金色の月、漆黒の風
「胎動する闇」
時は、ほんの少し巻き戻る。
地の底、無限な魔力を蓄える大聖杯の祭壇の元、二人の少女が対峙する。
互いに放たれる声は、徐々に救いようのない響きを示し、そして、はじけ飛ぶ。
それは、希望を生み出す閃光と、絶望を孕んだ漆黒の闇との激突。
無限の魔力を有する闇、際限の無く引き出される光。
いや、この時点において、定義などというものは存在しないのだろう。
どちらも相手を滅ぼさない限り、飲み込まれる。それは純粋な、力対力――――
そうして、短いながらも激しいぶつかり合いの最中、彼は、そこに駆けつけてしまった。
「な――――」
俺はその光景を見て、思わず足を止めてしまった。
遠坂が振り回す宝石剣は、周囲に群がる影を、ことごとく切り裂いている。
それは、全てを切り裂く光の剣のようだった。
そして、遠坂が向かうその先には――――
「センパイ――――」
「桜……」
漆黒の衣に身を纏った桜の姿。
遠坂に襲い掛かっていた影の巨人が動きを止め、遠坂も驚いたように、こっちを見る。
「ここに来たということは、セイバーさんもやられたんですか……思ったより、役に立たないですね、あの人も」
舌打ちとともに、桜はそんな事を言う。
俺はともかく、祭壇に近い位置にいた遠坂の元に駆け寄る。
「思ったより早かったじゃないの。ライダーは?」
「いや、何だか分からない奴が助けに来て、セイバーは、ライダーとそいつの二人にまかせてこっちに来たんだ」
「ふぅん」
今ひとつ納得の行かない顔だったが、それ以上は問わず、遠坂は視線を桜に戻す。
「桜……」
「先輩……来てくれたんですね」
巨大な祭壇を背に、桜は俺を見つめる。
その顔には、いつもと変わらぬ笑み。だから、俺は桜に向かって手を差し伸べた。
「桜、帰ろう」
しかし、その言葉に桜は静かに首を振る。
「駄目なんですよ、先輩。私、もう……そっちにはいけません」
「そんな事無い、さあ、家へ帰るんだ」
「私、たくさん人を殺しました。人だけじゃない、森の動物も、いくつもの英霊も、お爺様も――――」
その言葉に、俺はようやっと桜の笑みのわけを知った。
つまり彼女は――――既に狂っていたのだ。
「だけど、殺したくて殺したわけじゃない。本当に殺したいのは、衛宮先輩だけ――――!」
「来るわよ!」
遠坂の叫びとともに、再び黒い巨人が動き出す。
それを迎え撃つ、遠坂の持つ、裂洸を放つ宝石の剣――――
「何を呆けてるのよ! このあんぽんたんっ! 桜の狙いはアンタなのよ!」
そう言って、遠坂が俺の腕を引く。その光景を見て、桜の表情が険しくなった。
「先輩に触らないでっ!!」
「うるさいっ! 大体こいつをほっぽいたら、アンタ直ぐに取り込む気でしょ!」
また一つ、馬鹿でかい巨人を切り伏せながら、遠坂は桜に反論する。
「下心ありで触ってるくせに何言ってるんです! どうせ、『こいつ、意外にたくましいのね』くらい思ってるんでしょ!」
「なっ、何言ってるの! そんな事……考えるわけないじゃないの!」
「嘘ばっかり! 本当は姉さんが先輩のこと、どう思ってるのか、分かってるんだから!」
二閃、三閃――――口げんかをしながらも、影と光はさらに衝突を増やす。
しかし、軽口をたたきながらも、遠坂の表情は険しくなる。
「どうしたんです姉さん、先輩を守るのもいいですけど、一歩も動けないじゃないですか」
「ちっ……しくったわ。桜が冷静になっちゃったし」
宝石剣を持つ遠坂の剣は、ブルブルと震えている。
それは、痛みにというよりも、何だか繋がっているはずのものが、繋がっていないような――――
「我ながら、詰めが甘いわね。こんなことなら、桜が士郎に気を取られてる隙に、バッサリと殺っときゃよかったかな」
「バッサリとって、お前な……」
「だけど、っ――――」
ほんの一瞬、遠坂の気のそれた瞬間、彼女の背後に一つの影が浮かびあがった。
それは、今までの巨大な影ではない。人くらいの大きさのくらげの様な形の――――
「あ――――」
「終わりですね、姉さん」
その異変に気がついた遠坂が、振り向いた時には既に遅い。
勝ち誇った桜の声とともに、それは、遠坂の身体を飲み込もうとし――――
(どんっ)
『え?』
遠坂と桜の間の抜けた声とともに、俺の、いや『アーチャー』の左腕が、遠坂の身体を突き飛ばしていた。
俺は、動いていない。心よりも早く、動いたその左腕は――――
つられて動いた、その左足とともに、影に喰われていた。
「ぎ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
痛覚が、よみがえってきた。
無くなった左足はもとより、再び無くなった左腕の付け根も、焼けるような痛みを訴えてくる。
「士郎っ!」
痛みにのたうつ俺に、慌てた様子で遠坂が駆け寄ってくる。
そして、桜は呆然と、俺のほうを見ていた。
「嘘……そんな」
桜は、呆然とこっちに歩いてくる。
おれは、霞がかった頭で、ぼやける視界で、桜の声を聞き逃さないと、その姿を見逃すまいとした。
「私……先輩を殺したかったけど、でも、こんなに苦しませる気は……だから一思いに……」
呟きながら、桜は俺の元にたどり着く。
「分かってる、桜はやさしいからな……」
「そんなこと無いです、私は……醜くて、卑しくて、穢れてて」
「それも知ってる……だけど……そんな桜も……俺は」
痛みに、意識が朦朧とする。だけど、それでも、おれは桜を――――
奇跡が、あると信じたわけじゃない。ただ、そうすることが必然であったように、
「投影、開始――」
それを、もっとも間近で見ていた少女は、ただただ呆然と、その光景に目を奪われていた。
忽然と少年の手に現れた、歪な短刀は、彼女の妹の胸に、それが当たり前のように吸い込まれていった。
漆黒の影は、その歪な短刀とともに吹き払われ、少女の妹は、その束縛から解放された。
地の底深く、倒れている少年と少女。どちらも傷だらけだが、その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「って、見とれてる場合じゃないわ。早く、士郎の手当てを――――え?」
我に返った凛は、士郎の様子を見、再び呆然とする。
失われたはずのその肉体。その左足が、あろう事か左腕までが、凄まじい速度で再生し始めていたのだ。
そうして、士郎の右腕には、失われたはずの令呪が、再び浮かんでいた。
「これって――――」
口ごもる凛。その時、再び洞窟が揺れた。
否、揺れたのは祭壇。その揺れは、崩壊の揺れではなく……『この世の全ての悪』が産声を上げた音だった。
そうして、祭壇が揺れ……それは姿を現した。
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