〜それは、日々のどうでもいいような小話〜 

〜七人目の嫁〜



高見塚祭は、皆に盛況のうちに幕を閉じた。日が落ちた校庭には生徒が集い、後夜祭の夜を楽しんでいる。
夜の校舎の窓からも、校庭の中心に煌々と光るキャンプファイアーの炎と、その周りでフォークダンスを踊る生徒の姿が見えた。

さえちゃんと肩を並べて、俺は薄暗い蛍光灯のついた廊下を歩く。すでに校内に人影は無い。
後片付けは、翌日に回すという、生徒の不評をかう学園の決定だが、かといって今日は、校舎に残って作業をする気分でもないだろう。
誰もいない校内を進み――――やがて、唯一つ、部屋の小窓から光の漏れている扉が見えた。見知った扉を開けると、そこには――――、

「あっ、わたる〜」
「先輩、先生も…おつとめご苦労様です。どうでした? 学園緊急総会は?」

会長、海己、静、宮穂、凛奈と、部屋の中には、つぐみ寮組が勢ぞろいしていた。俺とさえちゃんを加えて七人…こうやって生徒会室に集うのは久しぶりだった。

「うん、ばっちり! 停学一週間で落ち着いたわ」
「へぇ、意外。もうちょっと長いものになると思ったけど…停学半年とか」
「いや、それって卒業できないし……なんか今回は、建部の奴が物分りよくてな…珍しいことも、たまにはあるってことだよ」

さえちゃんの言葉に茶々をいれる会長に、久しぶりに突っ込みを入れる。すでに室内にあるテーブルには、つまみやスナック類とビールの缶が乱立していた。
すでに気の早い、凛奈や会長は手にビールの缶。どうやら俺が来るまでに出来上がっているようだった。

「航〜、遅いよ。これでやっと、つぐみ寮が勢ぞろいだね」
「いや、同窓会の時間までは、まだ30分以上も…そういえば、皆はあれからどうしたんだ? 俺はあの後、学園に呼ばれたからな」
「あ、うん…皆、あれからすぐに、こっちに来たんだよ」

半分酔っ払った、凛奈が抱きついてくるのを適当にあしらいながら聞くと、海己が苦笑を浮かべて小首をかしげた。
ちなみに、俺が学園側に呼ばれたのは2時前後……今は、おおよそ6時半くらいだから、都合4時間以上は経過している。

「ま、さすがに祭りを見て回ったり、食料や嗜好品の買出しとか、そういうのは分担して行ってたんだけどね…ほら、いくらなんでもこの面子で固まってちゃ、目立つじゃない」
「そうですね〜、あの後、先輩達が行っちゃった後、奈緒子先輩も凛奈先輩もすっごく囲まれてましたからね。主に、奈緒子先輩が男性陣、凛奈先輩が女性陣の割合で」
「…なるほど」

ニコニコ笑顔の宮の言葉に、会長と凛奈がうんざりとした表情を見せたことで、大体どんなことになったのか、予想がついた。
きっと、会長は内心は兎も角、表面上は完璧な笑顔で…凛奈は心底困ったような表情で、声をかけてくる相手に対応をしていたのだろう。

「航が悪いんだよ〜、めちゃくちゃ騒いで、皆を集めちゃうんだから〜」
「いや、だってそうするつもりだったんだし…って、お前、酒臭いぞ!?」

泥酔した瞳で、俺にしなだれかかってくる凛奈。こいつ、かなり酒臭いけど…一体、いつから呑んでるんだ?

「りんな、ここにきてからずっと、のんでるよ」
「まぁ、言い寄る輩のあしらい方は、誰にも教わっちゃいないだろうからね、お手洗い以外は、部屋から出ることも出来なきゃ、呑むしかないんでしょ」
「…有名税も、ここに来て一段と値上がりしたってことか」
「何を人事みたいに言ってるのよ〜、諸悪の根源なのに〜!」

いまや陸上界期待の新星は…押し返す俺にムキになったのか、ますます身体を密着させてくる。
ここ半年ほどで、まだまだ成長しているのか、ちょっとは大きくなったようだな。背とか…とかも。

「はい、まずは乾杯しよ、航」
「ちょっと、一応、私は教師なんだけど…」

海己がタブを空けた状態のビールを差し出すと、恨みがましい目でその光景を見る、気弱な女教師がひとり。、

「あ、ご、ごめんなさい…やっぱり、まずかったですね」
「っ、そうじゃないのっ! お酒を出す順番なら〜当然、星野より、教師である私の方を先に…あいたっ」
「何を順番でごねてんのよ、この酔いどれ教師。あんたはそれでも飲んでなさい」

いつの間に近寄ったのか、会長が手に持ったビール缶を、さえちゃんの頭の上に置いたのだ。割と力いっぱい。
会長のことだから、寸止めなんてしちゃいないだろう。割と硬いビール缶を、手に持って叩かれたのと似たようなもので…さえちゃんは半泣き状態だった。

