〜Fate Silver Knight〜
〜時は流れて〜
夏の出来事の終焉より、瞬く間に時は流れる。秋冬の節目を何事も問題なく越え、季節は春に巡ってきていた。
卒業式を無事に終え、俺は晴れて、大学生になっていた――――。
その日も、静かな朝だった。春の暖気が鳥を眠らせているのか、さえずりが聞こえることもなく、朝日が顔を照らす。
心地よい暖かさの中、ウトウトとまどろんでいると、体をゆさゆさと揺すられた。
振動に薄目を開けて見ると、朝日の中、白髪の少女が俺の身体を優しく揺すっていた。
徐々にはっきりとした意識が、耳に届く声を拾い上げてくる。
「シロウ、起きなさい。もう朝ごはんの時間よ」
「ん……ああ」
俺は耳に届く声に返事をし、ゆっくりと身を起こした。普段着のイリヤは伸びをする俺を、優しい視線で見つめている。
夏から今日までの間、イリヤは俺の屋敷に寝泊りしていた。城のほうは数ヶ月と待たず修復したが、彼女はあの城に戻る気はないようだった。
ちなみに今は、シグルドとヒルダさんが、侍女たちとともに城に住んでいる。
そんなわけで、屋敷に寝泊りしているイリヤだが、最近は別々の部屋で寝起きをしていた。
冬の時分は、寒さのせいか、よく俺の布団に潜り込んできたのだが、最近は慎み深さの研究とかで、同衾をすることはなくなった。
まぁ、ちょっとは寂しいかもしれないが、イリヤがそう望んでいるのだから、俺がとやかく言うことはない。
「さ、早く行きましょ。遅刻しそうだからって、朝食を抜くのは身体に悪いでしょうし」
「ああ」
イリヤの差し出した手に引かれ、俺は寝室を出て、居間に向かう。早春の時期、暖かくも冷たくもない空気が俺たちを包んでいた。
「おはようございます、士郎」
「おはよう、ライダー」
イリヤとともに居間に入った俺を出迎えたのは、ライダーだった。彼女はいつもどおり、自分の席に座って、何をするでもなくそこにいた。
すらりと伸びた四肢を整え、綺麗な正座の体勢で座っているのは、見ていて気が引き締まる。
居間の入り口に立っていると、声が聞こえたのか、台所で調理している人影が振り向いた。
「あ、おはようございます、先輩。今日はもう、準備が終わりますよ」
「悪いな、桜。ちょっと寝坊した」
「いいんですよ、先輩は大学生になってまだ日が浅いんです。生活リズムを決める時期に、無理はさせられません」
俺が頭を掻きながら誤ると、くすっ、と温和な微笑を浮かべ、桜はそんな風に言葉を続ける。
ここ半年で、明確に変わったのは桜だろう。少し背も伸びたが、どちらかというと、変化は外観よりも内面に出ていた。
いつもどこか、おどおどとして元気がなかった桜。だけど、3年になった自覚か、少し積極的になったのだ。
ちなみに、どれくらい積極的かというと――――、
「その代わり、落ち着いたらまた、デートしましょうね」
「ちょっと、人の前で何を誘ってるのよ、サクラ!」
「あら? 別に先輩を取ったりするわけじゃないですよ? いいじゃないですか、ちょっとくらい」
うー、と唸るイリヤ。だが、そんな剣幕を受け流すかのように、桜はとぼけたように微笑む。
どことなく、ここ最近は雰囲気が遠坂に似てきたような気がする。元気になったのはいいことだけどな。
なおも不満そうなイリヤだったが、食欲には勝てなかったらしい。桜に対して舌を出すと、自分の席に座った。
「さ、それじゃあ冷めないうちに料理を運んじゃいましょう。先輩はイリヤちゃんの分をお願いします」
「ああ、わかった」
いつのころか、誰が作った料理でも、イリヤの分は俺が運ぶことになっていた。
日々の流れで、なんとなく決まったルール。それは決して、不快なものじゃなかった。
「はー、おはよーっ、今日のご飯は何かなー?」
ドタドタという足音。今日も藤ねえが朝から屋敷を訪れ、朝食の席へと座る。
俺、イリヤ、桜、ライダーに藤ねえ。ここ最近は、朝はいつもこの面子で取ることが日課になっていた。
「……そういえば、今日は約束の日ですよね。先輩も、寄り道しないでまっすぐ帰ってくださいね」
