〜Fate Silver Knight〜 

〜白銀色の夜想曲〜



「旅に出る? なんでだ?」

唐突なギルガメッシュの言葉。まぁ、こいつの気まぐれは今に始まったことじゃないけど、今回はなんとなく、明確な理由があるんじゃないかと思った。
問いを放つと、ギルガメッシュは静かな目で俺を見て、ポツリと言葉を投じてくる。

「うむ……卿には、俺の願いを伝えていたかな? 我の願いは、友の再生と、長き安寧の日々だ」
「友の、再生?」
「ああ、我が盟友――――エンキドゥ……彼を再生し、共に生きるのが我の願いだ」

ギルガメッシュからはじめて聞く名前。そのエンキドゥという相手は、よほど大事な人なのだろう。
普段は不遜な立ち振る舞いをするギルガメッシュの態度の節々からも、その相手に対する敬愛と尊敬の想いが読み取れた。

「再生をするのに必要な魔力は、聖杯で事足りるだろう。後は、彼の者の亡骸を手に入れなければならぬ」
「だから、旅に出るのか…………あてとかはあるのか?」
「ない」

キッパリハッキリと、胸をそらして自信満々に言う、ギルガメッシュ。拍子抜けした表情の俺に、ギルガメッシュは愉しげに笑う。
その表情は、迷いはなく。どんな困難な道でも踏破して見せるという意志の現われのようにも思えた。

「だが、奴の魂の香りは我がよく知っている。埋葬されている土地を訪れれば、気づくことは間違いないだろう」

もっとも、探し当てるのに何年かかるか、何十年かかるか分からぬがな。そんなことを英雄王は呟いた。
しかし、いきなりな奴だな……せめて今夜くらい休めばいいだろうに。

「なら、明日からにしたらどうだ? 飯もつくったばかりだし、ギルガメッシュだって疲れてるだろう?」
「いや、我は行く。決めたからには、すぐに行動に移さねば……無駄に後悔が積みあがるばかりだからな」

過去の実体験からだろう。わずかに苦味を伴った台詞を放ち、ギルガメッシュは俺に背を向けた。
どうやら話は終わりなのだろう。引き止める言葉は、聴く耳持たないようだ。そのまま、歩き去ろうとするギルガメッシュ。

「気をつけて行ってこいよ」

なんとなく、俺はそんな言葉を彼に投げかけていた。戻ってくるか分からぬ相手。だが、出来れば遠き日の再開を望んでいる自分が居た。
俺の言葉に、ギルガメッシュは足を止めて、振り向く。金色の髪の英雄王の頭上には、白銀の月。
月光に照らされ、ギルガメッシュは笑みを浮かべる……今までの不遜な笑みではなく、静かな微笑を。

「卿こそ、我が戻る前にくたばったら承知せんぞ。ではな」

静かに別れの言葉を放ち、ギルガメッシュは立ち去っていった。月夜に解け消えるように、英雄王は彼方へと立ち去る。
悲しくはない、哀しくもない――――だが、一抹の寂しさを感じた、そんな俺の英霊との別れの話であった。



夕食を終え、何とはなしに、今日は皆が屋敷に泊まっていく流れになった。
長い戦いが終わった開放感で、みんな気が高ぶっていたかもしれない。絶え間ない談笑。
海へ行く約束を皆と取り付ける傍ら、イリヤの水着のことを遠坂と桜に頼むのには、少々勇気が必要だった。

最初は怪訝そうな表情を見せた二人だが、イリヤが海に行ったことがないと聞いて、やる気が出たらしい。
イリヤに似合いそうな水着は何か、女性陣はあーでもないこーでもないと盛り上がっていた。
そんな中、蚊帳の外であったのは男性陣の俺とシグルドだった。

談笑する彼女達に参加することもなく、夏の暑さから逃れるように、風に当たる。
そんな時、シグルドが俺の傍に腰掛けると、他の者には聞こえないくらいの大きさで、囁く。

「話がある――――キリツグという人物についてのことだ」

そういえば、ヒルダさんは……キリツグという人物を探していたことを思い出した。
あの時はバタバタして、明確な返答が出来なかったけど……愉しく談笑するヒルダさんを見る。実際、キリツグという名は珍しいだろう。
親父に係わり合いのありそうな彼女――――真実はどうあれ、沈黙を続けるわけにも行かなかった。

