金色の月、漆黒の風 
Epiloge1 「さくらの木の下で」

――――あれから、2年の時が過ぎました。
英霊である私達からすれば、時間の感覚はさほどでもありません。
ですが、その2年の間に色々なものが変わり、そして元通りになりました。

そして、今。私は元気です。
サクラも士郎もリンも、皆、元気で今日を生きています。


「それじゃあ行ってくる、留守番よろしくな、ライダー」
「ええ、いってらっしゃい、士郎」

今日は、一年ぶりにリンが日本に帰ってくる日。
そのせいか、士郎も少し、そわそわしているようです。

「あー、待ってよシロウ。私も行くっ」
「そうですね、荷物持ちは多いほうがいいでしょう、シロウ、私もご一緒します」

玄関を出る士郎に、寄り添う影が二つ。
イリヤスフィールとセイバーが、苦笑を浮かべる士郎にかまわず、一緒に出かけていきました。

二人とも、この二年間で外観がすっかり変化しました。
イリヤスフィールは、ここ2年間で背も伸び、淑女らしさも見受けれるようになりました。
もっとも、残念なことに胸部の成長はさほどでもなく、彼女自身、悩みの種のようですが。

そして、意外だったのはセイバーの身体についてです。
サクラが大聖杯に取り込まれていた時、彼女は黒い英霊になっていましたが、その名残か、今の彼女の身体は質感を持っています。
平たく言うと、人間そのものといってもいいかもしれません。成長もしますが、衰える……そんな器が今の彼女でした。

そしてこの2年、セイバーは士郎やサクラと共に成長し、今ではその美しさは、以前の数段上昇しています。
大輪の蕾が花を咲かせるように、おそらく街を歩けば十人中……八、九人は振り向くでしょう。

そうして、皆が変わる中、私は未だ、英霊として呼ばれたままでした。
いえ、確かに服装などには変化をつけてはいます。ですが、身体的には成長のない分、どこか取り残されているようにも感じます。


「あれ、士郎もう出かけたの? ちょっと買出しで頼みたいものがあったんだけどなー」

と、遊びに来ていた大河が、そんな事を言いながら、玄関に出てきたのはその時でした。
そういえば、大河もここ2年、外観にまったく変化がありません。そういうところには、微妙に親近感が沸きますが……

「はい、残念でしたね、大河」
「ん〜、ま、いっか。ね、ライダー。今日って、遠坂さん来るんだっけ?」

はい、と頷くと、う〜んと考える顔、ピン、と何かを思いついた顔、満面の笑みの顔と、めまぐるしく大河は表情を変えました。
こういった屈託のなさが、皆に人気があるのかもしれないですね。私には到底、真似できませんが。

「それじゃあ、桜ちゃんも大変ね。ライバルがまた増えるんだから」
「ええ……本当に」

一時は私も、ライバル扱いされていたこともあって、その頃を思い出し、しみじみと頷きました。
あの事件より数ヵ月後、後始末が一段落をしてふと気づけば、衛宮邸には女が五人に少年一人という、すごい図式になっていました。

私にサクラ、リンにイリヤスフィール、極め付けにセイバーとくれば、大河が心配するのももっともでしょう。
……加えて、私とイリヤスフィール以外の三名は、士郎とそういう関係になってしまいましたし……。

さて、両手に花どころか、花束だらけなこの状況が、士郎にとって良いことなのかどうかは分かりませんが。
それでも、一年前にリンがロンドンに旅立ってからは、平和な日々が続いていましたが……さて、どうなるでしょうか。

昨今は、イリヤスフィールも戦線に加わったようですし、争奪戦も激しくなるかもしれませんね。

「まぁ、私はサクラの味方ですが」
「ふ〜ん、ま、恋愛も勝負事っていうことだし、いいんだけどね。士郎が幸せになれるんなら」

どこか、悟ったような口調で大河はそんな事を言うと、居間のほうに歩いていってしまいました。
どうも、大河は保母さんという感じがします。きっと、面倒見のよい性格なのでしょう。

さて、一年ぶりの帰国。リンがどんな風に変わったか、じっくりと観察させてもらうことにしましょう。





「お花見、ですか?」

リンが帰ってきて次の日、朝の食卓で、士郎がそんな事を言いました。
食卓には、純和風の献立が並んでいます。それを囲むように七人が座り、騒々しくも穏やかな朝食の席でのことでした。

