〜グリンスヴァールの森の竜〜 

〜グリンスヴァールの森の竜〜



他国の軍勢が、この学園に向かっている――――最初にこの学園に来た時の説明で、小耳に挟んではいたが…実際に他国の軍が来たのは初めてである。
それにしても、何もこんな学園祭の日に来なくても良いだろうに………憮然とした表情で、俺は学校内の廊下を小走りに歩く。
あの後――――、ざわめきに満ちた市場を後にすると、俺はラキを彼女の友人のもとに送り届け、その足で本校舎へと向かった。
他国の軍が攻めてきたときは、そこが拠点となるように、前もって通達されていたのである。校内には、俺と同様に放送を聴いてはせ参じた者も多数いた。

「それにしても、戦争か――――…随分と周辺国の関係も物騒になったものだな」
「そうなんですか? よく分かりませんけど………頑張りましょうね、ブラッドさん」
「ああ…って、何で付いてきたんだ、ユメ」

足を止める時間も惜しいため、俺は歩きながら背後に付き従っているユメに声をかけた。ユメは、それが当然といった風に、俺の後を追って歩を進める。
先程、ラキを送り届けた時は何も言って来なかった為、おとなしくラキ達と一緒にいてくれるものと思っていたのだが………。
見た目に反比例して、わりと過激な所のあるユメは、周囲の剣呑な空気など意に介さず、のんびりとした口調で俺の質問に応じる。

「ブラッドさんも、戦争に出るんですよね。だったら、私もお供します」
「お供と言ってもな――――…遊びに行くわけじゃないんだぞ」
「ええ、分かってますよ。ですから、ブラッドさんを護るために出るんです」
「そうはいっても――――って、ちょっと待て」

にこやかに、ユメが背中に回していた手を前に回すと、何故かそこには…思いっきり禍々しい形状の剣が握られていた。
確かあれは、ユメが最初に巣に来た時に隠し持っていた剣だ。竜殺しの剣としての力を持つ、とんでもなく物騒なものだったが――――何故ユメがそれを持っている?

「その物騒な剣は何だ」
「あ、これですか? 巣を出るときに、クーさんが護身用に持たせてくれたんですよ」
「………」

確かに、物騒な世の中だし、護身用に刃物の一つでも持っていたほうが良いだろう。しかし――――さすがに、その剣はヤバイ。
現に、廊下に居合わせた学生たちが、ギョッとした様子でユメの事を見つめている。本人はというと、周囲の視線など、どこ吹く風といった風だが。

「この剣があれば、どんなドラゴンにだって負けませんよ? あ、ブラッドさんは別ですけど」
「いや、さすがに竜相手の戦闘にはならないと思うぞ」

自信満々なユメに冷静なツッコミを入れてから、俺は廊下を歩き出した。向かう場所は会議室――――そこに、学園の首脳陣が集まるとのことだった。
抜き身の刃物をぶら下げた、ユメが後ろを歩いているが………非常時のせいか、誰も彼女に注意をしようとはしなかったのである。



「さてと………会議室、ここだな。すまない、遅くなった」
「遅かったわね、ブラッド――――その人は?」

会議室に入ると、そこにはヴィヴィをはじめ、学校の職員の大半が勢ぞろいしていた。テーブルの上に周辺の地図を広げ、会議の真っ最中といった風情である。
遅れてきた俺に苦情を言おうとしてか、ヴィヴィがこちらを向き――――どうやら、後ろのユメのことが気になったようだ。
基本的にポーカーフェイスのヴィヴィだが、わずかだが、その顔に驚きの表情を浮かべている。俺は、ヴィヴィを見ながら軽く肩をすくめた。

