〜Fate Silver Knight〜 

〜幕間・古の騎馬、虚空の天馬〜



深遠なる宵闇を照らすように、二つの閃光が大地を、虚空を駆ける。
超新星の輝きをまとい、夜空を舞う天馬は、再三、森の中を突き進む戦馬へと突進する。
数度の激突の後、天馬は空へと再び舞い上がる。だが、いっこうに戦馬の速度は衰えず、北方へと疾走を続けていた。

「ちっ――――まったく効いていないのか」

舌打ちをしつつ、シグルドは眼下を睨む。片腕をライダーの腰に回し、もう片方の手に太陽剣を持っている。
先ほどより彼は、馬上にて数度、槍使いの少年と斬り結んでいた。しかし、表情が示す通り、さしたる成果を上げてはいない。

「もう一度、行きます……!」
「ああ」



ライダーは、シグルドが頷くのを確認し、天馬を下降させる。
戦馬ほどではないにしろ、十二分に大柄な天馬に触れた木々の枝葉は、熱を持ち、瞬時に蒸発する。
太めの枝は、蒸発することは無かったものの、天馬の身体にへし折られ、霧散にも折れ曲がる。
天馬の身体が、翼が木に触れるたび、その木は内側から、染み出すように燃え上がった。

戦馬の通った道のあとには、燃え上がる森の木々が夜の森を篝火のように照らしていた。
森林愛好家が見たら、卒倒しそうな状況を生み出しながらも、再び天馬は戦馬に接近する。

「――――せぇやっ!」
「はっ!」

馬上で剣が、槍が振るわれる。本来、均衡をとるのだけでも大変な馬上で槍を使うのは、困難なことである。
シグルドでさえ、ライダーに天馬の手綱を任せた上で、剣を振るっているのだ。
しかし、神話の名馬・アンヴァルに乗った少年は、苦もなく槍を振るい、シグルドの攻撃を尽く弾いている。

まるで燕返しのように、複数の斬撃が木々を縫って繰り出される。
刃鳴りの音はビリビリと、葉を振動させ、逸れた攻撃は時には木の幹すら断裂する。
しかし、それだけの激しい攻撃を繰り出しても、シグルドは少年に傷一つつけられずにいた。

馬を並べての接近戦――――武器の間合いからしても、剣の方が有利である。
実際、斬撃を縫って、シグルドの剣が何度か少年へと迫った。しかし、その刃は少年に触れることなく、なぜか逸れてしまうのである。
数十合を叩き合わせる一瞬。生い茂る木々が、天馬の目の前に迫る――――狭い森内では、二頭が併走できる場所など、そうそうなかった。

「くっ……」

ライダーが手綱を操る。正面の木を避けるように、蛇行するように戦馬から離れると、再び空へと舞い上がった。
すでに、戦馬はかなりの距離を走破しており、城へと迫っている。どうやら、相手は城の正確な位置を看破しているようだ。

「なかなか、やるな……英霊としての力は、かなりのものだ」
「確かにそうとは思いますが――――しかし、どうします? いっこうに効いていないようですが」

急降下による襲撃は、これで5回……いずれも,少年に傷を負わせるどころか、足を止めることも叶わない状況だった。
めったな事では慌てない、ライダーの表情にも、わずかに焦りの色が見える。それに対し、シグルドは少し考え、口を開いた。

「効いてはないが、無駄でもないだろう」
「? どういうことですか」

眉をひそめるライダーに、シグルドは考えをまとめるように、言葉を繰り出す。

「俺の剣は、尽くあの少年に触れていない。しかし、効果がないのなら、わざわざ槍を使って攻撃を防ぐ必要は無いはずだ」
「たしかに、そうですね」
「おそらく、原因はあの馬だろう――――自分に降りかかる剣を防がなくても良いのは、あの馬が、何らかの力を使っていると見ていいだろうな」

槍で攻撃を防いだのは、その剣が馬を傷つけるのを恐れたからだろう――――シグルドはそう予測する。
実際、それは正しかった。魔法の名馬、アンヴァル――――、一たび乗れば、切り伏せられることも、落馬することもないといわれる名馬であった。
シグルドの言葉に、ライダーは得心したように頷いた。

