〜史実無根の物語〜 

〜家族〜



【一刀】
「ん〜………今日も、いい天気だなぁ」

朝の政務が一段落し、疲れた身体を解すためにと、何となく中庭に出てみた。幸いというか、今日は仕事の量もそれほど多くなく、朝は滞りなく仕事を終えることが出来た。
午後も、たいした予定は入ってないし、のんびりと昼食をとってから、午後の仕事に精通するとしようか。

【一刀】
「とりあえず、昼食をどうするかだよなぁ。昼までには、まだ間があるし……誰かを誘って街にでも食べに行こうか」

と、考えてみたものの、こういうときに限って、なかなか暇そうな相手というのは見当たらないものである。
一人一人、その日の仕事はキッチリと割り振られているし、非番の面子は、おおよそは街に繰り出したり、遊びに行ってしまった後の時間帯だろう。
そう考えると、城の中で同行者を探すのは困難かもしれない。まぁ、街に出てから相手を探すのも良いかもしれないけど。

【一刀】
「でも、そうすると、護衛もなしに出歩くなって、愛紗あたりに怒られるからなぁ………」

いちおう、三国同盟の主要人物ということで、一人では、あまり出歩かないようにと、釘は刺されている。
まぁ、実際のところは、割と一人で街にでたり、買い食いまがいの事をしているけど………いい顔をされていないことは確かである。
そんなわけで、今日のところは誰かを連れて行くことにしようと、城内を歩き回ってみることにした。

【紫苑】
「ええと、これで大丈夫かしら? あまり物で申し訳ないのだけど」

【恋】
「…………(フルフル)」

【一刀】
「お、紫苑に恋じゃないか。二人で何をしてるんだ?」

誰かいないかと歩き回っていると、城の廊下で立ち話をしている紫苑と恋を発見した。恋の手には、大きな包みが抱えられている。
声を掛けながら歩み寄ると、紫苑はいつも通りの朗らかな表情で、恋も、いつも通りのマイペースな顔でこちらに顔を向けてきた。

【紫苑】
「こんにちは、ご主人様。今は非番のお時間ですか?」

【一刀】
「いや、非番ってわけじゃないよ。ただ、昼飯の時間まで間があるから、誰かを誘って食べに行こうって探してたんだけど……紫苑は、非番じゃなかったかな」

【紫苑】
「申し訳ありません。今日はこれから、蒲公英ちゃん達と出かけなければならないので……お誘いはありがたいのですけど」

【一刀】
「そうか、それじゃあ仕方ないな………恋はどうなんだ? 今日って、仕事とか入っていたっけ」

【恋】
「…………(フルフル)」

【紫苑】
「確か、今日の仕事の割り当てには、恋ちゃんの名前は無かったと思いますよ」

首を振る恋の仕草に賛同するように、紫苑がそう補足してくれる。仕事を忘れているという心配もあったけど、紫苑が言うのなら、間違いは無いだろう。
そうだな、恋を誘ってみるとしよう。護衛という面については、これ以上ないくらいの頼もしさだ。
反面、俺の財布の中身が心もとなくなるんだけど、それはそれ、恋と一緒に街に行くという魅力に比べれば、安いものである。

【一刀】
「じゃあ、今から街に行かないか? 昼食を食べに行きたいんだけど、恋も一緒に行こう」

【恋】
「…………ごはん?」

【一刀】
「ああ、ラーメンでも点心でも好きな物を食べていいんだぞ」

【恋】
「………………………」

【一刀】
「――――…恋?」

おや、と思えるくらいの反応の鈍さに、俺は首を傾げる。恋の事だから、迷いも無く頷くものだと思ったんだけど。
そんな俺の前で、何やら悩んでいる様子の恋は、しばらくして、首をゆっくりと振った。

【恋】
「…………今は、行けない」

【一刀】
「え!? ………恋、ちょっといいか」

【恋】
「――――…何してるの、ご主人様?」

【一刀】
「いや、恋が食事の誘いを断るなんて、どうしたんだろうって………熱は無いみたいだな」

思わず、恋の額に手を当てて、異常が無いか確認する俺。考えようによっては、かなり失礼な行為かもしれなかったが、恋は特に気にはしていないようである。
しかし、いったいどういう風の吹き回しなんだろう。恋が食べ物の誘惑に引かれないというのは、かなり稀有な状況なんだけど。

【一刀】
「あ、ひょっとして、お腹が一杯なのか? ついさっきまで、どこかで何か食べてたとか」

【恋】
「……お腹は減ってる」

即答だった。ついでに、割と切なそうな上目遣いをしてこられると、額に当てた手で、頭を撫でたくなってしまうんだけど。
とりあえず、手を引っ込める俺。そんな俺をじっと見つめて、恋はポツリと口を開く。

【恋】
「……割と、ペコペコ」

【一刀】
「――――いや、それなら昼飯を食べに行こうよ。ラーメンでも炒飯でも、何でもおごるからさ」

【恋】
「何でも………………………………………………(フルフル)」

かなり長い間を悩んだ後で、恋はやっぱり首を横に振った。うーん、いったい、どうしたんだろう。
恋にとっては、昼食のおごりの誘いは魅力的な話だと思うけど、それ以上に大事な用事があるんだろうか?

