〜Fate Silver Knight〜
〜幕間・戦いの裏側で〜
夕方から夜の闇に包まれつつある時期……一人の女性が道を歩いている。
しましま模様のトラ柄の服を着た、闊達な印象を他者に与える短髪の美女である。
「ふぅ……今日も収穫はなし、か。あ〜あ、どこに行っちゃったんだろうな、桜ちゃんは」
たそがれ時の空を見上げ、彼女――――藤村大河はため息混じりに愚痴をこぼした。
桜が行方不明になって数日……学校周辺を探し回っては見たものの、何の手がかりも得られず、さすがに藤ねえの表情も暗い部分があった。
テクテクと歩き、彼女の足は自然と衛宮邸に向かっていた。まっすぐ実家に帰ってもよかったが、士郎たちの顔を見て元気をつけたいと、内心で無意識に思っていたかもしれない。
「ふぅ……っと、いけないいけない。暗い顔してちゃ、士郎たちも暗くなっちゃうものね」
言葉を発するたびに、思わず出てしまうため息を喉に押しとどめ、藤ねえは無理やり笑顔を浮かべる。
どんな状況でも、即座に自らを明るく奮い立たせられるのは、彼女の長所である。それは、修練とかそういったもので身につくものではない。
日ごろから、陰なく生きてきた彼女だからこそ、困難なときほど強く振舞えるのだろう。
「……あれ?」
と、笑顔で中庭を渡り、玄関の扉に手をかけた藤ねえの顔が、きょとんとした表情になった。
手に力を込め、ガタガタと揺らすこと、数回。どうやら玄関には鍵がかかっているらしく、引き戸が開かない。
「おかしいなぁ……普段は鍵なんてかかってないのに」
藤ねえはぶつぶつとこぼしながらも、玄関近くを探る。そうして、どこからともなく鍵を取り出した。
意外に、一戸建ての場合、玄関の近くに鍵を隠すことが多いようだ。まぁ、この場合は藤ねえがかぎを持ち歩いても落とすので、いつも置き場所が決まっていたのだが。
藤ねえは、鍵を使って引き戸を開け、玄関に入る。家の中は、明かりもついておらず、真っ暗であった。
「――――ひょっとして、誰もいないの? 士郎ーっ、イリヤちゃん!」
声をかけながら、藤ねえはあちこち電気をつけながら回る。普通の電灯から、普段使わない豆電球まで全開で点灯させている。
電気の無駄使いをするなよな――――と、この場に士郎が居たら言いそうだが、生憎と、彼はここには居ない。
そうして、藤ねえは居間に入ると、電気をつける。居間の中が、明かりに照らされた。
「?」
居間の上には、料理が乗っかっていた。ラップのかかった、そうめんの器と、つゆの器、それに、付け合せの野菜類も、ご丁寧にラップをかけて置かれている。
藤ねえは、しばし小首を傾げると、テーブルの前に腰を下ろし、ラップをはがして、そうめんをかき込んだ。どうやら、かなりお腹がすいたようである。
「ずるずる……料理が作り置かれてるって事は、士郎たちはどっかに出かけちゃってるのかな?」
今日は事務仕事にせわしなく(藤ねえだって事務仕事くらいできるのだ)、連絡を入れることもなかった。
そういうわけで、士郎達がどこに居るのかは分からないが、用意された料理が藤ねえの物であるのは疑いないだろう。
何せ、桜は行方不明だし、この屋敷に頻繁に訪れるのは、イリヤを除けば藤ねえくらいなものなのだ。
「ひょっとして、イリヤちゃん家に泊まりに行っちゃったかな――――そうすると、連絡のとりようもないのよね」
う〜ん、と悩みながら、付け合せの野菜にマヨネーズをかけてかじる藤ねえ。肉食なだけでなく、菜食でもあるようだ。
何とはなしに、テレビをつけながら、食事を勧める藤ねえ。一緒に食事する相手もいないため、騒ぐこともない。
その光景だけ見ると、年長者の女性に見えるのだが、士郎達と一緒に食事をすると、実年齢が高校クラスまで下がるのが不思議であった。
「ふぅ……つまんないなぁ」
気張る必要も無くなったせいか、またまた、ため息を漏らした藤ねえ。
ポジティブオンリーな人生の彼女だが、さすがに思うところがあったのだろう。机に肩肘を突き、ぼーっとテレビを見つめていた。
テレビでは、新都の事件について数分流れたが、すぐに話題は、どうでもいい芸能界方面へと移っていた。
藤ねえは再び、そうめんをすする。ふと、何かに気づいたのか、頭に「???」と無数のはてなマークを浮かべた。
「それにしても、これって士郎が作ったはずよね……なんか、妙に味が変わってるような気がするけど」
そういって一人ごちる藤ねえ。実際それは、アーチャーの作ったものだった。僅かな違いを感じ取れたのは、士郎の料理をいつも食べている藤ねえだからだろう。
もっとも、そのことを彼女に伝える相手もいないため、けっきょく彼女は気のせいだと思うことにしたようだが。
ごちそうさま、というと、藤ねえはごろりと横になった。行儀が悪いが、注意をする人も居ない。
文句を言う士郎も、なだめる桜も、一緒に横になるイリヤも、傍観している凛も、今はこの屋敷に居ない…………。
「さみしいよ、士郎……」
呟く藤ねえ。夏の夜の一幕、彼女は彼女なりに、寂しい思いをしていたのだった。
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