〜それは、日々のどうでもいいような小話〜 

〜この青空に約束を〜



謹啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、私たちが高見塚学園つぐみ寮を卒了して、そろそろ半年が経過しようとしています。
そこで、このたび、卒寮以来、初の同窓会を開催する運びとなり、皆様にご通知を申し上げる次第です。

御多忙のこととは存じますが、万障繰り合わせの上、是非御出席頂きますようお願い申し上げます。     敬具

日時 平成XX年11月3日(土) 午後7時開始
場所 高見塚学園


高見塚学園つぐみ寮同窓会幹事 星野航



追伸。

7人目の妻が出来ました。当日、連れて行きますので、みんなも、仲良くしてやってください。



………。



「それで、警戒は万事怠りまりませんでしょうな、教頭先生」
「はい、学園祭は盛況ですが、まだまだ油断はなりません、何しろあの星野のことです。どんな手を使ってくるか」

学園祭当日、その日、星野航は体育館への入場を禁止されていた。たくさんの入場者がいて、注目の集まる場所に寄り付かせない為の学園側の措置である。
最初は星野航とそのシンパの反対運動にあったが、星野航が抱きこんでいた生徒会を、教員側が必死で説得した結果…今回の措置を実行できたのであった。

「幸い、生徒会がこちらについたので、星野一味の行動パターンはこちらで把握することが出来ています」
「ふん、体育館でのゲリラステージと、屋上からの呼びかけですか…なんともまぁ、芸のないことを…」

教頭こと、建部先生の報告を、学園長は不遜な表情でその報告を聞く。と言っても、その表情は緩んでいたが。
二学期より、突然学校側に、というか、町長側に反旗を翻した星野航。祖父を元町会議員にもつ彼が何かしでかすとしたら、この学園祭が一番の見せ場だろう。
下手をすれば、学園を訪れる客層に、意外な反響を受けるかもしれない。それは、この南栄生島の行く末を左右するほどに。
そういうわけで、町長側からすれば、何が何でも星野航を止めるべきであったのだ。

「まぁ、ここまでやれば、いくら星野といえど、何も出来ませんよ」
「そうですな。後はこのまま、学園祭が滞りなくいけば――――」



「あ、テステス、ただいまマイクのテストちゅう〜!」

「なっ…!?」
「はぁっ…!?」

高見塚祭こと学園祭の昼時、唐突に全校に響き渡るような声は、校庭から聞こえてきた。折りしも、見物客からもよく見える校庭に、十数人の生徒が集まり、何かをやらかしている。
その中心にいるのは、間違いなく――――、

「ほ、星野っ……!?」
「な、何をしているのです、やめさせなさい!」

ご名答。元生徒会長こと星野航……それに、俺と一緒に戦ってくれる仲間達。俺達のステージの完成まであと少し。
準備万端惰り無く、用意周到張り巡らせて、一世一代の戦いが、今、始まる。

「なっ、ドアが、開かないっ!?」
「な、何ですって?」



「う〜ん、やってから言うのもなんだけど……菱田先生、良かったんでしょうか、こんなことしちゃって?」
「ああ、ま、面白いんじゃないの? 大体、星野用の警備とか、物々しすぎんだよな、教頭たちもさ」

うずたかく積み上げられた、学園祭の用意のときに出た荷物……ダンボールに入っている、それらを、廊下の端に積み上げて、学生の一団が一息ついたところだった。
ちなみに、彼らは運動部の上級生達で、今日は星野航を見つけ、捕まえるように命じられていたのだが……、

「こら、誰かいるのか、ここを開けろ、開けなさいっ!」

ドアを隠すように積み上げられたそれは、きっちりと隙間無く置かれており、ちょっとやそっとの衝撃ではびくともしなかった。
教師側に説得されたかに見えた生徒達だが、この土壇場になって、再び矛先を変えたのである。もともと、説得されてる振りをしていただけのことなのだが。
ちなみに、菱田先生はというと、面白そうだから俺も混ぜろと、率先して廃棄物を学園長室の前に積み上げるのを手伝っていた。

