〜グリンスヴァールの森の竜〜 

〜グリンスヴァールの森の竜〜



<エピローグ>

多くの準備に追われたが、無事に卒業する生徒達を送り出し、骨休みに戻った巣では、ライアネとの一騒動があった。そうして冬が過ぎ、季節は春を迎えようとしている。
この前は卒業式でゴタゴタしていたが、今度は入学式のために様々な作業に借り出されている昨今。とはいえ、俺の気分はそれなりに晴れやかだった。
今年の新入予定者の中には、何名か見知った顔がおり、今年の学園生活も、晴れやかになりそうだったからである。その筆頭は、クーとユメであろう。

ユメはもともと、学園に滞在する予定が繰り越されていただけなので、それほど驚きはしなかったが、クーが学園に入学することになったのは、少々驚いた。
なんでも、リュミスの指示でグリンスヴァール学園の事を調査するために学園に入学するらしい。何を調べるのかは、いまひとつ不明ではあったが。
ともかく、ユメとクー、さらに数名のメイドが家事手伝いの勉強と言う名目で学園に入学する事になった。
ユメやメイド達はともかく、料理に関しては致命的な腕前のクーにとっては、良い勉強の場所になるのではと、内心で期待している俺である。

そうして、春の足音が徐々に近づいてきたある日の朝――――………カーテンの隙間から差し込む光に、俺は煩わしげな、うめき声を上げた。
連日の入学式の準備と、入学予定者の受け入れに追われ、さすがに少々疲れてしまったようだ。身体はともかく、起きる気分ではない。
別に、決められた時間があるわけでもないし、もう少し寝ていても良いはずなんだが………俺の身体を揺さぶる者がいる…誰だ?

「……さま、朝食の準備ができました………起きてください」
「もう少し、寝させてくれ。夕べは遅かったんだからな」
「ですけど、今日は朝から用事があるって、ヴィヴィ先生が言ってませんでしたか、旦那様」

………ああ、忘れていた。今日はクーやユメ達の住む部屋の手配のために、学生寮の掃除やら何やらを朝からする手はずになっていたな…それにしても、だ――――。

「それにしても、その旦那様という呼び方はどうにかならないのか、ラキ? どうにも違和感を感じるんだが」
「でも、好きなように呼べって言ったのは、ブラッド先生ですし…ご主人様と意味合いはそんなに変わらないと思いますよ」

にこやかな表情で、俺の言葉に小首を傾げたのは、メイド服を身にまとった、かつての教え子であるラキであった。
久しぶりの巣帰りの時、クーから今回の入学の件は聞いたが、それと合わせ、俺の世話役の斡旋として、ラキを紹介された時は、正直驚いたものだ。
まぁ、俺を世話するというのなら、巣にいるより学園にいたほうが良いのかもしれないが………てっきり、俺の世話はユメあたりがするものと思っていたのだがな。

「さあ、起きてください。今日もいい天気ですよ」
「………わかったから、シーツを剥ぐな」

しかし、ラキを初めて見たときは、小動物のようにびくびくしていたのに――――日に日に積極的というか………行動的になっているような気がする。
人間というのは、成長が早いな………俺たち竜が、成長しないだけなのかもしれないが………さて、せっかくの朝食がさめないうちに、起きるとしよう。



「――――これで部屋の手配は完了ね。前に住んでいた人は、それほど汚してはいないみたいだけど…必要なら、掃除業者も紹介するわ」
「ああ、色々と手間をかけさせて悪いな」

クー達の住む学生寮の部屋の手配は、ヴィヴィの手配によって、迅速に手配されることになった。発足当初ならともかく、大所帯となった学園では、部屋の手配も一苦労だ。
キャンセル待ちも出る有様の、部屋の手配が速やかに行われたのは、ヴィヴィの力によるところが大きい。こういう時、コネというのは大事だと思う。

「本当なら、新規の学生寮を建てれれば良いんだけど、さすがにそれほど余裕は…ね」

ヴィヴィは苦笑を浮かべ、そんな事を言う。学園では常に、あちこちで増改築が行われており、新たな学生寮を建てる資金的な余裕はなさそうだった。
もっとも、資金面だけではなく、学生寮を建設できる敷地が無いという問題もあった。決して狭くはない学園の敷地だが、既に空地など、どこにもない状況である。

「学生の中には、王都に部屋をとっている生徒達もいるけど………本当なら学園に住まわせてあげるのが、勉学の為なんだけどね」
「ふむ………学生寮の数が増やせないのなら、部屋数を増やすしかないが――――何なら、その手の専門家を紹介するぞ」
「そうね………クライスに相談してみるわ。――――それにしても、ブラッドって交友関係が広いのね」

クーに頼めば、巣の増改築のノウハウを活かし、学生寮も上手に改装してくれるだろう。クーとしても、臨時の収入源ができるのは魅力的だろうしな。
まぁ、変に真面目なクーのことだから、学生として学園に来てるんだから、学園の仕事を請け負うのはおかしいと言うかもしれないが…重ねて言えば従うだろう。