「酷い酷い、浅倉〜! また背が縮んじゃったら、どうすんのよ〜!」
「あんたはもう、成長期が終わってるんだって。それはご愁傷様、とだけ言っておきましょうか」

どうやら卒業しても、この二人のライバル関係は変わってなさそうだった…主に、ライバルだと思ってるのは、さえちゃんの方だけだけど。

「それにしても皆、半年ってこともあるけど、あまり変わって――――る奴もいるけど」
「…ん?」

俺の言葉に、皆の視線が集中する先には――――この半年で、髪が肩ほどまで伸び…見た目が女の子らしくなってるのに、スナック菓子を食い荒らす美少女がひとり。
本当にこいつは…見た目と行動が、だんだん噛み合わなくなってるというのを、自覚してるんだろうか?

「ああ、確かにありゃ、一種の反則だよね」
「静ちゃんの場合、本人が分かってないのが反則のような気もしますけど」
「…なにが?」
「静が〜、育っちゃったってこと。これでもう、航と一緒にお風呂、入れないよね」
「…え?」

会長と宮の言葉に、よく分かってない表情の静だったが、俺に纏わりついたままの凛奈の言葉を聴いて、困惑したかのように、俺に視線を向けてきた。
いや、その無垢な瞳でこっちを見られると、父性本能というか、護ってあげたい回路が作動してしまうんだが。

「そんなことないよ、わたる、しずといっしょにお風呂、はいってくれるよね?」
「あ〜、何と言うか、善処したいところだが…」

周囲の視線が痛い。いや、静を除く全員が、物言いたげな目で俺を見るのもそうだが、静の視線も厄介だ。
どっちをとっても、後の報復が怖い、究極の二者択一…そんなわけで、俺が取った行動は――――、

「兎も角、乾杯するぞ! 海己、ビールっ!」
「あ、は、はいっ」

「…誤魔化したね」
「男らしくないなぁ〜、もう」
「先輩、往生際が悪いですよ」
「は〜、やっと、呑める〜♪」
「む〜」

一部を除き、不平たらたらだったが、問題を先送りにすることしか出来ないのであった。



「さて、皆、飲み物は持ったな。それじゃあ、あらためて…今日は、高見塚学園つぐみ寮の同窓会に参加してくれて、ありがとう」

俺は、ビールの缶を手に持って、皆を見渡す。真面目な雰囲気を察してか、会長も、さえちゃんも、海己、宮、静…酔っ払ってる凛奈すら、黙って俺を見つめている。
飲み物は、俺と会長、さえちゃんと凛奈がビール。お酒に弱い宮、保護者役の海己と、静はジュースの缶を手に持っている。

「乾杯の音頭の前に、皆に謝らなきゃいけないことがある。もちろん、つぐみ寮のことだ」

俺は、それでも視線を落とすことも無く、皆を見渡す。皆一様に、その顔には僅かな寂しさがあった。
これから盛り上がる酒の席で、言う話じゃないだろう。それでも、この話は俺達の中ではケリをつけなきゃならないことだ。

「俺が不甲斐ないばかりに、みんなの思い出の場所を守れなかった。多分、方法はあったのに、それを行おうとしなかったんだ」
「航ぅ…」

海己が、しゃくりあげる。こいつが一番、泣くのを我慢してたのかもしれない。

「今日、島の人に伝えたこと――――たとえそれが出来ても、もう、あの寮は帰ってこない」

そう…失ったものは、どうあったって帰ってこない。どれだけ誤魔化しても、最終的には認めなければ成らない事実。
忘れるのも、無かったことにするのも、簡単なことだろう。でも、それは出来なかった。俺達は、あの寮を中心にまとまり、集った仲間なんだから。

「だから、今日、この場で、皆に謝りたい。どれだけ責められても、罵られても…償えないと分かってるから」
「そか…じゃあ、みんなを代表して、言わせてもらうよ」

そうして、一歩、前に出てきたのは会長――――どうやら、他の皆は承知してるらしく、誰も驚いた顔はしなかった。
そうだな、俺に言いたいことを言うなら、会長が一番、適任だろう。俺は覚悟して、会長の次の言葉を待った。その口からは、すぐに――――、

