〜Fate Silver Knight〜 

〜黄昏の戦士〜



虚空の乱舞――――神話の世界を再現するような戦場の光景。
その様子を見ていた俺達だが、すぐに傍観していられる状況じゃなくなった。激烈な武具の激突の合間を縫って、光の槍が俺達に向かってきたのだ!

「なっ…………!」

硬直する俺の眼前で、ギルガメッシュの操る武具が、光の槍をはじき散らした。
砕けた光の残滓が、肌にかかる。その光景に思わず見とれるが、俺はハッと気を取り直し、ギルガメッシュのほうを向いた。

「ギル――――……」

投げかけた、言葉をとめる。神に相対するギルガメッシュの表情に余裕はない。
令呪によって、その力を際限なく発揮したとしても、それでもその力は、神に及ばないというのか――――だとすれば、ここも安全とは言いがたい。

「ジャネット、イリヤを頼む。俺は飛んでくる光の槍を何とかしてみるから」
「次々と――――……人の苦労も少しは考えたらどうだ?」

どこか怒ったように、ジャネットは言うが、様子を見る限り、イリヤを拒絶してはいないようだった。
抱きとめたイリヤを、ジャネットの方に押しやる。だが、イリヤは動こうとはしなかった。

「――――イリヤ?」
「いいよ、もう、どうでも……」
「おい、イリヤ、いったい何を――――」

イリヤの顔を覗き込み、俺は言葉を失った。溌剌とし、表情をよく変えていたイリヤの顔。
その顔から生気が消え……まるで、年老いた老婆のように、その目は濁り、どこを見ているとも知らなかった。

「聖杯もとられて、反英霊に対する必要もなくなって……もう、私の生きる意味なんてなくなったもの」

だから、ここで死んでもかまわないわ、イリヤはそう呟く。生きる意味を持ってたから、イリヤはあそこまで懸命だったのか。
いつかは、願いがかなうって信じて、それがどんなものかは分からないけど、イリヤにとって、それはもう手の届かない所へ行ってしまったのだろう。

だけど、

「ジャネット」
「あ……ああ。さぁ、こちらへ」

俺の背に押され、イリヤはジャネットの傍らへと、ふらふらと歩んでいく。
俺はそれを確認すると、戦場へと向き直った。ギルガメッシュは苦戦しているのだろう。
光の槍が三本、俺達のほうへと向かって来る。背後には遠坂とイリヤ。なんとしてでも、彼女達を護ってみせる……!

「投影、開始!」

干将と莫耶を両手に持ち、迫り来る光槍を迎撃する。しびれるような感覚とともに剣が砕け、光の槍も霧散する。
二振りで二本――――まだ、一本残っている! 投影しなおす暇はない……!

ブジュッ!

「あ……がぁっ!」

俺は左腕を絡ませるように、光の槍を押さえ込んだ。幸い、光の槍はすぐに消える。
痛みが脳に危機を知らせる。高温の光の槍に焼け焦げた腕は、身体をめぐる魔力が修復するといっても、痛みが消えることはない。
だが、こうするより他ない。ジャネットが護っているといっても、イリヤ達を完全に守れる保障などどこにもないのだ。

イリヤ達に攻撃が届く前に、なんとしてでも、俺が防がないと――――、

「シロウ……どうして、何でそんな風に戦うの? シロウ一人なら、そんな怪我を負うこともないのに……」
「――――!」
「私のことは、いいの。だって、もう生きてる意味もないし、シロウは生きて……」

その言葉に、思いっきり腹が立った。何でこんな戦い方をしているのか、そんなの決まりきってることじゃないか。

「生きてる意味なんて、知るか!」
「――――え?」
「イリヤは俺の家族だ! だから守るんだ、遠坂もジャネットも、仲間だから守ってみせる! それのどこがいけないんだ!」

傷ついた身を起こし、再び迫り来る光の槍を見る。その数は、四本に増えていた。今度は、両腕を犠牲にしなきゃいけないか。
だけど、防いでみせる。大切な少女のため、仲間のため、この手に、剣を握る力がある限り――――!

「投影――――……」

その瞬間、周囲が暗くなった。いや、目の前に、巨大な何かが立ちふさがった。光の槍が、それにぶつかる音が聞こえたが、それは、小揺るぎもしない。
俺は、視線を上げる。筋骨隆々とした肉の壁。盛り上がった肉の上には、雄々しき顔……それは、バーサーカーと呼ばれた英霊だった。

「!」

身体が硬直する。散々な目にあったのは、いまだ脳裏の片隅にあり、それが動きを束縛していた。
早く離れないといけない。相手は、周囲のものに見境なく襲い掛かる英霊だ。だけど、身体は思ったように動いてはくれず――――、

「――――良く、戦った」
「え?」

ただ、一言。消え去る前にセイバーと語ったあの声で、バーサーカーは俺に語りかけてきた。
バーサーカーが、喋った――――呆然とする俺に背を向け、バーサーカーは周囲を飛び回る武具と光槍に、斧剣を向けると――――、

「射殺す百頭!」(ナインラブラス)

ごうっ、という言葉とともに、暴風がうなった。周辺に飛来していた武器の類は、あまりの圧力の刃の前に四散し、ルーもギルガメッシュも、異変に気づいたか、動きを止めた。
ギルガメッシュは興味深そうに、バーサーカーを見る。ルーの方は、怪訝そうな顔で、大英雄を見つめた。

「馬鹿な――――、英霊特性の狂騒化が解けていたとはいえ、ヘラの呪いを付与していたというのに、それが解かれている……? 何が――――ぐっ!」

その時、ルーが苦しそうに、片膝をつく。その様子はただ事ではない。ギルガメッシュもどこか気分悪げに、眉をひそめた。
状況を判断しようとして、俺は周囲に視線をめぐらす。ルーの足元には、ライダー。さすがに自らの近くには無差別攻撃しないのか、ライダーはそこに倒れたままだ。
怪我は兎も角、無事ということに安堵し、俺は再び視線をめぐらし、それはある所でとまった。

背中から、彼は未だに夥しい血を流していた。立ち上がったその背を伝い、足を伝って、血は地面へと血溜まりなる。
全身からは、熱のような陽炎……輝くような銀の鎧は所々に血が付着し、それでもなお、その輝きをあせていない。
ゆっくりと、彼はルーのもと、聖杯の孔のもとへと足を引きずり、歩いてゆく。

「――――ブリュンヒルデ……」

森の炎を背に受けて、聖杯の寄り代となった女性を見上げる青年は、静かにそう呟きを漏らした。

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