〜Fate Silver Knight〜 

〜固有結界〜



「ブリュンヒルデ……」

銀の騎士、シグルドは宙に貼り付けにされた女性を見上げる。自分と同じ銀色の髪の女性、ヒルダさんを。
その身体からは、血と熱があふれ、それが刻一刻と、青年の体を蝕んでいるのが見て取れた。
だが、それでも銀色の騎士は歩みを止めない。その様子に、今まで余裕綽々だったルーが、焦りの声を上げた。

「貴様か……いったい、何をした!」

叫びとともに、放たれたのは光の槍、それはシグルドに向かって突き進み、彼の身体に触れるや否や、はじけとんだ。
その身には傷一つない。しかし、それと同時に彼の背後から、無防備な背中に向かい、光の槍が飛来する!
殺った…………その場にいた殆どの者が、そう思っただろう。だが、光の槍はシグルドの背中に触れるや否や、同じように弾け飛んだのである。

「馬鹿な……背中が弱点だったのでは?」
「――――彼女を、返してもらおう」

狼狽するルーに、眼光鋭く、シグルドは言い放つ。彼の身体を纏う陽炎は、時を追うごとに、その量を増やしているようにも見えた。
死に瀕した身体でなお、彼は神をもたじろがせる気迫を持って、相手を見つめていた。

「あいつは、幸せになるべきなんだ。俺の惚れた女と、同じ名前を持っているんだ。それくらいなってもらわないと、割に合わない」
「なにを、言っている」
「邪魔なんだよ、神だかなんだか知らないが、人の邪魔をするな……!」
「何を言っているのだ!!」

ルーの叫びとともに、無数の光の槍が、シグルドへと殺到する。だが、もはやそれは何の意味も成さなかった。
シグルドの身体から上る陽炎――――それに触れたとたん、光の槍は全て、その存在を消失したのだ。

目の前の光景が信じられないでいる俺の耳に、イリヤの呟きが聞こえてきた。

「あれは、まさか――――固有結界」
「?」

どこかで耳にした事のあるそれを、イリヤに問いただすことよりも早く、世界は激烈な変化を見せ始めた。
水の流れる音が、どこからか聞こえて来る。森が燃え上がる音は、同じように、何かが燃える音と擦れ代わり、世界は変質してゆく。
シグルドの血によって出来た血溜まり――――、その赤い血が、黄金色に変わったのは、その時。

銀と金に護られた騎士――――ジークフリードは、その口より、開放の呪を迸らせる!

「炎はライン川を渡る。終末の世に聳え立つ、神々の城をも飲み込み去り、いつしかその炎は、金色となり、世界を掛ける」

金色の血が、炎に包まれた。炎は、草花を、土を石くれを……様々なものを飲み込み、燃え広がってゆく。

「踊れ、神代の狂乱を……踊れ、最後の宴を……全てを無に帰す後には、願わくば、望んだ幸福があらんことを――――」

炎に包まれた騎士は、謳う。かつて、神の時代を終わらせたその力を、彼は今再び――――

「神々の――――黄昏!」(ラグ・ナロク)



開放した。



炎によって、世界は焼かれ、描き返られた。草木の生えない野に、金色の川。遠くには、燃え上がる城が見える。
それが、シグルドの固有結界の全貌。世界そのものを書き換え、変質した世界に俺達はいた。

「う……ぐうっ!」

未だ、白色の光を放つ孔の下、ルーは苦しげに息をつく。その身体には汗が噴きだし、それすらも身を縛っているようだ。

「なるほどな、神であればこの空間は辛かろう。ここは、神々の最後を迎えた土地だ」

幾分苦しそうだが、ギルガメッシュは愉快そうにルーに語りかけた。
その言葉に、ルーはハッとなり、銀色の騎士をにらみつけた。シグルドは銀色の鎧を纏い、そこにたたずんでいる。
その身体には、金色の炎――――彼自身の命を賭した炎が、なおも強く彼の身体を守護していた。

「ヒルダを……返してもらう」

ざっ、と確かな足取りで、シグルドは前に出る。火事場の馬鹿力なのだろう。いや、残りの命を全て使おうとしているのか、その動きは無傷の時と同じに見えた。
ルーは、それを見て、尊厳もかなぐり捨てたのだろう。険しい顔で、武器を構え、ほえた。

「甘く見るな、人間! いくら神の力をなくしても、私には聖杯の力がある!」

その言葉とともに、白色の孔より再び、無数の光槍が生まれ出る。シグルドは腰に手をやり、剣がないことに気づき、舌打ちをした。
瞬間、風がうなった。横合いから投げられたものを、シグルドは受け止めた。それは、ギルガメッシュの投じた一振りの剣。

「――――これは!?」
「その働きに免じ、貸してやろう。我の調達品の一つだ。使いこなせぬなら、他の剣でも良いが」
「いや、この剣のことは、良く知っているさ」

ギルガメッシュの投じた剣――――グラムを構え、シグルドは笑みを浮かべる。
そうして彼は、愛剣を手に、光の神へと勝負を挑む。ギルガメッシュの放つ武具が、再び光の槍と激突した――――。



激烈な戦闘が再開され、俺はどうしたものかと、首をひねった。事ここに至り、どうやら俺の出る幕はなさそうだった。

「シロウ……」

その時、背中から声がかかった。ジャネットのもとを離れ、イリヤがこっちに歩いてきた。
彼女を迎えようとした時、バーサーカーが動いた。彼は小山のような身体で跪き、イリヤに平伏する。

「バーサーカー……」
「――――今一度、契約を」

言葉は少ない。ただ、それに込められた思いは、かなりのもの。
イリヤは戸惑うように、俺を見た。もう、聖杯戦争はない。それでも、目の前の英霊が戦いを欲しているのは、彼女にも理解できただろう。
俺は、イリヤに歩み寄ると、その身体を、赤ん坊をあやすように、そっと抱きとめた。

「シロウ」
「イリヤは、イリヤの思った通りにやればいい。俺が支えるから。イリヤの家族の、英霊の俺が」
「――――……」

イリヤが、きゅ、と抱き返してくる。迷いも恐れも、全部受け止めようと、俺は優しくイリヤを抱き返す。
そうして、どれ位の時が過ぎただろうか……どちらともなく離れる俺達。イリヤの目には迷いは消えていた。
彼女はバーサーカーに向き直り、魔術師の表情で、件の英霊に命を発した。

「古の英雄ヘラクレス! 願うのなら……今一度、狂戦士となり、命尽きるまで戦いなさい!」
「――――承知」

その言葉を最後に、ヘラクレスの顔から理性が消える。しかし、最後にみせるその表情は、厳しい反面、誇らしげにも見えた。



――――――――!!



叫びとともに、バーサーカーはシグルドと切り結んでいる、ルーのもとへと突進する。
その光景を見つめていると、俺の手をイリヤの手が握ってきた。小さなその手は振るえ、それでもしっかりと、俺の手を握って離さない。

「イリヤ――――大丈夫か?」
「うん、シロウが傍に居てくれるなら、平気。見守りましょう、二人で」

もう、俺達に出来ることはないだろう。ただ、この光景を忘れないように、心にとどめるだけ。
ルーが、シグルドとバーサーカーの二人を同時に相手取り、なおも引かず戦いを続け、上方より英霊を狙った光の槍は、ギルガメッシュの武具が迎撃する。
――――そうして、浄化された聖杯のもと、神と人との最後の戦いが、華々しくも火蓋を切ったのである。

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