「この、馬鹿っ! 役立たず、無能、無知、大切な物だって分かってて、どうして守れなかった! あんたはそれでも、あたしの航かっ!?」

皆の分も、口に出せない分まで言おうと、頭を悩ませて、涙目になりながら、色々な悲しいことを吹き飛ばすくらいに、激情に溢れてて――――、

「何も知らなかった、あたし達を騙すくらい、連絡もよこさなくて…自分じゃもう、どうにもならないなんて思い込んで、馬鹿みたいにふさぎこんで…!」

会長の叫びの中には、俺自身の俺への罵倒も含まれていて――――そうして、

「それでも、あんたなりに、今出来ることを、あたし達に誓って、示して見せてくれて……………………………ありがとう」

最後の最後まで、仲間には優しい会長だからこそ、困ってしまう締めくくり方をしてくれた。

「あのなぁ、俺は責めてくれって言ってるんだよ」
「責めたさ。もう、私は言いたことは言った。悲しさも悔しさも叫んで、最後に言いたいことは、感謝の言葉だっただけさ」

目元をぬぐって、会長はいつもの微笑を浮かべる。許せないと宣言しても、最終的に許してしまう優しい人。
それは、他の皆にも言えることで…………本当に、どいつもこいつも、仲間には甘いんだからなぁ…。

「航はさ、アタシに新しい居場所をくれるって言った」
「しずの、秘密の場所を、まもってくれるって、いった」
「どうしたら良いか分からない、私を引っ張って、先に進んでくれたのは、星野だった」
「御爺様の愛したこの島を、御爺様のように、護っていってくれると、先輩は言ってくれました」

口々に言う、皆の言葉は、どうしようもなく優しくて――――不覚にも、泣いてしまいそうになった。

「まったく、お前ら物分りよすぎだっつーの!」
「ほら、航、乾杯、しよ?」

そして、俺の事を理解してくれるかのように、優しい笑みを浮かべる海己。
目元が熱くなってきたのを、誤魔化すかのように俺は上を向いて、

「それじゃあ、全員が集まった事を祝して――――乾杯!」
「「「「「「乾杯!」」」」」」

俺の言葉に皆が唱和し、掲げた飲み物に口をつける。俺も一気に、ビールを飲み干して――――

「ま、それはそれとして…納得できないことも、あるんだけどね」
「え?」

なぜか、急に気が遠くなった。



…………気がつくと、俺は生徒会室の椅子に、がんじがらめに縛らされて、座らされていた。
光景は、さっきと変わりない。皆が、手に飲み物やお菓子を持って、騒いでいる。なんか、こういった状況は、どこかで遭遇したような――――、

「目がさめたようね、航」
「は、謀ったな、会長!」

やたら楽しそうに、俺の膝の上に腰掛けてきたのは、会長だった。どうやらさっきのビールに、眠り薬か何か、仕込まれたらしい。
俺の声に、皆が一様に、こっちを向いてくる。酒の入っている、さえちゃんや凛奈よりも、海己や宮、静のほうが、機嫌が悪そうに見えるのは何故だろうか?

「あ、航、目が覚めたんだ…その、気分はどう? だいじょぶ?」
「人の飲み物に、薬物混入しといて、何を言うか、お前は〜!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい〜!」
「ほら、海己先輩が謝る必要はありませんよ。お酒の缶にお薬を入れたのは、何を隠そう私なんですから〜」

…真犯人、特定。何のヒントも、前振りも無く、そもそも隠しちゃいねえ、自供だった。

「宮〜、どうやら島に居たときだけじゃ、お仕置きが足りなかったみたいだな…同窓会が終わったら、ちょっと俺の部屋に来いや、コラ」
「え、ど、どうしましょう、先輩からのお誘いですか!? うわ〜、今日は、夜遅くでも良いって言ってくれた、滝村さんに感謝ですね!」

俺の怒りが、まったく伝わってないな………大体、夜に宮を部屋に呼びつけて、何をするつもりなんだよ、俺は――――…、

「って、何を股間を硬くしてるんだ、この青春真っ盛りめ」

と、呆れたように俺に腰掛けたまま、会長が俺にもたれかかって、こっちを睨んでくる。
おかしいな、普段なら、俺の股間をもてあそぶなり、馬鹿にしながら平手の一つでも浴びせてくるというのに、会長は――――なんだか、怒ってる?

「そんなんだから、節操無しが直らないのよ。それで、聞きたいんだけど」
「な、何でしょうか…?」

普段よりも、冷淡な…それでいて、噴火直前の火山のような雰囲気の会長は、冷や汗ダラダラの俺に顔を近づけて――――、

「七人目の嫁って、どういうことかって聞いてるのよぉっ!!」

酒臭い息と共に、そんな罵倒を浴びせかけてきたのであった。



南栄生島の夏の名所となるペンション、サザンフィッシュ。夏の盛りを過ぎてからは、忙しい時期を来年に持ち越し、悠々自適の営業をしている。
大多数のお客を相手にする商売とは違い、マスターの都合で営業時間も変化するペンションは、昼の休みを挟み、夜中からの営業再開となった。

「いらっしゃい。お二人さん。さ、席について――――さて…まずは、どうするんだ?」
「おーし、まずは、酒ね、隆史さん!」
「おいおい、雅文…こういうときは、腹ごしらえを先にするもんじゃないのか? 紀子ちゃんも、その方がいいだろ?」
「ええ、お願いします」

