〜Fate Silver Knight〜 

〜再会と別れ〜



「…………へ〜、そんなことがあったの」
「ん、まぁ、分かりづらかったかもしれないけど、そういうことなんだ」

夏の日差しが暑い昼下がり、暖気から逃げるように屋敷の中に入った俺達は、居間に集まってくつろいでいた。
ちなみに英霊の皆は、暑苦しいとか、金ピカが目に痛いとか、士郎には刺激が強すぎる格好とかで、普段着に着替えさせられていた。
ともかく俺が最初にすることは、藤ねえに事情を説明することだった。

何せ、数日間行方不明だった桜がひょっこり帰ってきたのもそうだが、見知らぬ相手が教え子と共に屋敷を訪れたうえ、遠坂は血塗れだったのだ。
これで説明を求めないほうが、どうかしているだろう。そんなわけで、気を紛らわすための西瓜と麦茶を手に、俺は藤ねえに事情を説明したのだ。

魔術師、聖杯戦争…………正直、素人の俺の説明でどこまで理解できたのかは分からないが、説明役の遠坂や、行方不明だった桜は大事をとって眠っている。
イリヤはことさら説明する気はないらしく、必然的に俺にお鉢が回ってきたのだった。

「私にはセイハイセンソウとか、サーバントとか、シュウキョウカクメイとか、よく分からない単語ばっかだけど」
「――――いや、最後のは言った覚えはないぞ、俺は」
「茶化さない茶化さない。ともかく……士郎達は何かの事件に巻き込まれたってことよね。私が知らないとこで」

どこか不満げに、藤ねえは語る。どうやら自分だけ蚊帳の外だったのが気に入らないらしい。
だが、すぐに笑顔を取り戻すと、どこか安心したように、うんうんと頷いた。

「ま、それでも……皆が無事だったから良しとします。桜ちゃんの方は、私が何とかしておくわ」
「うん、わかったよ」

俺は、ほっと、一つ息をつくと、居間の隅で身を寄せ合って眠っている、遠坂と桜の様子を見た。
隣り合うようにして眠る二人。普段とは対称的に、寝ている遠坂はどこか無防備に子供っぽく、桜はどこか妖艶な雰囲気をかもし出していた。
ちなみに、二人のそばには……俺の服を拝借したジャネットが座り、手に持ったうちわで二人に風をそそいでいた。

「シロウ、話はいいから、ご飯にしましょうよ。朝から何も食べてないし、お腹がすいちゃったわ」

話の区切りが付いたのを見計らったのだろう。イリヤが俺のすそを引っ張りながら、そんなことを言ってきた。
何とはなしに見渡すと、どうやら起きているものは一様に空腹だったらしい。物言わぬいくつもの視線が、俺に注がれた。

「そうだな。とりあえず、軽くそうめんでも作って――――昼になったらちゃんとした、ご飯を炊くってことにしよう」
「素麺か……悪くはない」

俺の言葉に、満足そうに頷くギルガメッシュ。俺は台所に足を向けようとして…………、

「ご飯…………つくらないと」
「わっ!?」

驚いたようなジャネットの声が、背後から聞こえた。振り向くと、そこには半分寝ぼけた桜が、ぼーっとした表情で立ち尽くしていた。
どうやら習慣になっているのか、桜はフラフラとした足取りで、台所に向かおうとする。そんな彼女を、ライダーが押しとどめた。

「サクラ、調理は士郎がすることになっています。今のあなたがすることは、ちゃんと休息をとることですよ」
「ん〜…………でも」
「不安なのは分かります。でも、もう大丈夫ですから。私が手を握ってますから、サクラはゆっくり眠りなさい」

魔眼封じのメガネを掛けたライダーは、母親のような優しい笑みを浮かべ、桜を諭す。
桜はそれで安心したのだろう。寝こけている遠坂の傍に寝転がると、また寝息を立てだした。彼女の服を、ライダーが整える。
すでにマスターと英霊の関係ではないというのに、桜とライダーの間には、深い絆のようなものが確かに存在しているようだった。

そして、久方の休息の時は過ぎる――――。

藤ねえは、桜についての報告と、事後処理のため、昼過ぎから学校へ出かけていった。
遠坂と桜を、それぞれジャネットとライダーが面倒を見ている。ギルガメッシュは屋敷のどこかにいるのか、ここには居ない。
縁側に腰掛けて、俺は夏の空を見上げる。全開にした窓から風が流れ込み、風鈴が数度、ちりちりんと鳴った。

「すっかり、夏真っ盛りだなぁ」
「ほんと、熱くていやになっちゃうわ」

昼の暑さに辟易したのか、俺の隣に座ったイリヤは、俺に抱きつくわけでもなく、手に持ったうちわで顔を仰ぐ。
薄手の半袖シャツから伸びる肌は、陽に焼かれるのを嫌ってか、汗を帯びて、少し赤くなっていた。

「そうだ、イリヤは海に行ったことがあるか?」
「海? 日本に来る前に渡ったし、ここでも新都の橋の上から見たことがあるけど?」

俺の質問に、どこかずれた返事をするイリヤ。彼女にしてみれば、海とは泳ぐものではないらしい。
イリヤの住んでた国がどんな所か知らないが、どうやらイリヤは海水浴なるものをした事がないようだ。

