〜アルイエット戦記〜 

〜序章〜



――――…コドール大陸と呼ばれる大陸がある。

緑栄え、木々は豊かに実り、山間には川のせせらぎと森に暮らす動物達の息遣いが聞こえる。様々な種族の跋扈するこの大陸の中で、特筆すべきは人間という種族であろう。
獣は、己が糧を得る為に狩をする。それは空腹を満たす為の行為に他ならず、必要のない場合には、獅子であれ虎であれ、無意味な殺戮は行わない。
己が誇りのため、また自らを利する故に戦いをするのは、神族、魔族、竜族の他には人間族だけであろう。

コドール大陸の中心部――――数多の国家が栄えては枯れ………盛っては衰える様は、生き急ぎ、逝き急ぐ人の様を如実に表していたのかもしれない。
そんな混沌とした大陸の中枢部に、一人の英雄が覇を唱えたところから、この物語は始まる。英雄の名は、カーディル。大陸の北方に居を構える壮年の王である。
自ら軍の先頭に立ち、突撃を敢行する豪胆な王に支える国の名は――――ヴィスト王国。果断な徴兵制と軍閥化により、長期にわたり争いを続けてきた、ヘルミナ王国軍を撃破。
勝利の勢いをそのままに、南方へと進軍を続け、ヘルミナ王国を滅亡に追い込んだ。この結末に対し、周囲の国の反応はさして大仰なものではなかった。

もともと、対立していた国家であったし、激しい戦いの後ではヴィスト王国も消耗しているであろうから、しばらくは事を起こさないであろうという楽観論が主流だったからだ。
ヘルミナ王国の滅亡により、新たに国境を繋げる事となったビルド王国、ガンド王国、神楽家領国は多少の警戒を示したものの、ウィルマー、ロードレアの両国は無警戒であった。
その両国に対し、ヴィスト王国は電撃戦を仕掛けたのである。突然の事に軍の編成もままならない両国家は、傭兵を雇い、ヴィスト軍を防ごうとしたが所詮は一時凌ぎであった。

結局、わずかばかりの抵抗を示したものの、ロードレア公国、ウィルマー王国ともに、首都を落とされ、多くの王族が捕虜となってしまった。
電撃戦による首都陥落――――ヴィスト軍の好んで使う手の一つに、この方法がある。まずは中枢部を叩き、反抗の芽を摘むという方法だ。
但し、この方式をとるには…短期に敵中を突破する能力と、また確実に敵の首魁を捕らえる事のできる実行力が必要なのだが…失敗すれば敵中に孤立する、危険性もある。

しかし、国王カーディルは果敢にも、あるいは無謀にも自ら先陣を切って敵中に飛び込み、己が剣を持って活路を開き続けてきたのだった。
無論、そのような行為ばかりを繰り返せば、手傷を負う事も多々ある。一説には、カーディル王は晩年、戦場の古傷がもとで子供の作れぬ身体になっていたらしい。
軍の最高指導者が自ら剣を持ち、陣頭に立っているのだ。兵士達の指揮は否応にもあがる。この時期、軍の活気という点では、ヴィスト軍は間違いなく大陸一であった。

ロードレア、ウィルマーの滅亡を見て、周囲の国家はいよいよ血相を変える事になった。北方の一国家でしかなかったヴィスト王国が四倍近くまで領域を拡大しているのだ。
各国はヴィスト王国を警戒し、行路を封鎖して国家の疲弊を待つ策に出た。いま少し機会が早ければ、それは相応の効果を挙げていたのかもしれない。
しかし、既に大陸の中央部を押さえてしまったヴィスト王国にとっては、それはさほどの効果も見せなかった。むしろ、封鎖を実行した各国に疲弊が見え出したのである。

通商の不備で乱れが生じだしたのはガンド王国――――その機を逃さず、ヴィスト王国はウィルマー、ヘルミナ地方よりガンド王国に進軍、即座に滅亡に追い込んだ。
同時期、南方のビルド地方では、若き知将ロンゼンの策により、離間者が続出…労せずして国はヴィスト王国のものとなる。多くの王族が捕虜となり、逃げ延びたものは僅かであった。

ビルド王国、ガンド王国を攻め落とした後、ヴィスト軍がその矛先を向けたのは、神楽家領国だった。これは、ヴィスト軍にとっては当然の方針であった。
攻めやすき所を攻め、陥とすは一気呵成――――隣接する東国の中で、四峰家領国、神楽家領国と、インスマー公国のどれかを選ぶのは、自明の理といえたのだった。
ただ、攻める方はともかく、攻められた神楽家領国にとっては、対岸の火事がいきなり身近にまで燃え移ったようなもので、狼狽すること甚だしかった。

それでも、3年に亘り、持ちこたえる事ができたのは、地の利を活かした戦いと、独立編成部隊による功績が大きいだろう。
西方では、ワノタイ、デルトゥル、モンスワーの連合軍が敗退し、ワノタイ公国は滅亡、モンスワーとデルトゥルは降伏し、ヴィスト王国の属国となった。
東方ではインスマー公国が滅亡し、四峰家領国も苦戦を強いられ、また、主国である奈宮皇国もヴィスト王国との戦いに手一杯の状況――――。
そんな中で、徹底したかく乱と拠点を重点的に狙った独立部隊の戦いぶりは、ヴィスト王国に苦汁を舐めさせ、また、その指揮官の名を諸国にとどろかせた。

部隊名「王虎」。そして、その指揮官である青年の名は――――ジン=アーバレストという。

しかし、そんな独立部隊の奮戦も空しく、内紛により神楽家領国は滅亡――――ヴィスト王国は更なる地を求め、各地に戦渦を広げていく。
神楽家領国滅亡より数年――――北方ではルゥツゥル小国連合が、東方では奈宮皇国と、それに属する四峰家領国がヴィスト王国に抵抗を続けている。
西方では、動かぬ獅子、レグルリア王国を歯がゆく思いながらも、ホークランド王国が必死の抵抗を続けているが、苦戦は免れていない状況だった。
南方はというと………ヴィスト王国の侵攻に散発的な抵抗を続けるノイル王国と、往年の力を失い、領土を半減させたエルト王国が細々と生き残っている状態であった。



誰の目にも、ヴィスト王国による大陸制覇が間近と捉えられていたこの時代――――滅びの運命に属したものにとるべき選択は二つ。
一つは、滅びを甘受し、自らの末路をより良いものにしようという選択………そしてもう一つは、徹底して滅びの運命に抗おうという選択である。
エルト王国軍総大将――――アルイエット。亡き父に代わり、その重責に就いた彼女を待つ運命は………この時点では間違いなく滅びにしか向かっていなかったであろう。