カウベルを鳴らし、室内に入ってきたカップルの様子に、マスターである青年は苦笑する。大人の色気を結実したような風貌の青年だが、その気さくさで、男女問わず人気がある。
来店した相手に、人懐っこい笑みを浮かべるのはいつもの事だが…その笑みに親しみが混じっているのは、相手が顔なじみということもあるだろう。
高見塚学園の制服を着た男女のペア――――というより、カップルは並んでカウンターの席に座る。

「しかし、よかったのかしら? 後夜祭を抜け出してきちゃってさ」
「いいじゃん、皆でわいわい騒ぐのもいいけど、たまにはこうして二人っきりってのも、なぁ」

と、言いながら、紀子の肩に手を廻す雅文。そんな彼の行動に、彼女はちょっと眉をしかめ、払いのけようと手を上げ…結局、廻された手をそのままにした。
紀子は、雅文の手を払いのける代わりに、怪訝そうな表情で店内を見渡し、奥から氷入りのグラスを持ってきた、マスターに声をかけた。

「隆史さん…茜は?」
「………自分の部屋。無理に連れ帰っちゃったから、拗ねちゃってな」
「そういえば、後夜祭の頃から姿を見なかったな…隆史さんが連れ帰っちゃってたのか」

苦笑をする隆史の言葉に、出された氷水を含みながら、納得したように雅文は頷く。
おそらくは、とんでもなく騒がしい光景だっただろう。そんな事を考えていると、疲れたように隆史がため息をついた。

「俺としても、茜の好きにさせてやりたいとも思ったんだが、後夜祭の雰囲気を見ていると、どうも不安になってな」
「ああ、分かる分かる、皆、ここぞとばかりに開放的になってるからなぁ」
「そうね、特に男子が、ね」

ぐいっ、と肩を抱き寄せられて、さすがに少々辟易した表情で、紀子は隣の少年を見やる。
文句の一言でも口にしようと思ったのか、唇が動き――――既に雰囲気に酔っているのか、浮かれている雅文を見て、言葉をため息に変えたようだ。
そんな彼女の心情など気づくことなく、隆史と雅文は、話を続けている。

「うちの茜に、ちょっかいを出す奴がいないとも限らないからな…最悪の事態になる前に、手をうったんだが…茜には不評でな」
「まぁ、そりゃそうだし――――そもそも、そんな心配する必要は無いと思うけど」
「なに言ってやがる! うちの大切な茜に言い寄る男が、いないはずがないだろ! あの天使のような我が妹に、魅力が無いと、お前は言いたいのか?」

茜も気の毒にな――――と言外に呟く雅文に、剣呑な視線を向ける隆史。この馬鹿兄っぷりさえなければ、文句なしの好青年なんだが。
その剣幕に、たじたじになりながらも、紀子の肩に置いた手を離すことなく、何とか踏みとどまる雅文。
長い付き合いからか、一度でも肩から手を離したら…次に紀子の肩を掴むきっかけを探すのに、苦労するのを知っているからである。

「いや、魅力がないって訳じゃなくて、なんていうのかな…あいつって航にべったりだろ。だから、わざわざ声をかけてくる、男子もいないんじゃないかって」
「む…それもそうか、その点については、航に感謝しなきゃならんかもな。もっとも、交際相手としては最悪だが」

「………」
「………」

隆史の言葉に、さりげなく一瞬目配せする雅文と紀子。二人とも、今年の夏辺りからの、航と茜の距離の変化に気づいていた。
なぜか雰囲気でそういうのを察知してしまう二人だが、どうやら隆史の方は、その事に気づいていないようだった。
だとすれば、ここは、無闇に突っつく必要はない――――ここまでの通信、一秒足らず。以心伝心というのがピッタリといった感じに、二人は目線だけでの会話を終了させる。

「ま、それはそれとして、まずは腹ごしらえだよな! 隆史さん、俺、カレーピラフね!」
「私は、カルボナーラを」
「了解、それじゃあ、くつろいでてくれよ」

不自然にならない程度に、さりげなく話題をそらした事に気づいているのかは分からないが、隆史はオーダーを確認し、奥に引っ込もうとした。
それを見て、内心でほっと息をつく雅文。ところが、厨房へ行こうとする隆史を止めるように、カラカラとカウベルの音が鳴ったのは、その時である。
店内の全員が、入り口のドアの場所に視線を向け、沈黙する。そこには、見知った顔が、意外な面子と共に、店内に入ってきたのである。