「ああ、天気もいいし、昼は弁当もってさ、みんなで桜を見に行こう」
「桜か……たしかに、この一年見てなかったし、ちょっと楽しみかも」

士郎の言葉にリンが頷くと、皆がそれぞれしゃべり始めました。
お弁当の中身はどうだの、場所取りはどうするか等、和気藹々と話を始めました。

しかし、今日ですか……。

「あれ、ライダー、どうしたんだ?」
「いえ、そのお花見ですが、どこでするのですか?」

私の問いに、士郎は怪訝そうに、新都のほうの冬木中央公園だけど、といいました。
新都の公園というなら、駅前までさほど時間もかからないはず……大丈夫ですね。

「そうですか、それなら問題ありません」
「士郎……ライダーはね、夕方からデートなんだってさ」

と、いきなりそんな事を言ったのは、興味深そうにそのやり取りを見ていたリンの口からでした。
いえ、確かにデート、と呼べるものかもしれませんが……。

ふと気づくと、皆が驚いたようにこちらを見ています。
サクラにいたっては、醤油を注いだままの姿で固まってるため、料理が台無しになっています。

「デートって、誰とさ?」
「まぁ、少なくとも士郎じゃないことは確かね。良かったじゃない、桜、ライバルが一人減ったわよ」

察しの良いリンのことです。昨日の夜、お付き合いしている男性がいると私が相談した事を踏まえ、予測したのでしょう。
リンの言葉を受け、サクラは私をチラッと見て――――よしっ、と小さくガッツポーズをしたのが見えました。

「茶化すなよ、それで、相手は一体どんな奴なんだ?」
「どうしたの? ライダーが誰と付き合っても、シロウには何の問題もないんじゃない」

イリヤスフィールの言う事ももっともで、私もいう気はないのですが、なぜか士郎は引く気はないようです。

「だってさ、もしその相手がライダーを、何かしらに利用しようとしているのなら、大変だろ?」

彼の次の言葉を耳にし、私はなるほど、と心中で頷きました。
他の皆も、感心したように士郎のほうを向いてます。ですが、この事は、あまり詮索されたくもないので、奥の手を使いましょうか。

「ありがとう、私の心配をしてくれるなんて、優しいんですね、士郎は」

やわらかく微笑んで、士郎をじっと見つめると、予想どうり、彼は真っ赤になって視線をそらしました。

「ば、ばかっ、家族なんだから、心配するのは当たり前だろっ!」

しかし、その仕草は少々まずいですよ。ほら、サクラもリンも、私以外の女性は皆――――

「あ――――」

「そうよね、士郎って優しいけど、今のは無いんじゃない?」
「その赤らめた頬はどういうことか、説明してください、先輩!」
「む――――」(セイバー、不機嫌)
「ライダーばっか、かまってずるいっ、シロウ、私も!」
「こらーっ、士郎! お姉ちゃんは悲しいぞっ、そんな子に育てた覚えはありませんっ!」

口々に言われ、士郎は彼女らの機嫌を取ることに精一杯で、どうやらこっちへの質問は取り消されたようでした。
私はホッと一息つき、残りの朝食を片付けることにしました。








冬木中央公園は桜の花で満開でした。
休日ですが、今の時分は人も少なく、絶好のお花見日和です。

向こうで、桜の木の下に陣取って、大河達がお弁当を広げています。
セイバーもイリヤスフィールも、本当に楽しそうに、お昼の準備をしており、その光景を見るだけで、ここへ着て良かったと感じます。

見渡すと、満開の桜の木々。
私は、士郎とリン、そしてサクラが他愛も無い会話をする横で、桜の木に見入っていました。

あの人と共に、この桜の木を見れたら……そんな事を考え、私は苦笑を浮かべました。
頭についた桜の花びらを左手で払い、私は周囲を見渡します。

士郎、セイバー、リン、イリヤスフィール、大河、そして……サクラ。
二年の間に、私が手に入れたものが、ここにありました。

出来ることなら、この時が永久になればいい。
桜の木が茂る公園。まるでそこは、神話の時期に失った、彼の楽園のような――――



Epiloge1 Ende

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