金色の月、漆黒の風 
「王者と蛇」


洞窟内の通路を、金色の青年が歩む。
その姿は威風堂々ではあるが、その額には、僅かばかりの脂汗が滲んでいた。

「くっ……さすがに、騎士王の剣か。傷の治りが遅い」

左腕は切断されたままで、そこから流れ出る血は、彼の歩く後を赤く点々と記していた。
しばし歩いた後、彼は通路の傍らに腰を下ろす。

右腕に抱えていた左腕を持ち直し、傷口同士を合わせるように押し付ける。
じゅっ、と水が熱せられた鉄板によって蒸発されるような音とともに、魔力は傷口を修復していく。

「――――」

常人なら、発狂しそうな痛みを伴っているが、ギルガメッシュは顔色一つ変えていない。
しかし、しばらくして彼の表情が僅かに不満そうな表情を浮かべる。

「まずいな……魔力が減少しすぎている」

じわじわと、確かに傷はふさがっている。
しかし、セイバーの一撃は彼の内部に残っていた魔力を大幅に削ったのか、傷は、完治する様子は見られなかった。

その時、彼の歩いてきた通路を、駆けてきた者がいた。

「む……」
「あ……」

通路の片隅に腰を下ろした金色の青年と、黒き衣装に身を包んだ、魔眼封じの眼帯をもつ美女は視線を絡ませた。
ライダーは何故か気まずげに視線をそらし、ギルガメッシュの左腕に気がつく。

「――大丈夫ですか?」

そう言いつつ、ライダーはギルガメッシュの横に腰を下ろした。
傷口を見つめ、彼女は異変に気づき、ほんの数秒、彼女は思考すると――――

ブシュっ、という音とともに、ライダーは自らの手首を噛み切った。
あふれ出す血潮を、ギルガメッシュの傷口に押し当てると、それは傷口をほのかに赤く染め、癒していった。

「――――」

ギルガメッシュは、その光景を……傷口をのぞいているライダーの横顔を興味深げに見つめていた。
そうして数分の時を要した後、ギルガメッシュの傷口は完全にふさがっていた。

ライダーは自らの血液を介し、ギルガメッシュに魔力を譲り渡したのだ。

「これで、大丈夫でしょう」
「ふむ……」

一息をつくライダー。ギルガメッシュは彼女に手を伸ばすと――――

「えっ?」

彼は、ライダーの瞳を隠している魔眼封じの眼帯を右手で剥ぎ取った。
間近にあらわになった、ライダーの素顔を見て、興味深そうに英雄王は笑う。

「なるほど、石化の魔眼に魅了眼の力を併せ持つ、か。大したものだな」
「あ、あの……」

突拍子もない行動に口ごもるライダー。そんな彼女に追い討ちをかけるように、ギルガメッシュはあっさりとした口調で――――

「気に入った、そなた、我の側妾になれ」
「――――は?」

思わず、間抜けな声で聞き返してしまったライダーに、罪はないだろう。
しかし、聞き返されたほうは、その態度に気分を害してしまったようだ。


「聞こえなかったか? 我の側室になれというのだ。そなたが望めばこの世の富、それに名誉、与えられるものは何でも与えるぞ?」
「それは、ご命令でしょうか?」
「当然だ。我の気に入った相手に対し、何を遠慮する必要があるか?」

王様発言を言い切るギルガメッシュに、ライダーは沈黙する。
次に出た発言は些か、からかい気味の口調で問うものであった。

「それでは……正室はセイバーに?」

彼のその申し出を断ればどうなるか、簡単に予想できる。
是と答えるしかないゆえに、ライダーのその発言は、せいぜい負け惜しみという感じの発言だった。

「いや……」
「え?」

が、てっきり肯定の発言が来ると予想していたが、ギルガメッシュが口ごもったのを見て、ライダーも驚きの表情を浮かべた。
そんな彼女に、不機嫌そうにギルガメッシュは聞き返す。

「それで、返答は?」
「あ……はい、謹んでお受けさせていただきます、陛下」
「そうか、よろしくな……それで、貴方の名は?」

その言葉はとても穏やかで、まるで恋人に語りかけるかのような響きに満ちていた。

「メドゥーサと言います。ですが、この世界ではライダーとお呼びください」
「その名は、聞いたことがある。なるほど、海神の姫、蛇の君か。どうりで……」

ライダーを見つつ、面白そうに笑うギルガメッシュ。二つ名を言われ、気まずそうにライダーはうつむく。

「……それでは、先ほどの発言を撤回なさいますか?」
「側室の件か? 何故、そのような事をしなければならぬ?」
「え?」

意外そうな表情をするライダー。しかし、意外そうな顔をするのはギルガメッシュも一緒であった。

「少々、蛇とは縁があってな。そのようなものを無下に扱うことはせんよ」
「ですが、私は過去に血に塗れてきた女です。そのような女を側妾になどと」

なぜかこの時、ライダーはギルガメッシュに対し、負い目のようなものを感じていた。
それは、一種の憧れのようなものだったのかもしれない。
色々な意味で印象の強い、彼の者のそばにいるということは、自らの醜悪さを見返すようなものだからだ。