「…隆史さん、お邪魔するよ」
「いらっしゃい。今日は随分と大人数なんだな、航」

さすがに呆れたように、笑みを浮かべながら来客を出迎える隆史。航を含め、店内に入ってきたのは、普段ではめったにない七人での来訪。皆、隆史とも面識のある相手である。
1対6という男女比率の集団で、少数派――――唯一の男性である少年は、背負った荷物の重さに辟易した表情で、憮然とした表情を隆史に見せる。

「色々と事情があってね…場所、借りさせてもらうよ。会長を休ませてあげなきゃなんないし」
「ああ、やけに大きい荷物と思ったら、それ、奈緒子ちゃんか」

航の背中の荷物――――背負った人の正体を理解して、面白そうに笑みを浮かべる隆史。
航の背中にしなだれかかるように負ぶさって眠っているのは、元生徒会長の浅倉奈緒子その人だった。

「よっと、席取った〜、隆史くん、私、中生ね!」
「私はぁ〜、そうですね、ここはやはり、クリスタルパフェを」
「…えっと、なににしようかな」

そうこう話しているうち、元気一杯の年少組が、手近なテーブル席に座り、好き勝手に注文を始める。一部、年少でないものも混じっているが、気にしないでおこう。
と、カウンターに座ったままで、呆然としている雅文と紀子のもとに、ふらふらと近づいてくる影一つ。

「あ〜、紀子だ〜、奇遇だね〜」
「凛奈…酔ってる?」

さすがに気まずいと感じたのか、肩にかかる雅文の手を払って、紀子は凛奈に向き直る。凛奈はろれつの回らない状況で…けっこう酔っているようだった。
とはいえ、酔っ払いに酔っているかと聞けば、どういう返答をするのかは自明の理で――――…、

「まだまだ、全然酔ってないよ〜、ほら、紀子もこっち来なよ〜」
「って、ちょ、ちょっとまった、沢城! 今は紀子は、俺と話しをしてて…」

慌てた雅文の言葉など聞きはしない風に、戸惑う紀子を引っ張って、テーブル席についてしまったのだった。
後には取り残され、呆然と立ち尽くす、哀れな負け犬が一人――――、

「ほら、そこのボーイさん! こっちにも中生ね!」
「ええっ、お、俺っ!?」

どうやら、立ち尽くすのも許してもらえないらしい。視線を転じると、店のマスターの苦笑いが雅文を出迎えた。

「悪いな、俺一人じゃ、さすがに手が回りそうにない。ま、夕食代だけはおごってやるから、めげずに頑張ってくれ」
「は、はは………分かったよ、分かりましたよ…ほら、航! お前も当然、手伝うんだよなぁっ!」

半ばヤケッパチで、海己と共に会長を、椅子に座らせている航にも声をかける。
声を掛けられた少年は、腰を伸ばすように背を反らしながら、雅文に怪訝そうな表情を向ける。

「ああ、別に構わないけど…なに怒ってんだ、雅文?」
「ううっ、お前なぁ、俺だって、俺だって、人並みに野望はあったんだぞっ…!」
「…? ま、いいや。海己、会長のことを頼んだぞ」
「うん、航も頑張ってね」

泥酔している会長の隣に座り、嫌な顔一つせずその身体を支えながら、海己は航に頷きを返す。
そんなこんなで、サザンフィッシュでの、つぐみ寮同窓会(ゲスト付き)が慎ましやかに始まったのであった。



「はい、中生ジョッキに、ポテトフライに、熱々じゃがバターです」
「先輩〜! こっちにも、オレンジジュースをお願いします!」
「はいはい、ちょっと待っててくれよ」

宮の追加注文を受けて、俺は厨房の方へと引き返す。小一時間ほど経過し、場はのんびりと、おしゃべりムードに突入したところだ。
最初の頃は、皆がひっきりなしに注文を繰り替えして、俺と雅文は駆けずり回ることになったが、少しずつ注文のペースが緩やかになっていた。
そのおかげで、みんなの言葉に少しずつ耳を傾けることが出来るようにもなっていた。

「そういうわけで〜、アタシも頑張んなきゃいけないわけ〜、競技会で優勝して、勝利の秘訣は? って聞かれたら…」
「南栄生島の自然が、アタシを育ててくれたから…って言うんでしょ。それ、もう何回も言ってるわよ」
「あ〜、あたしが言おうって思ってたのに〜、紀子、ずるい〜」

あわれにも、凛奈につかまっているのは紀子だった。酔っ払いのオヤジか、ベタベタと身体に触りながら紀子に絡む凛奈。
なんか、見方によっては、かなり厭らしい光景に見えなくもないが…深く考えたら負けだろう。

「先生、それで…編入手続きに必要な書類を、実家まで送って欲しいんですが」
「わかったわ。でも〜、あなたも物好きよね〜、わざわざ一年間だけ、この島に戻ってくるつもりなんて」
「いちおうは、まだ理事長ですし。それに…私は貪欲ですから。やっぱりこの島で卒業というのも、してみたいんです」
「…みや、もどってくるの?」

