金色の月、漆黒の風
「秩序破戒」
金色の鎧に包まれた、左腕が宙に舞う。
腕を切断され、数歩後退するギルガメッシュに、追い討ちを掛けるセイバー。
「もらったぞ、ギルガメッシュ―――!」
「天の――――」(エン)
その剣閃が、その頭を捕らえる寸前、彼は言葉をつむぐ。
それは、ギルガメシュにとって、唯一の盟友の名。
「―――鎖!」(キドゥ)
共に理解し、共に戦い、共に生きたその盟友の名を読み上げる!
(ジャララララララララッ!!)
「なにっ!?」
セイバーの剣が静止する。
それは、ギルガメッシュの首筋に、紙一重の差で触れ損なっていた。
彼女の身体を静止したのは、虚空より現れ出でた、鎖。
かつて、天の牡牛の動きを封じたその鎖は、彼女の身体をがんじがらめに束縛する。
「くっ、こんなものっ……!」
セイバーは鎖をちぎろうと、身をよじる。
ピシリと鎖にひびが入る。神性の存在に対し、絶対の防御、束縛を有する鎖も、セイバーに対してはただの鎖に過ぎない。
だが、その一瞬で十分。
「破戒せしめし神の器!!」(ゲド・ユダヤ)
ギルガメシュの意思に応じ、再び虚空に現れた十数の剣。
その念じるままに、その剣は、セイバーに向かって殺到する!!
身動きすら取れぬまま、セイバーのその身体に剣が突き刺さる!
両手両足、両腿部、両腕部、腹部、両胸部、背中、首筋、計十三の刃が、少女の身体に食いこんだ。
「ぐぅっ……!」
苦しげに呻くセイバー。だが、致命傷であるはずのその一撃で、彼女は消えなかった。
ピシリ、とヒビが入る音が聞こえる。それは、彼女に突き立った剣と、彼女の身体、両方から聞こえた。
(ピシピシピシピシ…………)
その音は、最初は小さい音、それは、繰り返されるように大きくなってゆき――――
(カシャァァァァァァァァァァンッ!!!)
硝子の砕け散るような音と共に、セイバーの身体を覆っていた黒い影が吹き散らされる。
同時に、彼女に突き立っていた剣のうち、12本の剣が砕けた。
天の鎖は、その力を失い、残ったのは、白い鎧に身を包んだセイバーの姿。
「く……ぁ……」
残った一本、腹部に剣を突き立たせたままで、セイバーは地面に倒れる。
致命的とまではいかないが、腹部の傷は大きく、これ以上の戦闘続行は不可能だろう。
「信じられない……」
驚愕の声を上げたのは、ライダー。
黒い影の束縛を、ギルガメッシュは力づくで解除したのである。
それは、原初の聖杯を破戒した剣。
二つの千の時を続け、今も、なお続いている聖書の最初の時節。
神の子と呼ばれたもの、初めなる聖杯の器となった男を屠った、十三の剣。
裏切り者の名を冠したその剣は、ユダの剣という。
「…………」
倒れたセイバーに、ギルガメッシュは歩み寄る。
セイバーは観念したように目を閉じ――――ギルガメシュは、その傍らを歩みすぎた。
「なぜ、止めを刺さない?」
洞窟の奥、闇の奥に進むギルガメシュに、セイバーは言葉を投げかける。
その言葉に、ギルガメシュは歩みを止める。
「その必要はないだろう、アーサー王」
「いいのか、傷が癒えれば私は、お前に雪辱戦を挑むかもしれないぞ?」
その言葉に、ギルガメッシュは僅かに口の端を吊り上げた。
「だからこそだ」
「何?」
「我が心服させたかったのは、王であるお前だ、先ほどのような操り人形ではない」
その言葉には、今までの見下すような言葉ではなく、対等の相手に向ける親しみの込めた言葉だった。
「雪辱戦、結構な事だ。その時こそ、心身ともにお前を屈服させてやるぞ」
ギルガメッシュの言葉と共に、セイバーの腹に刺さっていた剣が消失する。
途中、地面に落ちた腕を拾い、ギルガメッシュは洞窟の奥へと歩を勧めていった。
「大丈夫ですか?」
倒れたセイバーに歩み寄り、ライダーは声をかける。
身をかがめ、覗き込むように様子を聞く、そんな彼女に対し、セイバーは苦笑を返した。
「ああ、さすがにすぐに完治とは行かないが、少なくとも死ぬことはない」
セイバーの身体の中の魔力は、黒い影が吹き散らされてもそのまま残っていた。
それは、この世界に呼び出された当初よりも多いくらいである。
ゆえに、魔力による身体の治癒の可能な彼女は、このまま消えることはないだろう。
「それよりも気がかりなことは、あの英霊……ギルガメッシュのことだ」
「ギルガメッシュ……あの方は、古代バビロニアの王なのですか」
ライダーの問いにセイバーは頷く。
「あの男は、自らの敵に対して、容赦をすることはない。このままでは、桜の身が危ない」
「あなたは、桜に操られていたはず……なのに、桜の身を案じてくれるのですか」
どこか、疑わしそうなライダーの口調に、セイバーも苦笑いを浮かべる。
「仮にとはいえ、主従の関係だったのだ、気にもするさ。それに……彼女の身に何かあったら、シロウが悲しむ」
「ええ、そうでしょうね」
独特の発音で、かつてのマスターを呼ぶセイバーに何を感じたのか、ライダーの口調は幾分柔らかくなった。
「それで、貴方は私に何を望むのです?」
「……ギルガメッシュを止めてほしい」
それは、はっきり言って無茶な要求だった。
全力を持っても、いや、今のセイバーとライダーの二人がかりでも、手傷を負った英雄王に適うかどうか分からないのだ。
「正確には、ギルガメッシュに桜を殺すのを思いとどまらせてほしい。あの男の力は、この状況を乗り切るのに必要だが……」
「ええ、それは分かります。そうですね……ともかく、あの方を追ってみます」
セイバーの言いたいことを察し、ライダーは立ち上がる。
そうして、倒れたセイバーを残し、ライダーは洞窟の奥へと駆けて行った。
「さて、どうなるのだろうか、これから……」
岩盤の天井を見上げながら、セイバーは呟く。
どのみち、この戦いの後、セイバーは自分の存在が消えるものだと思っていた。
桜に操られたまま、士郎と凛を殺せば、そこで彼女の役目は終わり、混沌へと沈んでいた。
士郎に負ければ、おそらく彼は、自分を殺しただろう。不器用な少年の覚悟を感じ、セイバーはあの時、そう確信していた。
つまり、どちらにしても彼女はあの時点で、士郎達と対峙した時点で自らの終わりを覚悟していた。
しかし、傷を負いながらも彼女は今、ここに生きている。
ずれた歯車、新たな道へと進んだ並行世界で、彼女はこれから、どうなっていくのだろう。
少なくとも、今は傷を癒すことが先決だった。
寝転んだまま、首を傾け、洞窟の先へと、視線を移すセイバー。
ギルガメッシュとライダーが進んでいったその道は、不鮮明な未来を明示するように、漆黒に包まれていた……。
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