〜Fate Silver Knight〜
〜英雄の戦歌〜
漆黒の孔が、虚空へ円形の口をあける。赤い光を纏っていたイリヤとは対照的に、ヒルダさんの纏う色は蒼空の青。
まるで、十字架に貼り付けにされた聖者のように、虚空に貼り付けられた彼女の上空に、それは徐々に姿を現しつつあった。
「くっ……」
背中を、冷たい汗が流れ落ちる。かつて、十年前に新都を焼いた聖杯の底に漂う汚泥。
半年前に、俺はその威力を身をもって思い知っていた。取り込み、溶かし、焦がす数多の呪い。
あれ自体に対しては、俺は手も足も出なかった。かろうじて、言峰を倒すことができたから良かったものの……。
けっきょく、あれを制御できる相手を倒さない限り、また以前の様なことにな――――、
「……煩いな」
「!?」
ビュンッ!
ルーの守護をしていた光の槍が、漆黒の孔へと飛び込んだのはその時。
次の瞬間、耳を劈くような叫びが周囲に響き渡った。漆黒の闇が光とぶつかっている。
光が、何者も通さぬはずの漆黒の項を純白に染め上げ――――聖杯の孔は、そのまま、漆黒から白へと姿を変えた。
「…………まさか、反英霊を倒したって言うの?」
「アンリマユ? ああ、そういう名前なのか。あまりに見苦しい呻きが聞こえたから、とりあえず消しておいたが」
何のことはない、という風に首をかしげるルー。イリヤはただ呆然と、俺に寄りかかった。
あまりにあっけない聖杯の浄化……それに衝撃を受けたようだ。もっとも、それは俺も同じだが。
「それじゃあ、私は……何のために生まれてきたの?」
「――――イリヤ?」
うつむいて、呟くイリヤ。彼女の顔を覗き込むと、人形のように無表情に、彼女はぶつぶつと呟きを続けていた。
イリヤの肩に手を置くが、何の反応も示さない。彼女はまるで、壊れたかのように無反応だった。
「さて、目的の聖杯は手に入ったわけだが、まだ戦うのか? 私としては、別にお前達と戦う気はさほどないが」
「……なんだって?」
「言ったままの意味だよ。聖杯を手に入れた今、私の魔力はさらに上がる。これ以上、無意味な戦いを続ける気はない」
その言葉に、俺は内心で安堵の息をついた。どうやら、話の通じる相手なのかもしれない。
聖杯が出た今、無意味に殺しあう必要もないし、これでこの戦争も終わりに――――、
「それで全てが済むと思うのか? 随分と都合の良い言い草だな」
「――――ギルガメッシュ?」
忌々しげに、そういったのは、ギルガメッシュだった。彼は変わらず武装を解かず、ルーを睨み付けている。
その身を守護する数多くの武具も、彼に共鳴するかのように唸り声を上げたようにも見えた。
そんな彼を見て、呆れたように……ルーは微笑を浮かべた。
「随分と嫌われたものだ。そうまでして、私達という存在を受け入れられないか?」
「当然であろう。人に在らざる者――――英雄も英霊も、神という存在に対しては、同様の感情しか受け付けない」
その時、虚空が白く光った。見上げると、そこには流星のような白い光――――それは、一直線に……聖杯の孔の下にいるルーへと降下する!
いつの間に……おそらく先ほどのギルガメッシュの攻撃のときだろう。虚空に浮かび上がった天馬を操るライダー。
「騎英の手綱――――!」
手加減もなしの落下――――このままじゃ、俺たちも巻き込まれる…………!
俺は、傍らのイリヤをかばうように抱きしめると、来るべき衝撃に身を硬くした。だが、衝撃は来ない。
硬く閉じた目を開けて、様子を伺う。そこには――――、
「なるほど、なかなか見栄えの良い技だな」
「そんな……!」
天馬の鼻先に手をあて、片手でその勢いを相殺している、ルーの姿があった。
まるで映像の一時停止のように、天馬は虚空に貼り付けにされたまま、動けない。そして、その姿が掻き消える。
天馬を形成するのに必要な魔力が底をついたのだろうか、支えを失ったライダーの首、そこにルーの手がかかった。
「く……」
足掻くライダー。しかし、ルーの手は強固に、ライダーの首をつかんで話さない。その目が鋭く彼女の顔をにらみつけた。
「その目、気に入らないな。程度の差こそあれ、わが祖父と似た瞳――――不相応なものは、取り払っておかねば」
そして、次の瞬間、その手がライダーの顔に近づくと――――瞳を、
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「まず、一つ」
ライダーの叫び……そして、顔から流れ落ちる鮮血……ルーの指が、ライダーの目をえぐったのだ。
そうして再び、手が動く。ライダーの両目を潰す気か…………!
