金色の月、漆黒の風 
最終決戦1「ギルガメッシュ×アンリ・マユ」

大聖杯が揺れる。
いまだ無事な姿を保っているその大聖杯より、染み出す影が一つ。

黒衣の外套、鍛えられえた肉体に、そして、見覚えのある顔。
第三魔法の具現化である、魂の物質化。そうしてそれは、この世に現れた。

圧倒的な魔力、もはや……普通の魔術師では、並みの英霊では、どうにもできないレベルのそれは、ゆっくりと彼女のほうを向いた。
この世の絶対悪、そんな二つ名を持ち、大聖杯の中で長き眠りについていたそれに――――

「なんで、何であんたが出てくるのよ……」

呆然とした口調で、信じられないものを見たように、少女は呟く。
傍らには、倒れ付した彼女の妹と、その思い人。それらを庇うように、彼女は立ち上がり、問う。

「どういうことか、説明しなさい……『アーチャー』!!!」
「いまは、復讐者(アヴェンジャー)だ……凛」

そう、服の色こそ違えど、その姿、その声、その記憶はまさに、英霊エミヤそのものだった。


「アーチャーでも、アヴェンジャーでも何でもいいわ。それよりも、何であんたが出てくるのよ」
「仕方あるまい。現存する英霊の中で、復讐者に該当する英霊など、ほとんどいないのだからな」

ふぅ、とめんどくさそうにため息をつき、エミヤはそんな事を言う。
その言葉に、遠坂凛は呆然と、彼女のサーヴァントであった彼を見つめた。

「反英雄・アンリマユは知ってるな。それがこの世で肉体を持つのには、それ相応の肉体が必要だった」

それは、はるか昔……拝火教によって生み出された英霊。
この世の全ての悪を押し付けられ、悪の象徴として奉られた、名も無き英霊。

「聖杯でありながら、復讐者のマスターでもある、そこの少女の願望から、復讐者はこの世に具現するための肉体を作り出した」

気を失って、倒れている少女を指し示し、エミヤは言葉を続ける。
その傍らに倒れている少年を、どこか皮肉めいた表情で見つめながら、彼は苦笑を浮かべた。

「彼女にとっての絶対の味方。『エミヤシロウを基にした英霊を』そして、幸か不幸かそれに該当する英霊がいた」
「まさか……」
「まぁ、そういうことだ。今の私は復讐者のクラスを持った、そこの少女、桜のサーヴァントだった」
「……だった?」

皮肉げな口調に、凛はエミヤを見返す。彼は、気まずそうに頭をかきながら淡々とした口調で言った。

「そう、もはやその娘との接続も途絶えている。今の私は、エミヤであり、主の無くなった絶対悪(アンリマユ)ということだ」
「じゃあ、アンタはこれからどうするの?」

一つ、喉を鳴らして、凛はその部分を、核心部分を問う。
それに対し、エミヤは相変らず変わらぬ口調で――――

「決まってるだろう、アンリマユはこの世の全ての悪を具現化するためにある。私もそれに従うだけだ」
「なっ……正気なの、アンタ!?」

凛の叫びに、彼は、エミヤは穏やかな笑みを浮かべて凛を見つめた。

「残念だが、これも私の捜し求めていた答えの一つなのかもしれないな」

絶句する凛に、エミヤは淡々と言葉を放つ。

「正義の味方というのは、結局『誰かの味方』でしかないという事だ。誰かでなく、全ての味方になることはできない」
「――――」
「だが、誰かではなく、全ての敵になることはできる。一人の悪により、全ての存在が団結するのなら、それほど効率の良いものは無いだろう?」
「だけど、それは……」

それでは、結局、エミヤシロウは救われない。助けようと思った人々から憎まれ、今また、全ての存在から憎まれようとしているのか。
そんなのは、悲しすぎるのではないか――――

「しょうがないさ、正義の味方であることを否定され、自らも正義の味方であることを否定した。これ以上拘ることも出来んさ」
「――――」

言葉に、出来ない。
ただ、何と言うか、彼らしいといえばらしいけど、そもそもこんな事まで、でしゃばらなくても良いのではないか。
毎度毎度、厄介ごとを押し付けられて、今度は絶対悪ですって……?

