〜Fate Silver Knight〜 

〜終焉の鎮魂歌〜



それは、本当に、映画を見ているような、現実離れした光景だった。
ギルガメッシュの旋風は、生まれ出た光の星を粉々に砕き、それはまるで流れ星のように、空へと飛び散った。
夕暮れの、黄昏の空――――そのなかを飛び交うは白い流れ星だった。

聖杯の孔の下では、長い戦いの終焉…………一瞬の閃光の後、銀色の騎士の前には、白いものが立ち尽くしていた。
それはどうやら、人間の骨。まるで骨格標本のようなそれは、すぐに塵のようにサラサラと砕け消えたのだった。

「ん…………」
「マスター!」

その時、背後からジャネットの声。後ろを見ると、そこにはジャネットに身を支えられ、眠そうに上半身を起こす遠坂の姿があった。
服には血糊の跡がべったりと付いているが、どうやら元気そうである。明らかに眠そうな彼女。その時、イリヤが俺の手を離し、遠坂のもとへと歩み寄った。

「おはよう、リン。気分はどうかしら?」
「んん…………イリヤ? ――――――――そっか、全部、終わったの?」
「たぶん、ね」

うなづくイリヤに、遠坂は、そう、とだけ答えると、ジャネットに寄りかかり、また眠りだした。
その様子をあきれたように見ていたイリヤ。その時、世界は唐突に終わりを告げた。一瞬の瞬きの後、場は城の中庭に、皆がそこに戻ってきた。
遠くにはギルガメッシュとライダー、バーサーカー。そして、互いにより重なるようにして座る、シグルドとヒルダさんの姿がある。

ようやく、やっと、全ての決着がついたんだ、と俺は大きく息をつく。
空を見上げると、そこは静かな月夜。先ほどの名残か、幾条もの流れ星が、虚空を流れすぎていった。



グラムより出た光は、神の身体を、魂すら焼き尽くし、その身を骨と化す。
砕けて塵へと消え去る神。それを確認し、シグルドは空を振り仰ぐ。純白の聖杯の傍より、一人の女性が降りて、いや、落ちてくる。
その身体をしっかりと抱きとめると、シグルドは地面に膝を付いた。ルーの力で気絶させられていたのか、ヒルダはわずかな振動で、その目を開く。

「――――シグ?」
「何だ、起きたのか」

シグルドに抱きかかえられたままで、ヒルダは彼を見上げる。銀色の髪の青年は今まで彼女が見たことも無い、優しい顔をしていた。
それが、彼女を不安にさせる。彼女は身を起こし、彼の異変に気づいた。血塗れの背中を見て、表情が強張る。

「シグ、その背中…………!?」
「ああ、これか。すまないな。さすがに、もう駄目みたいだ」

どこか人事のように、彼はヒルダに向かってそういう。気のせいか、その姿がどこか、透き通って、霞がかっているようにも見えた。
死に瀕しているときに、覚悟していたのだろう…………静かに笑いながら、シグルドは、別れの言葉をヒルダに発する。

「まぁ、俺が居なくても何とかやっていけるだろう。あのお嬢さんや、皆と仲良くして…………」
「いやですっ!」
「――――」

叫ぶように、ヒルダはシグルドの声を遮る。その顔には涙――――いままで、どんなことがあっても泣かなかった彼女は、いま、青年を想い泣いていた。
銀色の騎士にすがりつくように、声を震わせながら、ヒルダを泣きじゃくる。

「あなたが居なかったら、私は朝起きれないし、いつも失敗するし、誰も注意してくれないし…………」
「――――なにか、それだけ聞くと、あまり重宝されていないな、俺は」
「そんなこと無いですっ、シグが居なかったら、私は…………! お願いです、居なく、ならないで…………」

後半は、かすれる様な声になった、ヒルダの言葉。その時、彼女自身、それにどんな意味があるか、分かっていなかった。
ただ、彼女の支配下にあるそれは、忠実に、彼女の想いを実行した――――……そして、

「…………やれやれ、ゆっくり休むことも出来ないのか」
「え?」
「治ったよ。お前が、あまりうるさく言うんでな。地獄の門番も、辟易したんだろ」

見上げるヒルダの頭を、シグルドは優しくなでる。その背中には、傷一つ残っていない。
聖杯が、ヒルダの身体を通し、周囲のものに無差別に、充分な魔力の補充と、傷の修復を行った結果であった。
一瞬の困惑――――そして、理解したのだろう。涙にぬれた顔で、それでも笑顔を浮かべながら、彼女はシグルドに抱きついた。

地面に腰を下ろしながら、シグルドはヒルダを抱きとめる。傍らで、事の顛末を見ていたライダーに、彼は苦笑を見せた。
ライダーは、それに対し、何も言わないで、呆れたように……完治した両目で、その光景を見ていた。ついでなのか、施された聖杯の恩恵に、ひそかに感謝しながら。

世界が、終わる。かつての終末の世界。神々の鎮魂歌を謳った世界は、ここにはなく――――。
あるのは、夏の夜のけだるい空気と、周囲を覆う森の香り、満天の星空が、彼らの住む世界の持ち物であった。

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