「我はいかほどにも気にしない。だから、そなたがそこまで気にする必要はないぞ、ライダー」

しかし、そんな彼女の心情を知ってか知らずか、いともあっさりと、英雄王はそういいきった。

「は、はい」
「……それに、どのような女とて、あの性悪女(イシュタル)に比べればましだろうよ」

皮肉げに口を歪めるギルガメッシュの呟きは、ライダーにも聞こえていたが、あえてライダーは沈黙を守った。

「さて、それでは行くとするか。ライダー」
「あ、お待ちください。その前に一つ」

傷が完治し、腰を上げたギルガメッシュを見上げるように、ライダーは声をかけた。

「……なんだ?」
「実は、一つお願いしたいことがあるのですが」
「ほう……よい、言ってみろ」

改めてライダーの隣に腰を下ろし、ギルガメッシュはライダーの顔を真正面から見つめ返した。
魔眼をまっこうから見据え、面白そうに微笑みを浮かべる。

「それで、願いたいこととは何だ?」
「それは、桜……聖杯の器の少女のことです」
「ああ、そのことか……まさか、助命嘆願を願い出るというわけではないだろうな」

無言で返答をするライダーに、ギルガメッシュは忌々しげに鼻を鳴らした。
どこかそれは、悪戯を母親に見つかって、拗ねた子供のような表情であった。

「あの娘には、手ひどい目にあったのだ。そのような相手を許すわけはないだろう」
「それは、違うでしょう」
「何?」

怪訝そうに問い返すギルガメッシュに、静かにライダーは言う。

「彼女は、放たれた矢のようなものです。陛下に対し、弓引いた者は粛清されるべきでしょう。ですが―――」
「――――その武器にまで、罪を着せるべきではない、か」

ライダーの言いたいことを理解したのか、ギルガメッシュはしばし黙考し、呟く。
もっとも、事の元凶である間桐臓硯はこの時、桜によって既に消滅させられているのだが、その矛盾を二人は知る由もなかった。

「はい。王たるものの寛容さとは、そういうものだと思います」
「なるほど……なかなかに、口がうまいな。蛇とは皆、そうなのか?」

その言葉に、ライダーは気まずそうにうつむいた。

「まあよい。ともかく、その娘のことは拘らぬ事にしよう。もっとも、その娘が他で命を落とそうも、我は知らぬがな」
「いえ、それで充分です」

ギルガメッシュの言葉を聞き、ライダーはホッとため息を漏らす。
彼が桜に刃を向けるという、最悪の状況は、どうやら回避できるようだった。

「話はそれで終わりだな。それでは行くとしようか」
「はい」

話を終えたギルガメッシュとライダーは、そろって立ち上がった。
その時――――

(激しい振動とともに、洞窟内が大きく揺れた)

「ぬっ?」
「きゃっ!?」

はるか遠くから、爆音と地響きが轟いて来る。
二度、三度と間断なく続く音は、何者かが争う戦いの合奏のようであった。

「どうやら、何事かあったようだな……大丈夫か?」
「あ……」

声を掛けられ、ライダーは口ごもった。
洞窟がゆれた時、思わずギルガメッシュに抱きとめられるような格好になってしまったのである。

ギルガメッシュの身長は、長身のライダーよりもさらに高い。
そのため、やすやすと抱きとめられ、戸惑いを隠せない表情を見せるライダー。

「も、申し訳ございません……」
「控えめな性格なのだな、貴方は」

謝りつつ、身を離すライダーに、どこか懐かしげな響きのこもった声で、ギルガメッシュは言う。
目を細めて言うその顔は、泣き顔のようにも見えた。

しかし、すぐに表情を引き締めて、ギルガメッシュは踵を返す。


「少々、時を浪費しすぎたようだな。急ぐとしようか。ついて来い」
「は、はい!」

ギルガメッシュの後を追い、駆け出したライダーは、しばらくして驚きの表情を浮かべた。

速さに定評のあるライダー。
彼女の前を駆ける、青年の速度は、それに拮抗するほどの速度を保っていた。

ヘルメスの靴……そう呼ばれるその宝具は、持つ者の速度を著しく上昇させる。
もっとも、その発動には十七小節の起動式を発動させなくてはならない。

使用中は、他の宝具を仕えないなど、戦闘などには向かない宝具ではあるが、移動の時には重宝する。
様々な種類の宝具を、平然と使いこなす彼。まだまだ、さまざまな宝具を有しているようだった。

金色の英雄王と、漆黒の美女。果て無き時空においても、邂逅する王者と蛇。
弐陣の疾風は、爆音響く洞窟を、一直線に駆け抜けていった。



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