こちらはというと、何故か保護者面談のような雰囲気の三人。といっても、担任の目の前には、空になったビールの缶があったりするのだが。
二人で仲良く並んで座ってる一年生…もとい、二年生コンビ。興味深げな静の問いに、笑って宮が答える。

「はい、毒を食らわば皿までといいますから。静ちゃんも一緒にどうですか?」
「コラコラ、この島は何かの毒物かっつ〜の…それに、一人じゃ寂しいからって、静まで巻き込むんじゃないのっ」
「…いいよ、しずも、ここにもどる」
「あんたも、言われて簡単に頷くんじゃないのっ。大体、親御さん達とやっとうまく行きかけてるって、言ってたじゃないのっ」

よっぱらってるのか、語尾に「のっ」とつけて連呼する、さえちゃん。
しかし、二人そろってワガママ押しが強い宮と静は、そんな、さえちゃんの注意などどこ吹く風で、悪巧みに花を咲かせている。

「下宿関連は、六条家の力で何とかしますから、静ちゃんは家事全般をお願いしますね」
「わかった」
「だから〜、お前ら、私の話を聞いてよぉっ…」

既に(元)寮長を放っておいて、二人で和やかに会話を進めている。さえちゃんは、ぶちぶちと、いじけながらビールをあおるが、ま、大丈夫だろ。
あれくらいで悪酔いすることも無いだろうし、すぐに気を取り直して、騒ぎ出すだろう。

「住む所で、何か、要望とかあります? 六条家の力なら、この島のどこにでも、下宿できると思いますけど」
「わたるのいえがいい」
「…それは、かなり魅力的な提案ですね。根回しをしておきましょうか」

ひそひそ声で相談する宮と静は、さておき…そろそろ俺が抜けても構わないだろう。俺はミネラルウォーターをコップに入れて、少し離れた席に向かった。

「あれ、航? どうしたの?」

そこでは、椅子に寄りかかったままで眠る会長を支えながら、海己が嫌な顔一つせず、のんびりと時間をすごしていた。
一応、ころあいを見て、海己のために食事を運んだり、会長の様子を見に行ったりしていたが、特に急な変化もなく、眠った会長と、のんびりとした海己の構図は変わらなかった。

「自主休憩だよ。そろそろ暇になってきたからな。雅文に言って、交代で休むことになった」
「ふぅん、そうなんだ」

海己の隣に腰掛ける。あらためて間近で見る幼馴染は、相変わらず、見た目だけは映える美少女で…相変わらず、地味な雰囲気を見にまとっていた。

「さて…あらためて、おかえり、海己」
「うん、ただいま、航」
「向こうじゃ、元気にやってるか? いじめられたりしてないか?」
「平気。仲の良い娘も出来たし、それに、受験勉強が忙しいから、そういったことは無いんだよ、きっと」

のんびりと、笑顔を見せる海己。その表情は…嘘をついているようには見えなかった。
どうやら、ちゃんと学園生活を過ごせているようで安心する――――その光景を、目の当たりに出来ないのが、残念だったが。

「海己は、卒業したらどうするか、決めてるのか?」
「う…ん。それが、どうもピンとこなくて…航、どうすればいいと思う?」
「って、今の時期に、それじゃ…まずいんじゃないのか?」
「とりあえず、東津本女子とか、その辺りを受けてみろって言われてるけど…」

さりげなく、学力の高さを窺わせる海己。そういえばこいつ、頭は悪く無いんだもんなぁ。
普通に受験すれば、そこそこの大学には行けるだろうけど…それを海己が望んでいるのかどうか………

「私、航の言う事なら、何だって頑張れるよ。京葉大は…ちょっと無理だけど、八橋くらいなら、なんとか」
「微妙なレベルだな…それに、俺に聞くことじゃないだろ、それは」
「う…で、でも………」

ものいいたげに、俺を見つめてくる海己。まったく、島を離れたって言うのに、こういうところは全然なおってないのな。
大体、そんな事を言われたら…俺の内心、ひそかに願っていたことを、口に出したくなるじゃないか。

「航ぅ…」
「ああ、もう、分かったよ! 言っとくが、聞いといて「やっぱやだ」って言うのは無しだからな」
「………うん!」

物凄く、嬉しそうな表情をする海己。尻尾があったら、パタパタと振っていることだろう。
そんな海己を見つめて、俺は一言きっぱりと――――、

「お前、今年の受験は止めろ」
「……………………ぇ、えええっ?」

俺の一言に、沈黙十秒、驚き二秒で返してくれる海己。ま、俺だって、いきなりそう言われりゃ驚くだろう。
ともかく、海己を驚かせたままというのも悪いので、さっさと本題に移ることにした。

