〜それは、日々のどうでもいいような小話〜 

〜あのころの君に〜



動悸が激しく、息遣いは荒く、脳裏には霞がかかっていた。
どれだけ殴られていたのか、どれだけ殴ったのか分からず、ただ、耳に聞こえるのは、ざわざわと煩い喧騒…。
それが煩わしくて、自由の効かない右手を、目の前のそれに叩きつけた。

「や、やめ、もうやめ…」
「うるせえぞ、っ…黙れ、黙りやがれっ!!」



………。

「暴力沙汰、ですか?」
「ええ、止めに入った俺も、見事にアッパーを喰らいましたよ。いや、派手にやらかしたもんだ」

それは、昼休みの職員室――――最近になって、この学校に赴任してきた女教師、桐島沙衣里は、同僚の菱田先生の言葉に眉をひそめた。
彼女はつい先月、この学校に赴任してきたばかりの若輩教師であり、そういったトラブルを耳にするのは初めてのことであった。
この学園は、その田舎の雰囲気もあってか…そうった騒動とは無縁ではないか。しばらく生徒と触れ合って、何となくそう認識をしていた彼女にとって、寝耳に水の話であった。

といっても、それは彼女に限ったことではなく…普段は、のんびりとした空気に包まれる昼休みの職員室も、どこか落ち着かない空気に満ち満ちていたのである。

「まったく…新入生だからって、学生気分が抜けきらんのは問題だ。そう思いませんか、桐島先生!?」
「は、はぁ…」

表情を険しく、堅物な顔の男性教諭がしかめっ面で同意を求めてくるのを曖昧に頷きながら、桐島先生こと、さえちゃんは――――、

(学生気分って、高校生なんだから、当たり前なんじゃ…?)

と、そんな至極まっとうな事を考えていた。なんか、その学生気分というのは、自分にも向けられているようで、内心釈然としないものも感じていたのだが…、
さすがに、それを口に出して言うほど、場の空気が読めないわけではないので、取り合えずといった風に、彼女が愛想笑いを浮かべていると……、

「桐島先生、学園長がお呼びですよ」

幸い、助け舟はすぐに現れた。職員室に入ってきた同僚の新城先生が、彼女に用事をつげに来たのである。

「あ、すいません、呼ばれているみたいですので失礼しますね、建部先生」
「だいたい…っと、そうですか」

そそくさと離れて行く彼女に、少々不満そうな表情を見せる建部先生。これを機に、職員の何たるかを論じるつもりだったようだ。

「すいません、学園長が呼んでいるって…学園長室ですよね?」
「ええ、急な用件らしいから、早めに行った方がいいと思いますよ」
「はい、それじゃあ、失礼しますね」

鬱陶しい説教から開放された〜、と軽い足取りで、廊下に出て行くさえちゃん。
彼女を呼んだ新城先生はというと、どこか心配そうに、わずかに首を傾げ…ウェーブのかかった髪が、肩に流れ落ちた。
その様子を見ていたのか、学園に3人いる女性教諭の最後の一人…小杉先生が、新城先生に心配そうな声を掛けて来たのはその時だった。

「あの…新城先生、桐島先生が呼ばれていたのって、例のあの事件のことですよね?」
「ええ、おそらくそうでしょうね。桐島先生は、関係者――――とまではいかないですけど、責任はありますし」
「………大丈夫、でしょうか?」

ショートカットで、どこか気弱そうな表情の風貌の小杉先生の言葉に、新城先生の顔も曇る。
そもそも、大学を卒業してわずか一年、教師になって一月あまり…………そんな新人教諭に、今回の事件の責任をとれというのが無茶といえる。
ただ、学園長室にわざわざ呼びつけるということは、学園長はこの件について、うやむやにする気は無いということだ。なにやら、きな臭い空気を感じるのだが…。

「大丈夫よ。不祥事といっても、そんな警察沙汰になるって程じゃないし…」
「そう、ですよね…」

だからといって、一教諭が口出しできる範囲など、たかが知れている。結局、楽観を口にして、お茶を濁すくらいしか、できないのであった。



「まったく、とんでもない事をしてくれたものですな、桐島先生」
「は、はぁ…?」

学園長室に呼び出され、開口一番に教頭から言われたのは、自分に対する糾弾であった。
いきなりな事に、さえちゃんは何の事か分からず、間の抜けた返事をするのが精一杯で…そんな彼女を、部屋の主である学園長は無言で見つめている。