「ほら、ここはいいから、お前らも行ってこい」
「え、でも、良いんですか?」
「なに遠慮してんだよ。彼女との約束とか、泣く泣く諦めた奴らもいるんだろ? 今ならまだ、間に合うんじゃないのか?」

体育教師の菱田先生がひらひらと手を振ると、彼と一緒にいた生徒達は、顔を見合わせると三々五々散っていった。
きっと、それぞれの思うところに向かって、駆け出したのだろう。それを見届けた後、菱田先生は壁際によりかかり、一つ息をつく。
誰かここに残ってうまくごまかせば、数時間は時間を稼げるだろう。そしてその役目は、一番年上で、教師の自分しかないというのも、彼は分かっていた。

「やれやれ、こりゃあまた、今日もカミさんから説教くらいそうだな」

言葉の内容とは違い、口調はサバサバと愉しげに彼は呟いたのだった。



「始まったみたいですね」
「やれやれ、やっぱりですか…」

森本先生の言葉に、吉倉先生はため息混じりに肩を落とした。今日の学園祭で、校内を見回っていた二人が出会った時に、さっきのマイクが聞こえてきたのだ。
生徒達は皆一様に、顔を輝かせてマイクの音源を捜し、やがて一つのほうへと駆け出していく。また、何か面白い事があると期待を見せながら。

「まったくあいつは…3年になっても落ち着きの無い…今の生徒会長の方が、よほど大人に見えますよ」
「まぁ、いいじゃないですか。学生の本分は、学生生活を楽しむことなのですから」
「は、はぁ、そうですか…?」

生真面目な表情で愚痴をこぼす吉倉先生に、眼鏡を掛けた温和な中年教師の風貌の森本先生がとりなすように言う。

「それに、来年はこうして、彼の大騒ぎが見れないんですから…今日くらいは、好きなようにやらせてあげましょうよ」
「そうですね…」

来年の学園祭――――そのことに思いをはせるように、吉倉先生は目を閉じる。ほんの少し、寂しさを感じることを誤魔化すように。



「あ、宮ちゃん、静ちゃんもいたんだ」
「あ、海己先輩、お久しぶりです」
「………うみ、うみ〜」
「きゃっ、ど、どうしたの、静ちゃん」

違和感のある、私服での『登校』、見知った学園のお祭りで、海己はかつての仲間に会った。
一つ年下の、二人の仲間。一人は苦笑気味に、もう一人は、海己の胸に飛び込んで泣きじゃくって。

「その、静ちゃんも、見てきましたから」
「ぁ……」

主語を解さないその言葉で、海己は彼女たちも、それを見てきたことを確信した。
もう、何も残さない空き地、彼女のお気に入りだった菜園も、古びた木造の校舎も無く、ただの更地となった、自分達の約束の地を。

「ぅ、ぅ”ぅ”ぅ”〜〜〜〜!」
「静ちゃん、落ち着いて、大丈夫だから、大丈夫だから…」

本当は、胸が張り裂けそうなくらい、悲しいこと。自分の、彼の、皆の思い出の詰まった地は、いつの間にかなくなっていた。
それでも、目の前で泣く少女をなだめることの方が、今の自分には重要なことだから……だから、彼女は泣かなかった。

「海己先輩…」

「あ、テステス、ただいまマイクのテストちゅう〜!」

「……ぅ」
「え?」
「…航の、声だ」

その時、昼の喧騒などお構いなしに、よく通る声は、学園中に満ち溢れた。それは、校内放送のスピーカーからも、校庭からも聞こえてくる。
人の流れが変わる。ある者は呆れたように、あるものは苦笑いで、皆の向く方向は、校庭、そこには既に、たくさんの人が集まっていた。

「あ、ホントだ。先輩ですよ、先輩! うわ〜、全然、変わってないみたいですね!」

心のそこから、嬉しそうに、後輩である少女は笑う。そう、大好きな彼の前では、皆、一様に笑ってた。だから笑えるはず。自分も、胸の中で泣く、彼女も…!