「…………そうだな、夏休みはまだまだあるし、来週にでも、皆で海に行ってみようか」
「――――? シロウが行きたいなら、私はかまわないけど……」

あまり、よく分かってないようである。俺は苦笑し、イリヤの頭をなでて呟いた。

「そうすると、水着とかも買わないといけないな……ま、そういう買い物関連は、遠坂や桜に任せればいいか」
「みずぎ?」

俺の呟きに、小首を傾げるイリヤ。当日まで、詳しい説明はしないほうがいいかもしれないな。
言うなれば、子供にプレゼントを用意するような心境で、俺は内心で笑みを浮かべた。
そうしてその日の昼は、何をするでもなく……イリヤと共に、縁側で時を過ごしていたのだった。



日は沈み、空気は涼み、夜の帳が下りるころ、屋敷に新たな訪問客が訪れた。
呼び鈴を鳴らし、玄関に入って来たのは、白磁めいた髪を持つ、一組の男女だった。

「こんにちわ〜、おじゃましてみま〜す」
「失礼する」

底抜けに明るいヒルダさんと、仏頂面のシグルド。すでに見慣れたこの二人は、相変わらずの様子だった。
居間に案内された二人は、居間でくつろいでいた遠坂とジャネットに、自己紹介する。
それに応じるように、遠坂とジャネットも名乗った。他の皆とはある程度面識があるが、この二組はさほど、というか、全くと言って良いほど接点がなかった。
まぁ、遠坂もジャネットも、人見知りしないし、それはヒルダさんもシグルドも一緒だ。すぐに打ち解けて、談義に花を咲かせていた。

俺はその様子を見ながら、夕食の準備を進める。今回は桜が手伝ってくれているおかげで、普段よりも手の込んだ料理を作ることが出来た。
桜といえば、身体の調子は悪くないらしい。行方不明になった数日、何があったかは分からないが、桜が元気になったのは、純粋に良いことだと想う。

「ん、桜。あれとって」
「はい」

息の合った流れで料理を作るのは、やはり楽しい。しばらく俺は時を忘れて、料理を作ることに専念する。
居間からは、皆の喧騒と笑い声――――ああ、帰ってきたんだなと、俺はなんとなく、そんなことを思っていた。

「よし、大体は出来たな」

大盛りの炒飯、暑さを抑える冷たいスープ。付け合せの野菜に、大量のフルーツヨーグルト。
料理は終わり、後は盛り付けるだけだ。俺は居間の方へと目をむけ、料理を運ぶ手伝いをしてくれそうな相手を探す。
その時、こちらを見ていた彼と目が合った。居間の一角、扇風機の前を根城にしていた彼は、ゆっくりと腰を上げると、こちらに歩いてくる。

そうして、金髪の青年――――ギルガメッシュはキッチン内にいる俺に語りかけてきた。

「マスター少し良いか。話がある」
「話…………? いいけど、どうしたんだよ、かしこまって」
「――――なに、潮時だと思ったのだ」

俺の言葉に静かに笑う、ギルガメッシュ。なにやら雰囲気からするに、重大な話らしい。
気づくと、話を止めて、皆がこっちを伺っていた。その視線に気づいたのか、ギルガメッシュは肩をすくめ、身を翻す。

「中庭で話すとしようか。あまり我を待たせるなよ」

そういうと、居間を横切り、ギルガメッシュは中庭に出て行った。
俺も後を追うことにして、とりあえず、料理を運ぶ相手を適当に見繕った。

「遠坂、料理の盛り付けと運ぶのを頼む。ジャネット、ライダー、二人を手伝ってくれ」
「――――おっけ、分かったわ」

俺の言葉に遠坂は頷くと、ジャネットとライダーを促し、席を立つ。
俺は、入れ違いに居間を出ると、中庭に出ようとした。その時、イリヤが心配そうに俺に声を掛けてきた。

「シロウ、一人で大丈夫? 私も一緒に行こうか?」

その表情はどこか心細げ、ただならぬ雰囲気を感じたのか、イリヤは心配そうに俺を見つめる。
俺は彼女を安心させるように微笑み、だけど、しっかりと首を振った。

「大丈夫だよ、ギルガメッシュは仲間なんだ。俺は信じてる」
「――――……」

イリヤは何も言わず、そんなイリヤの頭を、ヒルダさんが優しくなでた。
俺は居間から出て、中庭に下りる。すでに外は、明るい闇――――夏の夜空に照らされ、中庭の片隅で、英雄王は俺を待っていた。

「来たか、マスターよ」
「ああ、待たせたな、ギルガメッシュ。それで、いったい何なんだ、話って?」
「うむ…………」

中庭に佇み、ギルガメッシュは珍しくも、沈黙する。いつもは、どんな事でも即座に口にするというのに、なぜか彼は今、言いよどんでいた。
かといって、急かす気にもなれず……俺はギルガメッシュが話すのを、辛抱強く待った。
そうして数分後、ギルガメッシュは意を決したように、言葉を口にする。それは――――、

「我は今より、旅路に出ようと思っている」

静かに力強く、ギルガメッシュは悠然と、当たり前のようにそんなことを口にした。
それが、別れの言葉だというのに気づくのに、数秒の間を必要としたが、俺にとっては、さほど問題ではなかった。
内心では覚悟していたのだろう。とりたてショックが大きいわけでもなく、俺は静かに、ギルガメッシュを見返したのだった。

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