〜グリンスヴァールの森の竜〜 

〜グリンスヴァールの森の竜〜



「あっ、ぁっ………ご主人様ぁっ」

手のひらで撫で付けるように、その柔らかな肌に触れる。身に纏うのは淡い色の下着だけの少女が、俺の身体の下でもだえている。
久方ぶりに、味わうその感触は、飽きるということがないのは、生命の繁殖本能というべきものなのかもしれない。
寮にある自室にクーを連れ込んでの、お楽しみの最中で、俺はそんな事を考えていた。

「ほら、どうした? この程度で根をあげることもないだろう?」
「っ………そんなこといわれても、久しぶりなのに、こんな、激しく…っ」

長い付き合いで、クーの感じる部分――――性感帯は熟知している。思い出すかのように、その部分に触れるだけで、クーは激しく乱れていく。
ああ………やはり良い。竜の歴史を紐解く文豪のような生活も悪くはないが、熟れた女を抱くのは最高だ。
特にそれが、自ら手塩に掛けて育て、開発した女なら尚更だ。クーと戯れながら、俺は口元を緩める。

「さて、それでは私も楽しませてもらう事にしよう。別に、嫌ではないだろう?」
「ご主人様………………」

観念したのか、目を閉じて俺を受け入れようとするクー。その仕草に満足した俺は、クーを味わおうとs『すと〜っぷ!』
な、なんだ? 『なんだじゃないっ! まだお昼なのに、そういうことは禁止っ! リセットを掛けちゃうからねっ!』
なんだかよく分からないが、理不尽すぎやしないか? せめて、あと数分待ってくれれb『だめ〜っ! だいたい、数分で終わるなんてはやすぎっ!』

その言葉を最後に、俺の意識は急に遠のいていった。何なんだ、一体――――…。



『せっかく良い雰囲気なのに、何でこうなっちゃうかな………ともかく、この件はリセットしちゃお。ちょっと可哀想だけど、あの娘のためにも、ここで問題を起こすわけにもいかないしね』



「む…ううう――――ぶはっ…!」

息苦しさを感じ、俺は身を起こした。周囲を見ると、ここは………しばらく住んでいたおかげで、ようやく見慣れた感じがするようになった寮の部屋であった。
ああ、そうか――――クーに本を届けてもらってから…寝る間も惜しんで、それを読みふけっていたんだったな。
あまり長い間、活字を呼んでいたせいで、脳が疲れて妙な夢を見てしまったらしい――――桃色の小悪魔が悪戯をするような、そんな夢だったと思うが。

「ふぅ……なんだか肌寒いな。さすがに暖を取らないのはこたえるか」

窓の外に広がる森では、常緑樹以外はすっかり紅葉に色付き、秋の訪れを感じさせる。気づかぬうちに、季節は秋へと移り変わっていた。
肌寒い朝、ともすれば、寝入ってしまいそうになる頭を働かせつつ、俺はシャツの布地越しに二の腕をさする。
風邪をひくようなやわな身体ではないが、寒いものは寒い。食堂にでも行って、温かい飲み物でも飲む事にしよう。



寮の部屋を出て、学園内の食堂へと足を向ける。朝の早い時間…とはいっても、生徒達の起床時間に比べれば遅々たるものであり、食堂内には朝食を取る生徒達の姿があった。
適当なものを注文し、空いている席に座る。何とはなしに周囲を見渡すが、特に見知った相手を見つけることは………、

「先生? どうしたんです? 食事が進まないみたいですけど」
「いや、周囲の視線が気になってね…それはそうと、少し離れてくれないか、メルエ」
「あら、つれない事を言うんですね? 生徒とのコミュニケーションを、おざなりにするようでは、立派な教師にはなれませんよ?」

いや、一人見知った相手を見つけることは出来た。クライス学園長――――どこか人当たりの良い雰囲気を持つ青年が、食堂の隅の席に座っている。
特筆すべき部分は、彼の隣に女生徒が一人…寄り添っているところだろう。金髪のウェーブの掛かった髪、甘え上手な雰囲気をもった美少女である。
困ったような、曖昧な微笑みを浮かべる学園長に対し、無邪気に微笑む少女の笑みは、まさに天使の笑みといったところか。

「いや、そうは言っても………ここでは人目もあることだし」
「ふふ、だから良いんじゃないですか。先生と仲の良いところを皆にアピールできるんですから」

名は………先ほどメルエといっていたな。ふむ………人畜無害な青年だと思っていたが、意外に守備範囲が広いようだ。
俺はてっきり、彼はヴィヴィと相思相愛だと思っていたんだが――――と、そんな事を考えていると、仲良く(?)寄り添うカップルのもとに、駆け寄る生徒の姿があった。
水色の髪の、かなりの美少女――――だと思うが、怒髪天を突くその表情は、さすがに評価しようがない。