「なるほど、あの馬さえ何とかすれば」
「ああ。といっても、その方法が分からないが」

アンヴァルに乗った少年は、城へと一直線に駆けている。その速度はかなりのものであり、10分も経たず、城へと到達するのは目に見えていた。
どうしたものか、と渋い顔をするシグルド……その時、ライダーの操る天馬がいきなり加速し、シグルドは大きくのけぞった。

「――――っ!? なんだ!?」
「失礼。ようはあの馬を止めればいいのですよね。だとすれば、方法はあります」

ライダーの天馬は、一直線に城の方へと飛び、城門前へと降り立った。
怪訝そうなシグルドに、ライダーは決然とした表情で、彼を見る。

「降りてください。この天馬を――――あの馬にぶつけます」
「天馬を……大丈夫なのか?」

思わずシグルドが聞いたのは、先日の墜落を思い出してのことだろう。その言葉に、ライダーは苦笑を浮かべる。
実際、ライダーの傷は決して完治したとは言い切れない。『騎英の手綱』を使って、無事でいられる保証はなかった。

「ええ、むざむざここで、消えるつもりはありませんので。では……!」

シグルドを大地に下ろし、ライダーは単騎、天馬を駆って、空へと駆け上がった。
あとに残されたシグルドは、しばしの沈黙の後、ため息を一つ。

「やれやれ、面倒なことだな。仕方がない」

彼は憮然とした表情で、愛剣――――グラムを持って、森の彼方……近づいてくる光に向き直った。



「……ん?」

森の中を疾走していた少年は、何か異変を感じ取ったのか、馬を止める。
嘶きを残し、足をとめた馬上で、少年は周囲を見渡す。彼の顔を、白く輝く閃光が照らし出した。

「!」

見上げる少年……木々の合間より見える閃光の星は、瞬間の合間にも近づいてきていた。
ライダーの操る天馬は、閃光の魔力を身にまとい、一直線に地に立つ神馬へと突貫する。
光が迫る中、少年は少し考え――――懐からあるものを取り出した。それは、何の変哲もない小石……碁石くらいの大きさである。
数は5つ。小さな石は何の変哲もない、先ほどこの森に来たとき、少年が直に拾ったものだった。

虚空を駆けるライダー。目指すは標的となる地上の白馬。
加速のついた天馬は、それ自体が一個の武器となす。これほどの質量の攻撃なら、防ぐことはできないであろう。

(最悪でも、相打ちになれば……!)

ライダーは決然とした表情で天馬を駆る。いざとなれば刺し違えることも厭わないと思っていた。
風を切る音が耳を打つ。そのまま彼女は、天馬をぶつけようとしたのだったが――――。

ぼしゅっ!!

「!?」

天馬の絶叫が聞こえる。首筋に5つの穴が、穿たれていた。突然、飛来した何物かに首を撃たれたのである。
――――その傷の原因を作った相手は、白馬の馬上で満足そうな表情で頷いていた。
少年の投げた小石は、魔力をまとい、天馬の首を貫いたのである。魔弾タスラム――――彼の持つ技能の一つであった。

「くっ……このっ」

ライダーは天馬を制御しようとするが、間に合わない……バランスを崩し、天馬は地上に落下する!



轟音が、少年の耳に届いた。天馬は、少年のいる場所の少し近くに落下したが、彼に被害を与えるには至っていなかった。

「さて、それじゃあ行くとしようか」

少年は、それを確認し、馬首をめぐらす。先ほどより、遠目に城が見えていた。
神馬をそちらに向かわせようとして、少年は硬直する。城門前、暗がりであるはずのそこに、光があった。

遠目にも分かる、灼炎の光――――それが、騎士の青年の持つ剣の輝きであると分かった瞬間、その光が倍増した。
まるで、レーザーのような熱洸――――森を焼き焦がし、すべてを焼き尽くす光が、一直線に少年へと向かってきたのである。


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