「いこ、静ちゃん。航の所へ」
「…………っ、うん、うんっ!」

しゃくりあげ、こらえ、それでも最後は涙を止め、静は海己の手をとる。
大好きだった――――ううん、今も大好きな、彼の元へと、二人は駆け出した。

「あ、鳴いたカラスがもう笑った…はっ、待って、二人とも、私を置いていかないでくださいよぉっ」

そして、その光景に笑いながらもう一人、後を追う少女。慌てながら、彼女は二人の後を追って、校庭に向かった。



「始まったみたいだね。航のやつ、相変わらず、か」
「その、浅倉……本当に、ごめんね」

急に静まり返った校舎。まるで、津波が来るのを察知したかのような(茜風に表現すると)勢いで、生徒も、釣られるように、来訪者達も、校庭に向かった。
さっきよりも、随分に人が少なくなった校内で、自分より年長である桐島沙衣里とともに、並んで廊下の壁にもたれかかって浅倉奈緒子は笑みを浮かべた。

先ほど、校内のそこかしこにあるスピーカーから聞こえた声は、間違いなく彼女の直弟子のもの。どうやら彼は、放送部も抱きこんでいるようだ。
どうやら、自分の教えた人心掌握術を、航は十分に活用しているようだった。教え子の成長を嬉しく思うのって、こういう心境なのかも、と思う。

「あの、聞いてる?」
「ん、ああ、聞いてるけど、何だっけ」
「だから、怒ってるんでしょ……つぐみ寮のこと」

おずおずと、気まずそうに聞いてくる元寮長の桐島先生こと、さえちゃん。本当に恐縮していることが分かったから……、

「ああ、そのことかー………………………………………怒ってるに決まってるでしょが」
「ひぅっ!」

だから、思いっきり(言葉で)叩いてみた。まぁ、割と打たれ弱いけど、こっちの心境からしてみても、これくらいの愚痴は許されるだろう。
飛行機で来て、つぐみ寮に向かって呆然、サザンフィッシュに向かって、さらに呆然。二度もあっけに取らされたのだ。

「あたしが怒ってるのは、つぐみ寮のこともそうだけど、航を放置していたことよ。やばいなーって思ってたんでしょ?」
「で、でも、私も星野も、そんなことを考えれる余裕、無かったんだしさぁ…」

それは、分かる。もし自分が同じ目に遭わされれば、時間の違いこそあれ、立ち直るのに準備が必要だっただろう。
ただ、だからこそ、あの寮に関係した者同士、支えあわなくちゃいけないはずだったのだ。そうすれば、航の復帰は、決して遅くはならなかっただろう。

「…ま、支えすぎて、くっつかれるよりは、ましだけどさ」

「え、な、何か言った?」
「何でもありませ〜ん」

さえちゃんの問いを適当にあしらいつつ、頭を働かせる。12月の町議会選挙、こうなったら何が何でも、航の祖父とやらに当選してもらわなければならない。
サザンフィッシュでマスター相手に聞き出した、情報を整理しつつ、これから先、どうすべきかを悩み、考え、奈緒子は結論を出した。

「ようは、償いをしたいわけだ、さえちゃんは」
「そう、そうなのよ! ねぇ、浅倉、私、どうしたらいい?」
「そうねー、とりあえず……ノートパソコンを2台、速攻で用意しなさい」
「い、いきなり、金銭負担!?」

唐突な提案に、半泣きで呆然となった、さえちゃん。さらに畳み掛けるように、奈緒子は言葉を続ける。

「あと、電話線業者に連絡――――○ファイバーは無理でも、最悪、I○DNは確保しなさい」
「え、それって……」
「ノートパソコンの代金は、生徒会費の一部を流用して。そうね…こっちでジャンク屋あたって中古でも仕入れれば、一台の値段で二つはいけるかも、さえちゃんと、航用の…ね」