【一刀】
「何か、どうしても外せない用事があるのか? 直ぐに済む用事なら、少しくらい待つけど」

【恋】
「…………いつになるか、まだ分からないから」

と、そんなふうに返答する恋。どうやら、外せない用事があるのは確かなようだ。
などと考えながら、傍らの紫苑に視線を向ける。紫苑は恋の用事とやらを知ってるのか、朗らかに微笑んでいる。と、

【恋】
「――――赤ちゃんが、いつ産まれるかは分からないから」

【一刀】
「…………え?」

何やら、とんでもない発言が恋の口から飛び出した。赤ちゃん? 産まれる? 誰の――――…

【音々音】
「ちんきゅーきーーーーーーっく!!」

【一刀】
「げふぉあ!?」

てーれってー、などという効果音が似合いそうなタイミングで、後方から蹴りが飛んできた。
背中を蹴られ、前につんのめる俺。立っていた紫苑に衝突しそうになるが、そこは一騎当千の武将である。紫苑は倒れこんでくる俺を軽く避け――――

【紫苑】
「あらあら、大丈夫ですか、ご主人様♪」

てはくれず、むしろ喜々とした表情で俺を抱きとめてくれた。いや、それは助かったけど、豊満な胸に顔を突っ込んだ俺としては、どうりアクションをとればいいか……
と、そんな事を考えていると、俺を蹴っ飛ばした加害者の、怒りの声が背後から聞こえてきた。

【音々音】
「くぉらぁ〜〜〜〜! 白昼堂々、何を盛ってるのですか!」

【一刀】
「って、今のは俺のせいじゃないだろ。ったく………それはそうと、ごめんな、紫苑。怪我は無かったか?」

【紫苑】
「ええ、私は大丈夫ですけど……もう少し、そのままでも宜しかったですのに」

さりげなく身を離して言う俺に、残念そうな表情を見せる紫苑。いや、確かにあの感触は、もったいないと思ったけど。
さすがに、真昼の城の廊下で抱き合うのは、色々と拙いだろう。誰に見られるか、分かったものじゃないし。
紫苑に怪我がないか、確認をしてから振り向くと、そこには小柄な少女が、むくれた表情で俺を見つつ頬を膨らませていた。

【音々音】
「まったく………油断も隙もないとはこのことです! ねねが所用で出かけている隙に、恋殿と楽しく過ごしているとは! ねねを仲間はずれにする気ですか!」

【一刀】
「いや、そんなつもりは無かったんだけど。というか、普通に声を掛けてくれればいいのに、何で蹴られたのか、いま一つ納得がいかないんだけど」

【音々音】
「それは………あいさつ代わりというやつです!」

力いっぱいに断言する音々音。というか、挨拶代わりに飛び蹴りをされたんじゃ、身体がいくつあっても足りないと思う。

【音々音】
「そもそも、日ごろの行いが悪いから、ちんきゅーきっくを使うことになるのです。ねね達の事をもっと構ってくれれば、頻度は減るはずです!」

【一刀】
「う………日ごろの行いって言われると、何となく反論しづらいんだけど――――というか、恋、さっきの話って、マジなのか?」

【恋】
「………さっき?」

【一刀】
「いや、恋が言ってただろ、赤ちゃんが産まれるって。身体とか、大丈夫なのか!?」

【音々音】
「な、ななななんですとー!?」

【恋】
「………………?」

【一刀】
「いや、そこで良く分からない、みたいな顔されると困るんだけど。産後の経過とか、つわりとか、ああ、とにかく安静にしないとー………」

【音々音】
「ち――――んきゅ――――――――きーーーーーーーーーーーーーーーーーーっく!!!」

【一刀】
「げふぉぁ!?」

ここ最近の、最高飛距離だった。
先程は、飛んだ方向に紫苑がいたので抱きとめられたけど、さすがに幸運は二度も続かないようで、廊下を十数メートル吹っ飛び、ごろごろと転がる俺。
廊下の壁にぶつかり、地面に倒れ付した俺の耳に、ねねの半泣きの声が聞こえてきた。

【音々音】
「い、い、いつのまに恋殿を孕ませたのですか!? ねねの目を盗んで、とんでもないことをして下さりやがりましたねっ!」

【一刀】
「ちょ、孕ませるとか、女の子がそういうこと言っちゃ駄目だろ」

【音々音】
「黙るです! ううっ、いったいどうするつもりですか! 敬愛する恋殿が子を産むなど……さぞかし可愛らしい子が産まれるでしょうけど」

などと言いつつ、まんざらでもない表情を浮かべる音々音。というか、本人より喜んでないか?