「か、歌焔? いったいどうしたんだ?」
「どうしたんだ、ではありませんっ! 先生っ、今日の朝食は、私ととる約束をしたではありませんかっ」
「……………………ぁ」

しばしの沈黙の後、何かに気づいたように声を上げるクライス。どうやら、歌焔という少女との約束を、忘れていたらしい。
そのリアクションがどういう意味なのか、瞬時に理解したのか、歌焔の表情がますます険しくなる。

「ほぅ、ひょっとして、忘れていたと。それで、楽しそうに他の生徒と食事をとっていたと」
「す、すまない。忘れていたわけじゃないんだ。ただ…先に待っていようと食堂にきたら、メルエにお茶に誘われて…」
「まぁ、そんな約束をしていたのですか、先生ったら。ごめんなさいね、歌焔さん…そんな事とは知らなかったものですから」

どうやら旧知の仲なのか、メルエが歌焔にそんな風に謝罪の言葉を述べる。傍から見るに、どうやら三角関係の間柄のようである。
口調とは裏腹に、ふふん、と楽しげな表情を見る限り、メルエも確信犯でやっているのだろう。それに触発されたのか、まさに角が生えそうな表情で、クライスとメルエを睨む歌焔。
………というか、背中に真っ黒な翼が見えるのは錯覚だろうか………?

「ともかく、先生はこちらに来てもらいます。色々と、言及したいこともありますので」
「――――お待ちなさい。先生は、私とお茶を楽しんでいるのです。邪魔をするとなれば、容赦はしませんわよ」
「いや、二人とも、落ち着いてだな――――頼むから、その物騒なものをしまってくれ…」

心底困り果てたように、クライスが二人に声をかける。その眼前で、物騒な音を立てて幅広の大剣と、なぎなたの刃がぶつかり、火花を散らした。
大騒ぎの気配を察したのか、食堂からは三々五々と生徒が逃げ散っていく。要領の良いものは料理を持ったまま逃げているが――――食い逃げだろ、あれは。

「ちょうど良い、これまでに散々飲まされた煮え湯を、貴方にも味わってもらうぞ、メルエ!」
「あら、言いますわね? けど、出来もしないことは口にしないほうが良いのではなくて?」

ギリギリと、刃を押し合いながら、剣呑な会話を交し合う二人。その様子を横目で見ながら、俺は腰をあげた。



――――OK。避難しよう。巻き込まれても死にはしないが、痛いのはごめんこうむる。



どうやら待っていても、注文した料理は届きそうもないしな………どこか、売店か市場にでも足を運んで適当に口に入れるとしよう。
なにやら、爆音と学園長の悲鳴が響く食堂を背に…俺は、そそくさと退散をしたのだった。しかし、あれでいて学園長も色々と苦労しているようだな。

「さて、それではどうするかな――――ん?」
「あ、ブラッド先生、おはようございます」

あてもなく校舎を出て敷地内をぶらぶらとしていると、ラキと鉢合わせをした。今から登校なのか、手には通学鞄を持っている。
俺の唯一の生徒である彼女は、別段慌てる様子もなく…俺の方に歩み寄ってきながら、花のほころぶ様な笑顔を俺に向けてきた。
――――ああ、俺の受け持つ生徒が、おとなしい少女で本当に良かった。刃物を持っての尋常沙汰は、勘弁してほしいからな。

「…? どうかしたんですか、先生?」
「いや、なんでもない。ラキは今から、授業なのか?」

俺が思わず笑っていたのに気づいたのか、ラキは俺の返答に「?」と小首を傾げながら、いいえ、と首を振った…なかなかに器用だな。

「今日は、午前中は必須科目はありませんから………あの、それで、お暇でしたら勉強を教えていただきたいのですけど」
「ああ、別に構わないが――――少し待ってくれないか? 朝食を取りそこねてな、これから何かを見繕おうかと思うんだが」
「そうなんですか、それでしたら、私も手伝います。料理の先生みたいに上手じゃありませんけど、自炊はしてますから」

それは有難い。何せ俺はといえば、炊事・洗濯・家事全般など侍女にまかせっきりの生活だったのだ。
結局――――ラキの申し出を受ける事にした俺は、彼女を同伴して、朝市に足を向ける事にした。今日も、平穏な一日はそうして始まったのだった。



『よしよし、うまくいってるみたいね。これで、不幸が回避できれば良いんだけど』


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