金色の月、漆黒の風 
最終決戦2「ギルガメッシュ×アンリ・マユ」

鋼の響き、閃光の塵、無数の武具の激突が、そこにある。
戦っているのは、わずか三つの影。しかし、その規模は、まさに戦争であった。

「―――――――」

声なき声を上げ、巨躯の身体が疾走する。
無数に降る刃の雨をもろともせず、目標に向かい、ただひたすらに進む。。

しかし、百万の軍勢をも恐れさせるその突進に、黄金の騎士は毛一つも恐れる様子を見せない。
彼が敵視しているのは、その巨人をも操る漆黒の騎士。

それに比べれば、目の前の巨人など、単なる一つの武具に過ぎないではないか――――

「散れ、集え、砕けよ!」

ギルガメッシュの声に応じるように、彼の武具はその陣を変える。

百の武器は、巨人を阻む投網の様に、大きく広がった。
十の武具は、巨人の胸元一点に打ち込まれ、楔となった。
そして、動きを止めた巨人に、豪雨のように千の武器が降り注ぐ――――!!

「―――――――」

巨人が、咆哮を上げる。体中のいたる所に刃が降り注ぎ、砕ける代償と共に、その身を削っていく。
不死身であるはずのその身体でさえ、ギルガメッシュにとって、脅威にはならなかった。


「……こんなものか、つまらぬな」

かつて、セイバーすら圧倒した巨人をつまらなげに一瞥し、ギルガメッシュはエミヤに視線を移す。

「―――――――」

断末魔の咆哮と共に、巨人の身体が消滅する。その声を合図に――――

「疾く、風のごとし、怒涛の如く進撃せよ!」
「――――投影、開始!」

双方の武器が、空中で激突する。
刃は刃、剣は剣、槍は槍……ギルガメッシュの放つ武具は、エミヤの投影した、まったく同一の武具により相殺される。

既に千合、いや、打ち合わされる刃の音は、十万を既に越えていた。
まさにそれは決闘ではなく、英霊同士の操る……見えなき軍の戦争だった。

「――――投影、開始。英霊なる器の投影」(トレース、オン。トレーシング・サーヴァント)

数百の武具からなる、ギルガメッシュの攻撃を受けきったエミヤは、即座に英霊を投影する。
聖杯の汲み取った情報を元に、完全なる器を再現する。

「―――――――」

咆哮が、よみがえる。完全に消滅したはずの鋼の巨人、ヘラクレスが再び姿を現す。
既に三回。ギルガメッシュはバーサーカーを消滅させていた。しかし、投影は際限なく、五体満足の巨人を復活させる。

いや、確実に身体は消滅しているのだ。しかし、次の投影をされた時点で、そんなことは一切無効となる。
今のヘラクレスは、神話の話のように、不死身の肉体を持っているようなものだった。

「また、それか。少々、面白みにかけるのではないか?」

しかし、それとは別の意味で、ギルガメッシュは不満そうに顔をしかめた。
さすがに、バーサーカー相手に片手間に戦うわけにはいかない。

エミヤは自ら攻め込もうとはせず、ギルガメッシュの攻撃を受けきり、バーサーカーを投影し、攻撃を任せている。
セオリーとしては間違ってはおらず、ギルガメッシュの消耗を待っているかのようだった。

「……」

エミヤは動かない。それは、

「ならば、こちらから行くとしようか」

ギルガメッシュを誘い込んでいるかのようだった。
しかし、金色の英雄王はその誘いに乗るかのように、無造作に足を踏み出す。

悠然とした足取りで、エミヤのほうへと近づく。
投影の間にあわない距離で、一斉放火を食らわせるためである。

彼とエミヤの間にある、鋼の巨人などに興味はない。無数の武具に足止めされ、彼のほうに一歩も近づくことができないではないか。
そう、バーサーカーではギルガメッシュに適わない――――ゆえに、英雄王は無造作に、バーサーカーの傍らを通過した。

「――――投影、『変質』」
「!?」

その瞬間、全ての位相が逆転した。
バーサーカーを形作っていた大量の魔力。まるで粘土細工のように、巨人の身体が歪み、次の瞬間、そこには


――――顔のない髑髏の仮面をつけたサーヴァントの姿があった。


時間にして、僅か数秒。攻撃の届く、ギリギリの距離。
それは、まさに『必殺』の値する一瞬の機会!