【紫苑】
「はいはい、ねねちゃん、おちついてちょうだい」

と、そんな良く分からない風に錯乱している音々音を見かねてか、紫苑が笑顔を浮かべながら宥めにはいってくれた。

【音々音】
「ううっ……ですが、紫苑どのぉ〜」

【紫苑】
「そんな顔をしなくても大丈夫よ。子供が出来たって話は、恋ちゃんの事ではないのだから」

【一刀】
「………へ? そうなのか?」

紫苑の言葉を聞いて、あっけにとられたのは、むしろ俺のほうであった。
てっきり、恋が妊娠したものとばかりに思っていたんだけど。そんな俺の様子に、紫苑は少々、呆れ顔をする。

【紫苑】
「子供が出来たというのは、恋ちゃんの所にいる、ワンちゃんの事ですよ。そろそろ産まれそうだからと、子を取り上げるための布が無いかと相談に来てくれたんです」

【一刀】
「――――ああ、恋が抱えている包みが何かって思ってたけど、そういうことだったのか」

紫苑の言葉に、俺はあらためて恋が両腕に抱えていた包みを見る。一抱えもありそうな大きさの包みは、中身は布の類らしい。

【紫苑】
「ご主人様は、恋ちゃんが妊娠したって勘違いをなされたみたいですけど………やっぱり、心当たりがあるからなんでしょうか?」

【一刀】
「う」

紫苑の言葉に、ぐうの音も出ずに口ごもってしまう俺。いや、実際のところ、心当たりが無いといったら嘘になるだろう。
物語の口端に乗らない時にも、恋はもちろんの事、いろいろな女の子と、そういう心当たりの出そうな事はしているのだし。
そんな俺の様子に、紫苑はしょうがないですね、という風な笑い顔。対照的に、音々音はというと、不満げに頬を膨らませていた。

【音々音】
「まったく、勘違いとは傍迷惑にもほどがあるです! まぁ、実際に現実になるよりは、ましなのですが」

【一刀】
「ひどい言われようだな……そんなに、恋が妊娠するのは嫌だっていうのか?」

【音々音】
「当たり前です! もしそうなったら、恋殿が赤ちゃんの世話に時間をとられて、ねねとの逢瀬をする時間が減るではないですか!」

うがー、と、そんな事を吠えながら気を吐く音々音。実際に恋が赤ちゃんを産んだら、喜々として恋と、その赤ちゃんの世話を焼きそうな気もするけどな。
と、そんな事を考えていると、音々音の言葉を聞いていた恋が、荷物を片手に抱えなおしー

【恋】
「めっ」

【音々音】
「あぅ」

ぺしり、と力を抜いたチョップで、ねねの頭を軽く小突いた。物理的にというよりは、態度でいさめているという感じのチョップである。
恋の場合、相手が誰であれ、手加減するときはするし、しない時はしないからな。今回のも、音々音の気持ちを落ち着かせるためのようである。

【恋】
「喧嘩は良くない」

【音々音】
「ぅ〜………ですが、恋殿ぉ」

【恋】
「家族が増える事は、いいこと」

不満げな表情の音々音に、分かっているのかいないのか、恋は、そんな事を言う。
チョップをした手で、音々音の頭を撫でながら、恋は親しい人なら分かる程度の、静かな微笑を顔に浮かべた。

【恋】
「ねねも、恋の家族」

【音々音】
「あぅ…………恋殿」

【恋】
「セキトも、張々も、ご主人様も、紫苑も、みんな家族………家族が増えるのは、恋は嬉しい」

【一刀】
「恋………」

【紫苑】
「あらあら、私も恋ちゃんの家族に加えてもらって、いいのかしら」

【恋】
「………(コクリ)」

紫苑の言葉に、即答という風に頷く恋。それを見て、なんとなく胸が熱くなった。
きっと、恋にとっては……音々音は、もちろんのこと、桃香や愛紗、他の皆も家族の一員だと思っているのだろう。
そんな風に考える事のできる恋を、誇らしくも愛おしくも思えるのだった。

【恋】
「家族が増えるのは、いいこと。だから、赤ちゃんが出来るのも、悪い事じゃない」

【音々音】
「いえ、赤ちゃんが出来るのは兎も角、恋殿が子供を宿すのが問題というか……恋殿がそれで良いと言われるのでしたら、そうなのでしょうけど」

【恋】
「……………」

微妙に噛み合っているようで、どこかずれたやりとりではあるが、ひとまず音々音の癇癪は収まったようである。
しかし、家族か――――そう呼ばれるのは、やっぱり嬉しいものだよな。







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