「え、えっと…いったい、どういうことなんでしょーか?」

さえちゃんが、恐る恐る問い返したのは、教頭の言葉から、ゆうに数分は経過してのことである。
それだけ、教頭のいきなりの言葉は、さえちゃんにも意外であったし――――また、文句を言われる理由に心当たりが無かったのである。

「おや、ご存じないのですかな? 今日の、校内であった不祥事のこと」
「ええと…例の暴力沙汰ですよね? それは知ってますけど、それが何か…」
「何か、じゃありません! 聞くところによると…事件を起こしたのは、つぐみ寮に入寮したばかりの一年生だというじゃありませんか」
「――――え? そう、なんですか?」

心底意外そうな表情で、思わず口走る、さえちゃん。その返答が、想定外だったのか、教頭は話の矛先を失って、黙り込んでしまう。
そもそも、噂としてしか広まってない、今回の事件…何故、教頭達がそこまで知っているのか、不自然な気もするが――――、

「おほん、それはともかく………桐島先生は、つぐみ寮の寮長に先月から就任していますね」
「あれは、就任したというか…なんか勝手にそう決まってて――――いえ、私が意見を言う前に、決定されてまして」

横合いから声をかけてきた学園長に、思わず砕けた口調で言いかけ…さすがに、それはまずいと思ったのか、さえちゃんは言葉を改める。
それで勢いを取り戻したのか、再び黙る学園長に代わり…教頭が再度、さえちゃんに詰問口調で言葉を放ってきた。

「校内で不祥事を起こしたのが、寮生である以上…当然、責任は寮長にも課せられるのですよ、桐島寮長」
「そんな、いきなりそんなこと言われても――――…」
「黙らっしゃい! 寮長といえば、親も同然。子供の悪さを知らぬ存ぜぬで通す親など、言語道断でしょう」
「ぅ――――」

正論である教頭の言葉に沈黙し、二の句も継げない、さえちゃん。裏で色々とやってるとしても、少なくとも、言ってることは正しい。
ただ、いきなり就任一ヶ月で、大問題を押し付けられるのも嫌だったので、悪あがきに反論を試みてみるのも、彼女らしい反応だった。

「そもそも、そんなに大問題なんですか? 校内の様子を見る限り、警察とかも来てないし、そんなに大事でもないような気もするんですけど…」
「………」
「………」

さえちゃんの言葉に返ってきたのは、意外にも気まずい沈黙――――なぜか、学園長も教頭も、さりげなく目を逸らしたりしている。

「あの…? やっぱり、その寮生の生徒って、他の生徒にも怪我をさせちゃったんですか? 酷い怪我とか…」
「――――そうですな、全治一週間ほどでしょうか。加害者の生徒が、一番の重症ですが」
「………………………………………はぁ?」

一瞬、聞き間違いかとも思ったが、どうやら言い間違いなどではないらしい。
呆然とする、新人教諭の様子をことさら無視して、教頭は事務的に、淡々とした表情で言葉を続ける。

「被害者は5名、いえ、止めに入った先生を入れると6名ですな。皆、顔や腕に傷はありますが、それも大したものではないそうです」
「あ、あの……加害者の子の、全治一週間ってのは?」
「暴力を振るう最中、右手を傷めて、血が吹き出るのも構わずに、相手を殴りつけていたそうです。悪化もするでしょう」

同情の余地はありませんな――――と締めくくる教頭。さえちゃんは、とんでもない事実に思考停止しかけ、それでも、教頭に重ねて聞いてみる。

「あの…それって実は全然大したことじゃないんじゃ…暴力事件っていっても、たかが知れてるし、誰も怪我してないのに…いや、本人が怪我しちゃってますけど」
「…………………………何を言いますか。暴力を振るったことが、問題なのですよ」

さすがに長い沈黙を挟んだのだが、教頭の意見は変わることはなかった。
しかし、形勢不利と見て取ったのか、さえちゃんの次の言葉を手で制し、教頭は厳粛な表情で、宣告を告げた。

「ともかく、この件については桐島先生にお任せしますので、問題を起こした寮生の処罰をしっかりとお願いします」
「そ、そんなぁ…」

寮長になった次は、問題児のおもり――――なんで私ばかり…と、内心で涙する、さえちゃん。
がっくりと項垂れる彼女の様子を見て、学園長を教頭は、密かに目配せし、笑みを浮かべた。
これで、寮生を減らす口実にできると、内心で喝采をあげながら…さえちゃんが顔を上げるときには、しかめっ面になるあたり、二人とも役者であった。