「まぁ、それなりに波乱万丈に生きてきていたからな………おや?」

ヴィヴィと話しながら寮の廊下を歩いていると、廊下の向こうから荷物の箱を持った少女が歩いてきた。小柄な身体に箱を二つ、両腕で抱えており、いかにも重そうである。
ふらふらと、右に揺れたり左に揺れたりと危なっかしく、さすがに見かねた俺は、その手に持った荷物を支えるように手に添えた。

「………大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」

声を掛けると、少女はホッとした様子で礼を述べてきた。こんな小さな身体では、荷物を持ち運ぶのも大変だろう。そう思ったのは、俺だけではないようだ。

「…リリーさん。部屋への荷物運びは、業者の人がやることになっていたはずよ。無料なんだし、自分で運ぶ必要はないわ」
「ヴィヴィ先生………ごめんなさい。どうしても自分の力でしたかったものですから」

リリーと呼ばれた少女は、ヴィヴィの言葉に申し訳なさそうに頭を下げー…そうしたところでバランスを崩し、箱の中身をぶちまけてしまった。

「きゃ………き、着替えがっ――――見ないでくださいっ」
「ふぅ、やれやれ」

慌てた様子で、床に散らばった衣類をかき集めるリリー。物に下着も混じっているため手伝うこともできず、俺は呆れつつ、そっぽを向いたのだった。



「さて、ここでいいのか?」
「あ、はい。どうもありがとうございました」

肩に担いだ箱を部屋の前におくと、リリーは俺に向かって深々と頭を下げた。その弾みで、二つのお下げがぴょこりと揺れる。
あれから…かき集めた衣類を何とか箱に押し込むと、リリーは再び箱を持って立ち上がろうとしたが――――すぐに重みでよろけだしたのである。
さすがに見てられなかったので、俺は半ば強制的に、リリーから箱を受け取ると…他にも用事のあるヴィヴィと別れて、そのまま荷物持ちの役をかってでたのであった。

「本当にありがとうございます。お世話を掛けてしまって」
「別に構いはしないのだが………今後は、必要以上に重い物は持たないようにするんだな。いくらなんでも、その細腕では、大荷物を運ぶのに適してはいないだろう」

そう言って俺は、リリーの身体を一瞥する。他の少女よりも幾分小柄な身体は、少し力を込めるだけで折れそうな、細い小枝のような印象をうける。
そんな俺の視線を受け、リリーは恐縮したように頭を下げた。俺に迷惑をかけてしまったと、責任を感じているらしい。

「ごめんなさい。でも、どうしても一人でやってみたかったんです」
「………そうか。まぁ、私がとやかく言うことでもなかったからな。…さて、用事も済んだことだし、私は行くぞ」

荷物運びも終えたことだし、これ以上ここに留まる必要もないだろう。そう考え、俺はリリーに背を向けてその場から離れることにした。

「あ、あの、すみません」
「ん? どうした」

その足を止めたのは、歩き去ろうとした俺に、リリーが声を掛けてきたからである。振り向いた俺に駆け寄ってくると、リリーは俺をじっと見上げてきた。
何か言いたいことでもあるんだろうか? そんなことを考えていると、不意にリリーは相好を崩し、俺に笑顔を向けてきた。

「その、荷物を運んでもらったお礼に、お茶をご馳走したいんですけど、お時間、空いていらっしゃいますか?」



「それでは、お茶を運んできますので、どうぞこちらでお待ちください」
「ああ」

別段、することも無かった俺は、リリーの申し出を受けることにした。リリーに連れられてやって来たのは、学園内の食堂である。
何でも、当人の部屋には多くの荷物が未だ運ばれておらず、片付けも終わっていないため、とても部屋に入れるわけにはいかなかったらしい。
手持ち無沙汰に周囲を見渡すと、昼前のこの時間、食堂にはちらほらと、たむろっている生徒達の姿が見られる。
まだ、入学式も始まっていないこの時期は、当然授業も無く…昨年卒業していない生徒達は、長い休暇を取っているようなものであった。
もっとも………学園にも近隣の王都にも、遊戯施設のようなものは無いため、暇をもてあますものが多いようだった。食堂にいる者達も、多分に漏れず、その類らしい。

「………そういえば、ラキをまた食堂で働かせてくれないかと要請があったが………そんなに人手不足なのか、この食堂は」

今では、俺専属のメイドになったラキだが、数ヶ月前までは、この食堂でウェイトレスとしていた。物腰穏やかなラキに対する生徒達の反応は上々だったのは知っている。
そんな彼女が、職を変えたとはいえ学園に滞在していることを知り、一部の生徒が学園に嘆願書を提出したらしい。呆れた話ではある。
とはいえ、悪い話ではないかもと、俺は思うのだが。俺の世話役といっても、俺には仕事があるため、昼の合い間には暇をもてあますことが多いらしい。
最初の頃は部屋の掃除やら何やらをしていたのだが、生真面目なこともあり、する事がだんだん無くなってしまったとはラキの言だ。
ラキが望むのなら、ここで再びバイトをさせるのも悪くはないだろう。目の届く場所であるから安心だし、昼間に都合をつけて会うことも出来るからな…。