「で、だ。 学校卒業したら、この島に戻ってきて、家に住み込んでほしい」
「航の家――――でも、それって…」
「いや、卒業したら爺さんの鞄持ちを始めるんだが、そうすると必然的に、婆ちゃんの手間が増えるからなぁ」

そもそも、勝手の分からないことを始めるんだ、スーツやネクタイから始まり、身の回りから炊事洗濯まで、全部を婆ちゃんに押し付けるというのも心もとない。

「そういうわけで、我が家に住み込みで働いてくれる、家政婦が必要だったりする。主に、俺の身の回りの世話が中心になるが」
「………勝手だよぉ」
「ああ、だけど、これはチャンスだしな。これで爺ちゃんが、町長に返り咲いたりしたら、手柄は星野航秘書と、その助手にも当然あったりする」

俺の言わんとすることが分かったのか、海己が僅かに息を呑んだ。

「星野の分家だって、海己のこと、事後承諾で認めざるをえんだろ。だから、勝手を言わせてもらう。海己、来年一年、俺のために使ってくれ」
「…航にそう言われちゃ、断れるわけないよ………勝手なんだからぁ、でも、うれしいよぉっ」

海己が、俺の胸に顔をうずめて、しゃくりあげる。色々な葛藤は、これからも続くだろう。
でも、海己が頑張れば、俺が頑張れば、きっと切れた絆は元通りにつなげると、信じていたい。

「何を、口説いてんのよ、航…」
「ひゃっ…」
「か、会長!?」

と、そんな事を考えていた時、地獄の底から聞こえるような低い声は、隣で眠っていたはずの会長から発せられた。

「お、起きてたんですか、奈緒子さん?」
「ん、そうね…『向こうじゃ、元気にやってるか? いじめられたりしてないか?』くらいからかな〜?」
「ほぼ全部かよ!」

思わず突っ込みを入れた俺を、じろりと睨んでくる会長。なんだか、目が据わってる。

「なによ、人が酔いで苦しんでるのに、隣で甘〜いストロベリートークなんて始めちゃってさ…」

そういうと、手近にあったミネラルウォーターを一気飲みする会長。
まぁ、会長の酔い覚ましに持ってきたものだし、別にそれについては文句を言うつもりはないんだが――――、

「ひっ…くっ、いい加減にしなさいってのよっ、ただでさえライバルが多いのに、また増えるなんてさ」
「いや、それ水だし、酔うことはないけど…ライバルって?」
「―――七人目の嫁、ここに居るんでしょ?」
「いきなり素に戻るなっ。まぁ、確かに、ここだけど」

会わせろ会わせろと、俺に負ぶさり、途中で居眠りまで、かましてくれた会長は、険しい顔で店内を見渡し、やがて、ある一点で目を留める。
酔っ払った凛奈の隣に座り、紀子が話し相手になってくれているのが見えた。

「…あの娘?」
「いや、あれはただのクラスメイト」

ぴっ、と指差して聞く会長に、俺は首を振る。すると、思い当たる節があったのか、俺に抱きついたまま、海己が不安そうに見上げてきた。

「ねぇ、航…ひょっとして…」

と、海己の言葉をさえぎるように、タタタと軽快な足音が二階から聞こえてきた。
で、二階のロフトフロアからひょっこりと顔を覗かせたのは――――、

「あれ? うわ〜、航君航くんわったるく〜ん、わざわざ野を越え山を越え、みんなの街にやってきてくれたの〜?」
「ああ、きてやったぞ、茜」
「うわ〜、嬉しいなったらうれしいな〜、まってて、すぐにあなたのもとに茜ちゃんが行くからね〜!」
「………なに、あれ」

一応、面識はあると思うんだが、酔っ払って意識が朦朧としているのか、茜を指して、呆れたような表情をする会長。
と、制服姿にエプロンをつけて、茜が小走りに俺のもとに駆け寄ってきた。ちなみに俺の状況は海己に抱きつかれ、会長に詰め寄られているのだが…茜は気にしていないようである。

「いらっしゃいませ、お客様〜、ご注文は何にします? 私とか私とかわたしとか〜、いや、言ってて恥ずかしいよね、こういうの」
「だったら言うなよ…っと、なんか、みんな注目してるし、ちょうどいいか」

気がつくと、フロアにいた全員が、俺達の方に注目している。ま、あれだけ騒げば無理もないけど。
俺は、茜を指差して、みんなに通るように大きな声で宣言する。

「え〜、こいつが手紙で言っていた、七人目の嫁です。ほら、茜、挨拶」
「は〜い、三田村茜、1○歳、趣味は料理と裁縫、控えめな言動と、はにかみが似合う、星野航くんの自称恋人で〜す、よろしく!」

