〜とらぶる道中記 TE〜 

〜沙条綾香×セイバー(旧)〜



チーム名・果てなる今日の異邦人達

宝具
風王結界 MP3 
約束された勝利の剣 MP10
全ては遠き理想郷 MP20

stage1

海浜公園・冬木大橋前

ひるるるる………どごっ!

「っつぅ――――。大丈夫、セイバー?」

昼下がりの海浜公園、人気のない公園の一角から爆音が上がったかと思うと、もうもうと立ち込める煙の向こうから声が響いてきた。
どこか勝気な印象を受ける溌剌とした声は、身体の痛みに辟易した口調で、自らの英霊を気遣う優しさが込められている。
そんな少女の声に対して、返答をする方は、いかほども感銘を受けてはいないようだった。どこか呆れたような口調で、少女の問いに応じる。

「別段、これといって損傷はない――――しかし、君の無軌道振りには常々驚かされるぞ、アヤカ」
「なっ………う、うるさいわねっ! ほんのちょっとした失敗じゃないのっ」

煙が晴れるとそこには、穂群原の制服に身を包んだ女生徒と、すらりとした美丈夫の青年が立ち並んでいた。
赤いシャツ、金色の髪に、翡翠に似た宝石の色の瞳を持つ青年は、憮然とした表情の少女――――綾香に対し、シニカルな笑みを浮かべる。

「ちょっとした、で、次元に穴を開けるのだから君らしいな。いくら聖杯の力を借りたとはいえ、個人で第二魔法を発露させるなど、他の魔術師が知ったら卒倒するぞ」
「――――」

青年の言葉に、少女は無言。とはいえ、からかわれて黙っているのも気に入らないのか、まなじりはきりりと釣りあがって、青年を睨んでいたのだが。
しかし、ここでやり合ってもしょうがないと思ったのか、一つ溜息をつくと、彼女は周囲を見渡す。そうして、どこか怪訝そうに眉をひそめた。

「ねぇ、セイバー、ここってどこなのかしら? なんだか、見慣れたような風景だけど、見たこともないような気もするし」
「さて、少なくともここは、私と君がいた世界ではないだろうな。第二魔法によって構築された仮初めの空間か、あるいは適わなかった未来そのものなのかもしれない」
「………」

青年――――セイバーの言葉に、考え込むように俯く綾香。ほんの一瞬、セイバーは気遣うように綾香に腕を伸ばしかけたが、それ以上動くことはなかった。
代わりに、綾香の背中を突き飛ばすように、挑戦的な言葉を投げかける。彼のスタンスは、あくまでも綾香の仲間であり、恋人よりもそれは優先するべきもののようだった。

「それで、どうするんだ? 別段、この世界が私達の身体に害を与えるとも思えない。望むなら、この世界でも暮らしていけると思うが――――」
「冗談じゃないわよ。いくら迷い込んだっていっても、そう長々と滞在する気もないわ。早々に、帰る手段を講じましょう」
「ふぅ…そう言うと思ったが、実に期待を裏切らないな、君は――――おや?」

呆れたように首を振ったセイバーだが、その時、木枯らしに乗って、彼の眼前に木の葉のように一枚の紙切れが飛んできた。
反射的に、それをつかんだセイバーは、書かれている内容を一瞥し、苦笑めいた笑みを浮かべる。

「――――どうしたの? そのチラシに、何か面白いことでも書いてあった?」
「ああ、興味深いと言える内容が書かれているな。読んでみるがいいさ」
「ええと――――先着一命様の願いがかなう温泉………………これって、まさか!」
「例の願望器だろう。どうやら、こちらの世界にも同一の物があるらしいな」

驚愕に目を開く綾香に、セイバーは他人事のように、淡々とした口調で肩をすくめた。
そんな彼の様子を見て、綾香はもの言いたげな表情を見せたが、すぐに表情を引き締めて歩き出した。

「とにかく、行ってみる事にしましょう。うまくいけば、元の世界に戻れるかもしれない」
「………アヤカがそう言うなら、私には否はない」

すたすたと迷いなく歩き出す綾香の後を追いながら、セイバーは静かに、彼女に聞こえない口調で言葉を続けた。

「しかし、この世界がどういうものか分からないが、あれがある以上、ご同類がいるのは間違いなさそうだな――――面倒なことだ」

どこか、達観した笑みを浮かべると、セイバーは軽い足取りで、自らのマスターの後を追って歩き出したのだった。


stage3

深山町・マウント深山商店街

「どうしたんだ、アヤカ? このような場所に寄るとは…目的地はあちらの山の方だろう?」
「ん………そうなんだけどね、少しは寄り道してもいいかなって。少しは、この世界の事に興味もあるし」

商店街を歩きながら、周囲にキョロキョロと視線を向ける綾香。人見知りの激しいくせに、好奇心が旺盛なようで、しきりに辺りを見渡している。
セイバーはというと、そんな彼女の後ろについて、その様子をつぶさに観察していた。優しげな微笑を浮かべ、保護者ですと言わんばかりである。