「俺の知り合いだ。不審な人物でないことは、俺が保証する」
「………そう。まぁ、抜き身の剣を持つくらい、この学園じゃよくあることよね」

自分を納得させるように呟くヴィヴィ。確かに、抜き身の剣くらいなら、この学園にも転がっている。もっとも、ユメの剣ほど危険な物は、そう有る物でもないのだが。

「それで? 現状はどうなっているんだ?」
「…説明するわ。敵軍はレグルリア王国軍の一角。現在、王都から迎撃に出たグリンスヴァール王国軍を撃破。市街戦に突入しているわ」

気を取り直し、説明をするヴィヴィ。テーブルに広げられた地図には、南方を基点とした矢印が、グリンスヴァール王都に差し掛かっている。
この学園の近くにある王都――――いや、王都の近くにこの学園があることを考えると、戦場はかなり近くまで迫っていると考えてよい。

「現在、王国軍が市街地で抵抗を続けているけど…正直、余り期待のできるものじゃないわ。レグルリア軍は遅かれ早かれ、この学園へと進行してくるわよ」
「………ん? 少し良いか」
「――――何? 迎撃の準備もあるし、長々とした説明は出来ないけど」
「いや、気になった事が一つあるんだが――――レグルリア軍がこの学園に来るとは限らないんじゃないか? そもそも、王都に攻め込むのなら、そのまま王城を狙うのが普通だが」

地図で見る限り、レグルリアとグリンスヴァールとの距離は、それなりのものがある。わざわざ遠征をするからには、寄り道などする必要も無いと思うんだが。
俺の問いに、ヴィヴィは渋い顔。それが、説明が単にめんどくさいのか、余計な事を知ろうとする俺に対しての渋面かは分からなかったが。

「…連中の狙いは、王都じゃないわ。いくら弱体の王朝とはいえ、たかだか一個軍で陥とせるものでもない。向こうの狙いは、この学園よ」
「――――なんだと?」
「考えても見なさい。膨大な遠征費を払って、わざわざ田舎の、何の産業も無い王国へ攻め込む理由は無いわ。ただ、その田舎に価値を見出してしまった」
「それが、グリンスヴァール学園というわけか」
「ええ、この学園には、発展途上とはいえ様々な産業、技術の芽が存在するわ。資料しかり………生徒も含めて、ね」

………なるほど、ようは国家規模での強奪をやらかそうというわけか。確かに、この学園は少々特殊だとは思っていたが。
普通、文化というものは周囲と同調し、発展するものだ。単純な話、田舎には田舎の文化しか根付かない。だが…森に囲まれた、この学園だけが、高い文化水準を誇っているのだ。
多彩な才能と、それを伸ばす温床――――他国が警戒するのも最もな話だった。

「十数年前は、そこまで注目されてなかったんだけど…ここ最近は、こうやってレグルリア軍が何度か侵攻してくることがあったわ」
「――――そして、そのたびに校舎や生徒に被害が及んでいる」

困った様子で、ヴィヴィの言葉を引き継いで肩をすくめたのは、クライス学園長。優男である彼の顔は、憤怒こそ浮かべてはいないが、困りきった表情が浮かんでいた。

「正直なところ、学園としても、グリンスヴァール王家やレグルリア王国に抗議文は出しているんだが――――相手にされなくてね」
「王家は、我が身可愛さに『自分のことは自分で護ってくれ』…レグルリアは『一部の過激派の者の仕業で、鋭意捜索中である』との返答よ」

憮然とした表情のヴィヴィ。つまりは、この学園は王家に見放され、泣く泣く自衛の手段を採らざるを得ない、というわけか。
やれやれ、風変わりな場所だと思ったが、ここも竜の巣とさして変わらないな。様々な思惑のもと、侵攻の対象となっている。

「さて、それじゃあ皆、各自分担した役割をお願いね。ブラッドは、私と一緒に迎撃にあたってもらうわ」
「――――いいだろう。久方ぶりに身体を動かすのも悪くは無い」

ヴィヴィの言葉に俺が頷いた時、トントンと、会議室のドアがノックされた。ヴィヴィが入るように促すと、そこには何名かの生徒がいた。
何やら大きな物を、数人がかりで運んできたようである。