さえちゃんも、奈緒子の言いたいことの意味が分かったようだ。半泣きながら目を輝かせて、奈緒子を見つめている。

「南栄生島、全部の命運を掛けた立ち回りか――――面白くなりそうね」
「あ、浅倉ぁっ……」
「ま、直接的に関与できないのは残念だけど、ほら、私って影の会長だし――――っ!?」
「あ、あさく…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

予想できないわけじゃなかったけど、やっぱり寮長で先生な「さえちゃん」は泣き虫で……縋られて泣かれたら無碍にも出来なかった。
まるで子供みたいに、奈緒子の胸に縋りつき、わんわんと泣く沙衣里。

「ほんとに、仕方ないなぁ…しっかりしな、さえちゃん」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「……ぐす」

「さて、準備できたな、おっけーだな? 駄目って言っても始めるぞ〜!」

だけど、泣いている場合じゃなさそうだ。だって、まだ大切な後輩の、晴れ姿を見ていないんだから。
泣くんだったら、彼に縋りついて、思いっきり泣いた方が気分がスッキリするだろう。だから、泣くのはもう少しあと。

「よーしっ、湿っぽい話は終わりっ! さえちゃん、急ごう。どうせ航のことだから、校庭辺りで騒いでると見た!」
「ぐす、わ、わかったわよ。我慢すればいいんでしょ! …それにしても、よく分かるわよね」
「何せ、付き合い長いからね、航とはさ」
「私とおんなじ位のくせに〜」

軽口を叩き合って、急ぎ足で校庭へ向かう。涙は何時しかなくなって、そして、笑顔で、私達は彼を見つめることになった。



「航…? どうして…」

呆然と、凛奈はステージ上で笑う少年を見る。同じつぐみ寮の仲間で、さえちゃんとともに島に残った男の子。
彼は凛奈の知っている時のまま、おおらかに、奔放に振舞う。トークを駆使しながら、皆を引き込んでいくその姿はいつも通りで、だから凛奈を戸惑わせた。

(つぐみ寮、もう無くなっちゃってるんだよ。なのに、どうしてそんな風に笑うことが出来るの…?)

島について、初めて行った場所は、思い出の場所…階段を二段飛ばしで駆け上がって、開けた先には、何もない更地。
凛奈が航とともに汗を流したバスケットゴールも、最初見た時は、さすがに呆れた木造の校舎も、どこにも無かった。

呆然と、どうすることも出来ず、凛奈は学校に向かった。幸い、学校は凛奈の記憶通り、年に一度の学園祭で賑わいを見せていた。
しかし、それがまるで遠い世界のように彼女には感じられ…遠目に見た仲間、海己、奈緒子、宮穂、静、沙衣里…誰にも、声はかけれなかった。
そして、マイク放送を聴きつけ、凛奈は校庭で、見知った彼の姿を見つけた。

(わざわざ、同窓会なんて、どういうつもりなの…? こんな風景を見せて、私にどうしろって言うの…?)

「航、あなたの事…分からないよ」

見ていられない、凛奈は踵を返し、その場から駆け去ろうとした。その時――――、

「あっれ〜、そこにいるの、ひょっとしてりんりん? うっわ〜、奇跡だね、まぐれだね、偶然だね〜!」
「なっ…あ、茜?」

一度見たら忘れないそのテンションで、ひょっこりと凛奈の前に姿を現したのは、昔クラスメートだった、三田村茜である。
その声を聞きつけて、またまた凛奈の見知った顔が姿を現したのは、そのすぐあとのこと。

「凛奈じゃないの。やっぱり貴方も、星野に呼ばれてきたのね。向こうに、海己もいたから」
「紀子…久しぶりだね。元気してた?」
「ん…ま、ね」
「あ〜、紀ちゃんだけずっるい〜、私は、私は、私は〜?」

と、ずずずずずいっ、と物凄いテンションで会話に割り込んでくる茜。あまりのことに、凛奈は額を押さえた。

「なんか、久しぶりに聞くと、けっこう来るものがあるわね…」
「そう? 慣れれば、どってことないわよ?」
「ん、どしたのどしたの? あ、ひょっとして、待ち焦がれた航君に会えたから、感極まって感動して声も出ない状態とか〜?」

