〜Fate Silver Knight〜 

〜幕間・剣の舞、槍の瀑布〜



神速と呼ばれる領域は、いかなる世界なのだろうか。
冷静に考えれば、それは光速にも到底及ばないだろう。速さで言えば、それは人の反応できる速度。
にも拘らず、それが人にとって脅威である理由は、速さを制することのできた使い手の技量ゆえかも知れなかった。

たぐい稀な使い手である二人の戦いは、まさにその神速の領域での戦いといえた。
夜の森に、激烈な火花が飛び散る。それは、刃の擦れる音、突き出される槍の穂先を受け流す、刀の生み出す火の粉のようであった。

「があっ!」
「!」

獣の咆哮に似た気合の言葉と共に、豪雨のような無数の突きが繰り出される。
触れれば千々に切り裂かれるだろう、それほどの威力を持った穂先を、無言で鮮やかな体捌きとともに、それを受け流す。

暴風に撓る柳の枝のように、如何なる威力を持った攻撃も、彼の髪一筋に傷を一つ付けることはない。
今のところ、斬撃の応酬、推移はランサーの一方的な攻撃、アサシンの防御という展開だった。

ランサーの攻めは突き一つ。だが、その攻め手は多彩だった。
捻り、穂先の上げ、下げ、また、針の穴を通すかのように、同じ箇所への連続攻撃――――。
精密なライフルのような、時にはショットガンのような、怒涛の攻めを見せるランサー。

しかし、そのような攻めをもってしても、アサシンの防御は崩れなかった。
盾の一つも持たず、また、セイバーのような防御力も持ちえぬ青年は、体裁きと刀捌きのみで、全ての攻撃を凌いでいた。
眉一つすら動かさず、むしろ愉悦すら浮かべる表情で、アサシンは流れるように身を動かす。

培った戦闘経験と、死線を幾度も潜り抜けた実践を持って、両者は戦いを進める。
静まった夜の森の中、両者は戦いを続ける。繰り広げられる剣撃はあくまでも前哨戦。互いに、必殺を持つが故に、それは牽制の意味しかない。
もっとも、繰り出される攻撃自体は、それ一つだけでも確実に致命傷を負わせるものだったが。

戦いの経過時間は、僅か十数分。にも拘わらず、繰り出された攻撃は、千合にも及んだ。
繰り出されるは、ランサーの攻撃のみ……しかし、それはアサシンの身体に掠りもしない。

そうして、アサシンとランサーは互いに距離を置く。
息が切れたからではない。互いに埒が明かないと、判断してのようであった。

「――――ちっ、まどろっこしい。少しは攻めてきたらどうだ、おい?」
「ふっ、槍使い相手に無策に飛び込むわけにも行くまい。そちらこそ、奥の手を隠したままで勝てると思ってはいないだろうな」

挑発するようなランサーの言葉に、アサシンは探るように、言葉を返す。
その言葉に、ランサーは苦虫を噛み潰したような顔になった。彼としては、アサシンとの戦いで全力を尽くすわけには行かない。
故に、できれば自らの技を温存してこの戦いに勝利したかった。だが、通常の攻撃程度では、この相手は倒せそうにもないようだった。

「ったく、嫌な奴だぜ、貴様は」
「褒め言葉だと受け取っておこう」

ギッ、と両腕に力を込めて構えなおすランサー。穂先を下に、明らかに突きには適さない構え。
それを見て、アサシンも初めて構えを見せる。相手に背を向け……両手に刀を構える。
互いに背水の陣。通常の攻防一体の構えではなく、明らかに異質な、攻撃に特化した構えだった。

風すら恐れおののくかの様に、一遍のそよ風すら吹かぬその場にて、両者は必殺の一撃の機会をうかがう。
先に動いたのは、ランサー。彼は、絶対の命中精度を誇る真紅の槍を持ち、アサシンに向け、地をける。

「遅いな」
「!?」

その瞬間、アサシンの姿が掻き消えた。ランサーは思わず、足を止めてしまう。
命中の因果を持つ槍には、槍の届く範囲に居さえすれば、槍を放てば必中するはずであった。だが、鍛え抜かれた本能ゆえに、その動きは止まってしまう。
その彼の背後に、アサシンの姿が現れる。ランサーは瞬時に察知するが、遅い――――彼が振り向いたその瞬間、必殺の斬撃が、彼に向かって繰り出されていた。

「燕返し!」

瞬きするような一瞬で――――勝負は決まっていた。
振り下ろされた斬撃は、ランサーの右肩の付け根を切り落とし、袈裟懸けされた刃は肩口より肺腑に至る。
そして、首を狙って放たれた横薙ぎの剣撃は、ランサーの首に至り――――、

「ぐぅぅうぅぅぅぅっ!!」
「!!」

その首を跳ね飛ばす寸前、その刃を、何とランサーは、口に並んだ歯によって、噛み捕らえていたのだ。
攻撃を止められ、アサシンの動きが止まる。そして、ランサーは斬り飛ばされた右腕ではなく、残った左腕でなお持っていた槍を、突き出した。

ブシュッ!

狙いたがわず、命中を定められた槍の穂先は、アサシンの心臓を砕いていた。



アサシンの手が力を失う。だらりと、両腕を下げ、そのまま彼は……

「――――見事、だ」

その姿のまま、動かなくなった。それは、弁慶の立ち往生のように、堂々としたものだった。
身体の熱が、急速に下がっていくのが分かる。自らの死を実感し、アサシンは短く息を吐いた。

「私は、もう終わりだろうな。悔いはない――――が、先ほどの問いの、答えを聞きたいのだが……私を上回るという使い手の」
「…………ああ、そのことか」

ぺっ、と加えていた刃をはき捨て、ランサーは腰を下ろす。
こちらも、右腕を失い、肩口にも深々と傷を受けていた。はき捨てた唾には血がついていた。
どうやら肺にも、ざっくりと刃が切り裂いているようだった。しかし、ランサーは気にせず、言葉を発する。
アサシンには残された猶予が少ないことを、分かっていたからなのかもしれない。

「俺のコレだよ。かなりの使い手でな……贔屓目なしでも、お前と互角だったろうよ」
「ふっ…………上回っていたのはそういう事か。だとすれば、仕方ないな」

左手の小指を立てて言うランサーに、苦笑めいた笑みを浮かべると、アサシンは目を閉じた。
その姿がゆっくりと薄れ――――真紅の槍が地面に落ちる。満足げな顔をして侍の青年は、そうして消えたのだった。



「ったく、よけいな手間を書けさせやがっ――――がふっ!」

消えたアサシンに対し、そう呟いた言葉、ランサーは言葉の途中で血を吐いた。
傷は思ったよりも深いようだった。ランサーは苦々しい表情で、口元をぬぐった。

「ちっ、やっぱりマスターが居ないってのは、まずいな……クソ親父と戦う前に、傷くらいは塞ぎときたいが」

しかし、その言葉とは裏腹に、肩口についた二つの傷からは、今も血が溢れ出していた。
いっこうに治る気配のない傷……本来なら、致命傷以外の傷なら治癒できるくらい、ランサーにも回復力はあるのだが。
さすがにマスターの居ない状況では、勝手が違うらしい。ランサーは眉根を寄せていたが、ふと、何かに気づいたように顔を上げた。

「そう言えば、キャスターの姐さんから、何か薬をもらってたよな」

懐をまさぐるランサー。その手には小瓶が握られている。
月光が差し込む森の中、ランサーの手元の小瓶は、月光を受け、紫鉛色の光を放っていた。

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