁ」
「およ、帰ってきたんだ、大家ちゃん。にしても、大家ちゃんも変わったよな。帰ってくるなり、いきなり『理くん、居る?』だもんなぁ」
「うるさいなぁ、べつにいいじゃん」

ご丁寧に、自分の声を真似てからかってくる相手に、ぶー、と膨れ面を見せる美都子。その子供っぽい仕草に、八っつあんは内心で苦笑する。
相応の年齢となった美都子は、彼にしてみればストライクゾーン真っ只中のはずなのだが、何故か彼女に対しては、アプローチをする気になれなかった。

(ま、リストラの彼女のようなもんだからねぇ………手を出す気にもならないわけだ)

と、そんな事を考えているうちに、美都子は覗かせていた顔を引っ込めてしまった。おそらく自分の部屋に戻り、夕食の準備をするつもりなのだろう。
ふたたび、男所帯となった二号室――――熊さんがパソコンをいじり、八っつあんがそれを楽しそうに傍観している横で、ご隠居がポツリと呟きをもらした。

「しかし、なんですねぇ………恋の病なんてのは、はしかのようなものと思ってましたがね、随分と長引いているじゃありませんか」
「そりゃ、本人に治療する気が無いからだろ」

ご隠居の言葉に、パソコンをいじりながら応じる熊さん。あいかわらず、引き篭もり肉体派な彼は、無骨な指で器用にマウスを操作しながら達観した様子で肩をすくめる。
大家こと、陽坂美都子が、リストラ――――芳村理に恋をしているのは、テラスハウス陽の坂の住人なら、誰もが知っていることであった。

当初は、その離れた年齢差に反対の声が上がったものの、今現在は――――年齢差は変わらないものの、美都子が高校に進学をしてからは少々沈静化をしていた。
しかし、それとは別に新たな問題が発生したのであったが。現状、芳村理の女性関係は混迷の一途をたどっているといってよい。
同居人に職場の上司に元妻――――…困ったことに、そのどれともそれなりに親密な関係を築き続けているのは、器用なのか、ダメ男なのか――――。

「しかし、どうすんだかね、リストラは………今は一応、姫さんと付き合ってるはずだろ?」
「本人達は、そう宣言しているな。けど、その割にはガードが甘いんだよな………特にリストラの方は。昨日も会っていたらしいし」
「まぁ、優柔不断なところが若旦那らしいところですがね…別れた女房に三行半を突きつけれるほど非情じゃありませんからねぇ」

芳村理の元妻である香野麻美は、今も何かしら理由をつけては、テラスハウス陽の坂に姿を見せている。
既に高校生となった美都子の担任ではないのだが………保護者のほうは相変わらず彼女を頼りにしており、被保護者をやきもきさせている。

「二号ちゃんもなぁ………一時期は諦めたっぽかったのに、なんかまた、リストラにぞっこんになってるし」
「俗に言う、惚れ直したってやつでしょうねぇ。若大家さんが高校に進学なさってからは、若旦那の張り切りようは、尋常ではありませんでしたからねぇ」
「そうだな………貫徹で働いたかと思えば、死んだように眠ってたもんな、あの頃のリストラは」

もっとも、実際に働いているのをテラスハウス陽の坂の住人で見た者はおらず、数日間をおいて帰ってきては、自室で眠りこける理を確認していただけであったが。
そんなこんなで、文字通り仕事に忙殺されていた――――というか、自分から仕事を増やし続けていた理であったが、さすがに無理があったらしい。
とある日、体調不良となった理は、会社を自主退社するとアパートに戻った。折り悪く、大家さんは出払っており、看病してくれたのが美人の隣人だったわけである。
そこで、二人の間にどんな会話が交わされたかは不明だが――――その日以来、再び愛人を自称するようになった事を考えると、何かがあったことは邪推できそうである。

「何より問題なのは、大家ちゃんだよなぁ………いくら俺的にもストライクゾーンに入ってくる年齢だっていっても、リストラとじゃ、援助交際にしか見えないし」
「…だな。いくら理由を考えても、傍目にはそうとしか映らないからな………ブログのネタには、ちょうどいいんだが」
「まぁ、そのあたりには目をつぶるとしても………親しい姉貴分と若旦那を取り合うというのは、見るに耐えられない光景になりそうですよねぇ」

美都子の事を、孫のように可愛がっているご隠居は、そう言うと深々と溜め息をつく。美都子が理に対して好意を持っていることは、同居人のご隠居にも容易に想像できた。
とはいえ、理自身は姫緒と付き合っており、美都子の恋愛感情も、時が経てば良い思い出に変わるんじゃないかと楽観視をしていたのであった。
実際のところ、思い出に変わるどころか…時が経つごとに思いが募り――――今現在の、「理くん理くん理くん」な状態になってしまったのであるが。

「けっきょく、リストラだけが両手に花束かよ、なんか納得いかねー…」
「ああ、その気持ちは俺も痛いほど分かるぞ………ここ数年、女性との接点といえば、ほとんどがネット内に限定されているしな」
「ともかく、あたしらにゃあ見守ることしか出来ませんよ。対岸の火事場に行くのは、若旦那一人で充分でしょうからねぇ」

なんだかんだと、好き勝手言っているが、これでも3人とも、何か大事が起こった場合の分別くらいは持ち合わせているのであった。
もっとも、小火(ぼや)を消火して回るのか、さらに火事を大きくするかは、そのときになって見ないと、分からなかったりするのであったが。