がしゃん、という破滅的な音が、キッチンから聞こえてきたが、そちらは今のところは大丈夫だろう。
曲がっても、ペンションのマスターだ。調理をこなして、火の元栓を消すまで、数分の猶予はあるはずである。
さて、茜の自己紹介が終わり…場は妙な沈黙に支配された。誰もが次の言葉を捜し、そして、やっと出た一言は――――

「えっと…ギャグ?」

さすがに戸惑ったような、会長の一言だったりする。
まぁ、確かに傍から見ても、カップルってのには程遠いように見えるしな。

「ん〜、しかし七人目っていうのも語呂がいいかも、ほら七つ揃えるとどんな願いも叶いそうだし航君限定で」
「お前はお前で、少しは場の空気を読め」

ぺしっ、と茜の額を叩いて黙らせる。う〜ん、ちゃんと腰をすえて話をしたいが、そろそろヤバイかも…ここは――――

「よっ、と。会長、顔見せはしましたんで、俺はこの辺で…茜、後は任せた」
「え、ふぇ…?」
「あ、航君、海己ちゃんを抱えてどうするの? お持ち帰り、テイクアウト? うわ〜、彼女の前でそんなことするなんて、チャレンジャーだねっ」

と、これっぽっちも嫉妬が籠もってない表情で、そんな事を言う茜。だが、詳しく説明してる暇はない。
まぁ、いつかは爺さん達と海己を引き合わせなきゃいけないし、今日はこのまま、家に帰ることにしよう。

「わり、それじゃそういうことで!」
「ちょっと、航! 詳しい説明を…」
「航〜! いまのはどういうことだ〜!」

間一髪、海己を抱えてサザンフィッシュを飛び出した俺の背後、閉じた扉の向こうから隆史さんの大音響が響き渡った。
やれやれ、これは当分、サザンフィッシュには出入り禁止だな、こりゃ。
ともかく、隆史さんが追ってこないとも限らない。俺は必死に、海己を小脇に抱えたままで、家への道を小走りに駆けたのだった。

「ねぇ、航…茜ちゃんが、そうなの?」
「ああ、ま、成り行きというか、何と言うか…どうした?」
「ん、うん――――航…私、お手伝い頑張るからね」

普段はのんびりとした海己が、俺に担がれたまま、そんな事を宣言した。
それは、過ぎ去ったことにではなく、これからの事に対する、宣戦布告――――どうやら、何かが海己のハートに火をつけたらしい。

「俺達の戦いは、まだ始まったばかりだぜっ」
「いや、それって終わるから――――って、茜!? 何でここに居るんだよ」
「まぁ、話せば長くなるというか、ここまでの経緯を事細かに説明するゆとりもないから簡単に言うと〜、走ってきた」
「見れば分かるって!」

と、いつの間にか俺と併走するかのように、茜がひょっこりと姿を見せていた。
隆史さんの足止めを頼んだのに、どうやって追いついてきたんだろうか? もし足止めをしてないなら、間違いなく隆史さんの方が追いついてきているはずだし…

「お兄ちゃんが航くんの悪口を言ったら、会長さんとか凛奈ちゃんとかがすっごい怒って〜、今お兄ちゃんは、みんなをなだめてる最中だと思うな〜」
「そうか、隆史さんも気の毒に」

普段でも対処に困る相手の上、過半数は酒が入っている。いくら隆史さんでも、そう簡単には追いついてこれないだろう。

「それで、航くんはこれから家に帰るんだよね〜、私もお泊りしてっても良い? いいよね、問題ないよね?」
「ああ、爺さん達に海己を紹介するから、その時、茜の事も言っておくことにする」
「そっか、奥さんと恋人を同時に紹介するなんて、航君ならではだよね〜甲斐性ありまくりというか器が広すぎてあと十数人は入りそうなとことか」
「…え、えっと、どっちが、奥さんなのかな…?」

おずおずと、そんな事を茜に聞く海己。そろそろ、降ろしても大丈夫だろう。話を聞く限りじゃ、急がなくても大丈夫みたいだし。

「どっちでもいいだろ、ほら、降ろすぞ」
「あ、う、うん」

いいかげん、腕が痛くなってきたので、俺は足を止めて、海己を地面に降ろす。と、勢いに任せて十メートルばかり先に行った茜が、戻ってきた。

「さて、それじゃあ航くん家までのんびり歩いていくとしましょうか? 海己ちゃんとも語り合いたいこともいっぱいあることだし」
「そうだね、いこっ、航」

戻ってきた茜が、立ち上がった海己が、それぞれ手を差し伸べて来る。
俺は両方の腕を取って、夜道を歩き出した。季節が巡る、3年の秋――――俺達の新たな人生への、ゆっくりとした歩みは続いていく。

「俺達の戦いは、まだ始まったばかりだぜっ!」
「いや、だからそれって終わるから」

少々騒がしく、面白おかしい仲間を加えての、つぐみ寮組の再スタートが、始まった――――。


戻る