「させぬ!」
「!」
ギルガメッシュの言葉とともに、武具の群れが、ルーに向けて殺到した。
さすがに、片手までは防げないと判断したのだろう。ライダーを放り捨てると、ルーは手に槍を持ち、飛び来る武具をことごとく叩き落した。
「ちっ――――」
「まったく、気の荒いことだ。私にはさほど戦う意思がないのだぞ? なのに、なぜそうまでして抗う?」
どこか蔑むように、ルーはギルガメッシュを見つめ、そう問いかけた。その目が動き、こちらを向く。
地に倒れた遠坂を護る、ジャネットを背中に庇い、イリヤを抱きながら、俺は神と対峙する。
「君はどうなのだ? 衛宮士郎。これ以上、無意味な争いをする必要はないと思わないか?」
「それは、確かに……」
その言葉に、俺はうなづく。これ以上、俺達が争う理由なんて、ないはず。そう思うのも確かだった。
だが、そんな俺に、鋭く諌める声を発した者がいた。
「額面どおりに受け取るな、マスターよ! その者が神であること自体が、戦わねばならぬ理由だ!」
「――――」
「それって、どういうことだ?」
沈黙する、ルーから、ギルガメッシュに視線を移し、問いかける。
かの英雄王は、言うのも忌々しいとばかりに、吐き捨てるように口を歪め、言葉を発する。
「簡単なことだ。神は、敵と味方しか範囲(カテゴリ)を形成しない。味方には寛容を、敵には死を、そして、中立も敵とみなす」
「中立も……敵?」
「そうだ。この世界の民衆を、幾度か垣間見ることがあったが……奴等は神に、全面服従など出来ぬだろう」
それは、確かにそうだ。俺にしてみても……神という存在を否定するわけではないが、だからといって、全面的に敬服しているわけでもない。
「敵に対し、神がどのような態度に出るか、それはつい先ほど、証明されたばかりだ」
「ぁ――――」
地面に倒れ伏した、ライダーを見る。残酷にも、目をえぐられた彼女は、気を失ったのか、身動き一つしない。
俺の心が揺れたのを感じ取ったのか、ギルガメッシュは、眼光鋭く、まるで見たことがあるかのように、言い切った。
「この存在を野放しにすれば、恐らく、この周囲一帯の民衆は、ことごとく殲滅されるだろう」
「!?」
「いや、このあたりだけでは済むまい。古来よりの神々の信奉厚い国ならともかく、この国なら一月と待たず、全てが焦土と化すだろうよ」
焦土――――焼け焦げた地面……幼いころのあの光景が、延々と繰り返されることとなるのか?
俺は、ルーを睨む。俺のその態度に、俺の内心を読み取ったのだろう。ルーは苦笑し、肩をすくめた。
「やれやれ、人というのは、何故、こうも愚かなのだろうな? 私達に臣従していれば良いものを」
「だまれ、古来の遺神よ! 人を裁けるのは、人でなくてはならないのだ!」
ギルガメッシュの言葉とともに、彼の周りには武具が浮かび上がる。王である彼は、断固たる意志を持って、神を打倒しようとしていた。
ふと、思った。彼は昔から、こうやって神と戦い、抗い続けていたのではないかと――――、
「ギルガメッシュ」
「なんだ、止め立てをするなよ、マスター。いくら存在を支配されているといっても、我のこの矜持を覆すことは――――」
「いや、そうじゃないさ。俺も腹をくくったよ」
「――――ほう?」
イリヤをその腕に抱きながら、俺は腕を掲げる。その身体に刻み込まれた、令呪。
一度も使っていなかったそれを、俺は解放し、そして念じる。あんな悲しい出来事は二度と起こしてはならないと。
「ギルガメッシュ、お前に願う。眼前の神を倒すため、もてる全ての力を注ぎ込め――――!」
「!!」
にやり、とギルガメッシュが歓喜の笑みを浮かべる。その身より、数倍の魔力が生まれ彼の身体を駆け巡る。
ギルガメッシュの生み出す武具の数が、範囲が広がる……中庭だけではない。城壁、城門、広大な森、空、全てから武具が生まれ、矛先を神に向ける。
視認しただけでも、その数は万を超える――――まさに、王に従う軍勢のように、武具の群れが編成された。
だが、雲霞のごとき数の武具を前にしても、ルーの顔にあせりはなかった。
ただ、彼は先ほどのような慈悲深い目をしていない。俺の言葉に、どうやら俺達のことを敵と認識したようだった。
「愚劣な……神に逆らうということ、死をもってでも許されぬ大罰だと知れ」
その言葉とともに、光の孔から、彼の幻槍が出てくる。その数は、五本ではなかった。
まるで、剣山のように、虚空の孔口より、無数の光の幻槍が突き出し始めた。その一本一本は、ギルガメッシュの武具に対しても見劣りしない威力を持っているようだ。
古来の武具の軍勢――――、数多なる光の幻槍――――、古来の吟遊詩人が語るような神々しい情景は…………、
「滅びろ、神よ!」
「愚かな……」
叫びと呟きと……二対の言葉によって、双方の武器が虚空に舞い散る光景へと、激烈に姿を変えた。
呆然として、声も出ない。これが、神という者と、それに抗う者との戦なのか……イリヤを抱え、呆然と俺は、その光景へと目を奪われていた。
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