「ふぅん………見た目や雰囲気は、どこにでもある普通の商店街よね。ちょうどいいわ。お腹も空いたし、どこかでお昼にでもしましょ。いいわよね、セイバー」
「別に構わないが――――そんなにのんびりしていて良いのか? もし、誰かに先に、あれを手に入れられたとすれば、厄介なことになると思うんだが」

さすがに、衆目があるせいか、聖杯のことを『あれ』と称するセイバー。しかし、綾香はというと、その問いにあっけらかんと首を振った。

「大丈夫よ。なんでか知らないけど、他の連中も連携しているわけじゃなくて、邪魔しあってるみたいだし………食事をとる時間くらいは捻出できるはずよ」
「そうは言うがな――――」
「それに、いざとなったら真っ向勝負でゲットすれば良いんだから。期待して良いわよね、セイバー」

セイバーにみなまで言わせず、綾香は彼に振り向きながら、不敵な微笑を返す。それは、激戦を勝ち抜いたパートナーに対する、無条件の信頼だった。
微笑みかけられたセイバーはというと、綾香に何かを言おうと口を開きかけたが………不意に、表情を引き締めるとその肩越しに商店街の向こうをにらみつけた。

「まぁ、期待を裏切らない程度には頑張るが――――敵のようだぞ、アヤカ」
「!」

セイバーの声に綾香が振り向くと、そこには赤い服に身を包んだ二人組――――凛とアーチャーの姿があった。
警戒するように、身を硬くする綾香とは対照的に、凛はというと興味深そうに綾香たちをしげしげと見やっている。

「へぇ………見たことない英霊とマスターか、これって、やっぱりあの事故が原因なのかしら、アーチャー」
「ふむ――――そうかもしれんな。もともとあれは、平行世界同士を繋げる鍵のようなもの、イレギュラーが引き寄せられてもおかしくはない」

(………何、この感覚?)

なにやら納得したように頷きあう凛とアーチャーを見て、綾香はどことなく、胸の奥がムカムカするような感じを覚えていた。
それは、理由もなく他人を羨ましがったり、妬ましいと思う感覚――――目の前の少女は、綾香のコンプレックスを刺激して止まない存在だったのだ。

「ねぇ、そこの貴方? 貴方も魔術師なんでしょ? 後ろに控えてるのが、貴方の英霊よね」
「…だったら?」
「いや、戦う前に、いちおう挨拶でもしとこうかなーと思って。何となく、貴方とは他人のような感じがしないのよね…」
「…………!」(キッ!)

凛の言葉に綾香の表情が険しくなった。毛を逆立てた猫のような――――そう表現するのが妥当であろう、そんな綾香の表情に、様子を見ていたアーチャーが苦笑を浮かべる。

「凛、自らのペースで物事を進めようとするのは君の悪い癖だ。相手の感情を逆撫でして、思わぬ逆撃を受けるのはごめんこうむるぞ」
「そうね…どうやら向こうは、やる気になってるみたいだし…始めるとしましょうか」

凛はそう言うと、懐から数個の宝石を取り出す。その様子を見て、綾香の背後に控えていたセイバーが、す…と音もなく前に進み出る。
マスターである綾香を護るように、瞬時に武装体制に入ると、剣を構えるセイバー。

「アヤカ、さがっていろ」
「ええ、気をつけて、セイバー」

そうして、花札(バトル)の幕が上がる――――かと、思えたのだが。



「セイバー………? ひょっとして、貴方…アーサー王?」
「――――私のことを、知っているようだな」

不意に、何かに気づいたかのように、凛はセイバーに声を掛けたのだった。あまりに親しげなその声に、思わず返答するセイバー。
その言葉を聞いて、凛は目を見開いたまま、しげしげとセイバーを見つめると――――ややあって、ほうっ、と感嘆の溜息を漏らした。

「いいわ、すっごくいいっ! ね、貴方………私の英霊にならない?」
「な――――」

いきなりの凛の物言いに、絶句する綾香。セイバーはというと、虚を突かれたのかキョトンとした表情をしていた。
凛の言葉に呆れたような表情を見せたのは、彼女の後ろにつき従う赤い騎士である。どこか達観した趣のある青年は、自らの主である少女の言動に、肩をすくめた。

「凛、今の言動はさすがに問題があると思うぞ。それではまるで…若い男を片っ端から侍らそう(はべらそう)としている悪女にしか見えないが」
「う、うるわいわねっ。いいじゃないのっ。だって、気に入っちゃったんだし――――貴方だって、彼と組むのに不満はないんじゃないの?」
「ふむ――――実際に組んだことはないが、気は合いそうではあるな。何しろ、原型が同一であるのなら、性質も彼女と似通っているだろう」