と、フルテンションで飛ばす茜。何と言うか、馬鹿馬鹿しくなり、凛奈は肩を落とす。この場から逃げ出そうとする気力も、根こそぎ持っていかれたかのようだった。

「で、二人とも何やってるの? 手に持ってるのって…」
「あ、これね、ビラよ、ビラ」
「そう、残念なことに茜ちゃんのセクシーショットなんてものは写ってないけど、その提案した時の航君の顔が見ものだったから、まあよしとして〜…りんりんって、暇?」

と、急に茜がそんなことを聞いてくる。いきなりなことに、凛奈はあきれて――――

「はぁ?」

と、声を出すのが精一杯だった。しかし、そんな凛奈の表情など、見ちゃいないようで、茜は………

「ちょうどよかった〜、渡りに船、船頭多くして、山だってハイキングしちゃうわけなの! さ、これは凛奈ちゃんの分! 近くにいる人に配っちゃってよ〜!」
「おいおい、茜、凛奈にも手伝わせようっての?」
「だってだってだって〜、そうでもしないと配り終われないじゃない〜! これってまずいよやばいよピンチだよ〜」

なんだかよく分からないが、どうやら茜と紀子はビラ配りをしており、それが元で困っている…それくらいのことは、凛奈にも分かった。
苦笑し、押し付けられたビラを抱えなおす。もともと体育会系の彼女は、こういう面倒ごとを手伝うのは嫌いではなかった。

「いいよ、私も手伝う。ビラを持ってない人に渡せばいいんだね?」
「そう? 悪いわね、凛奈。あとで借りは返すから」
「そうそう〜二束三文で貸し付けて、ローン地獄真っ最中なかんじまで恩を膨らませるのが理想だけど、今はそんな暇ないからね〜っと、ビラいりませんか〜?」

言うが早いか、茜はビラを持ってあっちに行ってしまった。あとに取り残された凛奈は苦笑いを紀子に向ける。

「相変わらずね、あの子」
「ま、高見塚名物の一つだからねぇ…っと、あまり話し込んでもいられないか。じゃ、あたしはあっちにいるから、凛奈はこの辺りでよろしく」
「うん、まかせといて」

凛奈がうなづくと、紀子は人ごみを割って向こうに歩いていった。凛奈は改めて周囲を見渡す。
航の知名度は相変わらずなようで、老若男女問わず、けっこうな数の人が中庭に集まり――――今もその数は増えているようだ。
ざっと予想して、二百人ほど…島の人口の何分の一かは、ここに集まっている計算になった。

「っと、呆けてる場合じゃなかった。ええと、ビラを渡すんだったわよね」

そう言って、彼女はビラに目を落とす。よくよく考えたら、どんなビラか見てなかったなーと、彼女はそれを見て――――、

「……え?」

呆然と、そこに書かれているものに、目を見張る。そうして、彼女はステージ上の少年、航のほうを見て、困惑した表情を見せた。

「どういうこと、これって……?」



「さて、準備できたな、おっけーだな? 駄目って言っても始めるぞ〜!」

マイクを持った俺の声に、歓声が上がる。手にはギター、俺と雅文、さらに有志のバンドメンバーの即席ユニットでの、ゲリラライブが始まった。
楽器を変え、曲を変え、ただひたすらに歌を歌う。最初は敬遠していた訪問客も、どこかで聞いたことのある、よく知ってる曲を耳にし、引き込んでいく。
そんなこんなで、小一時間、俺達のライブは続き、そして――――、



「え〜、ごめんなさい、みなさん、そろそろ色々とやばいので、次の曲で最後にしたいと思います!」

俺の言葉に、周囲から、ブーイングが飛んでくる。割と嬉しいんだが、あまり長引かせるわけにも行かない。
学園祭は、他の場所でもやってるし、いつ、学園側の妨害が入るかもわからない。それでも、見渡せばたくさんの人。
たくさんの人が出て行った中で、これだけ集まってきてくれた住人、そして、戻ってきた人達――――いくら人が多くても、見落とすわけが無かった。