「分かりました、場所を変えましょう」

俺の言葉に、シグルドはうなづき、二人して席を立つ。なおも話をしているイリヤ達を置いて、俺とシグルドは廊下に出た。
部屋を移動し、そうしてたどり着いたのは、仏壇のある和室。俺は焼香し、一つチンと、杯をならした。

「…………なんだ、これは?」
「仏壇。いわゆる、家の中にあるお墓のようなものですよ。親父の……」

仏壇が珍しいのか、興味深げにあちこちを見るシグルドに、俺はそう説明した。
俺の態度から、言わんとすることを察したのだろう。シグルドは憮然とした表情で俺に視線を向けてきた。

「キリツグの……か?」
「はい」

頷く俺に、シグルドは無言。ただ、脱力したようにその方が僅かに上下した。部屋の入り口で立っていたシグルドは、室内に入る。
俺の隣に同じように正座すると、線香に火をつけ、見よう見真似で焼香をした。

「これで、合ってるのか?」
「ええ、ありがとうございます」

親父に焼香をしてくれる相手は、これまで俺と屋敷を訪れる者以外は、居なかった。形だけでも、それをしてくれた事は純粋に嬉しかった。
だが、相手は事をうやむやにする気はなかったらしい。あらためて俺に向き直り、静かな口調で問いを発した。

「それで、君の知っているキリツグという人物は、どんな人間だった?」
「――――そうですね、俺の知ってる親父でよければ、話しますよ」

シグルドが頷いたのを確認してから、俺は静かに語りだす。明確に記憶に残る、十年前より始まった俺の新たな人生。
そんな最初の出会いだった、焼け焦げた光景と、抱き上げた人物――――養父である彼との出会いを。
魔術師である親父との生活――――また、聖杯戦争での言峰関連、イリヤ関連のことも踏まえて話は進む。
おおよそ話を終えるころには、シグルドは一人、何かを考え込んでいるようだった。

「――――あの、なにか?」
「いや、君の父親は、アインツベルンの魔術師だったのだな。十年前の聖杯戦争に参加した」
「…………ええ、そうですけど」
「やはり、符合するか」

どこか険しい表情で、眉をひそめるシグルド。その様子に不安になった俺は、身を乗り出して訊く。

「親父のこと、なにか知ってるんですか?」
「十年前、ヒルダはアインツベルンの手によって、聖杯に変えられた。その時、彼女の父親はある男に殺されたらしい」

ヒルダさんの――――父親。夏の夜、背中を伝う汗は妙に冷たかった。
話の流れから、彼の次に発する言葉は分かった。だが、それを信じたくない俺もいた。

「その男の名はキリツグ――――ヒルダはその男を探すために、日本に来たんだが……今となっては、どうでもいいだろうな」
「え?」

てっきり、責められると思っていた俺は、シグルドの言葉に、彼を見た。
銀色の青年は、仏頂面のまま、一度、仏壇に眼を向けて軽く肩をすくめた。

「ヒルダは別に復讐を望んじゃいない。ただ、キリツグという男にあって、事の次第を聞きたいだけのようだ」
「……事の次第?」
「ああ、ヒルダの父親のこと、何かを知っているんじゃないかとな。もっとも、十年前のその事件に関与しているものは、なかなか見つからなかったが」

その言葉に、俺は肩をすくめる。彼自身は責めてるつもりはないだろうが、ヒルダさんの父親を親父が殺したということが、俺の心に影を落としていた。

「別に、そこまで気に病むことはないぞ。そもそも、キリツグという男が、ヒルダの父を殺したということ自体、確証がないからな」
「――――?」
「もともと、十年前の子供の記憶だ。どこかで食い違いがあっても、おかしくない」

君の話を聞く限り、キリツグという男は残虐な人間ではないだろうしな。と、シグルドは言う。
俺も、そう思っている。親父は、正義の味方を目指していたんだって。だから、信じていたかった。

「信じることだ。君が疑えば、その人物が築き上げてきたものに意味がなくなる。親も恋人も、信じて護るべき存在だろうからな」
「――――はい」

重みのある言葉に、神妙に頷き、俺は頭を下げる。静かに流れる夏の夜。遠くからはイリヤたちの話し声。
月明かりの照らす中、明かりを落とした和室の中で、シグルドと共に俺は改めて、仏壇に手を合わせ、焼香したのだった。


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