〜Fate Silver Knight〜
〜幕間・闇の森、光の神〜
月明かりのさす暗い森。その森の中から、空を見上げる一つの人影がある。
金髪碧眼の、高校生くらいの少年は、誰かを待つように、虚空を見上げている。
しばしの時が過ぎて、じっと月を見ながら佇む少年。彼は、近づいてくる気配にそちらの方を向いた。
「アーチャー……? いや、違うな。デートの約束は、反故にされたかな」
くすりと笑みを浮かべ、少年……ルーフはその手に槍を持つ。
そうして、次の瞬間――――烈光のように繰り出された突きを、その槍で防いでいた。
「!」
「ちっ……!」
初撃を防御されたその騎士は、僅かに下がる。その僅かな間隙を縫って、鎖突きのダガーが投げ入れられた。
鎖は少年の腕に巻きつき、動きを封じるように、宙に引き上げる。その瞬間、少年が動いた。
「はっ!」
鎖を斬るのではなく、少年は鎖を引っ掛けた木の枝を、長槍によって叩き折る。
地面に降り立った少年は、腕に巻きつけた鎖を引き寄せる。少年らしからぬ怪力――――。
「きゃあっ!?」
「!」
宙に浮かされ、少年のほうに引き寄せられるライダー。
少年の槍の穂先にライダーがかかる寸前、シグルドはその鎖を断ち切り、ライダーを抱えるように飛び離れた。
初手が不発に終わり、ライダーとシグルドは夜の森で、英霊の少年と対峙する。
少年は、腕に絡まった鎖をはずすと、それを地面に落とす。鎖は地面につく前に、空気に梳き消えた。
「ずいぶんと手荒い歓迎だね。諸手を上げて歓迎されるとは思っていなかったけど」
「仕方ないだろう、お前は敵なのだから」
にこやかな少年に、憮然と銀色の騎士は応対した。
シグルドに抱えられていたライダーも、身を起こし、少年を睨みつける。
「あなたは……! サクラをどうしたのです!」
「ああ……そう言えば、君は桜姉さんの英霊だったよね。大丈夫、桜姉さんなら家に帰してきたよ」
「えっ……!?」
少年の言葉に、ライダーは驚いたように彼を見た。
その視線を意に介していないように、少年は微笑みながらライダーに笑いかける。
「桜姉さんは確かに器には適してたけど、まだ安静にしてなきゃいけないしね。他に器があるんだから、そっちにすることにしたんだよ」
「――――」
言葉を失うライダー。それを庇うように、シグルドが前に出る。
彼は先ほどよりも、敵意を込めた瞳で少年を見た。彼の目的を看破した故に。
「それで、アインツベルンの娘を狙ったのか、それとも……!」
「ああ、アーチャーの話を聞くと、もう一人、聖杯の器に適した人が居るみたいだからね。そちらでも良いけど」
その瞬間、雷光の様な鋭い突きが、再び少年に放たれた。
士郎を驚嘆さしめたあの突きだが、少年にはいかほどのものでもなかったらしい。
槍の柄でシグルドの突きを受け止めると、少年は勢いを借り、大きく跳び退った。
「その様子を見ると、どうやら確かに、ここに在るようだね、もう一つの器も」
「――――黙るんだな。ここから先には行かせない。お前は、俺の敵だ」
太陽剣グラムを構え、少年を睨みつけるシグルド。
ライダーも、再び鎖つきの短刀を取り出し、構える。一触即発の空気が、夜の森に満ち始めた。
だが、その場で双方の武器がぶつかることはなかった。
「ルーフ、何を遊んでいる」
「!?」
槍を持った少年の背後、幽鬼のようにその場に長身の男性が現れたのは、その時。
まったく気配を感じさせない長身の魔術師に、驚いたようにライダーとシグルドは瞬きをして相手を見た。
人間よりもさらに鋭敏なはずの英霊である二人が、長身の魔術師の存在を察知できなかったのだ。
そんな二人の驚きなど意に介さず、ランサーの少年に、長身の魔術師はそっけなく言葉をかける。
「聖杯の器がなければ、孔を開くこともできない。わざわざ手に入った器を放棄した以上、即急に代わりを手に入れる必要がある」
「……そうだね、それじゃあ行くとしようか。森の中の城とやらへ」
魔術師の言葉に、少年は肩をすくめながら、あっさりとそう言い放つ。
その言葉を聴き、シグルドとライダーの表情が険しくなった。
「生憎だが、ここは通さない。そう簡単に、俺達をやり過ごせると思っているのか?」
「サクラを開放してくれたことには感謝します。ですが、あなたの目的がマスターであるというのなら、私はあなたを撃つ」
口々にそう言い、武器を構える二人の英傑。その様子に、少年は肩をすくめた。
少年の背後に佇む長身の魔術師は、闇に溶き消える様に、その姿を再びかき消す。何の予告も、予兆もなく。
「さて、どうやら他の人はここに来ないみたいだし、ここで待っててもしょうがないな」
周囲に視線を向けて、少年は首を捻ると、持っていた槍で、自らの肩をとんとんと叩いた。
やる気か――――その仕草に、武器を構えて身構えるライダーとシグルド。だが、少年は武器を構えようとしなかった。
懐から純白の敷布を取り出すと、それを一振りする。すると、そこには――――、
「な……!?」
「!?」
そこには、純白の、流れる鬣をもつ馬が現れていた。通常の馬よりもなお大柄な戦馬。
唐突な出現に、一瞬あっけにとられる二人の英霊。その一瞬のうちに、少年はひらりと馬にまたがると、手綱を引き絞る。
「はっ!」
少年の掛け声と共に、雄々しく嘶くと、戦馬は北の方角へと馬首を向ける。
戦馬の名は、アンヴァル――――光の神の所有する、魔法の馬であった。
「くっ、逃がすかっ……!」
その馬が駆け出す寸前……瞬時に我に返り、すばやく追いすがったシグルドは、馬上のルーフの背中めがけ、剣を振るった。
だが――――背中を狙ったはずのその剣は、途中で軌道を変え、周囲の木に突き刺さってしまう。
「なにっ!?」
攻撃がそれた事に驚いたその時には、すでにルーフはその場を駆け去ってしまったあと。
その速度はまさに、疾風のようだった。シグルドは舌打ちする。
今から追うにしても、馬の足についていけるはずもない。まずいことになったと、焦りが脳裏によぎった。
しかし、幸いなことに、彼はまだ、運には見放されてはいないようだった。
シグルドより数瞬だけ遅れ、我に返ったライダーは、立ち尽くすシグルドに駆けよると、鋭く声をかけた。
「追いましょう、つかまってください」
「――――そうか、その手があったな」
魔力を集中し始めたライダー。その様子に思い当たることがあったのか、シグルドはライダーの腕をつかむ。
そうして、集中を終えたのか、彼女は先日も使ったその技を――――、
「騎英の手綱――――!」
自らの下僕である天馬を呼び出すその技を使い、彼女は銀色の騎士と共に、空へと舞い上がった。
虚空へ浮かぶ天馬。眼下には闇の森と、北方へと疾走する純白の騎影がある。纏う魔力の故か、闇の森でその馬は光り輝いているようにも見えた。
「あそこだ、行くぞ!」
「ええ、分かっています!」
シグルドの言葉に、ライダーは頷くと、馬首をそちらへと向けた。
滑空し、ライダーの操る天馬は、突き進む戦馬へと追いすがる――――。
闇の森を舞台にした、神話に伝承される、伝説の戦馬と、神域に属する天馬との追撃戦は、そうして幕を開けたのであった。
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