黒い翼がはためく。妄想心音(ザバーニーヤ)の一撃は、ギルガメッシュの心臓に標的を定める。
もはや、このタイミング、この距離では回避は不可能。

反応すらできず、立ち尽くすギルガメッシュ。その心臓目掛け、呪いの腕が突き出されようとし――――


放たれた烈風が、黒い髑髏を両断した。



「いったい、これはどういう状況だ、英雄王」
「いや、まさか貴方に助けられるとは思わなかった、アーサー王」

傷の完全に塞がった身体。手に持った聖剣は、金色の光をその身に纏う。
かつて、この世界に呼ばれたままの、純白の姿で彼女はそこに存在した。

「世辞はいい、それよりも、一体この状況は」
「それを聞くなら、貴方の旗色を明確にしないとな。アーサー王、貴方は誰の味方だ?」
「それは――――」

セイバーは視線をめぐらし、そこにその人の姿を見つけ、ホッと安堵したように息を吐く。
そうして、決然とした表情で、彼女は言った。

「私は、私のマスターを守る。それが、私の――――セイバーとしての役目だ!」
「まだ、あの娘に肩入れするのか……まあ良い。だとすると、当面の敵は奴ということになる」

ギルガメッシュの指し示した先、そこには漆黒の外套に身を纏った、彼女も知っている英霊の姿。

「アーチャーが? どういうことだ?」
「セイバー、そいつはもうアーチャーじゃないわ。今は『この世の全ての悪』(アンリマユ)そのものなの!」

怪訝そうなセイバーに、凛が叫ぶ。
そう、認めなければいけない、彼女の心情はいかなものだったのか――――

凛の叫びに、セイバーはそうか、と頷くと……剣を構える。

「背中は任せてもらおう」

楽しげに、セイバーに声をかける英雄王を一瞥し、彼女はああ、と頷いた。
英雄王と、騎士王。並ぶことのない稀代の英雄は、この一瞬、確かに味方同士であった。

「では、往くぞ!」

白き疾風の如く、騎士王は漆黒に身を染めた彼の英霊に向かい、突進する。

「――――投影、開始」

それに対し、エミヤは初めて後退を見せた。
背後に飛びのきながら、無数の武具を投影し、騎士王に向け、豪雨のように放つ!

しかし、その武具はセイバーに届くことはない。それに倍する数の武具が、真っ向から投影された武具を打ち砕いた。
その様子を、会心の笑みを浮かべて見ていたのは、金色の英雄王。

彼の役目はただ一手。セイバーを敵に接近させること。
一騎打ちとなれば、彼女に適うものなど、そうそういない。それは、英雄王自身、身をもって分かっていたことである。

「――――投影、開始。英霊なる器の投影!」

なおも、下がりながらエミヤは投影を続ける。
しかし、武具の雨ではなく、代わりに投影した英霊は、足止めになりはしなかった。

キャスターを一撃で切り伏せ、ランサーの槍をかいくぐり、アサシンの鋭利な刀を凌ぐ。
バーサーカーすら切り伏せると、彼女はエミヤに肉薄した。

事ここに至り、エミヤはその両手に二対の刀を持った。
陽剣干将、陰剣莫耶。彼のもっとも信頼し、愛用している二刀で、セイバーを迎え撃つ!

