〜グリンスヴァールの森の竜〜 

〜グリンスヴァールの森の竜〜



それから、しばらく経ったある日のこと――――すっかり恒例となったラキとの個人授業を終え、俺とラキは空き教室を出た。

「それじゃあ、次の授業がありますから…また、放課後に窺いますね」
「ああ、次は体育だったな。怪我をしないようにな」
「――――はい、失礼します。ブラッド先生」

どこか照れたように微笑みながら…ラキは、グラウンドの方に歩いていった。しかし、教え子というのは良いものだな。
特にラキの場合、俺の事を慕ってくれているのが分かるので、熱の入れようもあるというものだ。
そんな事を考えながら、俺は教材を持って学食に向かう事にした。午後は、テラスで紅茶を飲みながら、ゆったりと過ごすことにしよう。

………しかし、そんな俺の予定は、この後若干の修正をする事になったのだが。

午後のテラスで紅茶を注文し、俺は持参した参考書を開いた。この参考書はヴィヴィに頼んで借り受けた竜についての文献である。
何でも、竜の生活に密着した、とある人間の著作であるらしいのだが――――いかんせん、創作の部類が多く、眉唾物の内容の話も多かったのだ。

「何だ、この逆鱗と言うのは………? そんなものがあるとは思えないが――――いや、リュミスならあるのかもしれんが…ふむ」
「お待たせしました。ご主人様」
「ああ、ありがとう。しかし、この挿絵はどうなんだ? 竜といっても、蛇がのたくったような胴体なのは、さすがに舐めているとしか思えないが…」

東方の書物であるそれは、インクの代わりに墨という画材を使って描かれており、挿絵はなかなかにシュールだった。
これなら俺が書いたほうがましなのではないか? そんな事を考えながら、頭をひねっていると――――、

「あのー、ご主人様?」
「………ん?」

なんだか、懐かしい呼び名を聞いたような気がして、俺は文献に落としていた視線をあげた。
そこには、黒地に金縁の制服に身を包んだ、女生徒――――の姿をした、執事の少女の姿があった。

「ああ、クーか。どうした、何か巣で問題でもあったのか?」
「いえ…特にこれと言った問題は――――って、いきなり訪ねて来たんだから、もう少し驚いたようなリアクションをしてくださいよ」
「何を言う。せいぜい数ヶ月と言ったところだろう? 別段たいした時間でもあるまい」
「それは、そうですけど…あ、これはマイト様からの贈り物です。頼まれていた、竜についての参考書だそうですよ」

そういうと、クーは小脇に抱えていた装丁された本を差し出してきた。本格的な革表紙に、かなりの分厚さの頁(ページ)。
随分と、マイトも気合を入れているな…よほど暇を持て余しているのか、俺に対する友情の結晶なのかは分からないが、ありがたい。
俺は、その本を受け取ろうとしたが、ふと、その本を差し出してくる、クーの姿に目がいった。

黒の制服に、胸元の赤いリボンのワンポイント。それは、最近では見慣れている制服である。制服なのだが――――、



スカートなのだ。



思えば、長いことクーと巣作りに励んでいたが、いつも執事としてフォーマルなスーツに身を包んでいるクーの、このような姿は珍しい。
個人的にはもう少し、足が見えているほうが好みだが――――これはこれで………。

「あの、ご主人様? どうかなされましたか?」
「ああ、いや、なんでもない。そういえば、巣のほうはどうなっている? リュミスはまだ居座っているのか?」
「いいえ、ご主人様からの音沙汰がないので、村の方に帰られましたよ。ですから、戻っても何の支障も無いと思いますが」

そういうと、クーは何やら期待の込めた目で、俺を見つめてくる。彼女としては、俺に早く巣に帰ってきてほしいというのが本音だろう。
しかし――――教え子であるラキのことを考えると、さすがに今すぐ、諸手をあげて帰る訳にもいかなかった。

「悪いが、こちらはこちらで羽を伸ばしているんだ。巣の方は今しばらく放っておいても問題ないだろうし、クーが維持しておいてくれ」
「そうですか………まぁ、無理強いはしませんけど。一度は顔を出してくださいね。ご主人様」
「ああ。そうだな――――年がら年中、働いているわけでもなし、今度長期の休暇をとって、一度帰る事にするさ」

もともと、授業を受け持っているわけでもない俺である。基本的に寛容な、あの学園長なら二つ返事で許してくれるだろう。
俺の言葉に、ホッとしたように表情を緩めたクー。なんだかんだ言って、彼女も少しは寂しかったようだ。
――――そう考えると、何となくムラムラとしてきたな。ここ最近は、その手の事に沙汰がなかったが、別に興味がなくなったわけでもない。

「さて、それはそうと、少々本を届けるのが遅かったな。もう少し早く、送られてくるものだと思っていたが」
「申し訳ありません。ですけど、マイト様の苦労も察してあげるべきかと…ここ数ヶ月、根を詰めて――――」

苦笑いをし、言葉を続けようとしたクーだが、俺の表情から言わんとしていることを理解したのだろう。その顔に、赤みが差した。

「言い訳は良い。これは、お仕置きが必要だな」
「え、でも――――この服で、ですか?」

どこか恥ずかしげに、もじもじと身を震わせるクー。普段、着慣れない格好をしているせいか、そんな姿もまた、俺の扇情を掻き立てるのに充分であった。
俺は、ここしばらく誰かに見せることもなかった、意地の悪い笑みを浮かべると、席を立った。
行為に及ぶにしても、ここでは問題がある。さいわい、住居として使っている寮がある。そこに連れ込むとしよう。

「どうした? 俺の言葉だけで濡れた訳でもないだろう? 場所を変えるから、ついてこい」
「あ、ご主人様………待ってください、すぐに片付けますから」

歩みを止めて振り返ると、手早く机の上の文献をまとめ、両手に抱えたクーが小走りで俺に駆け寄ってきた。
何となくその様は、忠義心の厚い犬を連想させる。そういえば、お茶を飲んでいなかったが――――まあ良いか。
どうせ、激しい運動をした後は喉が渇くだろうし、その時はクーにでも茶を淹れさせる事にしよう。

「いくぞ、遅れるな」
「はいっ」

元気の良いクーの言葉に、俺はどことない懐かしさと安息を感じながら、寮の方へと足を向けるのだった。


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