〜Fate Silver Knight〜
〜光の神、バビロンの王〜
「シグ、シグ……!」
「ちょっ……まって、ヒルダさん!」
地面に仰向けに倒れたシグルドに駆け寄ろうとする、ヒルダさんの肩に手をかけ、抑えながら俺は相手を見た。
長身の青年……たしか前に会った時は、エリンと名乗った彼は、明らかにこちらを値踏みするかのように、俺達を見つめてきた。
「白い娘が二人……さて、どちらがより聖杯の器に向いているか」
「あなた――――何者なの?」
俺の傍らに立つイリヤが重ねるように、長身の青年に問う。
英霊なのか人間なのか分からない、不可思議な気配を纏った青年は、イリヤの問いにふっ、と笑みを浮かべると、
「そうだな、名乗るなら、イルダーナとでも名乗っておこうか?」
「イル、ダーナ……?」
聞いたことのない英雄の名……じゃあ、やっぱり人間なんだろうか?
だけど、目の前の相手は、普通の人間とは明らかに異なる存在感があった。
正体の判明しない相手――――不気味な沈黙に終止符を打ったのは、意外な声であった。
「その名は聞いたことがあるぞ。古来の魔王バロールの孫……戦士キアンの息子の二つ名だ」
「ほう……なかなか博学だな。そういえば君がいたな……バビロンの英雄王」
「ふっ――――そちらこそ、偽名を扱うなど人が悪いぞ、いや、人ではないか」
ギルガメッシュはそこまで言うと、唾を吐くように顔をゆがめた。
そうして、彼の口から出た言葉に、全員が愕然としたのは、直後のことであった。
「光の神――――、何を企み、何を成そうというのだ? ルー・ラヴァーダよ」
「光の……神!?」
「そうだ。目の前にいるのは、独善と偽善に満ちた、偉大なる神なのだよ、マスター」
驚きを隠せない俺の言葉に、思いっきり皮肉っぽく応じる、ギルガメッシュ。
彼はまっすぐ、白い衣を纏った槍使いの青年を睨む。しかし、英雄王の視線を受けても、神を名乗った青年はたじろぐ様子を見せなかった。
それどころか、彼――――ルーは、サーカスの猛獣でも見るような目で、ギルガメッシュを見つめ返した。
「これはまた、ずいぶんと嫌われたものだな……君とて、半分以上は私達と同じなのだろう? ギルガメッシュ」
「黙れ…………! 貴様らと一緒にするな」
ぞくっ、と背筋にとてつもない寒気が奔った。今までキルガメッシュの本気の怒りを見たことなかった。
だが、彼は今、恐ろしいほどの鬼気を纏って、神に憎しみの瞳を向けている。ルーもそれを感じ取ったのだろう、ゆらりと中庭に歩み出てくる。
ギルガメッシュも動く、彼が片手を上げると、百近い数の武具が浮かび上がった。
「挨拶代わり……ということか」
薄く笑みを浮かべて、ルーは武器を構える。周囲に漂う五本の光の槍が、舞踏を踊るように周囲を漂った。
なんだか、とんでもない規模の戦いになるんじゃないのか……漠然とした不安が不意に脳裏によぎったその時――――、
「天の鎖!」(エンキドゥ)
ジャララララララララッ!!!
ギルガメッシュの言葉と共に、虚空から具現化した鎖が、ルーの身体に巻きつき、その動きを束縛する!
強固な鎖は、光に包まれた神をがんじがらめにし、その身を封じた。
「――――ほぅ」
どこか感心したように、身を縛る鎖を見るルー。束縛された神に向かって、続けてギルガメッシュの武具が殺到する!
ハリネズミのように、針の山のように無数の武具がルーの身体に命中する!
さらに、風が奔る。次元すら超えて、世界そのものを切り裂く旋風が生まれる。いつの間に取り出したのか、ギルガメッシュの手には乖離剣……エア。
「まずいっ、皆、伏せろ! ジャネット、遠坂を……!」
「天地乖離す開闘の星――――!」(エヌマ・エリシュ)
地に横たわった遠坂を庇うように、ジャネットが覆いかぶさる。
俺はヒルダさんとイリヤを抱きかかえ、大地に伏せるとほぼ同時……ギルガメッシュの最強の宝具が炸裂した!
轟音と旋風、世界そのものすら切り裂き、断裂する旋風の刃が、荒れ狂う――――!!!
ガラ…………ガラガラ…………
風が収まり、何かが砕け落ちる音…………イリヤを庇いながら身を起こすと、そこには……乖離剣を持つ、ギルガメッシュ。
そして、その先には…………ものの見事に半壊した、アインツベルンの城があった。
「きゃぁぁぁぁっ! 私の城が――――」
「動くな、小娘!」
呆然として、城のほうに駆け出すイリヤを、ギルガメッシュの鋭い声が押しとどめた。
思わず足を止めるイリヤ。ギルガメッシュは城のほうを向いたままで、険しい顔で言葉を放つ。
「まだ、終わっていない……いや」
「なるほど、さすがは古来の英傑――――なかなかのものだな」
崩れ落ちた瓦礫の中から現れたルー。その身には、かなりの傷を受けていたが…………、
俺の見ている前で、あっという間にその身体に魔力が奔る。無尽蔵の魔力が、傷を瞬時に修復した。
「生憎だが、人の器を借り受けているとはいえ、神である私を殺すことは出来ない……よほどの規則違反を犯さぬ限りな」
「…………?」
一瞬、妙な違和感を感じた…………一体、何にだろう。
だが、結局このとき、俺はそれに気づくことはなかった。
破戒すべき全ての符(ルールブレーカー)…………それを使えば、この戦いをもっと早く終わらせることが出来ただろう。
だが、わずかなヒントもないこの時、俺はその答えに行き着くことはなかった。
崩れたアインツベルンの城を背景に、ギルガメッシュとルーは向かい合う。
「さて、これで終わりではないだろう? 英雄王」
「ちっ――――」
ギルガメッシュは乖離剣を手に、ルーに挑むように再び武器を構える。ルーは武器を構えもせず、その様子を愉しげに見ていた。
その時、怪訝そうに……彼らの視線が一つのほうへと動いた。崩れた城壁のほう、そこには――――、
「シグ、シグ……しっかりしてください!」
いつの間に離れたのか……地面に仰向けに倒れたシグルドに駆け寄り、彼の傍らに膝をついて声をかけ続けるヒルダさんの姿がそこにあった。
瞬時の判断か、一人離れた彼女を捕縛するチャンスと判断したのだろう。ルーは身を翻し、ヒルダさんのもとへと駆ける!
「しまった……!」
「えっ?」
それは、あっという間――――、ルーがヒルダさんの身体をつかむと……彼女の身体はくたりと崩れ落ちた。
どうやったかは知らないが、何らかの方法で気絶させられてしまったようだ。
気雑したヒルダさんを抱え、どこか拍子抜けしたように、ルーは肩をすくめた。
「こうも易々と事が運ぶのは少々拍子抜けだが……まあ良い。聖杯を目覚めさせるとするか」
その言葉と共に、気絶したヒルダさんの身体が宙に浮く。ギルガメッシュは武器を生み出すが、攻撃するきっかけを掴めないでいた。
そうして、宙に貼り付けにされた、ヒルダさんの頭上――――漆黒の孔がゆっくりと口を開け始めたのだった。
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