「じゃ、用意するから、後は任せたぜ」
「ああ、頼む」

雅文は、俺の言葉に頷くと…他のメンバーと共に、ステージ上から降り、予定しておいたものを取りに、走っていく。
ステージ上には、俺一人…手に持ったマイクは、校内のいたるところに聞こえるようになっている。準備は整った。

「ちょっと、最後の曲に準備がかかるんで、その間、俺の話を聞いて欲しい! 皆、配られたビラを見てくれ。ビラを持ってない人は、俺の話を聞き逃さないようにしてくれ」

ざわざわと、ざわめきが場に満ちる。ビラに目を通したものは、一様に首をかしげ、怪訝そうな表情をしている。
これが、第一歩。俺は、手に持ったマイクに力を込め――――

「ちょっとだけ真面目な話だ。みんな知ってるだろ? この島の、リゾート開発の話を」

その言葉に、少しずつ、喧騒がやんでくる。皆、俺が何を言うのか、固唾を呑んで見守っているのが分かる。
俺は一つ息をし、周囲を見渡す。誰一人欠けることなく、皆の姿が見えた。俺は大きく息を吸い込むと――――、

「ここの生徒は知ってるだろうけど…俺はさぁ、納得いかないんだ、このことについてな」



「色々と利益とか、経済効果なんて、分かんないさ。そりゃ、大人の理由だし、俺だって時には、便利な方が良いと思うこともある」

「何を言いたいんでしょうね、星野は」
「さぁ、それはなんとも」

「けどな、俺には我慢できないことがあった。納得いかないこともあった。だから、ここで文句を言わせてもらう」

「そうだ、言っちゃえ、星野!」
「あんたが焚き付けんなよ、さえちゃん」

「原因は単純なこと、ほんの少し前、丘の上の寮が壊された、俺はそこの寮生だった。それだけのことだ」

「航…」
「わたる…」

「そう、つまんないちょっとしたことだ。けどな、ここにいる皆も、しばらくしたら他人事じゃなくなるかもしれないんだぞ」

ざわ、と皆が声を上げた。周囲を見渡し、困惑した視線を交わしあい、そして、台上の少年を見つめる。
皆が次の言葉を待つ中で、少年は怒るわけでもなく、しかし激情を持って、言葉を発し続ける。

「この学園に来るのに、殆どの人が階段を登ってくる…みんな、この階段が何段あったか、知っているか?」

「218段ですっ!」
思わず叫んだ少女の周囲で、失笑が漏れる。しかし、少女はそれに恥ずかしがることも無く、台上を見つめ、少年の次の言葉を待った。

「そう、218段だ。寮の方にも、同じように階段があって、それも218段ある。けどな、同じ段数でも、二つの階段には違うところがあるんだよ」

意味を図りかねてか、それでも答えを知りたいということが優先したのか、周囲はしんと静まり返り、少年の次の言葉を待つ。

「俺の知り合いに、寮の長い階段が好きな子がいてな、その子はいつも、楽しそうに階段を登ってた」
「けど、寮が壊された今、その階段もどうなるか分からない。丘の上にリゾートホテルが立てば、山を削り、階段を壊してしまうかもしれない」
「分かるか? その階段は、その子にとって大切な思い出なんだ。けど、それが無かったものにされるかもしれないんだぞ?」

「星野ぉ……」
誰かの呟く声…静かに、沈黙が場に満ちる。皆がただ、一様に押し黙って、少年の次の言葉を待っていた。

「それは、他の場所も一緒だ。通りにくい斜面を掘り、道路を通し、今までの景色を、別のものに変えちまう」
「皆だって、気に入ってる場所とかあるだろ? 初恋の人と出会った場所、友達だけの秘密の場所…それに、いつも見ている何でもない風景」

