〜グリンスヴァールの森の竜〜
〜グリンスヴァールの森の竜〜
体操服に身を包み、ブルマを履いた女生徒と、短パン履いた男子生徒がグラウンドを駆けずり回る。
秋の季節のとある一日――――折からの晴天にも恵まれたその日、学園では体育祭が行われていた。
「………で、何故、私がこのような事をしなければならないんだ?」
そんな体育祭の真っ只中――――俺は何故か、体育祭の実行本部で雑用を押し付けられていたのだった。
ちなみに隣では…同じように競技用のクス玉やらお手玉やらを運んでいる、学園長の姿もある――――大変だな、彼も。
「ほらほら、愚痴らない。ちょうど今期は、職員が不足している時期なんだから…口を動かす暇があったら、次の競技の用意をしなさいっ」
俺の愚痴を聞きとがめてか、少々苛立った口調でヴィヴィが俺をせっついてくる。しかし、彼女の苛立ちももっともだろう。
朝から始まった体育祭…昼近くになるここまでの間、大騒動になった競技が複数、うち、収拾はしたものの乱闘騒ぎも一件あった。
血の気が多い生徒も多数いる、この学園では…生徒も教師も命がけ――――まさに、血で血を洗う体育祭が繰り広げられていたのである!
そのため、体育祭は盛りに盛り上がってはいるのだが――――スケジュールを管理しているヴィヴィにとっては、頭の痛いところであろう。
「救護班! 騎馬戦の負傷者の治療をお願いっ! 借り物競争の物資の用意は出来たの? クライス、ちょっと来なさいっ!」
大忙しで指示を出す最中、イライラとした口調でヴィヴィは学園長の青年を呼びつける。名指しで呼ばれた青年は、やれやれといった表情で彼女のもとへと向かう。
――――さて、よそ見をしている場合ではないな。次の競技は玉入れで間違いないはずだし、さっさとグラウンドに運び込んでしまうとしようか。
「よっ…しかし、この調子では――――終日こき使われる事になりそうだな」
誇り高い竜が、こんな雑用をしていると知ったら、リュミス辺りは大激怒しそうだな。いちおうは、名のある巣の支配者なんだが、俺は。
何となく情けない気分になりながらも、溜息混じりに編みかごの付いた棒を肩に担ぎ、もう片方の手には白と赤の玉の入ったかごを持って、グラウンドへと向かう。
「ね、見て、あの人」
「わ、すっごいねぇ」
「………ん?」
グラウンドに向かう道すがら、ふと気がつくと、何やら周囲から注目されているようだった――――別段、俺は変わった事をしているつもりはないが。
周囲の生徒や、今日の体育祭を見物しに来た王都からの客が、何故か俺を見ているのは確かなようで、その視線は足を止めても変わらない。
いったい何なんだろうか、と、考えていると、見知った生徒が、俺に声を掛けてきた。
「先生、こんにちは。その………凄い荷物ですね」
「ああ、ラキか。何、これくらい軽いものだ」
足を止めた俺に歩み寄ってきたのは、教え子のラキである。彼女は、もう一人――――猫耳のような、頭に耳の付いた獣人の少女と一緒であった。
あれは確か、オオガー族………いや、違うか? 見た目は似ているが、俺が知っているユメという少女とは、少し違うような気がする。
「そうですか…? その、重くありません?」
「確かに大荷物かもしれないが、過小評価だな………私は、それほど脆弱ではないぞ」
玉入れの籠突き棒に、山盛りの玉が入った籠が複数――――さすがに一人で持つには少々大掛かりではあるが、無理というほどの量でもない。
俺が自信満々な表情で肩をそびやかすと、どこか困惑したかのように目をパチパチとして、ラキは俺を見上げてくる。
その様子を彼女の隣で見ていた獣人の少女は、ラキのわき腹をツンツンと突いて、悪戯っぽい表情を浮かべた。
「ほら、ラキちゃん。先生に言いたい事があったんでしょ?」
「あ、うん………あの、ブラッド先生…このあと、お時間はありますか? お昼のお弁当、多めに作ってきましたから、ご一緒したいと思ったんですけど」
「――――そうか、もう昼になるのか」
おずおずとした表情で申し出てくるラキに、俺は嘆息交じりに呟いた。まったく…時間の進むのが早すぎるぞ。
仕事が多いせいもあるが、気づかぬうちに時間が過ぎてしまっているのは、何となく損した気分になるから不思議だ。
………さて、それはそうと昼の時間か…正直な話、昼の用意などする暇もなかったので、ラキの申し出はありがたい。しかし、時間に都合が付くかが問題だ。
何しろ、慢性的な人手不足だからな、今の状況は。とりあえず、ヴィヴィに聞いてみる事にしよう。
「そうだな、時間に都合が付くのなら、構わないぞ。教師長に聞いてみる事にするが…返事はそれからだな」
「………はい、分かりました」
俺の言葉に、少々不安そうに頷くラキ。ともかく、時間も差し迫っている事もあり、俺は荷物を持ってグラウンドに行く事にした。
あまり待たせたら、またヴィヴィに文句を言われるからな――――俺は、荷物を地面に降ろし、ラキの頭を軽く撫でると…あらためて荷物を抱えなおして歩き出したのだった。
「さ、それじゃいこっか? 次は二人三脚だし、一緒にがんばろうねっ」
「あ、うん――――そうね、頑張りましょう、ニキちゃん」
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