「はぁ…また厄介ごとが増えていく〜」

昼休みの後半、ヘロヘロになりながら、廊下を歩く、さえちゃん。学園長たちの説教から開放されて、彼女がどこに向かっているかというと…校内の保健室であった。
今日、事件を起こした寮生の生徒が、保健室で休んでいると、保険の先生に聞いたからである。

「星野…航かぁ――――あんまり面識のないコなのよねぇ…」

自分を含め、十名ほどの寮の住人の中で、さえちゃんが最もよく会話をするのは、現生徒会・副会長の浅倉奈緒子である。
基本的に、寮のことの大半は…彼女の方が、さえちゃんよりも詳しく、これ幸いに、寮生の面倒なども、ほとんどが彼女に任せっきりだった。
そんなわけで、朝食や夕食時に顔をあわせる以外は、まともに会話をしない生徒も居たりする。

「たしか…羽山さんとけっこう一緒に居るのを見かけたけど…無愛想なコだったから、印象薄いのよねぇ…」

記憶の中を思い起こしながら、廊下を歩き、沙衣里はそんな事を呟く。
つい最近、この島に移ってきたばかりの彼女は、星野航という少年の知名度を、今ひとつ把握しては居なかった。
少なくとも、この島の住人なら、彼のことを『印象薄い』などと、評するようなことは、しないであろうから。

ともあれ、気を取り直して、さえちゃんは保健室のドアをノックする。担当の先生は、昼休みということもあって出払っているのか、返事はない。
ドアを開けて、室内に入ると…消毒液の匂いが鼻をついて、沙衣里は顔をしかめた。

「ん、誰だよ…?」
「あ、こ、こんにちは〜…ええと、星野くん、だっけ?」

カーテンで仕切ることの出来るベッド。小ぢんまりとした保健室の中で、唯一つの寝具を占領した男子生徒が、彼女の顔を見て、胡散臭そうな表情を見せた。
どこかあどけない、子供のような表情の少年の頬には、擦り傷を隠すかのように絆創膏が張られている。

「あんたは…? どっかで見たことのある顔だけど」
「あんた、って…一応、寮長で、毎日顔をあわせてるんだけど。桐島沙衣里よ。桐島先生って呼びなさい」
「………ああ、さえちゃん、か」
「っ、そ、その呼び名って…浅倉かぁ?」

この島に来て一ヶ月…学校生活はともかく、寮では既に、彼女の呼び名は「さえちゃん」が定着しつつあった。
その、教師らしくない呼び名は、本人としては忌避したい所だが、寮生の間では浸透しきっているようで、一部の真面目な生徒を除き、彼女の代名詞となっている。

「…で、さえちゃんが、いったい何の用だよ?」
「あのねぇ、星野、くん…キミって、自分のやったこと分かってんの? 学校で大喧嘩したんだよ。おかげで、寮長の私が学園長に文句を言われたんだよ」
「――――…」
「で、事後処理をやれって言われてるんだけど…本当に、どうしてそんな事になったのよ。理由しだいでは、何とかできるかもしれないしさぁ、話してくれない?」

黙り込んだ少年に、沙衣里は顔を近づけて、問いを重ねる。最初は、5人も殴り倒した生徒ということもあり、警戒していたが、どうも様子を見る限り、害はなさそうだった。
もともと、一対多数ということもあるし、ひょっとしたら止むに止まれぬ事情があったのではないか、そう思っていたのだが――――、

「かんけぇねぇだろ、アンタには」
「関係ないって…そんな訳ないでしょ、大体、こっちだってこんな厄介ごとに、関わりたいとは思ってないわよぅ」
「――――だったら、廊下で肩がぶつかって、因縁つけられた、で、喧嘩売られたから受けてたった。これでいいか?」
「だったら…? ちょっと、星野! 真面目に答えなさいよっ」

肩を掴んで、自分の方を向かせると、少年は苛ただしげに、沙衣里を睨む。その眼光の鋭さに、どことなく、心拍数が上がり、息を呑む沙衣里。
見ようによっては、先生が生徒に迫ってるようにも見えなくない――――その考えが妙に気恥ずかしく、沙衣里は目を逸らしながら、少年の肩から手を離し、後ろに下がる。

