金色の月、漆黒の風
「天地乖離す開闘の星 × 約束された勝利の剣」
剣劇、剣舞、乱刃、殺陣……無限に響く刃の音。
二つの風が、洞窟内に刃音を響かせていた。
ギルガメッシュは無制限に生み出す武具を絶え間なくセイバーにぶつけていた。
それは、あくまで牽制に過ぎない。
彼の所持する、必殺の武器はいくつかある。
しかしそれは、相手にとってだけでなく、自分にとっての必殺にもなりえると、彼は理解していた。
ゆえに、彼は確実にその一撃を浴びせるため、相手を消耗させる持久策に出ている。
いかに、相手が無限なる魔力の供給を受けているとはいっても、不死身というわけではない。
一撃を受ければ負傷する。加えて、それが致命傷ならば、今のセイバーとて、消滅せざるを得ない。
ギルガメッシュの攻撃が、絶え間なくセイバーを襲う。
上方、前後、左右より、およそ考えられる全ての方向からの攻撃を、セイバーはそれでもしのいでいる。
しかし、その一撃一撃が、牽制とはいえ、セイバーに致命傷を与えるほどの威力を持った一撃だ。
だからこそ、この時点でセイバーの勝機は前進のみに在るといってもよかった。
前進し、ギルガメッシュに一撃を浴びせる。
ギルガメッシュの弱みは、聖杯にその身を半ば喰われた事。
彼の持っている魔力、潜在的な防御力は、いまやセイバーにとって紙切れ同然といってもよい。
だからこそ、セイバーにとっては接近すること、ギルガメッシュにとっては間合いを開けることが勝利への絶対条件だが――――
「解せんな」
しばしの攻防の後、そう呟いた次の瞬間、ギルガメッシュは攻撃の手を止めていた。
事の成り行きを見ていたライダーが、驚いた表情で様子を見守る中、セイバーはこれ幸いに、ギルガメッシュへと突進……『しなかった』。
白々しいほどの静寂が、周囲を支配する。
「どういうつもりだ、アーサー王。こちらの隙にも反応しないとは」
周囲に武具を展開させたまま、ギルガメッシュは怪訝そうにセイバーに問う。
いつまでたってもセイバーが動かぬこと。彼の疑念はそこにあった。
あくまでもセイバーは、防御に専念し、一向に攻撃へと体勢を変えないのだ。
さすがに訝しく思い、攻撃の手を止め、それでも動かないセイバーに、ギルガメッシュはこうして疑問を投げかけている。
そうして、対峙する両者の間に沈黙が流れ、セイバーは意外すぎる言葉を口にした。
「我々の、仲間になりませんか、ギルガメッシュ」
「――――何?」
傍若無人、何事にも動じない英雄王だが、さすがに面食らったような表情を見せた。
そんなギルガメッシュを見据え、セイバーが言葉を続ける。
「今の桜にとって、もっとも厄介な敵は、貴方ですから。敵を味方に引き入れるのは、有効な戦法でしょう」
「……なるほど、なかなかに興味深い話だが、それは我があの影の傘下に入るということか?」
心外だ、といいたげに鼻を鳴らすギルガメッシュ。
セイバーはゆっくりと頭を振り、淡々とした口調で返答した。
「そんなつもりはありません。貴方はそこで、事の次第が終わるまで、動かないで欲しい。つまりは、同盟関係のようなものです」
「同盟とは……随分と言いようがあったものだ」
そんな話、受けると思うのかと言いたげなギルガメッシュに、セイバーは重ねるように、彼女の口から、意外すぎる言葉を放った。
「もし受けるのであれば、私のことを好きにして良いといってもか?」
「なんだと?」
セイバーの言葉に、目を見開くギルガメッシュに、セイバーは淡々と言う。
「マスターである桜の命令ですので。いかなる事をされても抵抗はしません」
「アーサー王、貴方が我のものになるというのか」
「はい、桜の命令ですから」