「航…それって」
「………わたる」
「先輩…」

「いつも通る道だって…この学園の中にだって、いろんな思い出があるだろ?」
「しょうもないこと、嫌なこともあるだろ。だけど、それだって時間がたてば、笑って思い出せる」
「けどな…なくなっちまったら、目の前から消えちまったら…思い出すってのは、すげー難しいんだよ」

「…そうだね 航」
配り終わった最後のビラを手に持ち、彼女は少年を見つめる。少年は、どこまでもまっすぐに、皆を見渡していた。

「俺はそういうのを我慢できない。何でも無い、いつもの風景が、消えてなくなるのを見ちゃいられないんだ」
「だから、皆の力を借りたい。ひとりよりふたり、ふたりよりみんなの方が、出来ることは多いだろうから」

「ぅぅっ…航…」

「別に、何もかもが、そのままって分けには行かないと思う。壊された寮は元には戻らないし、必要なら新しい建物を建てなきゃならない」
「だけど、だからって、大切な思い出と引き換えにしてまで、全部をなくす事も無いと思うんだ」

「ふんっ……馬鹿なことを」
「いえ、一理はあるのではないですか?」
「な、教頭…何を!?」

「だから、ほんの少しでも、俺と同じ事を考えてくれるなら、俺を手伝って欲しい」
「大切な思い出が、便利さよりも必要だと思う人に――――」

その時、ステージの前方に雅文をはじめ数人がかりで、運び込まれたものがある。
白い布で覆われた、大きなテーブルのような物体。それを見て、航はステージから飛び降りて――――

「この歌を、送ります」

その覆いを、取り払った。



それを見た周囲の反応は二通り。大多数はあっけに取られ、最後の締めの楽器としては、妥当かと思うものもいた。
そして、少数派は息を呑み、たった六人のその十二の目は――――その、古ぼけたピアノに向けられていた。

「題曲…『約束の歌』!」

最後にマイクでそう言うと、俺はピアノの前に座り、調律を済ませたその鍵盤に、指を走らせる。
前奏の中、周囲は静まり返っていた。当然だろう、今までの話の流れから、人々がどういう反応をするかは、分からなかった。
だけど、俺はただひたすら信じて、鍵盤を叩き続ける。だって俺には――――

「「ひとつずつ思い出す 瞳に映った たくさんの夢たち」」

ざわざわと、驚きの声が上がる。周囲からぽつぽつと、歌声が聞こえてきたのだ。
目を向けなくても分かる、懐かしい声…離れ離れになっても、この歌は皆、忘れずに覚えてくれた。

「「さよならの向こう側に 大切なものを 置いてきたんだ」」

唱和する歌声。たった6つの歌声は、周囲に響き渡る。やがて、人々の様子が変わる。
茜たちに頼んで配ってもらってビラの下方――――環境問題を訴える文面とは別に、印刷された、『約束の歌』の歌詞。

「「傷つくこと恐れても 逃げる事じゃ変わらない」」

「よーしっ、茜ちゃんも歌うからねっ〜、お兄ちゃんも早く早く!」
「ああ、わかった」

「「誰でもそう 弱い心 だからお願い 傍にいて」」

「…雅文」
「ああ!」

「「揺れる季節とキミに さよなら どうしても言えないから 濡れた瞳、隠してる」」

次々と、まるで誘われるように、人から人へと歌声が広まっていく。
あるものは楽しそうに、あるものは万感の思いを込めて、隣を見て歌うもの、ビラを見て歌うもの。
そして、周囲が歌声に包まれる。それは、さまざまな音響の合わさった、思いでを湛える歌――――。

「「あのとき描いた 約束の場所で きっと いつまでも 待ってるよ 笑顔で抱きしめるから」」

あの日、涙を湛え、たった7人で歌った『約束の歌』は、今一度――――、
誰も涙を見せることも無く、ただ未来への希望の架け橋に成るかのように、多くの人に歌われる。
その歌は都合3度、さまざまな人々の声と共に、繰り返されることになった。


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