「ご、ごめん」
「………いいよ、べつに」

何となく気まずい空気が流れる。お互いに、次に言葉を発する事が出来ず、かといって保健室を退出するきっかけをつかめずにいた。
と、そんな場の空気を打ち破るように、予鈴が鳴り――――、

「おやぁ、随分と湿っぽい空気になってるじゃないのよ」
「あ、浅倉っ!?」
「副会長…?」

その予鈴と共に、保健室にズカズカと入ってきたのは、現副会長の浅倉奈緒子その人だった。
いきなりの乱入者に、それぞれ驚きの声を見せる、教師と男子生徒。そんな事を意に介さず、保健室の戸を閉めて面白そうに微笑む奈緒子。

「こういう時、学年で一クラスってのは便利だよねぇ。手に入れようと思ったら、情報なんていくらでも手に入るし」
「あ、浅倉…あんたも例の件を聞きつけてきたの?」
「ま、ね。 クラスの男子、気まずい顔してたわよ。怪我させられたってのに、航の人徳よね」
「――――なんの用だよ、副会長」

険しい表情で、上級生の浅倉を見つめる男子生徒。その視線を真っ向から受け止めても、彼女は涼しい顔。
自然、妙な緊張感に支配される保健室で、どこか落ち着かない表情でキョロキョロと二人を見つめる沙衣里。
ともかく、この緊張感を打破しようと、彼女はおずおずと、乱入者に声を掛けてみることにした。

「あ、浅倉…予鈴なってるけど、いいの?」
「大丈夫、ちょっと気分が優れないから、保健室で休んでるって伝えといたから。それより、さえちゃんの方がまずいんじゃない? 午後から授業でしょ」
「ぅ」
「ここは、あたしが話を聞いとくからさ、さえちゃんは心置きなく授業を進めてきてくださいって」

生徒の特権を、完全利用したずる休み。次の授業は沙衣里担当の国語だというのに、浅倉は涼しい顔でそんな事を言うのだった。
正直、目の前の少年の扱いに困っていたのも事実であり…結局、沙衣里としては、渋々ながら彼女に指示に従わなければならないのだった。

「分かったわよ…ともかく、後でちゃんと話をしにきなさいよっ、浅倉」
「はいはい、分かったから急ぎなって、さえちゃん」

ひらひらと手を振る彼女に、何か言いたそうだったが………結局、教師としても不器用に真面目な沙衣里は、保健室を出て足早に職員室へと向かうのだった。



「さて、これで心置きなく話が出来るわね、航」
「何なんだよ、あんたまで…」
「副会長って呼びなさい。呼び捨てと同じくらい、失礼な呼び方よ、今の」

憮然として呟く言葉すら聞き逃さず、鋭く訂正の言葉を求めてくる副会長。彼女は、さえちゃんが出て行った出入り口に、ご丁寧に鍵をかけて、こちらに向き直る。
制服姿の彼女は、昨年からずっと見てきたもので、それでも見飽きたかと聞かれれば、いいえと答えるしかないほど、魅力的だった。

「で、さっきの話は、どこまでが本当だったのよ」
「さっきの、って、聞いてたのか」
「本当は、立ち聞きするつもりじゃなかったんだけどね。ただ、私よりほんの少し前に、さえちゃんが歩いてて、行くとこまで同じなんだから、仕方ないでしょ」
「全部、聞いてたのか」

ベッドに歩み寄ってくる副会長に、呆れたように目線を向けると、彼女はまっすぐに俺の方を見てきた。
正直、その目は反則だった。何もかも曝け出して、懺悔を請いたくなる、静かな強い瞳――――だから、視線を逸らすしかなく…。

「別に、聞いたままだよ。廊下で肩がぶつかって、それで文句をつけられてさ、あいつら、数が多いから、強気に出てきたんだ」
「嘘ね」
「――――…」

そうして、視線を逸らした俺の言葉なんて、説得力があるわけもなく、副会長は一言で、俺の言葉を否定してくれた。
だけど、だからといって、話してはならないことだった。あの時の、耳元でささやかれた悪意を、彼女には――――、



『知ってるぜ、確か、お前の親父って――――…』



「本当だって、ただ、相手があまりに馬鹿にするからさ、カッとなっちゃってさ」
「………ふぅん、ま、良いけどね。それはそうと、もう一つ、気になることを聞いたんだけど…航、手を見せなさい」
「な、何でだよ」