絶句したままの綾香を捨て置いて、なにやら盛り上がっている凛とアーチャー。さて、セイバーはというと、事ここに至り、自らが狙われている事にようやく気づいたようだ。
狙われているといっても、命を狙われているような剣呑なものではなく――――おもに、貞操の危機という点で。

「そういうわけで、彼女の令呪をひっぺがしちゃうから、アーチャーは彼の足止めをよろしくね」
「…心得た」

息の合った様子で、綾香たちの方に踏み出してくる二人組み。その様子を見て、セイバーは臍をかんだ。
どうやら、狙いは綾香の持つ令呪らしい。確かに、英霊を無効化するには有効な手段だが、熟練の敵二人相手に、自らの主人を護る困難を考えると頭が痛い。

「――――ちっ、呆けている場合ではないみたいだぞ、アヤカ。最悪の場合、君だけでも逃げるようにな」
「っ…じょ、冗談じゃないわよ! 黙って聞いてたら好き勝手な事ばかり――――セイバー、全力で行くわよ!」

と、それまで呆けていた綾香が、セイバーの声でハッと我に返ったのはその時である。憤懣やるせないといった風に、怒りの表情を見せる綾香。
どの辺りが彼女の逆鱗に触れたのかはさておき、綾香の周囲には、先ほどまでとは段違いの魔力が集結し始めたようだった。

「うわちゃ〜…ひょっとして、感情で魔力を制御していたタイプなわけ? こりゃ、苦戦しそうよね」
「だから言っただろう、自らのペースで物事を進めようとするのは悪い癖だ、とな」

まるで、爆発寸前の爆弾を目の前にしたときのように、冷や汗を流す凛と、渋い表情のアーチャー。
どうやら、藪をつついて出たものは、蛇よりも恐ろしい、とんでもないものだったようだ。そして、異邦人の魔術師である少女は、まなじりを吊り上げたまま、魔力を開放する…!

「どいつもこいつも、ふっとばす…っ! セイバー、ちゃんと避けなさいよっ!」
「やれやれ」

そうして、昼過ぎの商店街に、とんでもない嵐が吹き荒れるのだった――――。

stage6

激戦に継ぐ連戦を勝ち抜き、二人がたどり着いたのは円蔵山の裏手――――そこに、彼女達と同じく勝ち残って来た者達の姿があった。

「ふぅ、どうやら…この先がゴールみたいね」
「ああ、だが油断は禁物だぞ、アヤカ。目の前の敵は、ここまで勝ち残ってきた相手だ。気を抜く事の無いようにな」
「ええ…分かってる――――いくわよ、セイバー!」

付き従える英霊の言葉に頷くと、おそらくは最後の敵であろう男女に向け、足を踏み出したアヤカだったが――――、

「ん…? 見た事のない人達だな…君たちも、温泉に入りに来たのか?」
「え――――? え、ええ。そう、だけど…」

敵意のかけらも緊張感も無い、のほほんとした少年の言葉に、気勢を削がれる形で戸惑う事になった。
少年は、綾香の英霊とどこか雰囲気の似た、金髪の少女を従えている。感じ取れる魔力から察するに、彼女が英霊である事は間違いないようである。

「そっか………どうやらこの先には一組しか行けないみたいだから、戦うしかないんだけど………あまり無理はしないようにな」
「………う、うん」

それは兎も角、目の前の少年の無防備さに、綾香のほうは戸惑い気味だった。そもそも、これから戦う相手のことを心配している辺り、どうかしている。
魔術師同士の戦いは、権謀術数、騙しあいでも何でもござれ――――なわけだし、罠なのかもしれない、と一瞬思ったのだが…。

「出来れば、退いてもらうのが理想なんだけど、そうも行かないんだろうな」
「…………ぅ」

少年の言葉に、綾香の頬をヤな汗が流れた。まずい、この人って、天然だ――――もともと、コンプレックスの塊である綾香は、素直なタイプに弱い。
何となく、落ち着かない気分になってしまい、綾香は胸を押さえる。何故だか、心臓の動機が早くなっているように感じられた。
と、二人のやり取りでは埒が明かないと判断したのか、双方の英霊が、二人の前に出てきたのは、ほぼ同時の事である。

「シロウ。悠長に話をしている場合ではないと思うのですが。目の前の相手が敵である以上、油断は禁物です」
「アヤカ、随分と楽しそうだな。少々妬けるが――――まぁ、良いだろう。それより、戦闘準備をするべきではないか?」

それまでは、多少は遠目ということもあり、相手の正体が完全には分からなかったのだろう。このとき、ほぼ同時に二人のセイバーの視線がガッチリと咬みあった。

「む」と警戒するような表情を見せた女セイバー。そんな彼女に対し…
「…ふ」まるで、小馬鹿にするかのように、男セイバーは鼻で笑うと肩をすくめた。その様子を見て――――、
「!」ぎり、と女セイバーの歯を噛み締める音が聞こえる。どうやら彼女も、相手の正体に気がついたようだった。






Epiloge