〜グリンスヴァールの森の竜〜 

〜グリンスヴァールの森の竜〜



「生徒と一緒に昼食をとりたい、ですって?」
「あ、ああ………荷物を運んでいる時に誘われてな――――いや、時間に都合が付かないなら、諦めるが」

グラウンドに玉入れの道具を運び込み、体育祭の本部に戻った俺は、さっそくヴィヴィに伺いを立ててみる事にした。
しかし、俺の申し出に返ってきたのは、先ほど以上に不機嫌そうなヴィヴィの表情であった。
今現在は、玉入れの真っ最中――――立てられた棒の上の籠に向かって…ではなく、敵チームを狙撃している生徒が多いのは、学園の特色と言えるのだろうか?
一事が万事、競技中のトラブルが起こるのだから、体育祭を執り行う方も、人手は喉から手が出るほど欲しいだろう。

…さすがに、この状況では、食事を取る余裕もなさそうだし、今回は諦めた方が良いかもしれない。

「――――良いでしょう、30分の休憩を認めます」
「…いいのか?」

と、そんな事を考えていたのだが、予想に反してヴィヴィの返してきた言葉は、了承の言葉であった。
思わず聞き返す俺に、ヴィヴィは溜息交じりに肩を落として、周囲を見渡す。既に時間は昼の時分、そこかしこで、昼食を取る生徒達の姿が見えた。
かなり大掛かりな体育祭であるせいか、王都からも訪問客が多数やってきており、多くは学園内のバザーなどで昼食を買い求めている。

「メリハリは、しっかりと付けないといけないでしょうからね。貴方だけでなく、他の教員も交代制で休憩にあてるわ」
「そうか、話が早くて助かるが…それでは、私は抜けさせてもらうぞ」
「ええ、その代わり、時間になったらちゃんと帰ってくる事。良いわね」

ヴィヴィの言葉に頷きを返し、俺はラキと合流するために踵を返した。しかし、ヴィヴィの機嫌が悪いようにも見えたが、それは勘違いだったようだ。
先ほどまでは、確かに機嫌が悪かったようだが、俺が場を離れている間に、何かあったらしい。思い当たる原因はというと――――、

「おや、これから昼食ですか? ブラッド先生」

温厚な表情で、俺に声を掛けてきたのは、学園長の青年だった。俺が場を離れている時、ヴィヴィに呼ばれていたのは彼だったはずだ。
彼女の機嫌を直したのが、彼なのは間違いないが――――何となく、聞かないほうが良いような気がするのは何故だろう?

「クライス学園長………ええ、まぁ――――生徒に誘われたので、せっかくだから同伴に預かろうかと」
「そうですか。仕事の都合上、ごゆっくり、とはいえませんが――――楽しんできてください」

俺の言葉にニッコリと笑みを浮かべると、スタスタと歩いていってしまう学園長…常々思うのだが、とらえどころのない青年だ。
さてと、あまりラキを待たせるのも悪いし、早いところ合流して、昼食にありつこう――――そう考えて、俺は彼女が待つであろう場所に向かう事にした。



………が、そこに行く途中、意外なおまけが出来てしまうことになる。その件に関しては、俺に罪はない…はずであった。



「あ、先生。来てくれたんですね」

待ち合わせの場所に行くと、そこにはビニールシートを敷き、お弁当を広げてくつろいでいるラキの姿があった。
隣には友人なのか、桃色の髪の体操服の少女の姿がある。おや…? どこかで見た事のあるような気もするが――――。
思わず小首を傾げてしまったが、怪訝に思ったのは、俺だけではないらしい。ラキの視線は、俺の背後に向けられていた。

「あの、先生………そちらの方は?」

どこか不安そうに、俺に視線を向けてくるラキ。なんとなく責められているような気になって、俺は頬をかきながら、適切な言葉を探して口にする。

「ああ、ちょっとそこで出会ってな。彼女はその、俺の実家の厨房係というか、コックのようなもので――――」
「こんにちは、ユメといいます。私もご一緒して、よろしいですか?」
「あ、はぃ…」

にこやかな相貌を崩さないユメ――――俺の巣に同居している獣人の少女の言葉に、ラキは消え入りそうな声で返事をした。
何故、ユメがこんな所にいるかというと、クーの仕業らしい。巣の管理を任されている手前、そうそう巣を離れられないクーが、ユメに俺の様子を見てきてほしいと頼んだのである。
そんなわけで、弁当持参で俺に会いに来たと、先程ユメから聞かされたのだった。事情が事情という事もあり、無碍に追い返すわけにもいかないので連れてきたのだが………、

