金色の月、漆黒の風 
「エンキドゥ」


侵食される。精神も、身体も、黒一色に塗りつぶされる。
それは、原初の呪い。人が人である限り、どうあっても逃れられない力。

そんな力に抗う間に、気がつくと、眼前には見知った風景があった。


地上に彼はただ一人。

何物にも変えがたき力と姿を持ち。

ありとあらゆる者の頂点に立つ。

だが、彼には唯一、友と呼べる者もいた――――


万物を統率する英雄王の傍ら、常にそのそばを離れることなく、少女はそこにいた。
長い髪、すらりと伸びた四肢。中性的な美貌の顔は、常に温和な微笑を浮かべていた。

彼女の名は、シャムハト。
ギルガメッシュの叙事詩には、エンキドゥを獣から人にしたとされる娼婦として載る。


友の名はエンキドゥ。

英雄王の友人であり、女神アルルの生み出したかりそめの命。

彼は、英雄王に匹敵する力を持ち、常に彼の味方でもあった。

ギルガメッシュと共に、怪物フワワ(フンババ)や天の牡牛グアンナを倒し、

その名声は、広く神々へも知れ渡っていた。


彼女は、自らを男として遇していた。
その理由は、ヒトでない物を受け入れる代償であると、聞いたことがある。

ただ、我はその時は、そんなことは大して気にもしていなかった。
共に友人として傍にいれるのであれば、男でも女でも構わなかったからだ。


しかし、天の牡牛を倒したことで、女神イシュタルの不興をかい、

その身は衰弱し、衰えたままこの世を去った。


だが、なぜ彼女が死ななくてはならなかったのか。

理由は分かる。あの、移り気で残忍な女神イシュタルは、ただ女であるというだけで、彼女を殺したのだ。

自分になびかない男の傍にいるという、そんな些細な理由で、神の力を使い、彼女を殺そうとした。


――――その身は衰弱し、衰えたままこの世を去った。


彼女は最後まで、彼女のまま。今も姿を思い出せる。
五体満足の姿でベッドに横たわりながら、静かに微笑む彼女の姿を。

様々な妙薬・令呪も、蛇に見つけさせた、不老長寿の薬すら断り、彼女は静かに逝った。
その傍らで、何度も問いただしたのだ。なぜ、お前が死なねばならぬのか、と。

そう、最後の最後まで、微笑みながらあいつは言ったのだ。


――――幸せですから。人として生きて、こうして死ぬことが。


我の手に添えられた、彼女の小さな手。
惹かれていることは分かっていた。なのに、気がついたときにはもはやそれは、手の届かないところに行ってしまった。

ただ一人の友人。そして、ただ一人の最愛の人――――ああ、なぜ忘れていたのだろう。


彼女……エンキドゥであり、シャムハトでもある少女の面影を、やっと、我は思い出すことができた。


――――さあ、目を覚まして、がんばりましょう。ギルガメッシュ。


どこにも行く道のないはずの闇の中より、彼女の声が聞こえてくる。
そう、こんな茶番は取るに足らないこと。彼女と共にいる限り、彼女を覚えている限り、我は決して負けぬのだから。

引き裂かれた身体は、新たな血潮で修復した。
足りぬ分の魔力は、そこかしこから奪い取ればいい。

所詮は人の生み出した呪い。半ば以上が神の身体である我を、滅ぼすことは適いはしない。
さあ、決着をつけに行くとしよう。






少女の声に導かれるまま、ギルガメッシュの意識は、深淵より引き出される。
それは、いかな奇跡か。人としてか神としてか、その奇跡は、今は唯一の人々の希望でもあった。

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