剣陣の刃音が、周囲を支配する。
投影すら許されぬ接近戦で、セイバーはエミヤに対し、猛然と斬りかかる。

十合、二十合、三十合――――!
防いでいる。並みの技量ではただ一合たりとて斬り結べぬ相手に、エミヤは踏みとどまる。

しかし、五十合を過ぎた時、
エミヤの右手から、干将が、次の一撃で、左手から莫耶がはじかれ、宙に舞う。

そして、次の一撃は、エミヤの身体を切り伏せる――――はずだった。

「なにっ!?」

新たな刃音。セイバーの一撃を受け止めた、エミヤの両手には新たな干将、莫耶が握られていた。



鶴翼欠落不

心技泰山至

心技黄河渡

唯名別天納

両雄共命別


陽剣干将、陰剣莫耶を持ちて、エミヤの生み出す必殺の布陣。
宙に舞い、いまだその姿をとどめている陽剣干将、陰剣莫耶。

エミヤの持つ、干将、莫耶に呼び寄せられ、二対の刀が、時間差でセイバーを襲う。
同時に、エミヤ自身も時間差でセイバーに斬りかかる。

完全に不意をついた、四相位・時間差攻撃。それを――――

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

セイバーは、ことごとく防ぎきった。全ての干将、莫耶を砕き、四撃を凌ぐ。
しかし、その空白にできた僅かな隙、ほんの一秒の隙に、エミヤは五撃目を放っていた。

―――――両雄、共ニ命ヲ別ツ

最後の一行と共に、その両腕に生み出した双刀は、セイバーの眼前に迫り――――
その身体に触れる寸前、その動きを止めていた。

「え?」

呆然とするセイバー。その眼前、目の前に立つエミヤの腹に、一本の刃が生えていた。
それは、デュランダルと呼ばれる剣。おそらくギルガメッシュの放ったそれは、確かにエミヤにとって致命傷だろう。

しかし、刃が止まったのは、何故か。
そのまま刃を振るえば、確実にセイバーの命は取れたはずである。しかし、その刃は止まっていた。

「やれやれ、ここまでか」

まるで、何事もなかったかのように、エミヤは肩をすくめる。
両手の干将、莫耶はその手を滑り落ち、地に落ちて砕け散った。

「しかし、これで終わりではないぞ。本体は、いまだ大聖杯の中だ」
「何?」

その言葉に、セイバーは怪訝そうに眉をひそめた。この男は、敵ではなかったのか?

「生憎と、俺が行っていたのは『この世の全ての悪』の役であって、性根までそうなった覚えはない」

セイバーの驚いた様子がそんなに可笑しいのか、面白そうにエミヤはそんな事をいう。

「俺が消えれば、本体は躍起になって扉を開けようとするだろう。その前に、あの祭壇を破壊するがいい」

それで、全てが終わるはずだと、漆黒の騎士は言う。
セイバーは、その言葉に真摯に頷いた。おそらくこれは、最後の言葉。消えゆく英霊の遺言と、感じ取ったからだ。

「わかった、心遣い、感謝する」

頷き、セイバーはエミヤに背を向ける。
そんな彼女の背中に向かって、エミヤは静かに、言葉を掛けた。

「凛をよろしく頼む。私が消えれば、心苦しく思うだろうからな」
「承知した」
「それから――――――あの時の答えを、返すよ」

ほんの少し、エミヤの口調が変わる。
それは、なぜか彼女のマスターの声にそっくりで、

「俺も、君を愛している。アルトリア――――」

まるで、彼……衛宮士郎の告白のように、セイバーには聞こえた。
驚いた表情で振り返るが、そこには既に何もいない。黒衣の騎士は、最後までその正体を明かさず、彼女の前から消えた。

そう、遠い昔に繋がった、不器用な愛情を互いに確認するかのように。
一編の真摯な言葉だけを残して。

「あ、ああ――――、―――――――――!!」

胸を渦巻くのは何か。
彼女は、彼のことを知らない。だけど、なぜかその言葉は、何物にも代えれない愛しさを持っていた。

セイバーの瞳を、涙が流れる。
それは、世界の違う、ある一つの告白が、別の世界によってようやく通じ合った結末だった。



……しかし、その慟哭も長くは続かなかった。
不気味に沈黙を守っていた大聖杯の祭壇が、エミヤが消えて後、また動き出したのだ。

「なんだ、これは――――」

蠢動する祭壇に、怪訝そうな顔で近づくギルガメッシュ。その時、遠目に彼を見ていたライダーは、驚愕の表情を浮かべる。
祭壇の上空に、一つの孔があいていた。それは、まがまがしく、何者かがあふれ出す前兆だった。

しかし、その孔の真下にいるギルガメッシュは、気づかない。
今から言っても、間に合わない。ライダーは、力の限り、彼に向かって叫んだ。

「いけないっ、逃げてぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「何!?」

頭上を振り仰ぐギルガメッシュ。そんな彼に、孔から溢れ出た黒いソレは、覆いかぶさるように彼を飲み込んだ。
それは、『この世の全ての悪』。器である復讐者・エミヤを失ってもなお、この世界に出ようとする怨念の渦であった。

タールのような液体は、なおも溢れ出る。
英雄王を飲み込んだ、その怨念と呪いの渦は、刻一刻と、この世に溢れ出ていた――――。

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