「………」
「………」

笑顔の沈黙と、おどおどした表情の沈黙――――微妙な緊迫感すら感じさせる昼食の場は、正直、回れ右して逃げ出したい状況である。
しかし、幸いな事にそんな状況は長く続かず――――沈黙を破ってくれたのは、ラキと一緒にいた桃色の髪の少女だった。

「へぇ、すっごい美味しそうなお弁当ですねっ」

よほど食欲が旺盛なのか、目をキラキラさせて、ユメの持ってきたお弁当を覗き込む少女。そんな彼女のリアクションに、ユメもまんざらでは無い様だ。

「ありがとうございます。ブラッドさんに会えるってことだから、少し奮発してみたんですよ」
「…ブラッドさん?」
「――――まぁ、呼び名は人それぞれだ、気にするな」

咳払いを一つ、誤魔化すように言ったが、それで通じたかは怪しいものである。俺の言葉に、ラキは無言で俯いてしまった。
何となく気まずくなった俺たちをよそに、盛り上がっているのは、ユメと少女である。

「あの………少し摘んでも、かまいませんか?」
「ええ、かまいませんよ。ブラッドさんにはいつも作ってあげられますから」
「わ〜いっ、いただきますっ!」

ユメの許可を得た少女は、絶え間なく弁当の中身に手をつけては、口に放り込んでいく。一人で全部食べきってしまいそうな勢いだった。
その様子に慌てたのは、ユメよりも、むしろラキであった。気弱な彼女は彼女なりに、少女を止めようと、おずおずと声をかけた。

「あ、あの…シャルちゃん、ちょっと遠慮した方が――――」
「いいえ、構いませんよ。美味しそうに食べていただいてくれて、私も嬉しいですから」

と、ラキの言葉をやんわりとさえぎったのは、ユメの言葉であった。その言葉に、しゅんとした表情で俯いてしまうラキ。
――――やれやれ、このままでは場の空気が重くなっていけないな。俺は苦笑しつつ、ラキの作った弁当に手を伸ばした。

「――――ふむ、悪くないな」

ユメのような素朴な味付けでなく、どことなく垢抜けない味付けだが――――別段、不快な感じをうける味付けではなかった。
俺の言葉が耳に入ったのか、上目づかいに俺を見上げてくるラキ。小動物のような彼女に苦笑し、俺は二切れ目のサンドイッチに手を伸ばす。

「飲み物が欲しい所だが――――何か用意はあるのか?」
「あ、はい」

慌てた様子で傍らの水筒から、器に飲み物を注ぎ………それを俺に差し出してくるラキ。彼女から器を受け取ると、中身を一気に喉に流し込んだ。
紅茶の香りが、労働に疲れた身体にしみこむようで、俺は一息つく――――ふと、そんな俺を、ユメが面白そうに見つめているのに気づいた。

「何だ? 何かおかしな所があるのか?」
「いえ、なんだか………ブラッドさんの雰囲気が、優しくなったなって思ったんです」
「――――そうか?」
「はい、巣にいるときは、食っちゃ寝ばっかりしていたのに、何だか普通の男の人みたいで――――」

「………巣?」
知る必要はない。というか、ユメも余計な事は言うな…頼むから」

首を傾げたラキを牽制しつつ、俺はユメに余計な事を、これ以上言わないようにと釘を刺した。もっとも、どこまで通じているかは疑うところであったが。
ユメはくすくす笑いながら、「分かりました」といってはいるが、どこまで本気なのやら。

「それで、聞きそびれたが、わざわざユメがここに来た理由は何だ? 些少なことならメイドを遣わせば良いし、何か理由があって私を訪ねてきたのだろう?」

それからしばしの後、話が一段楽したのを見計らって、俺はユメに質問をした。ユメが巣の外に出る事など…まぁ、めったにないとは言えないが。
それでも、遠く離れたこの地までユメが赴いてきたのは、きっとそれなりのわけがあるのだろう。
ラキの入れたお茶を、美味しそうにすすっていたユメであったが、俺の質問に息を一つ、そうして、ポツリと口の端に言葉を載せた。

「リュミスベルンさんが、怒っているそうです」

えらく、物騒な一言を。(((((((;゚Д゚))))))))))

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