「ヴィヴィ先生。頼まれていたメルエさんの武器の修繕が終わりました」
「よかった、間に合ったのね。この前の戦いで、かなり損傷してたから、間に合うのか不安だったけど」
「はい、苦労しましたよー。刃こぼれした部分を直すだけでも、数ヶ月は掛かりましたから」

そういって、生徒達は”それ”を床に置く――――まな板?
一瞬、そんな言葉が頭をよぎったが、そういうわけではなく………それは、巨大な板と呼べるほどの剣身を持つ、幅広の剣であった。
かなりの重量なのか、もって来た生徒達は皆、肩で息をしている。――――ふむ、これから戦いに行くのに、丸腰はまずい、か。

「ちょうどいい。私は武器を持っていないし、これを使わせてもらう事にしよう」
「え、そりゃ無茶ですよ。めちゃくちゃ重いし、メルエさん以外に使える代物じゃ――――え?」
「よっ………む、確かに使いづらいな。重量配分がでたらめだぞ」

柄を手に持って、幅広剣を持ち上げる。重さとしては大したことはないが――――重量が先端にあるので、扱いにくい事この上ない。
これは、相手を斬る為のものじゃないな――――どちらかというと、重みで押しつぶす鈍器といった方が適している。

「嘘…?」
「………ああ、そういえば、あなたって力持ちだったわよね、ブラッド」

生徒や教師が呆然としている中、涼しい顔をしているのはヴィヴィと、その隣の学園長くらいであった。
ヴィヴィは、幅広剣を持った俺を見つめると、数瞬、何かを考えて――――この剣を持ってきた生徒へと向き直った。

「ねえ、確かあの剣のスペアって何本か、倉庫にあったはずよね」
「え? ええと…確かにあったと思いますけど――――でも、あれはまだ刃の部分が研磨してないから、剣とは呼べないんですけど」
「研磨は必要ないでしょ。そういう用途の剣でもなさそうだし…それ、大急ぎで取ってきてちょうだい。迎撃地点に持ってきてくれればいいから」
「――――わ、わかりました」

また、重い物を運ぶのか――――生徒達は、げんなりとした表情になったが………教師長に逆らおうとする気力は持ち得なかったらしい。
生徒たちが会議室を出て行くと、それに呼応して、教員達も四方八方に散っていく――――そうして、会議室に残ったのは、俺とユメ、ヴィヴィと学園長だけであった。

「ブラッド、ちょっと彼と話したい事があるから、席を外してちょうだい。そんなに長くは待たせないから」
「――――彼と? …ああ、彼はここに残るわけか」
「はい、荒事には向いていないし、一応、学園の統括者ですから、危険な場所には出るなと、ヴィヴィに釘を刺されているんですよ」

にこやかな顔の青年の隣で、ヴィヴィが物言いたげな視線で俺を見てくる。邪魔をするのは、さすがに控えた方が良いだろうな。

「では、私は部屋の外で待っているが………あまり待たせるなよ」
「…時と場合によるわ」

照れ隠しなのか、そっぽを向いて呟くヴィヴィ。俺は苦笑を浮かべると、ユメを伴って会議室を出た。
さて、それほど長くは待たされないだろうし、ヴィヴィが出て来るのを待つ事にしよう。俺は、手に持った剣を壁に立て掛け、一息ついた。

「ブラッドさん」
「………ん? 何だ、ユメ」
「あのヴィヴィっていう人…誰かに似てますよね」

ニコニコ笑顔で、そんな事をのたまうユメ。誰に似ているかは、聞くまでもないだろう。あの気質――――怒らせたら怖いところなんて、そっくりだ。
憮然とした表情になった俺を見て、ユメはクスクスと喉を鳴らして笑う………やれやれ、しばらくはこの件でからかわれる事になりそうだ。


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