ギルガメッシュの疑問に、セイバーはあくまで淡々と言う。
しかし、彼女自身は憤りを感じているのか、剣を持つ手に僅かながら力が入っているのが見えた。
そんな彼女を、ギルガメッシュは静かに見据え。
「なるほど、悪くない話だ」
「……くっ!」
その言葉に、事の次第を見ていたライダーは蒼白の表情になった。
セイバーにすら適わない今の彼女に、もう一人厄介な相手が増えたのであれば、勝機はゼロであった。
おそらく、彼女の宝具を使っても、傷一つつけられないだろう。
そんなライダーのほうを向き、ギルガメッシュは淡々と。
「これが、我の返答だ」
宝具の雨を、彼女に降らした――――
「な――――」
「にっ――――!?」
慌てた様子で、彼女は、セイバーは剣を振るう。
その一陣……十数の宝具を何とかしのぎ、セイバーは驚いた様子でギルガメッシュを見る。
ギルガメッシュはゆっくりと、セイバーのほうに向き直った。
「愚かだな、アーサー王。影に取り込まれ、王としての誇りまで失ったか」
その表情は、憤怒を通り越して、哀れみに近い。
そんな彼に、セイバーは問う。
「どういうことだ、ギルガメッシュ。貴方の望みは、私ではなかったのか?」
「ふっ、確かにそうであったさ。先ほどまではな」
両者の一言一言に、場の空気が下がる。
見ているライダーが、数歩たたらをふんで下がるほどに、両者の間の空気が、緊迫したものに変わっていった。
「どうあっても、桜に味方する気はないのですね」
「あると思うか? あれは、我に手を上げた。王である我に刃向かったあれを、そのままにしておくほど、我は善人ではない」
返答と共に、ギルガメシュを守護する宝具が、その数を増す。
百を超える宝具が、セイバーに狙いを定め――――
「ではな、アーサー王」
ギルガメシュの合図と共に、セイバーめがけて、降り注いだ!
勝利を確信したギルガメシュの一撃。死の雨が降り注ぐ。
「そうか、残念だ」
しかし、その予想は外れる。
無数の死を内包した、一つ一つが必殺の武具であるそれらは、セイバーの体を貫くことはない。
「――――!?」
声もなく、驚愕の表情で、ギルガメッシュはたった今までセイバーが立っていた場所に視線を注ぐ。
セイバーは宝具を弾く事も避けることもせず、その姿をかき消した。
気配は、既にギルガメシュの背後にあった。
振り返るギルガメシュに、セイバーの振る漆黒の刃の残像が見えた。
避ける事も、防御することすらできない完璧な一撃。それは……
ギルガメシュの頭部を粉砕する寸前、その頭部が動き、刃は空を切る。
「ちっ……!」
舌打ちをするセイバー。
その剣を避けたのは、ギルガメッシュの本人の意思ではない。
とっさに動いたライダーが、ギルガメッシュに抱きつくように、セイバーの剣から逃れさせたのだ。
「……なんだ、今のは」
助けてくれたライダーに礼を言うこともなく、ギルガメッシュは身を起こして怪訝そうな声をあげる。
「影を渡ったようです……私の魔眼でも、そうとしか……」
「なるほど、そういうことか」
ギルガメッシュは納得したように頷く。
どういう理屈なのか、彼も直感的に理解したのだろう。
つまりはセイバーはあの一瞬、地面へと身を沈めて、ギルガメッシュの一撃をかわし、背後に現れたのだ。
確かに不意打ちには有効な戦法だが、答えが知れれば、どうということもなかった。
「だとすれば、単純なことだ。身を隠す影ごと削殺するのみ」
淡々というと、ギルガメシュはただ一振りの剣を背後の空間より取り出す。
その剣を見て、セイバーの表情がこわばった。
「この乖離剣・エアの前では、今のような小細工は効かん。お前も王なら、全力で応じて見せろ、アーサー!」