………さて、二号室から離れた美都子の方はというと、二号室から十数歩いた、廊下の片隅で立ち止まっていた。それは何故かというと――――、

「あ、おっかえりー。いま帰ったトコ?」
「うん、ただいま。夏夜さんは………銭湯帰り? 髪の毛がちょっと濡れてるみたいだけど」
「今日はお隣さん。晩酌前に、スッキリしようかなってね」
「あー、クアハウスの方か」

夏夜の言葉に納得したように頷く美都子。テラスハウス陽の坂のお隣にある澤島宅――――そこにクアハウスが出来たのは数年前のことである。
クアハウスとは、温泉施設他、療養などの器具を備えた施設をさす。澤島宅に建てられたクアハウスは小ぢんまりとしたものであったが、設備は充実していた。
今でも風呂のないテラスハウス陽の坂の住人にとって、近場に温泉設備が出来たのはありがたい事だったが…実のところ、使用される回数はそう多くなかった。

建設した姫緒にしてみれば、毎日でも美都子に入りに来てほしいくらいであったが、その手の援助――――と言うべきには些細なほどの事も、遠慮するのが美都子であった。

「そんな毎日じゃ、悪いよ。姫緒さん家に遊びに行くときは入らせてもらうからさ」

などと言って、相変わらず銭湯を利用する美都子。彼女がそんな調子なので、他の住人が堂々と入りに行くこともほとんどなかった。
そんな中での例外は、仕事が忙しく、銭湯による時間も惜しい理と、女同士という事もあってか、割と気さくに姫緒から使用許可をもらった夏夜であった。

とはいえ、やはり多少は遠慮があるのか、一週間に一度ほど、クアハウスに出向いていた夏夜であったのだが………最近の暑くなってきた気温が少々問題であった。
銭湯からの帰るだけで、汗だくになっては元も子もない。そんなわけで、夏に季節が近づくにつれ、姫緒宅のクアハウスの使用率が若干上がっているようであった。

「そういえば、さっき理くん達に会ったよ。会社に行く前にボランティアの汗を流すって」
「え、うそっ!?」
「多分、もう居ないと思うけどね。あたしが出るのと同じぐらいに、二人とも出ちゃったし」

そんな身近に居たのかと慌てた様子の美都子に、夏夜はのんびりとした口調で、からかうように口にする。それを聞いて、美都子の肩がガックリと落ちた。

「そ、そんなぁ…」
「ずいぶんと、落ち込んでるわね………そんなに会いたいなら、直接会いに行けばいいのに」

落ち込んだ美都子の様子を見かねてか、夏夜は苦笑をする。積極的なくせに、肝心なところで遠慮をする美都子に呆れているようだった。
会社とボランティアの現場を行ったり来たりする日々を送っている理と姫緒。二人とは接点が無い生活のせいで、美都子が元気が無いのは夏夜としても心配の種であった。
もともと、我慢強いというか、ストレスを内に溜め込むタイプの美都子が、いつ爆発するのか同居人としても気が気でないという理由もあったが。

「駄目だよ。あたしみたいな学生が会社に行ったらさ、姫緒さんたちに迷惑が掛かるじゃん」
「…ま、そりゃそうなんだけどね。取締役と課長の身内ですなんて言ったら、受付の人も目を白黒させるだろうし」
「ボランティアの手伝いを一緒にするってのも考えたんだけど、受験期間なんだし、勉強をしたほうがいいって理君に却下されちゃったんだよね」
「正論よね。ボランティアにかまけて落第したなんてことになったら、きっと上へ下への大騒ぎになるわよ」

ま、それはそれで面白そうだけどね………とは口に出さず、夏夜は美都子の表情を伺う。口に出したことで、多少のストレス発散にはなったようだが、表情は晴れないまま。
夏夜の言葉通り、今は進学に集中する時期だと美都子も分かってはいる。だけど、それでも、二人に会いたいという気持ちは、日に日に積もっているのだった。

「はぁ………また当分は、理君にも姫緒さんにも会えずじまいなのかぁ…」
「――――ほんと、憎めないコよね」

美都子のその言葉に、夏夜は微笑を浮かべる。理だけでなく、その恋人である姫緒も、ただ純粋に慕っている美都子に、羨ましさすら感じていた。
自分が好きな相手が、他の誰かを好きになったら――――そうして一時、諦観という選択を選んだ夏夜にとって、美都子の純粋さは羨ましくすらあった。

「ま、愚痴ならいくらでも聞いたげるから、言いなよ。晩酌の魚代わりには、ならないだろうけどね」
「………それはどうも。あいにくだけど、今日の夕飯はお魚じゃなくて肉料理だから」

夏夜に頭をぐりぐりと撫でられ、美都子は子ども扱いされた事が不満そうで、そんな風に反論にもならない反論を返したのだった。



仕事というものは、探せばいくらでもあるものであり、それがあるうちは人は働かなくてはならない――――とは誰の言葉だっただろうか?
連日のハードスケジュールに身体が疲れきっているせいか、そんなとりとめもない疑問が頭の中に沸いて出てきた。

「………姫緒さん、姫緒さん。起きていますか?」
「――――う〜………あと五分、いや、十分でいいわ。大まけにまけて一時間〜…」
「いや、それって増えてますから。ともかく、起きてください、姫緒さん」

理がゆさゆさと身体を揺するが、姫緒はいっこうに起きる様子が無い。ついさっきまで、徹夜で仕事に追われていたのだから、無理も無い話であった。







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