「それじゃあ、アンタはあたしの敵ってことになるわね、『アーチャー』」
「そういうことになるな」

アーチャーと呼ばれたことも否定せず、エミヤは淡々と言う。
その手には、いつか見た二本の双刀が握られていた。凛も、宝石剣ゼルレッチを構えた。

逃げても無駄。奇跡的に逃げられたとしても、どのみち絶対悪は、全てを滅ぼしつくすだろう。
目覚めてしまった時点で、もはや全て手遅れだと、凛は理解した。

おそらく、勝負は一合で終わるだろう。
エミヤは動かない。凛が地面を蹴ったとき、それで終わる。

「最後だから言っておくけど」

それを知ってか、凛は斬りかかる前に、何のことは無いといった口調で、

「士郎……私、あなたに惹かれてた。ううん、今も好き……大好きだった」

それは、どちらに向けたものだったのか……それは、死を覚悟しての告白だった。
そうして、凛は宝石剣を構え、地を蹴った。

光が、宝石剣に満ちる。
平行世界から取り出した、ありったけの魔力、それを振りかぶり、凛は振り下ろ――――


「凛っ!」

衝撃とともに、視界がぶれる。
宝石剣は手を離れ、視界は思いっきり左方向に流れた。

――――ああ、これって斬られたのかな。
痛みを感じないが、きっとそうだろう。胴体でも分断されたのか……あまり綺麗な死に方じゃないわね、などと考えてみる。

「良かった、間に合ったみたいですね」
「え?」

予想外の声が、凛の耳に届いたのはその時。
閉じた視界をこじ開けると、そこには見知った顔があった。

「ライダー?」
「ええ、元気そうで何よりです、凛」

声をかけると、ちゃんと返事が返ってくる。どうやら夢ではないらしい。視線をめぐらすと、そこには変わらないエミヤの姿。
それと、見覚えの無い金色の鎧に身を纏った青年の姿を見つけた。

「あいつは?」
「あの方はギルガメッシュという名の英霊です。故あって、今は味方になってくれてます」

淀んだ風に乗って、対峙する金色の騎士と、暗黒の騎士の対話が聞こえてくる。

「ほう、偽者(フェイカー)に身を移すとは、なかなかに興の入った演出をする」
「シュメール朝、ウルクの王、ギルガメッシュか。よもや、まだ生きていたとはな」
「生憎だが、我は手を上げられて、そのままにしておくほど寛大ではないのでな」

そう言うと、ギルガメッシュの周囲に、無数の武具が浮かぶ。
エミヤはそれを見て、呟く。

「投影、開始――」

まったくそっくりそのまま、ギルガメッシュの生み出したものと同じ武具が、エミヤの背後にも出現する。
それは、剣士としての戦いではない。まるでそれは、機関砲対機関砲――――

双方、まったく同数の武具を持ち、にらみ合う。
そのにらみ合いは、永遠に続くかに思われた。そんな刹那の瞬間、動きがある。

神速を超える速さで、ライダーが空を翔る。
大聖杯に飛び、その壁に足をつけ、反動で宙を飛ぶ。

目指すは、エミヤの近く。いまだ気絶したままの桜と士郎――――!

「むっ!?」

背後からの気配を感じ、エミヤの生み出した武具が、ライダー目掛けて殺到する!
しかし、雷光のような速さのライダーに、飛来した武器のただ一つもかすりはしない。。

地面に到着、同時に士郎を宙に放り、桜を抱えて、飛ぶ――――その瞬間、
ギルガメッシュの持つ宝具が、エミヤに向けて殺到した!

エミヤを守る武具は存在しない。今から生み出すにしても、一つが限度。だが――――

「投影、開始――」

そうして、彼が生み出したものは規格外のものだった。
筋骨隆々、鋼の筋肉に覆われたそれは、ギルガメッシュの武具を、ことごとく弾き、あるいはその身で受けた。

「――――――」

声無き叫びで、その巨人は、バーサーカーはこの世に再び『投影』された――――

「英霊の投影だと、馬鹿な……」

さすがに、ギルガメッシュも驚愕の表情を見せる。
しかし、エミヤのほうは、当然といわんばかりの表情で言った。

「不可能ではないさ。大聖杯には聖杯の情報を受けとる機能もある。製造法が分かり、魔力(材料)もあれば、作るのはたやすいさ」

生み出された狂戦士を一瞥し、エミヤは軽く肩をすくめる。

「もっとも、中身は無いから動かせるのは一体だけ。加えて魔力も洒落にならないくらい必要だが、せっかくだから使わせてもらうとしよう」

大聖杯の加護を受け、無尽蔵の魔力を得た青年は、黒い狂戦士を従え、英雄王と対峙する。

これで、純粋な戦力は二対一。
しかし、ギルガメッシュはその状況にも面白そうに笑みを浮かべた。

「面白い、それではこちらも、本気で行くとしよう――――!」

言うなり、先ほどの十倍以上の武具が、ギルガメッシュを守るように展開する――――!
対するエミヤも、投影を開始し、それに操られる漆黒の巨人も、ギルガメッシュに向かって突進した。

「滅茶苦茶な戦いね」

そんな光景を、凛は遠目に見ていた。
傍らには気絶したままの士郎と桜。そして、ライダーの姿もそこにあった。

「ライダー、手助けに行かなくていいの?」
「いえ、あの方はそのような事、望みませんから」

静かに言いながら、戦いの様子を見つめているライダー。

「それに、桜を守るのが私の使命ですから」

それは、凛や士郎をも守るという意味を持っていたため、凛もそれ以上は言わず、戦いの様子に視線を移した。
激化する戦いの最中、ライダーの目は金色の青年を、凛の目は漆黒の騎士を、それぞれ追いかけていたのだった……。


Go to Next 「天の杯」

戻る