「ならば、こちらも最大の力で行くぞ――――!」
セイバーの剣が黒き光を収束し始める。
対する、ギルガメッシュの剣も、全てを穿つ風を生み出そうと、三枚の刃が回りだす。
烈洸と暴風が互いの存在を否定するかのように、無制限なまでに力を上げてゆく――――
「ああ、そうだ、娘よ」
「え?」
そんな暴風の中、なぜかその声は、ライダーの耳にはっきりと聞こえていた。
彼は、風の剣をこともなげに御しながら、ライダーに向かって言う。
「どんな結果になろうと、そなたはもう手は出すな。いかなセイバーとて、これ以上の干渉は許さないであろう」
それは、どういう意味なのか。
しかし問うよりも前に――――
「きゃっ!?」
ギルガメシュの持つ乖離剣。
その暴風を受けて、ライダーは壁際まで弾き飛ばされる。
吹き飛ばされぬように、両手両足を獣のように地面につきたて、ライダーは見る。
二人の王が持つ、宝具同士の激突。
本来なら、彼女が立っているはずの場所にいる、金色の青年。
絶対の力を持つはずのセイバーに、一歩も退く事ないその姿は、まさに王そのものだった。
そうして、互いの武器がその真名を開放する。
「約束された勝利の剣――――!!」
「天地乖離す開闘の星――――!!」
黒い閃光と無限の暴風がぶつかり合う。
圧倒的な魔力、圧力は空間をきしませ、耳障りな音を立てる。
圧倒な力は洞窟の壁を破壊し、天井を削り、無限の破壊を巻き起こす!
そうして、数秒にも数時間にも思える、短く、苛烈な衝突は――――黒い閃光の爆散によって結末を迎えた。
しかし、旋風の余波過ぎ去る先には、セイバーの姿はない。
互いにぶつかり、相殺したせいで、ギルガメシュの一撃はセイバーに致命傷を与えていない。
「ちっ、どこから来る!?」
ギルガメシュは油断なく周囲に気を配る。おそらくこれが、セイバーにとっての最大の、そして最後のチャンスであろう。
セイバーの姿を探し、油断なく前後左右、周囲に気を張るギルガメッシュ。そこに―――
「あぁぁぁぁぁぁ――――――っ!」
「なにっ!?」
(上から……!)
本来ならありえぬ出現。
頭上を覆う天井の岩から、影を伝い現れたセイバー。彼女はそのまま、黒い雷光のようにギルガメッシュに斬りかかる!
「ぐっ……!」
回避は、間に合わない――――とっさに頭部を庇った、ギルガメッシュの左腕に刃が食い込む。
黄金の甲冑は、減少した魔力ゆえ本来の防御力は持ちえず、セイバーの刃はそのままギルガメッシュの左腕を切断した。
「は――――――――!」
腕を斬られ、数歩後ずさるギルガメッシュ。
返す刃で、セイバーはその首を狙う―――!
「もらったぞ、ギルガメッシュ―――!」
「いけないっ!」
ライダーは身を起こし、ギルガメッシュを助けに入ろうとするが、間に合わない。
ふと、先ほどの青年の言葉が、ライダーの脳裏に浮かんだ。
『どんな結果になろうと、そなたはもう手は出すな――――』
それは、こういうことだったのか?
ライダーは、ギルガメッシュの顔に視線を向け――――
「えっ?」
ギルガメッシュは笑っていた。
王の財宝の守りを無効化され、天地乖離す開闘の星の隙をつかれ、左腕を切断された。
だが、彼はそれでもまだ笑う。
王である彼に、敗北はない。負けるとすればそれは、王であることを捨てる時――――!
「天の――――」(エン)
死の直前、セイバーの剣が迫る中、
「―――鎖!」(キドゥ)
彼は、最も信頼する盟友の――――彼の名を持つ宝具を起動させた!!
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