朝食の席、壁にかかるカレンダーを見ながら、桜がふとそう漏らしたのは、他愛無い話の合間だった。
約束の日……それは、春になったら桜を見に行こうと、桜の発案でみんなが暇な日を決めたことだった。
ちなみに、共犯は今も朝飯をかっ込んでいる、縞々模様のトラ柄の人である。
藤ねえのつてで、酒やらなにやらも、すでに準備万端で、後は決行を待つばかりとなっていたのだ。
まぁ、そうでなくては高級酒だの、めぼしい場所などを簡単に用意できないのもあったのだが。
ともかく今日は、学校のある俺や桜の事情もあって、夕方から夜にかけて、花見を行うことになっていた。
参加者は、俺達や、ヒルダさん達に、イリヤに仕える侍女二人、それに――――、
「そうだな、遠坂には俺から伝えておくよ。もしかしたら、一緒に花見の場所に、直接行くかもしれない」
最近は、めっきり屋敷に訪れることが少なくなったとはいえ、付き合いは薄くはない遠坂。
彼女は今、俺とともに、電車で少し離れた場所にある、地元の大学に通っていた。
ロンドンの時計塔行きが決まっていた彼女だが、気がついたら大学の入学式典で、ばったりと顔をあわせていたのである。
なんでも、ロンドンに行くより、もっと希少な、聖杯の器がいる地元のほうが、勉強になるといっていた。
そんなわけで、遠坂とは今でも同じ大学に通っており、よく一緒に授業を受けていたのである。
大学内で顔を合わすことは間違いない――――というか、最近では通学中に合流してくる遠坂。今日のことを伝えるのは簡単だろう。
そのまま、話題は別のことに移り、つつがなく朝食は終わる運びとなった。
「さて、それじゃあ行くとするかな」
朝食の後片付けを終えて、藤ねえと桜が出るのを見送ったあと、俺も大学にいくため、玄関に足を下ろした。
紐靴に足を通していると、たったっという足音。振り向くと、イリヤが廊下を走ってきて、玄関に止まった。
「シロウ、出かけるの?」
「うん、そろそろ行かないといけないからな。イリヤもちゃんと良い子で留守番してるんだぞ」
「任せて。シロウが留守の間は、ちゃんとここは守り通してあげるわ」
えっへん、と自信満々なイリヤ。ちなみに防犯は、ライダーとバーサーカーがいるため心配無用である。
俺は笑みを浮かべると、イリヤの頭をなでる。絹糸のような頭髪が指を滑る感触が心地よいが、あまり時間を掛けるわけにもいかなかった。
「俺が居ない時も、ちゃんと大人しくしてるんだぞ。あと、この前渡した問題集、そろそろ答えあわせをするからな」
「うん。ちゃんとやっておくわ」
語学のため、後々のため……イリヤには小学生の問題集を買い与えていた。最近では、それが物足りなくなったのか、どんどんと難しい問題集を解き続けていた。
このままじゃ、あっという間に追いつかれるな……イリヤの順応性と理解力は大したものだと、まるで娘を誇る父親のような心境に、最近は陥ることもしばしあった。
もっとも、それで何が変わるわけでもなく、イリヤは俺にとって、大切な少女であることは疑いなかった。
「電車の時間も迫ってるから、行ってくるな」
「うん、シロウ――――」
玄関を開けようとした俺は、もの言いたげなイリヤの声に、振り向いた。
イリヤは、はにかむような、可愛らしい微笑とともに、俺を見上げながら唇を開く。
「いってらっしゃい」
「ん、いってくるよ」
イリヤの言葉に頷きを返し、俺は玄関を出る。俺の背中に注がれる、イリヤの視線をくすぐったく感じながら……。
そうだな、最近はイリヤと二人で出かけることもあまりなかったし、今度授業が休講のときにでも、二人でどこかへ行くとしよう。
春の暖かい風が身体を通り過ぎ、俺は身体を伸ばしながら、空を見上げる。
視線の先に広がる朝の空、蒼空のキャンパスには丸く、白い――――朝に見える白銀の月が映っていた。
〜Ende〜
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