気がつくと、いつの間にか副会長は先ほどよりも近くにいた。一瞬の虚を衝かれ、俺は手首を取られ、右手を副会長に引き寄せられた。
その手を見て、心底呆れたのか、怒ったのか、眉を動かして、副会長は嘆息する。

「やっぱり…いくら他の場所は手当てさせても、右手だけは触らせてもくれなかったって、先生が言ってたわ」
「――――あのおばさん、余計なことを」
「まったく…まだ身体が小さいのに無理するから――――こんなになってるのに、放っておくなんて…ひょっとして、後悔してる?」
「そ、そんなわけ――――!?」

言葉が、止まる。皮が裂け、血がにじんでる右手に、ざらざらとした感触が這う。鈍い痛みなんかどこかにいくほど、目の前の光景は、衝撃的だった。
ボロボロになって、傷ついている俺の手を副会長の舌が這い、傷をこそぎ落とすように、唾液をつけていく。
あの、秘密の睦み事を髣髴とさせるような、優しさで…副会長は俺の傷に舌を這わせ続け――――呆然とした俺が我に返った時は、右手には包帯が巻かれていた。

「よし、これで終わりっ。大丈夫だと思うけど、気になるなら、お医者さんにでも行くことね」
「………なんで、こんな事するんだよ」
「あんたが無茶ばかりするからでしょ。まったく、そんな元気が有り余ってるなら、私の手伝いをしてくれても良いのにさ」

年上の副会長は、拗ねたようにそんな事を言って、俺から身を離す。
俺はというと、彼女の言葉に呆然として、意外な事実に愕然と、彼女に確認の問いを放つのが精一杯だった。

「傍に、居ていいのか?」
「誰が、近づいちゃいけないって制約した? それなのに、あんたはコソコソと、寮でも学園でも逃げ隠れしちゃってさ」
「…ごめん」

何に謝っているのか分からないが、副会長に不快な思いをさせていたのは事実で、俺は謝った。が、

「別に、あんたが悪いわけじゃない。詳しい説明しなかったあたしにも非はあるからね。そういうわけで、今の謝罪はノーカウント、わかった?」
「…………ああ」

お互いの取り決めた制約から、彼女はあっさりと、俺の罪を無かったことにしてくれる。
何となく、普通に謝らせてくれた方が、借りが出来ないような気がする。俺はこうやって、これからも副会長に頭が上がらなくなっていくんだろうか?

「ま、今回の件は詳しくは聞かない。もし話したくなったら、その時教えてくれればいいから――――今は何より、今後のことよね」
「今後?」
「そう、今回の件、停学は免れないとしても、あんたには早々に、学園復帰してくれないと困るから」

さえちゃんじゃ、どう足掻いても穏便に済ませられそうにもないしねー…と、割と失礼なことを真顔で言う副会長。

「とりあえず、初犯だし…停学数日で落ち着けるようにするから…あんたはこのまま、寮に戻りなさい」
「え、でも、荷物とか――――」
「それは大丈夫、海己に言って届けさせるから……ほら、行くわよ」

そういって、保健室の鍵を開けて、俺を引っ張り出す副会長。
何だかんだ言って、俺のことを気にかけてくれる――――そのことが嬉しくて、俺は素直に副会長の後に続いた――――。



…………そう思っていた時期が、俺にもありました。

「ほら、ぼさっとしない! まだまだ仕事は残ってるんだから」
「お、重いって……あんた、最近ますます、仕事量を増やしてないか?」
「ま、会長になったばかりだしねぇ…しょうがないでしょ。それに、誰かさんも頼りになるからね」

大量の仕事を、副会長の俺に押し付けて、平然と海己の出してくれたお茶をすする生徒会長。あれから月日は流れ、俺は会長に今もこき使われている最中である。
ああ、入学当初の自分に忠告しておきたい。会長はことごとく、俺の予想の上を行く人だって――――何であの時、気がつかなかったんだろうか?

「ま、それが終わったら休憩だから、頑張んなよ、航」
「…了解」

それでも、もし未来や真実を知っても、結局は、会長から逃れることはできないんだろうなぁ…………。
あの頃も、今も、そしてこれからも――――不快じゃないところが、救いようが無いと自分でも呆れてはいるんだが。


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