「あれ? ブラッド先生も休憩?」
「ん………?」

席に座り、手持ち無沙汰にそんな事を考えていると、声を掛けられた。首をめぐらし、視線を向けると、そこにはポニーテールに体操着姿の少女が居た・

「ああ。オリエか。その格好は、また走り込みをしていたのか? 随分と熱心だな」
「あはは。まぁ、こう毎日続くと、もう習慣となっちゃってますから。どうにも走っていないと、落ち着かなくて」

泳ぐのが大好きであるオリエだったが、泳ぐにはまだ程遠い季節である昨今は、陸での鍛錬に興味がいっている様である。
身を守る護身術を得るために、身体を鍛えることになったオリエは、教官であるフェイが感心するほどに熱心に、熱心に鍛錬に明け暮れていた。
そのせいか、最近は随分と体つきがしっかりした様になった風に見える。贅肉の部分が減り、一段と引き締まった身体つきになったというところか。

「ほら、先生。見てみて、力こぶが出るようになったんですよ。触ってみます?」
「…いや、遠慮しておこう。それにしても、随分と鍛え上げているようだな」
「ええ。二の腕だけじゃなくて、足やお腹も――――あ、あと、胸も引き締まって小さくなったんですよ」
「………まて、それは喜ぶべきことなのか?」

嬉しそうなオリエの言葉に、俺は思わず突っ込みを入れる。男の俺には良く分からないのだが――――胸が小さくなるというのは、良いことには思えないのであるが。

「それはそうですよ。走ったら重いし、肩がこるし。どうしてほとんどの男の人って、大きい胸が良いって言うんでしょうね?」
「………まぁ、好みは人それぞれだろうしな」

これはいわゆる、持つ者特有の無関心というやつだろうか? クーが聞いたら憤慨のあまり、のた打ち回りそうな台詞をオリエはさらりと言う。

「あ、でもフェイ先生のスタイルには憧れるかも。引き締まってるのに、肝心の部分だけは出ているし………揉まれると大きくなるってのは噂なんでしょうかね?」
「…そこで何故、私に意味ありげな視線を注ぐんだ?」
「だって、揉んでるんでしょ? 羨ましいなぁ…今度、揉んでくれると嬉しいかも」

………羨ましいのか? 口ではそう言っているが、本心ではどうか疑わしい話だ。真に受けたら、痛い目にあいそうである。

「あまり大人をからかうものじゃないぞ。そういうことに興味があるのは、まぁ、悪いことではないと思うがな」
「大丈夫ですよ。こういうことを言うのは、ブラッド先生だけなんだし」

カラカラと笑いながら、オリエはそんな事を言う。基本は真面目で、教師達にも受けの良いオリエである。
からかい半分に受け答えされるのは、慕われているのか、教師として尊敬されていないのか………たぶん半々だろう。

「そういえば、話は変わりますけど………昨日、ベルから手紙が届いたんですよ。外交官の仕事に忙しいって」
「…そうか。元気でやっているのなら良いがな」
「?」

俺の呟きに、オリエは何のことかとキョトンとした表情を見せる。実は、冬の休みに巣に戻った時、ベルを連れてルクルが巣に遊びに来たことがあったのだ。
リュミスもおらず、久々の巣での生活を満喫していた俺は、ルクルと酒を酌み交わし――――…そのまま酔った勢いで、ルクルとベルを押し倒してしまったのだ。
開放感のせいだろうが、いま考えてもあれはまずかったな。ルクルのほうは乗り気だったが、ベルは泣いてしまっていたし。

「あ、それで、今度、暇を見て学園に遊びに来るって書いてありましたよ。ブラッド先生にも会いたいって書いてありましたけど………人気者ですね」
「…そういうわけでもないと思うがな」

………まぁ、なるようにしかならないだろうし、ベルが学園に来たときにでも腹を割って話をするとしよう。

「ところで………先生は今は暇なんですか? もしそうなら、一緒にお茶でもしません?」
「いや、いちおう人を待っているんだが――――」

そう言いつつ、厨房の方に視線を向けると、お茶の用意ができたのか、トレイに二つのカップを載せて、リリーが慎重な足取りでこっちに歩いてくるのが見えた。
どうも、カップになみなみと紅茶を注いだらしく、紅茶をこぼさないようにと、手元に集中して歩いているようだ。しかし、あれでは足元が――――…

「あ………きゃ、きゃあっ!」

俺がそう考えたとたん、リリーは椅子の足に蹴躓くと………盛大にこけた。トレーに乗せた紅茶が盛大に宙を舞い――――ちょうど、俺の近くに居たオリエに直撃した。

「うわっ!? …もう、なんなの?」
「…やれやれ」

紅茶を頭からかぶり、さすがにムッとしたような表情を見せるオリエ。春先であり、さすがに体操着が透けるということは無かったが、頭から紅茶をかぶってしまったようだ。
向こうでは転んだひょうしにリリーが目を回して倒れているし、どうにも俺の周囲では今後もトラブルが絶えないようである。
来年も賑やかになりそうだな………とりあえず、リリーを助け起こすために席を立ちながら、俺はそんな事を考えたのであった。



Episode End

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